夜が終わるところ


微かに灯りを灯す闇の守護聖の部屋でカードが切られる。

手慰みに占ったタロットの結果は、

現在行われている女王試験の行方。

「天の意志は金の髪の少女・・か。」

天の意志が定まっているものは

周りがどうあがいたところで

どうしようもなく

たとえ本人がその運命に抗おうとしても逆らうことはできない。

次期女王などは初めから決まっているのに、

まるで念を入れるかのように試験を課す私達は、

天が瞳を持つとすれば

ずいぶんと滑稽なものに映っているだろうと

部屋の主クラヴィスは思う。

「ジュリアスに教えてやりたいものだな・・」

クラヴィスは、光の守護聖の姿を思い、

その唇に薄い笑みを浮かべた。

彼はきっとあの蒼天の瞳で、清冽に言い放つであろう。

「我らはそれでも宇宙のため、民達のために、

より良き女王を選ばねばならぬ。

そのために試験を課すのだ。」と。

そして

まるでその声の主が傍に立っているかのように、

クラヴィスは冷たく言い放つ。

「所詮、私達も天の意志の上で踊らされているだけだと

おまえは、何故気づかぬ。」

クラヴィスの傍らで像を結んだ

ジュリアスは

クラヴィスの言葉に

ひどく哀しげに

その瞳を伏せた。

それは、きっとジュリアスが

ずっと昔に失くしてしまった彼の姿。

虚像だと分かっていながら

クラヴィスは駆け寄らずにはいられなくなった。

「ジュリアス!」

クラヴィスが抱きしめたのは

虚空。

微かな光はクラヴィスの腕から

音も立てずにすり抜けていく。

 

 

遠慮がちなノックの音と共に扉が微かに開けられる。

「クラヴィス〜まだ、いらっしゃいますか?」

「……ルヴァか?」

「あ〜良かったです。皆さん、もうお帰りになったようで・・」

クラヴィスが灯りをもうひとつ灯した。

クラヴィスの端正な横顔がほのかに浮き上がると、

ルヴァがそろそろと近づいてきた。

「あっ、カード占いですね。何を占ってたんですか?」

積まれたカードの山を見つけたルヴァが言う。

「用があるのではないのか?」

ルヴァの問いには答えずに、クラヴィスが訊いた。

言いよどむルヴァに不審気な瞳をクラヴィスが向ける。

光にあたると紫色に輝く瞳も、夜の闇の中では深く暗い。

ルヴァは思わず息を呑んだ。

「頼み事か・・?」

低い声で言われ、ルヴァは意を決したように言葉を綴る。

その心中とは逆に明るく、軽く。

「あのですね〜あの、今からお帰りですか?」

「・・ああ。」

クラヴィスは答えるとゆるりと立ちあがった。

微かな白檀の香りがルヴァに届く。

そして、それを合図にしたかのように

ルヴァが手に持っていた書類の束をクラヴィスの前に差し出した。

「帰る途中にジュリアスの所へ持って行ってくれませんか。

今日中に目を通しておきたいと言っていましたから。

本当は私が持って行かないといけないのですが、

他の案件もありましてね。

すみませんが、よろしくお願いします〜」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

どうして、受け取ってしまったのだろうと、

クラヴィスは、ルヴァに渡された書類の束に目を落とし、

小さなため息をついた。

こんな時刻に、「ふと会いたくなったから」という理由や

「酒でも飲まぬか。」という誘いが通るほど、

ふたりは親しい間柄ではない。

今宵に限ってどうしてルヴァの頼みを

了解してしまったのだろうか。

いや、通常なら決してルヴァも

このようなことは言ってこないはずだ。

私とジュリアスは誰もが認める

合い入れぬ仲なのだから

クラヴィスは

ルヴァも切羽詰ってのことだったろうと

いいわけを呟く

「おまえがあのような顔をするから・・」

先刻のジュリアスの哀しげな顔を思い返した。

顰める眉、蒼空の瞳は何か言いたげな様子で

クラヴィスを見つめて、

そして俯いた。

「今のおまえはあのような顔はしない・・か。」

どこか諦めるようになクラヴィスは言った。

 

 

光の邸につくと、地の守護聖が訪れることになっていたからであろう

深夜というのに、使用人達が迅速に応対に出てくる。

訪問者が闇の守護聖だということに

いくぶん驚いた様子ではあったが、クラヴィスは客間に通され、

ジュリアスを待つことになった。

クラヴィスは、勧められたソファには座らず、

中庭に面する広い窓ごしに外を見つめた。

幼い頃、何度も訪れたこの中庭。

あの頃よりも、ずいぶん狭く感じる。

瞳を巡らすと、暗い庭の片隅にほの白く光る所がある。

ああ、あの白い花は今もあるのだな、

クラヴィスの心に懐かしい風が吹いた。

「時は流れても・・花は変わらず・・」

クラヴィスは、小さく笑った。

「この邸に来るのは、そなた、初めてだったな。」

衣擦れの音が近づいて、硝子窓にその姿が映る。

肩に流れる金糸の髪、白い肌、表情は読めないが

その声色は昼間のものより、ずっと穏やかだ。

側に来て欲しくない・・今の私の顔を見ないで欲しい、

クラヴィスは硝子に映る彼の姿からそっと目をそらした。

「預かり物はそこだ。」

クラヴィスは、外を見たまま、抑揚のない声で冷たく告げた。

クラヴィスに並びかけていたジュリアスが

弾かれたように、足を止める。

 

「あ、ああ。」

ちらりとクラヴィスを見たジュリアスは、

クラヴィスの背中を確認すると

小さく息を吐いて、ソファに座り、書類を手に取った。

その様子を感じ取ったクラヴィスは、

再び硝子に映るジュリアスを目で追う。

静寂の中に紙の触れ合う音だけが聞こえる。

額に指先をおいて首を傾げる姿、

昔からジュリアスはこうやって書類を読んでいた。

そして、読み終えるとこう言うのだ。

『クラヴィス・・そなたはどう思う?』

そして『私は思うのだが・・』と

必ず付け加えて。

思わずクラヴィスから笑みがこぼれた。

同時に胸に針を刺したような痛みが走る。

今宵の私はどうかしている、

ここへ来たのも、こんな昔のことを思い出すのも。

クラヴィスは、ゆっくりと振り向くとジュリアスに告げた。

「では・・」

ジュリアスが顔を上げた。

「もう遅い。今宵はここへ泊まればよい。部屋の用意をさせる。」

「いや。星を見ながら帰るのもよい・・」

クラヴィスの言葉にジュリアスの瞳が一瞬曇った。

「・・そうか。」

ジュリアスが書類を置いて、立ちあがる。

クラヴィスがジュリアスに近づき、そして横を通りすぎた。

小さな風が起こる。

クラヴィスが扉に手をかけようとした時、

ジュリアスの声が背中に届く。

「次は、共に酒でも飲みたいものだ。」

クラヴィスは、薄い笑みをジュリアスに見せて部屋を出て行った。

微かに香る白檀の香りが

ジュリアスの胸を締め付ける。

部屋に残った安らぎのサクリアが

ジュリアスを何故か孤独にさせた。

「上手く言えないものだな。」

呟いたジュリアスは、礼の言葉さえ言えなかったのに気づく。

今鏡を見れば、自分がひどく哀しい顔をしているのに、

気づいたはずだけど・・。

☆ ☆ ☆ ☆

もう1度微笑んでくれたら

すべてを忘れてしまえるのに

もう1度抱きしめてくれたら

すべてを始められるのに

もう1度振り向いてくれたら

今度こそ愛していると言えるのに

Fin