ゆずれない夜

 

 

未来(さき)だけを見ていると思った。

冷たく磨かれた高座に肩を並べて立つことだけが私に許された場所だと思っていた。

この想いを捨てることも失うこともできず、闇の淵を彷徨う私は、おまえの瞳にどう映っているのだろう。

 

                     

重い扉に手をかけた。鍵がかかっていないようにと心の奥で祈った願いは、幸いにも叶えられ、私はそっとおまえの眠る部屋へと入る。

広い部屋の最奥に置かれた寝台。小さく灯された明かりに、輝く金色の髪。

 

「・・ジュリアス・・」

 

思わず、口から零れた名前。

おまえが、一週間前から視察に訪れていた星で、暴漢に襲われたと聞いた時は震えが止まらなかった。今もまだ、あの瞬間を思えば冷たくなる指先を私は握り締める。

おまえのいない世界など生きる意味をもたない。

 

「・・滑稽なことだ・・」

 

昼間の見舞いでさえ躊躇して、夜陰に紛れてでしか、ここに訪ねることさえためらわれる私が、生きる意味をおまえにしか見出せずにいると気づけば、おまえはどんな顔をするのだろう。

そして、私は、おまえの瞳にどう映るのだろうか。

 

ゆっくりと、眠るおまえに近づき、寝台に片膝を落とした。固く閉じられた瞳、縁取る長い睫毛は頬に翳を落とす。心なしか細くなった頬、結ばれた唇。微かな吐息。

罵りの言葉でもいいから、私に声を聞かせてくれればいいのに。

私はそっと指で唇に触れた。

戯れに一度だけ重ねた口づけは、幼い頃の優しい記憶。好きが愛しているに変わったのはいつだったろう。そして、こんなに遠く離れてしまったわけは・・。昨日より明日を大切にするおまえと、過去にしか幸せを見つけることの出来なかった私。崩れ落ちそうな宇宙の梁(はり)を独りで支え続けるおまえに手を貸すことなどできなかった。
輝く光の守護聖から目を背けようとしていた、おまえのいないこの世界など意味はないが、ふたりしてこの世界に殉じるのは悪くはない。

けれど、何度も感じた、おまえが私の名を呼ぶ声。

『クラヴィス・・そなたの力が欲しい・・』と。

おまえが欲しいのは私ではないと思った。宇宙に、そしておまえに必要なのは闇の守護聖である私でしかないと。

振り切ってきた、掴まれた腕を振りほどいて来た、聞かぬふりをした、守護聖のおまえの言葉など聞きたくもなかった。

『私にどうせよと?』

おまえの最後の言葉だった。

どうしたいのか、守護聖の地位を捨てることなどできはしない、ただ、宇宙の流れに翻弄され続ける私達には、愛という言葉さえ使えないのかと、唇を噛んだ。

『私は・・おまえを・・』

続く言葉を呑みこんだ私におまえは、小さく息をつき、そして踵を返した。冷たく長い回廊に衣擦れと微かな残光だけを残して。

あれから、おまえは独りで先を歩いている。もう2度と私の名を呼ぶこともなく・・。

それでも、おまえの心が泣く夜を私は知っている。数え切れないほど失ってしまった星々、時の狭間におまえをおいて去っていく友たち、おまえが独り酒を飲む夜を私は知っている。

肩を抱くことも杯を傾けることさえ私には許されないけれど、闇の中でおまえの哀しさや寂しさが少しでも安らげばいいと、私は私にしかない力をおまえに送り続けてきた。聡いおまえに気づかれぬよう、それは僅かなものだったけれど。

私は初めて守護聖であることに喜びを見出したかもしれない。只人であれば、おまえのそばに立つことさえ許されぬ、眠れぬ夜につかの間の夢を運ぶことさえできぬ。

 

愛している・・ずっと昔から・・。

何度も言いかけて、そのたび呑みこんだ言葉。

私は、息を止め、そっとおまえに唇を重ねた。

愛している・・心の中で繰り返しながら。どれだけの時が流れたのかわからない。数秒だったかもしれないし、ずいぶん長い時間が過ぎていたのかもしれない。

名残惜しげに、唇を離して、おまえの顔を見つめる。私は、また夜が明ければ闇の淵を、おまえの影を探しながら、彷徨い続けるのだろう。

もう一度、眠るおまえに自嘲気味な笑みを向けた。

 

生きてさえいれば、それでよい------

 

踵を返し、扉に手をかけた私の背中に声がかかる。

 

「・・また、何も言わぬのか。」

 

思わず振り向いた私の瞳に、半身を起こしたジュリアスの姿が映った。

「おまえ・・気づいて・・」

 

「そこを入ってくる時から分かっていた。そなたは他の者とは違う・・」

「闇のサクリアは隠す術もない・・か」

 

どこまでもジュリアスにとって、私は闇の守護聖でしかないのだと、苦笑いをする私にジュリアスは、息をついた。

 

「・・サクリアのせいだけではない、そなたがどこにいても私には分かる。」

 

ジュリアスの言葉に、私はどんな顔をしていただろうか。そして、そんな私にジュリアスは、微かに笑みを浮かべてこうつけ加えた。

 

「それほどまでに、私達は長い時を共にしてきたのではないか。」

 

「ジュリアス?」

 

信じられなかった。過去などジュリアスにとって何の慰めにもならないと思っていたから。いや、慰めなど今のおまえには煩わしいだけのものだと思っていた。ましてや、私の存在など、おまえの中で如何ほどの意味も持っていない。おまえが必要として、欲しいのは闇の守護聖の存在と私の力だけだと。

 

「ずっと昔、同じことがなかったか。私が風邪をひき寝込んでしまった時、真夜中邸を抜け出してきたそなたは、今宵と同じようにこの部屋へ忍び込んだ。」

 

「おまえ・・覚えていたのか・・」

 

驚く私に、ジュリアスはふっと小さく笑った。

 

「・・しかし、あの夜は口づけではなく、手を握り締めていただけだったが・・」

 

「ジュリアス・・」

「不思議と次の日には良くなっていた。思えば、そなたにはいつも助けられてばかりだ。私にはそなたが必要なのだ。守護聖として生きるためにも、人であるためにも。」

 

ジュリアスは蒼い瞳を伏せ、唇を噛み締めながらそう言った。

 

「ジュリアス・・」

 

思わず駆けより、執務服の上から見るよりずっと細い体をそっと抱きしめた。

許されるのだろうか、おまえを愛しても、抱きしめても。私の震える背中をジュリアスは両手で抱きとめた。

そのあたたかな体が、夢ではないと嘘ではないと私に教えてくれた。

 

「・・もとより、私の生きる場所はそなたのそばにしかない。」

 

私はそう告げた。ジュリアスは私の髪に顔を埋めながら、大きく息をついた。

 

「・・一瞬・・守護聖であることを忘れた。」

 

私は金色の髪に指を入れてジュリアスの顔を見つめ、「おまえらしくないことを言う。」と薄く笑った。

 

「・・だから、一瞬と言っただろう。」

 

ジュリアスの声に、頷くように私は瞳を閉じた。唇に温かなぬくもりが触れる喜びを噛み締めながら。

                   


未来(さき)だけを見ていると思った。

二度と分かりあえることなどないと諦めていた。

差し出された手はこんなにも近くにあったのに-------

 

 

FIN