「WU-TANG CLAN」
NY・ロングアイランドでDJのハンク・ショックリーによって結成された移動DJチーム
「スペクトラム・シティ」がその前身。
『DEF JAM』との契約を機に、チャック・D(本名カールトン・ライデンナウアー)、
ターミネーター・X、プロフェッサー・グリフ、フレイヴァー・フレイヴといった
メンバーに。
グループ名は自作曲'PUBLIC ENEMY NO.1'に因んでいます。
政治的姿勢を前面に打ち出し、メディアに対しても積極的に活動。
'黒いパンク'として世界中から支持を得ました。
「BEASTIE BOYS」や「Red Hot Chili Peppers」の作品で有名な敏腕プロデューサー。
HIP HOPにロック的手法を採り入れた功績者でもあります。
その昔は「ダブル・R」と名乗りクラブDJ活動も。
『DEF JAM RECORD』設立者の一人ですが、後に離脱、『DEF AMERICAN』を設立。
ラッパーのRUN(本名ジョセフ・シモンズ)とD.M.C.(元々はDと呼ばれていたダリル・
マクダニエルズ)、DJのジャム・マスター・ジェイ(ジェイソン・ミゼル)からなる3人組。
「ロックするHIP HOP」を標榜し、トラック面ではシンプルで生々しいブレイク・
ビーツやへヴィ・メタルのギターサウンドを導入。ラップも滑らかなものではなく、
2人のMCが攻撃的に掛け合うスタイルで、84〜85年に人気を博しました。
因みにRUNは「RUSSELL SIMMONS」の弟で、12歳の頃には既に「KURTIS BLOW」の元で
DJを勤めています。
- RAISING HELL
「RUSSELL SIMMONS」と「RICK RUBIN」がプロデューサーを勤めた3rdアルバム。
ラップ史上初のプラチナ・アルバムとなった作品。
中でも、エアロスミスのスティーブン・タイラーとジョー・ペリーと共演した4曲目
'WALK THIS WAY'の特大ヒットによって、彼らの名は全世界に知れ渡りました。
鋭くもキャッチーなギターリフと、シンプルながらも重みのあるブレイクビーツから
構成されるトラックに、マッチョな掛け合いMCとタイラーのシャウトが乗せられた、
文句無しにカッコイイ曲。大ヒットしたのもむべなるかな。
今流行りのハードコア・ミーツ・ラップの源流と、私は勝手に思っています。
この曲は頻繁にTV等で使用されているので、誰もが一度は耳にした事があるのでは?
「ジャジー・ジェイ」や「L.L.COOL J」、「オレンジ・クラッシュ」の作品に参加。
プロデューサーとしての才能が非常に高く、ラッシュ・プロダクションより「カーティス・ブロウ」を、
そのDJとして実弟ジョセフを送り出す。
優れたイメージ戦略でアーティストを売りだし、活動の基盤を固め、84年に「DEF JAM RECORD」設立。
その後はR&B専門レーベル「OBR」まで興してしまう。
「WU-TANG CLAN」
「WU-TANG CLAN」