『N98 星空までは何マイル?』は、(株)遊演体の著作物です。
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■No.05140「風早彦、初陣」
GM:星空めてお 担当マスター:茗荷屋甚六

 このリアクションは選択肢140を選んだすべて
の人に送られています。
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《前回までのあらすじ》
 フェデレーションが誇る最新鋭宇宙船グワイヒア
の初仕事は、図らずも初陣となった。
 国際連合とフェデレーションの外交交渉にアント
ニオ・ビアンキ代表を送り届けるのがグワイヒアの
任務。だが交渉の地スペースコロニー・ヒュースト
ンには罠が待っていた。国連および宇宙開発機構側
代表デーモン・ラウルはフェデレーションに対して
宣戦を布告。ビアンキ代表と随行使節団の身柄は拘
束され、グワイヒアも攻撃を受ける。
 グワイヒア艦長アリ・イブン・ザイードは、ビア
ンキ奪還の作戦行動を決意。敵戦闘艦3隻を向こう
に回しつつヒューストンを強襲、上陸班を送り込む
構え。だが乗り組みのクルー200余名のほとんど
は、艦と同様に、これが初陣であった!


 悲鳴は気にならなかった。しかし巨大なスペース
コロニーの外壁が頬をかすめてゆくのを感じては、
さしもの仕事熱心な斎藤椛も、オペレーター席のモ
ニターから顔を上げずにはいられなかった。
 内壁の全周をカバーしたホロディスプレイ装置が
ブリッジを吹きさらしの宇宙空間に変えた。クルー
たちはグワイヒアそのものとなってすべてを見た。
いましもすれ違いつつあるヒューストンの状況は椛
の手元の画面にもデータ表示されてはいるが、自分
の目で見ると迫力が違う。数分前に撃ち破ってきた
港のゲート。どこかにフェデレーション代表アント
ニオ・ビアンキを隠しているはずのコロニー本体。
行く手に潜むはずの敵戦闘艦の姿は光学映像として
は捉らえられていない。見える距離まで近づく前に
戦いは始まり、終わるはずだと椛は知っていた。
「いま悲鳴をあげたやつは誰だ?」
 鋭い声は左後方から響いた。ふりむかずとも声の
主はわかっている。アリ・イブン・ザイード。グワ
イヒア艦長、鷹の眼をした男。
 左舷側第1監視員席のリンダ・イフェアがかぶり
を振るのが椛の視野に入った。左手に展開したエン
グラムの輝きが、少女の恥じ入るような声の調子と
響きあって揺れている。
「申し訳ありません。眼が回って……」
「アナ・ビジョンだな? 艦内ではろくに見えんだ
ろう。電磁波が届かんからな」
「お言葉ですが、ホロ映像からでも軌道計算は可能
です。敵艦が3隻だけとの保証もありませんし」
「いい答えだ。相対速度が大きい場合は近くを見な
いようにするんだ。酔うからな」ザイードの口調が
わずかに和らいだ。「宇宙は怖いか?」
「はい。だから目を離せません」
「上等だ。よく見ておけ」
 椛は仕事に戻った。彼女は視線を感じていた。リ
ンダの後ろ、第2監視員席の女性らしい。確か名前
は……坂堂巽とかいった。
 ―――FSSグワイヒア。昨2079年に進宙し
たばかりの最新鋭多目的宇宙船。それは太陽系で最
速の艦であり、かつ学び舎でもあった。定員200
名をやや越えるクルーの大半は宇宙船乗りを目指す
若者たち。要するに素人ばかりだ。だから艦長職以
外の部署は複数で受け持つのが原則で、兼任もざら。
ブリッジ要員は艦長を含めて定員15名。第一級戦
闘配備中は平時の倍以上の人数が詰め込まれること
になる。勉強のためとはいえ、さすがに狭い。
「着床まで2分」
「上陸班、艦首X01区域に集合完了」
 髪に大きなリボンをつけたリーナ・ラスティンと
無表情なラナ・フレデリカが競うようにきびきびと
告げる。続いて愛美・ユニシオールが色白な頬を染
めてキャプテンシートを振り仰いだ。
「コロニー・ヒューストンの設計図面をデータバン
クより入手!」
「上陸班に送ってやれ。鵜呑みにするなと伝えろ。
あそこの居住者はアメリカ人が多いからな」
 現在稼働しているスペースコロニーはすべてフェ
デレーションによって建設された。管理運営も基本
的にフェデレーションの任である。だが住民の思想
信条に立ち入る権限はない。ビアンキ拉致から宣戦
布告へ至る地球側の一連の動きをみる限り、合衆国
大統領デーモン・ラウルに近い住民感情を持つと思
われるコロニー・ヒューストン内部には、図面には
ない改造が施されていると考えるべきだった。
「ヒューストン第2宇宙港、視認」
 星海・オレイヤ・晶の報告を遮ったのは、妹(に
は見えないが)ナイアス・伽須美の叫び。
「レーザー、照準されてます!」
 ホロディスプレイに霧がかかった。ヒューストン
から放たれたレーザー攻撃がグワイヒアの表面塗装
を蒸発させたのだ。銀色の霧はレーザーを遮る幕を
成す。乱反射したレーザーがグワイヒアの周囲に散
り、雷をはらむ雲のごとく見えた。乗員の視覚保護
のためディスプレイの明度が落ちる。それでも前方
に港ははっきりと見えた。円筒形をなすコロニーの
両端に位置する宇宙港のうち、第1ポートはすでに
沈黙させた。残る一方を強襲、接岸。上陸班を乗り
込ませる手筈である。
「艦長! 攻撃させておくんですかっ」
 メディナ・エレクトラムが普段のおとなしげな表
情からは想像もつかぬ調子で言った。
「感情的になるな」ザイードの声は高くはない。だ
が誰しもが耳を傾けずにはいられない。「戦闘は非
理性的な行為だが、理性を失えば死ぬだけだ」
「敵の好きにさせておくんですかっ!」
「誰がそんなことを言った?」鷹は雛鳥たちに鋭く
命じた。「機関部、反物質エンジン最大出力。航法
は敵戦闘艦各個の軌道を読め。通信員、艦内全域に
対衝撃防御を指示。操舵手、進路16、03、第3
戦速前進。まっすぐ行け」
「ええっ。だって艦長」鈴明蘭、叫びながらも視線
を前へ据えて「まっすぐ行ったらコロニーに」
「構わん。突っ込め」
「了解っ」
「火器管制。全バルジ兵装スタンバイ。第1ミサイ
ルランチャー全弾、港へぶち込め」
 了解、とは答えたものの、アリシア・ローランド
には経験がない。椛が代わった。
「火器管制サブにいただきました。照準完了」
「ミサイル発射」
「発射」
 グワイヒアを正面から見ればYの字に見える。艦
体から突き出した3本のバルジがあるためだ。兵装
は主としてこの突出部分に据えつけられている。右
舷上方の第1バルジから放たれたミサイル群は飢え
た獣のごとくひとつ残らず命中。音もなく爆散する
破片に奇妙なきらめきがまとわりついている。
「エア流出を確認。シリンダー破りました」
 バルデマス・ジロンゴの報告にアレーナ・虎杖の
歓声が重なった。加速Gと固定ストラップさえなけ
れば、12歳の少女は躍り上がっていただろう。
「やったぁ! モミジおねえちゃん、すごい!」
 椛は苦笑するしかない。アレーナはもう忘れたの
か? それとも彼女の説明を頭から信じた? あの
質問にはまったく肝を冷やしたのだが。
 ―――ねえねえモミジおねえちゃんさぁ、どうし
てそんなバレバレの嘘をつくの? ほんとうのお名
前、なんていうの?
 ―――おとなになると秘密が増えるの。聞かれた
くないこともね。そっとしておいてくれない?
 ふうん、といってアレーナは訳知り顔に笑ってみ
せた。ませた子だ。しかし憎めなかった。
 あの場には誰と誰がいた? 聞かれていただろう
か? 坂堂巽は? 椛には確信が持てない。
 ザイードの命令がブリッジの空気を揺るがす。
「グワイヒア直進。突入後、着床せずシリンダー内
へ進攻。上陸班出撃用意。内火艇パイロットは風に
気をつけろ。内火艇発進後、グワイヒアはただちに
回頭、コロニー離脱と同時に艦隊戦へ移行する。航
法、計算結果を火器管制へ回せ。飛び出したら砲撃
だ。3連装レーザー各個、敵艦3隻の予測進路範囲
に照準しておけ。操舵、機関ともに第1戦速機動の
準備。乱数加速はなしだ」
「しかし艦長、それでは的になるだけです」
 水樹涼音の抗議はもっともだ。加速が一定ならば
敵艦の砲術管制を騙しようがない。
「的になってやるさ」こともなげにザイードは応え
た。「連中も俺もコロニーを落としたくはない」
「ちょっと待って! 私の作戦を、わあッ」
 ブリッジ後方、いまは加速方向の重力がかかって
いる扉のところに、男女2名のクルーがいた。
 ザイードはキャプテンシートを反転させた。腰の
ホルスターに手をかけている。
「所属と姓名を名乗れ」
「なっ、ちょ、ちょっと待って」女は暴れ回る長い
髪を押さえながら「戦闘情報管制官志望、神室麗佳
です! 怪しい者じゃないわっ!」
「オペレーターがなぜ銃を携行している? 服務規
定違反だぞ」
「私は保安要員兼任です。巡回任務中でした!」
「ならばその職務に戻れ。今すぐだ」
 グワイヒア艦内で銃器所持を認められるのは艦長
のみである。保安要員といえども任務中でない限り
は許されていない。船乗りが地球の海を駆け巡って
いた時代から続く由緒正しきルールだ。
「だって、だって戦争なのにぃ〜ッ!」
 と諦めきれない麗佳を押しのけて、ダンディな髭
をたくわえた男がしゃしゃり出た。
「私は入って構いませんね。操舵手のレナード朝霧
です。遅くなりましたが、艦隊戦は私の腕で」
「間に合ってるわ!」メイン操舵席の明蘭が子ども
特有の高い声でぴしゃりと決めつけた。
「いや、しかし彼女は確か、ほんの11歳……」
「フェデレーションは能力優先主義だろ? 俺たち
に任せて、引っ込んでな」
 サブ操舵席の男が投げつけた言葉に、レナードは
沈黙した。いや、呟いている。
「きみは……きみの名はなんといったかな?」
 レッドラム。彼はレッドラム。心の中で椛は答え
たが、むろん口には出さない。手元のモニターに映
し出されるグワイヒア全図を惚れぼれと眺めながら
椛は思う。アタシの船。なんて奇麗なんだろう。
     @     @     @
「うちの艦長は控えめな性格ですね」
 内火艇の操縦桿を握る大見健太は前を向いたまま
怒鳴った。船体のきしみで声が消されるのだ。
「あの人は風に気をつけろと言いました。ずいぶん
と遠回しな忠告じゃありませんか!」
 コロニー内部は夜であった。闇ではないが、視界
全周を一面に覆う雲がどよめいて、見通しはゼロに
近い。空気は破壊された港から宇宙空間へ勢いよく
逃げ出していた。自動修復機構が働くにはもう少し
かかるだろう。降下までに風は止むだろうか?
 健太の内火艇は紙風船のごとく翻弄された。重く
粘る大気に放り込まれた艇は宇宙空間とはまるで異
なる挙動をみせる。健太は気圏飛行の知識を持たな
い。他の2隻の内火艇を操るリック・ウッドワード
と綾瀬悠も似たようなものらしい。コロニー・シリ
ンダーの中心付近には重力が働かないぶん少しは楽
なのだが、それでさえ手に余るのだ。
 唯一さいわいだったのは、迎撃に現れた敵の小型
艇も風にあおられ、ろくに戦わぬまま墜落していっ
たこと。そのうちの1隻に記されていた『岸岳』と
いう艇名が不思議に目に残った。
「皆様ごらんになって」大きな丸眼鏡の柊真由は広
げたホビットに指を這わせた。グワイヒアから送ら
れたコロニー内部の地図が表示されている。「有効
な侵入ポイントは、ここと、ここと……」
「ここがいい」ジャック・ハミルトンが示した地点
は、コロニー管理施設に近い場所である。「このエ
リアは官公庁が密集している。一隊で管理センター
を急襲。これを陽動として、残りは代表の救出に向
かってはどうだ? 俺の勘だと代表は、ここだ」
「会談場?」レイ・インダーソン・カミアは青い眼
を疑わしそうに細めてジャックを見た。「そこにビ
アンキ代表がいるという確証はあるのか?」
「それが分かれば悩みゃしませんてば」長身のユー
ナ・ミュンツァーが、自分のホビットをひらひらと
振ってみせた。「こいつで情報を引き出しましょう。
ついでにウィルスでもばらまきますか?」
「情報戦やな」浪花商人(なにわ・あきひと)が細
い目をいっそう細くして「望むところや。ハッキン
グとソロバンなら任しといてもらいまひょか」
「あの」ソル・アニエルが地図から顔を上げ、少し
ためらうようにして「退路は」
「外壁側から外へ出るしかないみたいね」答えたの
はエイミー・クリア。「緊急脱出用のボートがあち
こちに準備されてるから、それに乗って」
「こいつはどうします」健太が叫んだ。「内火艇で
すよ。お迎えはいらんのですか」
「飛べない。重力も大気も蜂蜜みたいに重くて」
「降りましょう」腰を浮かしたラニエル・シーンの
手にエングラムがある。「いま見えたんです、降下
地点が」と示したのは内火艇の天井の方向だ。
「周りすべて下、か」生態学が専門のトモカズ阿部
が金縁の眼鏡を押さえつつ薄く笑った。「ここで死
んだら天国へは行けそうにないな」
「そりゃまあ」研究助手のイズミ・スタイリーが首
をかしげた。「でも星にはなれるかも」
     @     @     @
 グワイヒアは猛然とコロニーを飛び出すや続けざ
まにレーザー砲を斉射した。
 彼方にぽつりと火の花が閃いた。『沈めた!』カ
イ・ブラッドフォードの声が通信機から響いた。
『俺の獲物が取られちまった!』
『お前さんがもたもたしとるからじゃ』
池田源十郎の塩辛声、からかうように。
「残りは2隻」御堂力はコムニーに吠えた。「俺が
いただく」彼の小型宇宙艇はいっきに加速した。
『コック長! 落とされないでね。ごはんの味が落
ちるのは御免ですから!』
 力は沈黙した。女性の声だったからだが、本人は
決して認めまい。誰だろう? ゆな・三日月とかい
う娘の声に似ていたが、あの子は自前の艇を持ち込
んでいただろうか? グワイヒアの格納庫は狭い。
いま、力と競うように敵艦へ迫りつつある船はみな
個人の物であり、艦載機ではない。それぞれの判断
で、自艇を駆ってグワイヒアに随行したのだ。
 センサーに新たな反応が現れた。小型艇。力たち
の軌道と交差する。味方とは考えにくい。
『ザコが出てきたようだ』
大宙雷三、急加速。
『任せたぞ、諸君。わしは大物を叩く』
『ずるいですよ大宙さん!』
 神皇雅の機体はカスタム・フェイドラを搭載して
いる。鮮やかな機動をみせて新手と対峙した。
 グワイヒアはもうずいぶん先へ行ってしまってい
る。最大戦速を出されてはエルマー級といえども追
いつけはしない。敵艦との砲撃戦は続いている。
「大物は大物同士で果たし合うか」呟いて力は転進
した。敵小型艇に目標を変える。
     @     @     @
「Y03、04区域に被弾っ」
「貫通か」
「いえ」リーナはきびきびと「損害軽微。当該区域、
遮光塗料92%消失」
「唾でもつけておけ」言い放ってザイードは次々に
指示を飛ばす。航法、操舵、火器管制。監視員とオ
ペレーターの声が交錯する。
「標的C、大破」バルデマスの声が弾んだ。
「よし。残りは1匹だ。航法、操舵、連携して敵を
追い詰めろ。火器管制、制御をメインに戻せ。アリ
シア、仕留めてみせろ」
「了解!」
「上陸班より入電」山家・メンデス・格の報告にも
力がこもった。「降下に移ったようです」
     @     @     @
 内火艇後部にジョイントされていた3機の宇宙工
作機が次々と切り離された。二十年前とさして変わ
らぬ球形の野暮ったい機体が多目的マニピュレータ
をバンザイの格好に上げたまま雲に没した。腕の先
に取り付けた光源は雲の中でも目立つ。
 それを目標に、上陸班が次々と降下する。
 雲を抜けてゆくうちに風が重くなってきた。シリ
ンダーの回転によって生み出された遠心力が大気を
圧しつけているのだ。いまやどちらが“下”かは明
らかだった。上陸班員たちは頭から真っ逆さまに落
ちていく。手脚を広げる。風が唸った。
 かれらの眼前にコロニー内部の景観が開けた。
 真下の市街地はすでに目覚めている。グワイヒア
の攻撃が住民たちの眠りを蹴破ったのだろう。無数
の灯火は大気ににじんで揺れていた。サイレンの音
は初めかすかに、次第に大きく、あらゆる方向から
聞こえてきた。
 市街地を挟んで“川”がある。コロニーの外壁を
タテに6等分したうちの3エリアは透明な素材で造
られており、これを“川”と呼ぶのだ。そこが光り
始めた。コロニーの外、放射状に展開した反射鏡は
無数の小さな鏡によって形成されているが、それら
が角度を変え、太陽光を“川”を通してコロニー内
へ送り込むのだ。夜はみるみる真昼に変わった。
 工作機がバーニアを噴射した。上陸班員たちもロ
ケットパックのノズル方向を調整し、点火。ぐん、
と制動がかかった。足から降下。地上からの攻撃は
まだない。まず工作機が着地。班員たちはその周辺
に散らばった。何人かが転んだ。
「どうしたんです、サジェスタくん」丘准大樹が倒
れたサジェスタ・マックレインを助け起こす。「確
か0Gスポーツは得意だったはずでしょう」
「ここじゃ神のご加護がなくってさ」
 少年は工作機の傍らにうずくまってエングラムを
展開した。アナ・ビジョン。全方位索敵。
「なにか見えますか」
「わかんね。建物が邪魔だ」
 市街地の真ん中だ。ひと気はない。官庁街だから
か。あるいは警報を聞いて隠れているのか。
 東雲和人が不意に移動した。彼の意図に気づいた
数人が従った。公共端末を見つけたのだ。ホビット
でのアクセスは容易なはずである。
 かれらを銃弾が襲った。
「あそこ」椋・クリフト・紫蘭がひとつの窓に銃を
向けた。が、彼は発砲をためらった。
 一瞬後、敵は撃ち倒されていた。
「迷わないほうがいいね」スナイパーと名乗る少年
は拳銃を構えたままするりと椋の傍らに進み出た。
くちびるの端で笑って「ま、人のこと言えないんだ
けどさ。ボクもスタン弾しか使えないから」
 和人たちは端末へたどり着いた。俊光・プランツ
の工作機が立ちはだかって弾避けになる。和人は手
早くアクセスしたが、眉をひそめた。
「おかしい。データが引き出せない」
「敵も思い切ったことやるなあ」風間達樹が口笛を
吹いた。「ネットワークに干渉してるんだ」
「軍用回線のパスワードが欲しいところだが」
「サイバーアクセスを試してみよう」
 朱砂葵はエングラムを展開した。公共端末にエン
グラム・インターフェイスはないが、さして大きな
影響はない。だが彼はため息をついた。
「やはり無駄だ。この技能ではネットワークに侵入
できない。基本に帰ってハッキングだな」
「それよりも」祀蒼玄、かっきりと折り目をつけた
ような口調で「アクセス中の軍用携帯端末を入手す
るほうが早道なのではありませんか」
「オラオラ! ちんたらやってんじゃねえ! オレ
がかっぱらってきてやるぜェ!」
 お人形のような悠希・エンジェルが鬼軍曹のごと
き形相で走った。神塚玄蔵が続く。わずかに遅れて、
みたらいだいすけ。
「こら悠希! チームワークを乱すな! オレより
先に行くのは禁止だーっ!」
「ゲンさん語録その1。チームワークはオレの後か
らついてくる、と……うわったったった!」
 銃撃! 3人は踊るように身を翻した。ひとり倒
れた。悠希。立てない。なにか喚いた。
「敵がいます!」ディーナ・グレイ・神崎が大きな
瞳をますます見開いて「いっぱいいる〜!」
 ソュロ・ジェスパがすかさず助けに走った。トウ
ショウ・ナナクサが続く。
 ホーク・ブリードウェル、ユン・カーレンリース
の2名が小銃を構えてソュロとトウショウを追い抜
いた。援護射撃。応射が激しい。
「目を」閉じろ、と言う間を惜しんでホークはスタ
ン・グレネードを発射。閃光と轟音。
 さすがに敵の射手はひるんだ。その隙に、かれら
は悠希を引きずって戻った。
「わあああ、血が出てるうぅ」グラス・ブルートー
ンが悲鳴をあげた。「やだやだ、死なないで!」
「どァれが死ぬかい、ボケナス!」
 悠希の手当を受け持つイェルミネン・ラーは無言
であったが、いろいろと言いたいことがありそうな
表情だ。彼女はあくまで冷静に手元を狂わせた。
「わあわあ、死んじゃった!」
「いや、気絶しただけだけど」クラウディア・トッ
ツィーニは同僚に耳打ち。「ねえジェニ、イェルミ
麻酔しなかったんじゃないかな?」
「きっとなにかお考えがあるんだわ」とてつもなく
冷静にジェネレーション・エクサは応えた。
「あちらさんは防衛ラインを敷いてるな」
 ソルトムーンと名乗る男が呟いた。切れた調味料
を買い足しに行こうとでもいうような口調で。
「だからどうした?」刺青に彩られた顔をギラリと
笑ませてマセウス・諱は言い捨てた。
「ヒゲ、俺様たちの仕事はビアンキの旦那を救出す
ることだぜ。さあ坊ちゃん嬢ちゃんがた、ショウタ
イムだ。ビアンキの旦那を探しに行くやつは誰と誰
だ? 俺様とヒゲがきっちりエスコートしてやるぜ」
「アタシはコロニー管理センターを押さえる」那牙
月・リエ・キャロラインが磁力ライフルに装弾しな
がら「一緒に行く人は?」
「わたしが」と進み出たクレア・ヴァヴナーは歯の
根が合わない。
「きーんちょーしなーい!」綾瀬真実子、あくまで
陽気に「おとりは任せて。派手にやっちゃう」言い
ざまスタン・グレネードを構えた。
「無駄遣いやめて」黒人少女シェラ・レオネがたし
なめるように「戦うならなるべく建物の中で」
「倹約してちゃ戦争できないもーん」
「一般市民の命まで無駄にする気?」
「ガキのくせにいいこと言うじゃねェか」アンドリ
ス・クリーンズがにやにやと笑った。「自分の命を
無駄にしねえよう気をつけるこったな」
     @     @     @
 同じ頃、グワイヒア機関室。
 といっても別に荒くれた雰囲気はない。シートと
コンソールの並ぶ殺風景な部屋である。主船体に位
置するこの部屋はメインエンジンである対消滅炉に
寄り添って造られている。各バルジに備えられたイ
オン推進機関の制御もここから一括して行う。仕事
の内容はオペレーターと大差ない。
 だがこのときは修羅場と化していた。
 定員5名の室内に詰め込まれた10名の機関員の
うち、3名が突然暴れ出した。うち1名はどのよう
にして持ち込んだのか日本刀を抜いている。
「さーて、アンタにも席を立ってもらおっかー」
 テロリストのひとりは少年だ。いたずらっぽく笑
いながら顔を近づけてくる。ココ・ルビアスキーは
相手を睨みつけた。
「キミたち、なにをしているかわかってるのか」
「早くどけよォ。退屈させんなよなっ」
「戦闘機動中だ。持ち場を離れるわけには」
「こいつ、頭悪いみたいだまんねん」赤いアフロヘ
アの大男がココをシートから引っこ抜いた。
「殺さないで、ワイルド」刀を構えた女が冷ややか
に命じた。「少なくとも一人は専門家を残しておか
ないと、艦が動かせなくなるわ」
 ココは寒気を感じた。こいつらはグワイヒアを奪
おうとしている。スペース・ジャックだ!
「踊り子! 逃げるわ。始末なさい」
「オッケー、湊取(そうしゅ)」
 女の命令を受けて少年が床を蹴る。グワイヒアは
なお加速中であり、したがって艦首側が重力的に上
となっている。その方向に対消滅炉へと通ずる扉が
あった。逃げようとしていた機関員は3名。中のひ
とり、へなへな男が悲鳴をあげた。狼狽の声。
 彼の制服は腹のあたりが妙にごつごつとふくれて
いた。そこからなにか転げ出た。それは少年の傍ら
をかすめて落ちた。ココの身長は2メートル3セン
チ、腕だって長い長い。ナイスキャッチ。
 大男が奪い返そうとした。揉み合う。女が刀を構
えているが室内は狭い。
「なんかあったの?」艦尾側、いまは下となってい
る方向の扉が不意に開いて、真っ黒な顔が出た。整
備員のモケレ・ムベムベ・マカクである。
 女が振り向きざま斬り捨てようとした。
 ココが大男を突き放したのが、同時。ブーツ裏の
肉球が壁から離れた大男は態勢を立て直せずに女に
ぶち当たった。ふたりはそのまま通路へ。
 なんだなんだどうなってんだと騒ぐ声がするとこ
ろをみるとモケレはまだ近い。ココは叫んだ。
「ブリッジへ連絡を」
 背後、いや上方から声がした。神よお許しくださ
い、と。ふりむいたココは異様な光景を見る。逃げ
ようとしていたはずの機関員が銃を構えていた。美
貌の青年と荒んだ表情の少年はきっちり同じタイミ
ングでココに狙いをつけた。少年はエングラム技能
シャドウを使っているらしい。(仲間だったんだ)
(やつらもテロリスト)
 刹那、重力方向が逆転した。グワイヒアが急制動
をかけたため艦首側が下に変わったのだ。戦闘機動
中はよくあること。だがテロリストには予想外。銃
を構えたふたりはへなちょこ男もろとも殴りつけら
れたように後ろへ吹っ飛ぶ。
 後ろ? そこは炉室だ! 反物質を反応させるこ
とで巨大なエネルギーを生む対消滅炉は、同時に艦
内最大の爆発物でもあった。
 追おうとしたココを、踊り子と呼ばれた少年が遮
る。蹴りがきた。吹っ飛ばされたココをかすめて風
が走った。風の中に少年がいた。彼は踊り子にぶち
当たり、そのまま炉室へ転げ込んだ。
「おいおい高見くん! おーい!」
 ひょうきんそうな若者が銃を構えて現れた。ココ
を見つけると及び腰で銃を向けた。
「出たなテロリスト! その爆弾を捨てろ!」
 ココは握りしめていた物体をまじまじと見た。
「保安部の方?」
「おや? この私、ディアス・ローをご存じ?」
「知りません。連中は向こうです。これが爆弾なら、
たぶんひと山いくらで抱え込んでますよ」
     @     @     @
 機関室からの急報にブリッジは騒然となった。
「保安部員に急行させろ」ザイードは鉄のごとき表
情で「艦隊戦続行」
 男がブリッジに現れたのはそのときだった。彼は
銃を手にしていた。
 ザイードの対応は素早かった。キャプテンシート
を反転させると同時に抜いた。銃口は男の額に据え
られている。完璧な動作と言っていい。
 だがさしもの鷹も、サブ操舵席の男が飛び出して
くることまでは予測できなかった。「動くな」ザイ
ードのこめかみに銃口をねじ込んで操舵手はささや
いた。「こうしていれば少しは頭も冷えるかい、え
え、艦長さんよ?」
「よくやった、レッドラム」正面から近づいた男が
ザイードの拳銃を取り上げた。
「諸君、見ての通りだ。偉大なる艦長閣下の命は俺
様の手に落ちた。抵抗したければ歓迎する。おもし
ろいからね」
「ブラボー! はまり役ね、狂優!」
「モミジおねえちゃん!?」
「それ誰?」この瞬間まで斎藤椛と名乗っていた火
器管制官はがらりと表情を変えた。
「アレーナ君、アタシのことはジェイルと呼んでね」
コンソールを操作。モニター画面に現れたフェイド
ラに小さく手を振って「始めて。例のやつ」
「なにこれっ」明蘭が操舵システムを叩いた。「動
かなくなっちゃった!」
「研修中からちょっとずつハックしてたんだよーん。
ほら、アタシって仕事熱心だしィ?」
 グワイヒアはゆるゆると減速してゆく。火器、航
法などのコントロールものきなみ失われた。
「通信士さん、敵艦にメッセージ頼むわ。こちら機
構軍特殊部隊。われ艦橋を制圧。現座標で停船につ
き、これ以上の攻撃は無用なり。う〜ん名文」
「うそだ」チエダ・ウォルターが看破した。「あな
たがたは機構軍なんかじゃない」
「そうさ。俺たちはフェデレーションの理念を信ず
る者だとも」レッドラム、揶揄するように「だから
こそビアンキ救出作戦には賛成できねえ。親友を救
う? 私情でケンカを始められちゃ困るんだよ」
「光栄なことだ」ザイードが吐き捨てた。「アント
ニオを見捨てて、俺を人質か」
「少なくとも」狂優と呼ばれた男、眉を上げて「グ
ワイヒアと貴様の重みは等しいな。この船は軍隊だ。
タテ型組織は頭を押さえられれば負ける」
「ずいぶんと周到な準備だな」
「代表と貴様の性格を考えれば、会談の結果とその
後の推移は予測できる。この計画はいわば安全装置
だったのだ。ザイード、貴様は負けた。クルーに降
伏を勧めたければ止めないぞ。グワイヒアさえ渡し
てもらえるなら穏便に退艦させてやってもいい」
「それが本音か」
「ねえ、お願い」監視員席から立ち上がった女は黒
いレオタード姿になっていた。
「ここは狂優の言うとおりにして。犠牲が増えるだ
けでしょう」
「断る」
「戦うの? フェデレーションは人の革新なのに、
ふりあげた拳に拳で応えるの?」
「盗っ人たけだけしいとはこのことだな」
「俺様も仲間も気の長いほうじゃない」狂優は凄惨
な笑みを浮かべて「対消滅炉を押さえるのも時間の
問題だ。死ぬのは貴様だけじゃないんだぞ」
「ありがたいな。おまえらと一緒の空気を吸うのは
まっぴらだ、フェデレーションの面汚しめ」
「言ったな」レッドラムが唸った。
「待って」ジェイルが叫んだ。「セクシー! その
女、なにか企んでるよ。注意して!」
 黒いレオタードの女は坂堂巽に銃を向けた。
 監視員席の巽は両手を上げたままシートを回転さ
せ、テロリストたちと向かい合った。呟いた。
「……なに? なんて言ったの?」
 答えの代わりに衝撃がきた。横G、強烈な。
「戻った!」明蘭、歓声。「動くよっ!」言いざま
乱数加速に移った。グワイヒアは上下左右あらゆる
方向へでたらめに動いた。
 テロリストたちは立っていられなかった。
 レッドラム、倒れながらも発砲。逸れた。ザイー
ドの腕が下から跳ね上げたから。2発めは撃てない。
ザイードが銃を奪ったから。直後、眉間を撃ち抜い
た弾丸は、さぞ頭を冷やしてくれたことだろう。
 セクシーは巽のシートへ覆いかぶさる格好になり
わめきながら銃を振り回した。すぐ静かになった。
シートの裏側に貼りつけていた光学銃を握り締めて
巽は震えた。彼女は人を撃ったことがなかった。
 狂優は撃ちまくり、何人かを傷つけた。が、不運
にも彼はラナの席に倒れ込んだ。格闘に長けたラナ
に腕をねじ上げられながらも予備の銃を抜こうとし
た。ザイードの銃弾がそれを許さなかった。
 ジェイルだけはシートに縛りつけられ、呆然と眺
めていた。モニター上、彼女のフェイドラを。『コ
モン・フェイドラの介入を受けました。プログラム
実行不能。システムを再構築しますか?』
 視線を移す。巽へ、アレーナへ、ザイードへ。
「気づいてたんだね、やっぱり?」
「アレーナさんの言葉を聞いてからずっと考えてた
んだ。どういうことだろう、なぜ偽名を使うんだろ
うって。そのうち反乱の可能性に気づいて……それ
で、艦長にも相談して……」
「安全装置を仕掛けたわけだね。コモン・フェイド
ラがこの船にも乗ってたのか。気づかなかった」
「眠らせてある」ザイード、不愉快そうに「趣味に
合わんのだが、システムに悪さをされてはな」
「なんて言って起こしたの、さっき?」
 フェイドラへの命令は音声入力だ。起動コマンド
は、巽が呟いた短い言葉のはず。
「日本語だったんだ」巽は眼を伏せた。「星空まで
は何マイル……ってね」
 ジェイルは笑った、ひび割れたように。彼女はコ
ムニーに告げた。「占拠失敗。暴走にシフト」そし
て拳銃を抜こうとした。
 ザイードはジェイルの心臓を一発で射抜いた。
「保安部、機関室の鎮圧急げ。艦内管制、他に反乱
の兆候はないかよく見張れ。医務班は何名かブリッ
ジへ。実体弾による負傷者が数名出た。操舵、乱数
加速停止。戦闘機動継続。敵艦の位置は」
「回り込まれてます。左、真横!」
「航法! 最短の正対コースを操舵へ回せ」
「計算済みです」オレイヤ・晶の少女めいた高い声
が裏返った。彼女(?)の緊張は無理もない。グワ
イヒアの側面を守るのは装甲だけなのだ。
     @     @     @
 高見正樹はふらふらだった。彼は保安部員。テロ
リストを追って炉室に入り込んだ。そこで乱数加速
に引っかき回された。さしも敏捷な正樹といえども
上と下とがでたらめに変わってはたまらない。炉室
内部にはラダーが張り巡らしてある。それにしがみ
ついているのが精一杯だった。
 4人のテロリストもラダーに張りついたまま動け
ない。かれらは揃いの不格好なヘルメットを被って
いる。体は簡易宇宙服だ。
 加速方向が安定し、上と下とが固定された。正樹
はすぐさま動いた。テロリストは散る。ひとりが正
樹と対峙。少年。さきほど軽く手合わせした感触で
は格闘家だ。かなり使える。正樹はためらわない。
腕には自信があった。この日のために鍛え抜いてき
た。突っ込む。互角、いや圧倒している。
「高見くん!」ディアスの声。「ヘルメット。爆弾
も。早く早く」なにを言ってるんだ?
 そのとき正樹の視野に別のテロリストが飛び込ん
できた。へなちょこ男。なにか仕掛けた。爆弾?
 正樹の隙を敵は見逃さない。蹴り、舞うがごとく。
吹っ飛ばされた。背中をラダーに打ちつけて正樹は
呻いた。激痛と同時に目の前が赤く染まった。猛烈
な衝撃が全身を叩く。やわらかなものがぶつかって
きた。敵だ。やつのヘルメットのシェードが正樹の
鼻柱に当たる。その奥、少年の眼、驚愕の表情。
 炉室の壁が大きく裂けていた。敵艦の攻撃がここ
まで達したのだ。渦巻いた爆風はすぐさま強烈な引
き風に変わる。3人のテロリストたちが次々と宇宙
空間へ吸い出されていくのが見えた。正樹は背後の
ラダーにしがみつき、目の前のやつを思いきり蹴っ
た。絶叫とともに少年は消えていった。『右へ移動
してください』コムニーから声。右には女性がいた。
テロリストたちと同じヘルメットをつけて、手にも
うひとつ持っている。それを正樹へ差し伸べた。『
早く。気圧が』
「すまない」耳が痛んだ。「あんたは?」『整備班、
御影恭子です』素早くラダーを上り始めた。『ブリ
ッジ、こちら炉室。被弾しましたが炉は無事。外壁
側、隔壁閉鎖を待ってください。爆弾が仕掛けられ
たようなので亀裂から投棄します』
「手伝おう」『ありがとう』と言って視線をそらし
た。『このヘルメットは炉室内作業時の電磁波防護
用です。気密状態での作業には向いてませんが』
「爆弾が破裂するまでは保つだろ?」『あの人たち
が救助されるまで保てばいいけど』
「そんな気にはなれねえな。あいつらの同類が俺の
両親を殺したんだ。……確か他にふたりいたはずだ
な。どうなった?」『めんぼくない。逃げられた』
ディアスがしおしおと答えた。『内火艇を盗まれて
ね』
     @     @     @
 放られたキャンディを反射的に受け取って、それ
でようやくレン・星山は我に返った。
「ぼ〜んやりしてちゃいけませんねぇ」舞木三郎が
にこにこと言った。彼の白衣のポケットはお菓子で
膨らんでいる。だが今は血に汚れていた。
「お願いします」高見洋が負傷者をかつぎ込んでき
た。この男、一度に3人までは運べる。
「あのう」桜井千鶴子、とまどったように「この人
の制服って、機構軍の……?」
「負傷者に敵も味方もないでしょう」
 コオル・アーゼ・カミヒガシが無言で千鶴子を押
しのけ、手当を施す。千鶴子は頬を染め、手を貸そ
うとした。コオルはぷいとその場を離れた。
「気にしないで」レイア・スミスが千鶴子にささや
いた。「あの人、女性とは口をきかないの」
 上陸班は苦戦していた。代表の居所がつかめない
のだ。蒼玄が調達した軍用端末からもそれらしき情
報は得られなかった。よほど徹底的な情報侵入対策
が施されているらしい。
 コロニー管理センターや通信施設を押さえようと
試みた者たちも、予想外に頑強な抵抗に遭い、撤退
を余儀なくされた。増えるのは負傷者ばかり。
 おまけに裏切り者まで出た。艦内で反乱が起こっ
たとの連絡を受けた直後、2名の隊員が味方を襲っ
たのだ。インフルエンザ、BANVIと名乗る両名
はすぐさま逃走。これを追跡した坂咲今日至のオー
トバイは途中で転倒、大破した。今日至いわく「コ
ロニー内の道路はすべて一方通行にすべきだ」との
こと。コロニーで重力とは名ばかりで、その実態は
遠心力である。回転方向と逆に走った彼は路面から
浮き上がったのだ。
 エングラムを使って代表の居所を探そうとの試み
も、リミット・ヴァイクを始めとして、数名が繰り
返し繰り返し挑戦し続けていた。だが芳しい反応は
なかった。エングラム・コンタクトは物理的障壁に
は影響を受けない。ただ距離によって誤差が激しく
なる。また相手が意識を失っている場合にも応えは
返ってこない。むろん最悪の事態もあり得たが、誰
もがその可能性を頭から締め出した。
「反乱は機関室だったそうですね」レンが呟く。
「鎮圧されたんだ。気に病むな」アルフレッド・ヨ
ハン・フロスト、皮肉っぽい調子で「機関員だった
よな、おまえ。艦に残ってたって防げたとは限らん
さ。今は代表を救い出すことだけ考えようぜ」
 俊光・プランツが声をあげた。
「代表の居場所がわかりました」度のない丸眼鏡が
ずり落ちるのにも構わず俊光は言った。
「地下です。座標を出しますからホビットに転送を」
「待って。罠では?」ユーナはげっそりとやつれて
いた。ずっと敵のウィルスと格闘していたのだ。
「メッセージ付きです。このコロニーにいるフェデ
レーション・メンバーからの情報ですよ」
「ウソじゃない」ラーナ・センチュリオン、小躍り
して「本当よ。ここに代表がいるんだわ!」
「スペースコロニーに地下室やてェ!?」
「後から改造したんだわね。どうりでマップ検索に
引っかからないはずですわ」
 仲間たちの声を聞きながら、レンは銃を取り、立
ち上がる。いつの間にか背筋が伸びていた。
     @     @     @
 問題の建物をちょっと見た限りではなんの異常も
感じられない。だが注意深く調べると、その周辺は
ゆるやかな丘状をなしていた。
「後から盛り土をしてあるようだ」キッド・オバー
ランドが呟いた。「上の建物を取り払ったら、典型
的な“妖精の丘”の地形だな。地下室ぐらいは充分
に作れるスペースがあるとみていいだろう」
「おっしゃア!」烏丸屋月舟は工作機のコクピット
でファイティング・ポーズを取った。「力仕事なら
オイラにお任せ! 暴れてやるぜ〜!」
「調子こいてんじゃないの」トモカ・オオアライ搭
乗の機体が、マニピュレータで月舟機をどやしつけ
た。「敵はうじゃうじゃいるわ。覚悟決めて」
「わ〜かってますぜ、あねごォ!」
 上陸班は工作機を先頭に立て、突入。
 敵もかなりの兵力を配備していたが、不細工とは
いえロボットのはしくれ。戦車でも持ってこなけれ
ば相手にならない。工作機の多目的マニピュレータ
は壊すほうも得意。壁も扉も床板もウエハースのよ
うにぶち破って強引に進んだ。
「地下室め〜っけ!」
「このバカ。止まりなっ」トモカ機はみごとな足払
いで月舟機をひっくりかえして「アタシらの出番は
終わりだよ。地下室までぶっ壊す気かいっ」

「誰か! 誰かいますかぁ?!」
 廊下の奥に向かってリリス・ライトが叫ぶ。答え
るように4人の男女があらわれた。ビアンキの随員
だ。ヒューストン行きの艦内で何度かみかけた記憶
がある。
 サラ・ダンジェが一歩前に進み出る。
「安心しろ。助けに来た」
「グワイヒアのメンバーか?」黒縁のメガネをかけ
た、年かさの随員が訊ねる。
「大丈夫だよ。脱出ルートはここに潜伏していた仲
間から教えて貰ったから」
 水無月菫が短く説明した。悠長にやっている余裕
はない。手を振って脱出の方向を示す。が、
「浅石さんは?」「ここに残る」「何ですって?」
 なにやら随員達の間で、緊迫した会話がささやか
れていた。
 焦れたサラが振り返った。その瞬間、乾いた銃声
が通路に響く。
「グレモリー!」
 随員の一人がゆっくりと倒れる。
「誰?!」サラは銃を抜き、身構える
「……向こうからね!」通路の向こう側に人の気配。
「……くそ! 走るぞ!」
 男言葉の女性随員が叫んだ。
 銃声。また一人、壁に鮮血を散らしながら死んで
ゆく。
「早く! 早く逃げろ!! 全員殺すつもりだぞ奴ら
はっ!!」
 言葉を待たず、彼らは走り出した。

「代表は?」
「いない! 連れ去られてる!」
 佳凛・ヴェールデンその答えを聞いて、行儀悪く
舌打ちした。「スワン! もう一度だけ占ってみて!
」
 スワン・バークレイはエングラムを発現させた。
額に輝くその向こうを透かし見るようにして、彼女
は呟いた。
「いない……近くには……感じられません……」
「使節の話では」水無月菫、きびきびと「突入より
数分前に、建物の中で争う物音が聞こえたとか」
 証言を裏づけるように、血痕の残る部屋が発見さ
れた。ロジャー・ベルコスはアナ・ビジョン技能を
用いて室内をねめ回した。集中する。彼の眼に赤外
線の痕跡が見え始めた。
「……はっきりしねえな。ごたごた過ぎてわかりゃ
しねえ。だが、代表はいる。間違いねえ」
「誰かに連れ出されたんだ」赤宮大地、絞り出すよ
うに「少なくともグワイヒアの人間じゃない」
「ひとまず撤退よ」綾霧由可が銃を構えた。
「待ってくれ」リミットが遠くを見るような表情に
なった。エングラムが輝き始める。
「感じる!」
     @     @     @
 コオ・フレデリックは立ち尽くしている。
 彼女の前に男がいる。彼女に銃をつきつけて。
 傍らにも、ひとり。アントニオ・ビアンキ。若き
フェデレーション代表は無抵抗に両手を上げ、コオ
にも同じことをするよう促した。
 わけがわからなかった。エングラムに感じた呼び
声を頼りに路地へ入った。傷つきうずくまるビアン
キを見つけた。グワイヒアへの道を尋ねられ、舞い
上がったまま導いてきた。そして、このざまだ。
 ビアンキが男になにか言っている。
「君達が欲しいのは彼女の命ではなく私自身の身柄
だろう? 彼女は逃がしてやって欲しいんだ」
 信じられない。このひとは我が身を放り出してま
でコオを助けようとしているのだ。
 男はビアンキの要求を拒んだ。
 ビアンキは厳しい表情になり、なおも言い募ろう
としたかに見えた。が、不意に崩れた。弛緩した顔
で遠くを仰ぐ。呼びかけても応えない。ひとかけら
の言葉だけが彼のくちびるからこぼれて落ちた。
「……ディア……?」
 男がなにか叫んだ。銃口が動いた。
 コオは死を覚悟した。
 激痛の代わりに訪れたのは、重さ。飛び込んでき
たそれは彼女を抱きすくめたが、すぐに力を失って
ずるずると沈んでいった。17歳の少女の腕には重
過ぎるその肉体を、コオは支えられない。アントニ
オ・ビアンキの、いまや動かぬ、肉体。
 コオは絶叫した。倒れたビアンキを抱え起こす。
揺さぶる。呼びかける。応えはない。まさか。いや
違う。生きている。不吉な音をたてて血を吐いた。
肺を撃たれたのだ。そう、そうだ、撃たれた。アン
トニオ・ビアンキは撃たれた。
 コオ・フレデリックをかばって撃たれたのだ!
 誰かがコオの肩を揺すった。頬を打つ掌。
「おい、わかるか?」カンル・シャクドウ。医療班
の同僚だ。「騒ぐな。落ち着け。おれたちはプロだ。
代表を死なせやしない。そうだろ?」
「お兄ちゃん!」祀真鴨が泣きそうな顔でカンルを
見た。「どうしよう。すぐ手術しなきゃ!」
「ここじゃだめだ。グワイヒアへ戻ろう」
「代表。わかりますか。代表」
 虎杖紫恵羅の呼びかけに、ビアンキは薄く眼を開
けた。笑おうとしたようだが。
「代表」紫恵羅のエングラムが強く輝く。「救けに
参りました」彼女の言葉はそれだけだった。けれど
エングラムからはもっともっと多くの想いが伝わっ
た。言葉にすれば、たったひとことだが。
 信頼。そうとも、信頼。ビアンキはもとより、ザ
イード、仲間たち、フェデレーション、そして世界
そのものへの信頼に依って、かれらは来たのだ!
     @     @     @
 ソル・アニエルは脱出ルートを頭に叩き込んでい
た。少年めいた潔癖な表情に導かれ、上陸班一行は
脱出艇へ。2隻に分乗。工作機は自力でエアロック
を押し破り、転げ出た。
 御堂力、ゆな・三日月らの小型艇がかれらを護衛
する。ヒューストンからの攻撃はない。
 グワイヒアは健在だった。中世の騎士が馬上に携
えた槍のごとき鋭いフォルムはすさまじい傷口に歪
み、銀の輝きも失われている。だが、生きていた。
魔法の大鷹はただ1羽で3頭の邪竜を屠り、力強き
光の翼を広げて雛鳥たちを迎えにきたのだ。
     @     @     @
 最上ちはやは呆れ果てたように相手を眺めた。
「ほんッと〜にお元気ですね。瀕死の重傷だったと
聞きましたが、ありゃ演技でしたか?」
「まさか」ビアンキは笑った。「自分の血で溺れる
ところだったよ。フェデレーションの医療技術は宇
宙で一番だ。もちろん、ここのスタッフもね」
 つきそっていたセピア・パティエンスがこころも
ち顔をうつむけた。むろん誇らしいのだ。
 ヒューストン強襲作戦の負傷者中もっとも傷が重
かったのはほかならぬビアンキだった。緊急手術は
みごとな成功を収め、術後ほんの数日で、ベッドの
上とはいえ談笑できるまでに回復したのである。
「もうすぐフォボス入港だなあ。ねえ、火星に着い
たら、歩いても構わないかな?」
「私どもの指示を守っていただけるのでしたら」
「包帯もかい? おおげさだなあ。頭も腕もほんの
かすり傷なのに。……というわけだから、すまない
が、少し休ませてくれないか」
「ああ、どうも」ちはやは立ち上がった。「つい長
居をしてしまって。重力ブロックは落ち着きますか
らね」カルテをめくって「俺のみたところ、代表の
精神面はきわめて健康。妙な洗脳も暗示も潜り込ん
でるようすはありません」
 病室にはもうひとり、ユィ・メイシェンがいる。
彼女は深い深い黒を湛えた瞳でビアンキを見た。
「ラウルは、なぜ戦争を始めたのでしょう?」
「我々が気に入らないんだろう」
「代表」ユィは身を乗り出した。「ラウルには私た
ちの知らない個人的な動機があるのではないでしょ
うか。彼は自分のフェイドラを抹消したそうです。
普通じゃありません。なにか、あります。代表、あ
なたは彼に会われました。印象を聞かせていただけ
ませんか。ラウルはなにを考えているのですか」
「それは彼のネイバーでも知らないことだろうね。
まあ、彼にそんな相手がいるとしての話だけど」
 不意に加速警報が鳴り響いた。慣性航行中にのみ
発令されるこの警報は変事のしるしでもある。『聞
こえるか、アントニオ』ザイードの声が病室を揺さ
ぶった。『木星アカデミーのひよっこどもに出くわ
した。連中、カタツムリにブースターを乗せて飛ん
できやがった。いい度胸だが止まれなくなったらし
い。まったく馬鹿なやつらだ。後先考えず飛び出す
とは』鷹は笑っていた、子どもたちのいたずらに手
を叩く父親のように。『そんなわけで少しばかり加
速する。ベッドに潜ってろよ』
「君の考えはこうかい?」緩衝剤の水で膨らみ始め
たベッドに埋もれてビアンキは言った。「停船不能
になった船にグワイヒアを並航させ、相対的速度を
ゼロにして、乗組員をデッキに引き上げる……」
『合格点だ。艦長をやってみるか、アントニオ』
「相手の船にぶつけない自信は私にはないよ」
『心配するな。俺はいま操舵席だ』
「それは大変だ。セピアくん、早く座ってベルトを
かけたまえ。ああ、それと、私の上着はロッカーに
入っていたかな?」
     @     @     @
 グワイヒアは火星に到着した。ここはビアンキの
ホームグラウンドである。
 木星アカデミー練習船救出劇と、それに続くビア
ンキ代表と生徒たちの会見は、いずれもつつがなく
終わった。またスペースジャック鎮圧に功績の大き
かった坂堂巽と鈴明蘭にはスペースガード戦功章が
授与された。
 雛鳥たちにはつかの間の休息が与えられた。
 だが軌道上、フォボス宇宙港では、すぐさまグワ
イヒアの修復、整備作業が始められている。むろん
メカマンは休みなしに働かされることになる。
「八蛇神さん、少し休んだらどうですか?」
 沢木隆の言葉に、八蛇神聖はかぶりを振った。
「いや沢木殿! 俺のことなど構わんでくれ! 今
は仕事仕事仕事! 仕事に打ち込まねば、俺の恥は
そそげはしないのですからな!」
「ははあ……でも事故だったんですから……」
「おっしゃるな! 機関部所属のこの俺が、あろう
ことか反乱のおり不在、しかも駆けつけようとして
道を見失い迷いに迷って死にかけたなどと! あれ
が事故なら俺は、この俺はあっ!」
「仕事しろよ……」通り過ぎざま、中書島実が無表
情に言葉を投げかけていった。
「あの人、整備の虫だから」とりなすように隆は微
笑んで「あとは自分がやっときます。火星の街でも
ぶらついてきちゃいかがです?」
「沢木殿! 俺はいくら飲んでも酔えんのだ!」
     @     @     @
 ―――自室に下がったビアンキをザイードが訪ね
たのは、遅い時刻だった。
 ビアンキはベッドでホビットを広げていた。目を
上げる。しずかな表情とは裏腹に強いまなざし。
「いま君の卒業論文を読んでいた」
「古い話を引っ張り出すなよ」ザイードは苦笑して
スツールに腰を下ろした。「新調したのか」
「穴を空けられてはね」壁に掛かった上着にちらり
と目をやり、ビアンキは笑う。「左の胸を撃たれな
くてよかったよ」
「まったくだ。俺の友情も無駄になるところだ」
「予想外だったねえ」ため息をついてホビットに目
を戻した。「君の趣味は知っていたつもりだけど、
まさか助けに来るとは」
「甘いな、優等生。それで今頃になって俺の卒論を
思い出したってわけか」
 ビアンキはホビットのモニター画面をスクロール
させた。論文のタイトルは『緊急時における垂直型
意志決定権の付与と、その段階的消滅』となってい
た。
「うかつだったよ。君は昔から現実家だった」
「違うな。おまえが夢想家なんだ」
「アリ。君は勘違いしていないか。私はアレキサン
ダーでもシーザーでもないんだ。私が死んでもフェ
デレーションの理想にはなんの影響もない。『必要
があれば機能が生まれる』んだからね。私の意志は
社会の総意として引き継がれてゆく。必要ならば代
わりも現れる。それがフェデレーションだ」
「知ってるさ」鼻を鳴らして「卒論、ちゃんと読ん
だのか? 俺だってフェデレーションの理念は信じ
てる。アラーよりも崇拝してると言っていいくらい
だ。だがな、今は戦争だ。おまえが死んでも誰かが
継ぐさ。しかしそれには時間が要る。いいかアント
ニオ、戦争ってのは速さが強さだ。おまえが死ねば
フェデレーションは混乱する。遅れを取るんだ。そ
の間にラウルの銀蝿野郎は思うさま飛び回って猛毒
を撒き散らすのさ。それでもいいのか?」
 ビアンキは眼を閉じた。低く、なめらかに、言葉
を紡ぎ出してゆく。
「……『憎んだり恐れたりするくらいなら、むしろ
滅びたほうがよい。憎まれたり恐れられたりするく
らいなら、むしろ二度滅びたほうがよい』……」
「その引用癖はやめろ、アントニオ」うんざりした
ようにザイードは唸った。「大昔の哲学者なぞ持ち
出すくらいなら、少しはジョークでも考えろ」
「ニーチェは偉大だと思うがなあ」傷ついたように
ビアンキは呟く。「ねえアリ、君は怒るかも知れな
いが、私はフェデレーションがなくなってしまって
も構わないと思っている。組織としては消えても、
我々の理想が人類全体に広がってくれるのなら、そ
れに優ることはないだろう?」
「おまえ、あのハイエナ野郎にそんなことを言った
わけじゃなかろうな?」
「私もそこまでお人善しじゃないさ。ラウルに期待
はしていなかった。白状すれば、戦いは避けられな
いと思っていた。だが可能性はゼロじゃないと信じ
てもいたんだ。血を流さずに、憎しみを生まずに、
すべてを少しでも善い方向へ動かすために、ラウル
に会わねばならなかった」
「プログラム・シミズを用意して、か? 用意のい
いことだ。死に損なって残念だろう」
「アリ、何度でも言う。私の命は問題ではない。君
の友情には感謝するが、私という一個人を救うため
に作戦行動を起こした君の判断は、誤っている」
 沈黙は短く、めまいがするほどに深かった。その
奈落から先に声をあげたのは、ザイード。
「おまえの言うとおりかも知れん」鷹はまっすぐに
友を見据えた。「俺は、艦を降りようと思う」
 ビアンキの眼がわずかに揺れた。
 ザイードは肉食性の笑みを浮かべた。
「いいか、俺は俺のやり方が間違ってるとは思わん
のだ。アントニオ、おまえはトカゲの頭であって、
尻尾じゃない。切られた頭も生えてくるのがフェデ
レーションだが、それまでに蛇の腹に収まっちまう
こともある。だから頭は守らねばならん」
「そのために争うのか? 私を救うためだけに命を
いくつも犠牲にして、憎しみを生むのか? アリ、
きみは私の命とフェデレーションの理想とを天秤に
かけるような真似をしたんだ。どだい釣り合うわけ
がない。君だって理解しているだろう」
「おまえが失われれば混乱は長引く。死ぬ奴も増え
る。ええい、俺の卒論を読んだんだろう。あの頃か
ら考えは変わっとらんのだ。しかし、しかしな、俺
のこの考えがテロリストを呼び寄せた事実も、認め
んわけにはいかん。あの事件の責任は俺が負うべき
ものだ。間抜けな艦長は更迭されて当然だ!」
 立ち上がった。ベッドの上の友を見下ろすかたち
になって、しかしザイードの瞳には、どことなく楽
しげなきらめきが宿っている。
「アントニオ、こいつはおまえと俺の勝負だ。グワ
イヒアはこれからも前線へ投入され続けるだろう。
俺の雛鳥たちが自分の才覚で危地を切り抜けられれ
ば、おまえの理論が正しいわけだ。だめなら、俺の
卒論にも価値があったってことさ」
 ビアンキはしばし沈黙した。
「まったく頑固者だよ、君は。艦長代理はクルーの
中から選ぼう。私に任せてもらうよ。ところで……
君が正しかったとして、クルーはどうなる? 放り
出されてしまうことにならないか?」
「キムでも呼び寄せてやってくれ。やつなら立派に
育て上げてくれるだろう」
 ザイードは立ち去りかけた。が、振り向いた。
「ひとつ教えてくれ。あれは無事なのか?」
「左の胸だよ」
 ザイードはビアンキの上着に歩み寄った。左胸の
ポケットを探る。小さなカードが現れた。
「おまえ、持って行ったんだろう。俺よりよっぽど
無茶な性格してるぞ。こいつをラウルの野郎に奪わ
れたらどうする気だったんだ?」
「べつに重要じゃないからね。たとえラウルがこれ
の意味を知ってたとしても、どうせ全部は揃いっこ
ないんだ。鍵のない宝箱は宝物と言えるかい?」
「まるっきりのゴミでもあるまい。でなければ歴代
のフェデレーション代表に受け継がれるはずがなか
ろう。俺にはあの計画の知識などまるでないが……
こいつは大事なものだって気がするよ」
 ザイードの手で、カードは光り始めている。ホロ
映像が浮かび上がった。少女。フェイドラ。彼女は
両の掌でなにかをゆるく包み込むようにしている。
そのささやかな空間には、きりきりと渦巻くごとき
抽象的なパターンがあった。
「ピグマリオン計画、か」ビアンキはフェイドラの
手の中の模様を見つめる。「私が生きているうちに、
この暗号を解き明かせる日が来るだろうか?」
     @     @     @
 坂堂巽はもともと着痩せしてみえるのだが、艦長
代理を拝命して以来、本当に痩せたようだ。彼女が
座るとキャプテンシートがやたらに大きく広く感じ
られる。ちょっと加速すれば耐Gベルトをすっぽり
すり抜けてしまいそうだ。
 この日も彼女はとてもとても忙しかった。火星を
出港する期日が迫っていた。準備すべきことは天の
川の星よりも多い。リストをチェック、チェック、
チェック、チェック、ホビットの画面をいくらスク
ロールさせても後から後からリストが現れる。ただ
でさえ眼が血走ってくるというのに、おかしな報告
も持ち込まれる。
「機関部、哲太・ダキシオス・神楽坂です。持ち場
でオーボエを吹いていたら、笑い声が聞こえて……
俺のほかには誰もいなかったんですが。ええ、高い
声でした。女性か、子どもか……」
「司厨班、暁孟浩だ。オレぁ見たんだよ。走ったん
だ、ジャガイモが! 倉庫の扉を開けたとたん、オ
レよりでっけえ保存コンテナごとドーッとダッシュ
して逃げ出しやがった! あっ、なんだおまえ、信
じてねえな!? メシ抜きだ!!」
 巽はいったん考え始めると他のことが見えなくな
るタイプだ。これらの話は気になる、ものすごく。
だが今は考えねばならないことが多過ぎた。なにせ
とにかくグワイヒアを飛ばさねばならない。
 火星を離れたら、グワイヒアを預かる責任は巽の
ほっそりした肩にことごとくのしかかってくる。震
えるほどの緊張に耐えて雛鳥は決意した、強く、高
く、羽ばたくことを。
 だが―――凶報はいつも最悪のタイミングを狙っ
ているのだ。あらゆる希望を打ち砕くために。
「太陽が……超新星化する? なぜ!」
 巽は言葉を失った。恒星もいつかは死ぬ。人の命
が果てるのと同様に避け得ない運命だ。だが我々の
太陽はこういう死に方はしないはずだった。間違い
だ。これはなにかの冗談なのだ。そう、夢だ、これ
は悪夢だ。……そう信じて眼をそむけていられたな
ら、どれほど楽だったか知れないのに!
 巽は我に返った。ブリッジ中の眼が彼女に注がれ
ている。指示を待っている。彼女のクルー、彼女の
雛鳥たちが、飛び立つ先を尋ねている。
「予定に変更はありません。FSSグワイヒアは明
後日フォボスを出港。目的地、地球」
 そうとも。星屑は立ち止まらない。燃え尽きるま
で飛び続ける。ほかになにができるだろう?

《次回プロローグ》
 グワイヒアの次なる任務は星屑を拾い上げること
だった。
 目的地は地球。映画撮影中のリプフェルト監督が
戦争のあおりで地球にいられなくなり、脱出してく
るという。グワイヒアは撮影チームご一行さまを地
球軌道上までお迎えにあがるのだ。
 この件の依頼はグローリアス・ヴィクトリアヌス
一世閣下からもたらされた。撮影チームはスイスか
らヴァンダーベッケンへ逃げ込んだらしい。少なく
ともリプフェルト氏は王様を動かせるぐらいの実力
を持っているわけだろう。
 連絡によれば、映画はヴァンダーベッケン上でも
鋭意撮影中で、グワイヒア内部でも引き続き撮影を
続行したいとのこと。
 映画撮影! グワイヒアの中で!?
 乗員にもエキストラ出演を頼みたいそうだ!
 べつに構わない、職務さえ果たしていれば。だが
なにしろ反乱騒ぎの後だ。保安部はぴりぴりしてい
る。そのうえリプフェルト氏はワガママで名高い、
いや悪名高い。どんなトラブルが起こるか知れたも
のではなかった。そしてなにかがあったとき、すべ
てをさばける人間が、今のグワイヒアにいるだろう
か? ……いや、たとえいなくても、やらなくては
ならないに決まっているのだが!
 グワイヒアの性能なら火星から地球まで一週間も
あれば到着する。撮影チームご一行さまは(どうす
るのかは知らないが)ヴァンダーベッケンから宇宙
へと上がるらしい。宇宙空間での回収任務はすでに
木星アカデミーの改造船でまがりなりにも経験済み
であり、さして問題はないかに思われた。
 とんでもない話だ!
 いまや地球は敵地だ。静止軌道には機構軍の要塞
ドックがある。アヴァターラを模して造られたその
施設は次から次へと戦闘艦を吐き出していた。
 グワイヒアが向かった空域に配備されていた戦闘
艦は、確認されているだけで16隻。
 このうち3隻が大出力レーザー砲を装備した大型
艦だ。ヒューストンで対戦したのと同じ連中である。
主砲の直撃を受ければグワイヒアの装甲といえども
ひとたまりもない。
 艦長代理は正面からぶつかった。宇宙艦隊戦闘の
基本戦術である。グワイヒアの武装が艦首方向に集
中しているのもそのためだ。
 だがこのときはさすがに敵が多過ぎた。
 小型の雷撃艇が7隻、じりじりとグワイヒアを取
り囲んだ。足はひどく遅いが側面に食いつかれては
厄介だ。前方以外をカバーする武器は後尾へ向いた
3基のレーザー砲だけであり、迎撃用の装備にして
も電磁シールド程度しか持たない。普通ならそれで
充分なのだ。グワイヒアの最大の武器は足の速さ。
対消滅炉の大出力で加速すればなまなかなミサイル
など追いつけやしない。だがこのときは足が封じら
れていた。重力井戸の底から這い上がってくる連中
を救出せねばならないからである。
 リプフェルト監督とご一行さまは機構軍にとって
も標的である。ヴァンダーベッケンから宇宙へ上が
る方法がどんなものとなるにせよ、自衛手段はゼロ
に決まっている(グローリアス一世の非武装主義は
あまりにも有名だ)。となれば、かれらには護衛が
不可欠だ。それもまたグワイヒアの仕事だ!
 敵艦の残り6隻は未識別である。おそらくは最新
鋭のミサイル巡洋艦と思われた。うち2隻が戦線を
離れてゆく。明らかに撮影チームを狙っていた。
 ミサイル艦を放置すれば撮影チームが危ない。だ
が、いま転進すれば、グワイヒアは敵大型艦のレー
ザー砲に弱点をさらすことになってしまう!
 雛鳥たちはこの危機を切り抜けられるのか!
《次回へつづく》

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《お知らせ》
●次回プロローグの部分は、6月期RAで扱うべき
内容を含んでいます。
●坂堂巽(01318-01)は通称「グワイヒア艦長代理」
及び「スペースガード戦功章」を取得しました。ま
た鈴明蘭(00233-01)は「スペースガード戦功章」を
取得しました。
●キャナルス・ケイ・ウィンザード(00847-02)、オ
ストワルド・マンダリン(00700-01)、ミランジョ・
ミレー・マンダリン(00700-02)、不来方檀(00673-0
2)は今月死亡しました。マニュアルに従って死亡再
登録を行ってください。
●義眼、義手、義足等のPC設定はOKですが、そ
れらの能力はそのPCにふさわしいレベルしか持た
ないものとします。10歳の子が成人並みのパワー
を持っていたりするのはダメということです。
●ご質問にお答えします。Q.PCの行動を「今回
の行動」「ふだんの行動」のふた通り書くのは、ダ
ブルリプライか?A.ダブルリプライではありませ
ん。なぜなら「ふだんの行動」とは「PCの描写」
で、ネットゲーム本来の意味での「行動」ではない
からです。
 そのPCがどんな人物かということは大事です。
どしどしアピールしてください。しかしなによりも
重要なのは行動です。PCが何らかの事件や状況に
かかわったとき、なにを考え、なにをするのか。そ
れさえはっきりしていれば、あなたのPCは活躍に
一歩近づくでしょう。
 このシナリオでは今後もネットゲームのリプライ
に関する質問にお答えしていきます。疑問点があれ
ばリプライ用紙の隅にでもお書き添えください。
●ところで、そもそもリプライは、どう書けばいい
のでしょうか? あなたのPCが活躍できるような
リプライは、どうすれば書けるのでしょう?
 実は、必勝法はありません。ネットゲームは多数
のPCのおもわくが絡み合って進行します。どれほ
ど完璧を期したつもりでも、状況がどう転がるかは
予測不能なのです。
 だから、どうすれば活躍できるかは、誰にも確か
なことは言えません。
 ただ、これをやったらボツかなァという、失敗し
やすいリプライのパターンはあります。
 たとえば「戦う」とだけ書いてあるリプライ。
 受け取ったマスターはちょっと困ります。戦うと
言われても、誰と、なぜ、どのように戦うのでしょ
うか? 今回のビアンキ救出作戦のように「戦闘が
起こることが当然予想される局面」であっても、な
ぜ戦うかは人それぞれ。仕事だからとビジネスライ
クに銃を取るのか? 怖くて仕方ないけど勇気を出
して作戦に臨むのか? それともトリガーハッピー
の危ない人なのか? 
このリプライだけでは、こうしたことが読み取れな
いのです。
 このリプライを採用する場合、マスターはPC設
定を見ます。性別、年齢、得意分野、外見、長所に
短所、性格、口調……。データを睨んで「このPC
はどんなやつで、なにを考えて行動するのか」を理
解しようとするのです。ですが、普通はこういうこ
とはしません。やろうと思えばさほど難しくはない
のですが、あえてやりません。
 なぜなら、こうして書かれたリアクションは、単
なる小説と変わらないからです。
 同じ「戦う」という行動でも、PCならではの理
由が書いてあれば、ずいぶん違ってきます。
 まずは特技を生かしてみましょう。「格闘が得意
だから銃器の使えない場所で戦う」とか「工作機で
力任せに突っ込む」とか「射撃技能で仲間を援護」
とか、いろいろと考えられますね。「システム管理
知識を用いてネットワークにウィルスを流し、混乱
させる」とか「建築物侵入が得意なので、敵の背後
からこっそり忍び寄る」なんてパターンも。
 動機から攻めてみるのも有効です。「俺のPCは
傭兵経験があるから新米どもをフォローするぜ」と
か「ビアンキ代表に心酔してるので率先して志願し
た」とか「実はどさくさで誰かを殺そうとしてる」
とか「惚れたあの子の盾になる!」とか「死に場所
を求めているのさ……」とか。
 いつ戦うか、という要素も考えられます。「作戦
開始と同時に先頭をきって突入」とか「劣勢の味方
を救うため駆けつける」とか「撤退時、しんがりを
務める」とか。「×時×分に爆発する爆弾を仕掛け
る」なんてのも
このパターンでしょうか。
 戦う相手は誰でしょう。「出くわす敵は残らず倒
す」とか「狙撃手を狙う」とか「指揮官優先」とか。
あるいは「特定の建物」や「特定の人物」というの
もいいでしょう。「自分の過去を克服するため」と
か「ライバルには絶対負けたくない」なんてのも美
しいですねえ。
 お気づきでしょうか。ここまで挙げたパターンに
は共通点があります。「絵になる」という点です。
もう少し具体的に言うと「PCが置かれている状況
が明確に伝わる」はずです。
 「戦う」とだけ書かれたリプライからはぼんやり
としか掴めなかったPCの姿が、はっきりと、色も
匂いも肌触りも伴って、伝わってくるでしょう。
 これがリプライの基本であり、極意です。
 次回、ぜひ試してみましょう。