『N98 星空までは何マイル?』は、(株)遊演体の著作物です。
掲載したリアクションは、(株)遊演体に著作権があります。
(株)遊演体の定めた規則により、二次使用を固く禁じます。
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■No.09141「鷹よ、よみがえれ」
GM:星空めてお 担当マスター:茗荷屋甚六
このリアクションは選択肢140、180を選ん
だ人の内、一部の方に送られています。
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《前回のあらすじ》
FSSグワイヒアは、テロリスト“会”に強奪さ
れた2番艦シャドウファクシを追ってL5コロニー
群へ向かった。だが一歩遅く、コロニー・タイペイ
2の虐殺を許してしまう。グワイヒアは多くの犠牲
を払いながらもシャドウファクシを奪還した。
グワイヒアの次なる任務はシルマリルの護衛であ
る。水星へ向かうシルマリルは、リヴァイアサンの
友好種に取り込まれていた。追ってくるのはデーモ
ン・ラウル率いる大艦隊。地球人類の存続をかけた
決戦が始まろうとしていた。
フォボス港のドックに巨艦が横たわっている。
シャドウファクシである。
中書島実は、傷ついた船の傍らでホビットを広げ
ている。その画面には、目の前の船の3Dモデルが
表示されている。実は音声で短く指示した。カスタ
ム・フェイドラはマスターにならって短く応じ、モ
デルを回転させた。画面上の船は3色に塗り分けら
れている。実はペン型のデバイスで触れた。船体の
後方、パラソル状に広がった部分が点滅した。
実は視線を上げ、わずかに後じさる。目の前の船
に、点滅する部分───光圧反射鏡のパーツが取り
つけられるところだ。
大柄な女が実の傍らに並び、細い目でホビットを
のぞき込む。女は汗と機械のにおいがした。
「3番艦の誕生はだいぶ遅れちまうだろうな。こん
なにパーツを流用しちゃってさ」
実は返事をせず、無表情に作業を続ける。画像の
点滅が止まり、色が変わった。優先順位レッドの修
復箇所を示す数値がひとケタに変わった。
「これでどうやら飛ばせそうだなあ」女は実に握手
を求めた。「アタシ、九剛宝らいら。キミも乗るん
でしょう、この船に?」
「そのつもりだが」
「専門は整備だよね? ねえ、このバルジなんだけ
ど、どういう設計思想でこうなってるのかな。目的
に応じて付け換えたりできると思う?」
「可能だね。バルジには武器架、センサー群、イオ
ン推進用の核融合エンジンが組み込んであるが、こ
のうち武器架とセンサー群はブロック式だ。取り外
すのは簡単だし、あとはどうにでもなる。たとえば
バルジ内部を居住スペースにするとかね。もともと
グワイヒア級は多目的宇宙船だから、フレキシブル
な運用ができるようになっているのさ」
「詳しいね」
「まあ、な。グワイヒアに乗っていたし」
先輩、と叫んで少年が現れた。たぶん少年……だ
と思うのだが。愛らしい表情。先輩とは、らいらの
ことらしい。息をきらし、眼を輝かせて言った。
「探しちゃった。機関部の最終チェックに回るんで
す。先輩もつきあって。なんたってボクらはプレス
テル・ヨハンの最強整備士コンビだもんね!」
「おしおし。いま行く。この子は御門マモル。アタ
シの相棒でさ。こうしてやるっ」
巨大な胸の谷間へマモルの顔を押し込んだ。マモ
ルは笑いながら逃れ、早く、と言って駆け出してゆ
く。らいらは豪快に笑って手を振った。実へ戻した
表情は真剣なものになっていた。
「あの子に、戦争以外の生き方ができるようにして
あげなくちゃね。この船にも」
実はシャドウファクシを見上げた。下唇をかるく
つまんで、らいらに顔を向けた。実は驚いた。笑み
を浮かべている自分を発見したのは久しぶりだ。
「おまえ、不思議なやつだな……」
@ @ @
シャドウファクシのメインブリッジはすでに活動
を始めていた。
艦の整備状況を示す画像が、ホロディスプレイに
大きく映し出されている。沙織・ミュッセンベルク
は管制席で、手元のモニターと照らし合わせた。
「残る作業は航行中でも可能です。機関部の最終確
認が済み次第、出港すべきだと思いますが。どうし
ますか、リーダー?」
沙織が問うた相手は、キャプテンシートではなく
隣席、通信士席にいた。
愛美・ユニシオールは緊張した表情だ。色白の頬
をわずかに染めて彼女は応えた。
「出港します」
「判りました。準備にかかります」
「艦長、本当にこれでいいのでしょうか」
ミランシャ・グライフは、愛美の傍らの通信士席
で腕を組んでいる。表情が晴れない。
「テロリストは必ず来ます。我々は幸運にも事前に
情報を得たのだし、やつらを叩き潰してから出港す
るのが当然ではないのでしょうか?」
「わかんない人だなっ」メイン操舵席から鈴明蘭が
言った。「僕たちが飛ばすのはただの船じゃない。
シャドウファクシだ。いま最優先しなきゃいけない
のは、ラウルを止めて、シルマリルを守ることだ。
僕たちはテロリストなんかに構ってるひまはないん
だよ。ビアンキ代表だってそう言ったろ!?」
「それは、そのとおりですが」
ミランシャは、灰とダイヤモンド作戦と呼ばれる
テロ計画の存在を知り、シャドウファクシを用いて
のカウンターを提案した。だがそのプランはアント
ニオ・ビアンキの要請で中止されていた。理由は明
蘭が言ったとおりである。
「火星に残る人たちを信頼しましょう」愛美がミラ
ンシャに言った。「きっと守ってくれます」
「そう、ですね。霧島さん───ESSの、私たち
の仲間もひとり残って働いてくれることになってい
ます。むざむざとやられはしません。罪もない子ど
もたちを巻き込むことなど、絶対に……」
大きくうなずいて、愛美は言った。
「それと、ミランシャさん? わたしは艦長ではあ
りませんので。シャドウファクシ復旧WGリーダー
を務めているだけです」
「では、艦長はどなたが?」
「この船に艦長はいません。グワイヒアは軍として
の編成で動いていますが、わたしたちはあえて別の
道を試してみたいんです。クルー全員が自分の役割
を理解し、自覚を持って動く……そういう体制こそ
が、よりフェデレーション的だと思いますから」
───WG希望の影鷹は、シャドウファクシ改装
と戦線への投入を目的としている。SGの直接の指
揮下にはない。だからこそこういう体制も試みるこ
とができる。ただし、シャドウファクシはあくまで
WGへの貸与という扱いになる。重要な任務にアタ
ランテ改が貸し出されるのと同じことだ。
@ @ @
「キミも乗船予定者か」バティナ・フーリエは青い
眼をじろりと動かしてその男を見た。
「そうだよ」口髭の男は酒場でも訪れたような口調
で答えた。「ジャンニ・クラウディオ。操舵手とし
て登録されてるはずだ」
バティナはホビットを操作。WG『希望の影鷹』
の参加者リストを検索する。確かにいた。
「失礼した。キミが立ち止まって動かないものだか
ら、いささか不審に感じてな」
「個人的な感慨ってやつだ。オレもとうとう軍艦に
乗り込むことになっちまった。男ってのは親父の後
をたどって歳を取る。……おたくらは?」
「オレらはESSってグループだ。シャドウファク
シに注目したのはキミらのWGだけじゃない。共同
作戦って寸法だな。せっかくだから代表も誘ってみ
たが、断られたよ」
「ビアンキの旦那を?」
「残ってテロに備えるそうだ。シルマリリオンにで
も合流してくれれば士気だけは上がるんだが」
「バティナ」武神宋一郎が言った。「ミランシャか
ら通信だ。急げとさ」
「といってもな。リストによれば、まだ何人か乗り
込むはずのメンバーがいるぞ。知らないか」
「さあな」ジャンニはふりむいて「ひょっとすると
あいつ、そうなんじゃないか?」
巨漢だ。ニッコリ笑顔のお面。手には銃。
「……どう見ても怪しいぞ、あれは」
「そうか? 人間、見かけで判断されちゃかなわん
だろう。さっきからオレと同じ道を歩いてきたんだ
が……おーい。もしかしてシャドウファクシを探し
てるんじゃないのか」
「うおっ!」男はのけぞった。「よくわかったな。
おじちゃんは、てれぱしーが、つかえるのか!」
「まあな。名前は?」
「なまえ! ちゃあんと、かいてある。みろ!」
得意そうにホビットをつきつけた。画面上にはス
ペース・パトロールの認識票。スマイリーひろし。
確かにリストにある名前だ。だがIDには指名手配
中の表示があった。ルーシー・フォレル博士殺害未
遂などの罪状も書かれている。自分の手配書を見せ
びらかして、ひろしは大威張りであった!
「ふざけやがって」宋一郎、抜刀。「動くな。ふん
づかまえてやる!」
「なにい。おじちゃん、ボクの、てきだな」
いきなり発砲した。宋一郎は倒れた。
「わるいやつめ。あぶなかった。ボクは、わるもの
の、なかまになんか、ならないぞ!」
ひろしは飛ぶように逃走した。
@ @ @
「あんさん、そそっかしいなあ」バージ・シャウト
は苦笑した。「戦争の前にケガしはるなんて」
「がたがた言うな」バティナが怒鳴った。「早くオ
ペの準備をしろ。看護の経験はあるな?」
宋一郎はシャドウファクシのメディコへ運び込ま
れた。本人の希望である。仲間とともに出港したい
と強く主張したのだ。
医療スタッフのバージはおもむろにエングラムを
励起させた。傷口に触れる。
「どや。楽になりましたやろ。スレッドいう技能を
おぼえましてん。活性率がもうちょいあれば、オペ
せえへんでもよかったんやけどね」
「すまねえな。ドジを踏んだぜ……」
「ほんまにそそっかしいわ。命を粗末にしたらあき
まへんで。世の中に無駄なもんはないんや。ワイの
ようなもんでも、こうして誰かのお役に立てるわけ
やしね。あんさんも元気になりぃや」
@ @ @
「だめだ」
レイ・ファルザングの声は、シャドウファクシの
さして広くない機関室に響き渡った。
コオ・フレデリックはびくりと身を縮めた。傍ら
に立つ俊光・プランツが少女を支える。
「無茶だぜ、まったく」レイは続けた。「対消滅エ
ンジンを暴走させるだと? なに言ってるか判って
るか? あれが吹っ飛んだらどれだけの放射線が出
るか、知らないわけじゃねえだろう。デーモン・ラ
ウルの虐殺を手伝うつもりかよ」
コオは蒼白になった。俊光の表情も大きく歪みか
けたが、彼は自制した。鋭く言った。
「そんな言い方はやめてください。僕も彼女もタイ
ペイ2を体験しました。ネイバーリンクで」
「悪かった。だが、それならなおさら判るはずだろ
う。反物質を軽々しく扱えば、あんたらが経験した
ことが繰り返されるかも知れないんだぜ」
「そのとおりですね……。しかし彼女の気持ちも汲
んでください。彼女は、ラウルの虐殺を止めたいと
いう一心で、会いに行こうとしているんです」
銀の靴という技能がある。エングラム・インター
フェイスを通って空間転移を行うものだ。ただし大
きなエネルギーが必要になる。コオは、対消滅エン
ジンを暴走させることで、必要なエネルギーを確保
したいともちかけてきたのだ。
「気持ちは判るさ。だが」言いかけたレイを遮るよ
うに、大道寺代奈が勢いよく立ち上がった。
「話して判る相手だと思いますか」苦しげな表情で
代奈は言った。「80億人を平気で虐殺できる男で
す。それでコギトンが減少する保証もないのに。わ
たしは、あの男が、許せません!」
俊光は黙った。図星らしい。だがコオはきっぱり
と顔を上げて代奈を見た。ひたむきな瞳。
「会えれば、会って話すことさえできれば……彼の
方法以外にも超新星化を防ぐ手立てがあると、判っ
てもらえると思うんです」
「あの男はとっくに知っています。ガンサー・ラウ
ルの息子ですもの。超新星化の危機も、考えられる
いくつかの対処法も、よく知っています。そのうえ
で、虐殺を、選んだ。フェデレーションに任せるく
らいなら殺すほうがましだと言って!」
「そのくらいにしとけよ」レイは、コオたちへ向き
直る。「あんたらがやろうとしてるのは博打だ。負
けて失うのはこの船だけじゃねえ。シルマリリオン
に挑戦するチャンスまでなくしちまうんだぜ」
「おっしゃるとおりです」俊光はうなずいた。「コ
オ、行こう。やはり無理なんだよ」
うなだれて歩み去るコオの背中に手をおいて、俊
光はレイをふりかえった。
「シルマリリオンか。最後の大ばくちですね。勝つ
自信はありますか、レイくん」
「負ける気で賭けやしねえだろ」
@ @ @
『マスター、航法計算終了しました』
「よくやったわ、フィシス」嵯峨野水儺瀬はサブ操
舵席のコンソールにくちづけた。紅の跡が残る。
『共用物を汚すのは感心しませんね』と言いつつも
カスタム・フェイドラは嬉しそうだ。
「無駄な反応パターンを仕込んでいますね」
シェリーナ・ハイロウ管制官の口調には遠慮がな
い。彼女は愛美に向き直った。
「搭乗予定者のうち若干名が姿を現しませんが、そ
れ以外の点はすべて順調です。現時点をもって発進
し、所期の作戦へ移行すべきとわたくしは考えます
が、異論もあるでしょう。リーダー、こうした場合
の意志決定について、方針をうかがえますか」
愛美は少し考えた。
「……重要なのは、なにがもっとも優先されるべき
かという価値判断の正確さです。なすべきことを理
解していれば、誰でも、瞬時に、自分に求められて
いる仕事にとりかかれるはずです」
「ではリーダー。あなたはなにを優先すべきである
と考えますか」
「シルマリルを守ることです」
「意見が一致しましたね」シェリーナは艦内へ通達
した。「FSSシャドウファクシ、発進へのカウン
ト・ダウンを開始します。発進まで500秒」
@ @ @
「シャドウファクシ、発進!」
操舵手の明蘭は気持ちよさそうに叫んだ!
「つまんなーい」
サブ操舵席のミュリス・メルクリシュナウスは気
合が入っていなかった!
「ずいぶん余裕があるな」補助席からジャンニが声
をかける。「おたく、グワイヒア級の経験が?」
「あ〜やめて。寄らないで、オヤジのくせに。余裕
でうだうだしてんじゃないの。アタシ、満たされて
ないの。わかってくれる? 愛美ちゃん」
「は?」
「んふふ〜。かわいいっ。キミいくつだっけ」
「15ですけど」
「いいわねー。食べ頃。ねねねね、今晩アタシとい
いことしよっ。やさし〜くしてあげるから」
「なにを言うてます、このひとは」水儺瀬、呆れた
ようにかぶりを振って「あなた女でしょう。女の子
を口説いてどないするの」
「だって好きなんだもーん。キミも素敵っ。お化粧
の香り。たまんないわあっ。グワイヒアもよかった
けど、シャドウファクシもかわいい子ばっかり。で
も残念なのはスワンちゃんだわ。テロリストの手に
かかって、この船で……ああ、もったいない!」
愛美はみるみる青ざめた。
「ミュリスさんっ。お仕事をしましょうよっ」
「だってサブ当番だしー。愛美ちゃん知ってた。ス
ワンちゃんはね、この船ではね飛ばされて死んだの
よ。入港したとき、艦首には乾いた血痕が」
「やめてってば!」
「その話ならわたくしも聞きました」薄い笑みを浮
かべてシェリーナが言った。「遮光塗料を塗っても
塗っても、ひとのかたちが染み出てきて……」
「やめてええっ!」「ひいいいいっ!」
愛美とミランシャはそろって頭を抱え、震えなが
ら互いを見た。その眼には限りない共感が。
「いやだわ。単なるウワサです」シェリーナは声を
あげて笑った。「こういう話、お嫌い?」
「うう……この船に乗ったのは失敗かも……」
通信席に丸くなったミランシャの目の前で、入電
を示すサインが点灯した。受け取った。青ざめてい
た彼女の頬に紅みが戻る、猛々しいほどに。
「テロリストが動き出したわ」
@ @ @
ハインツ・カルヴァンは、内火艇のコクピットで
待機している。いつもの陽気さはかけらもない。
声がしている。ブリッジからだ。水上源一郎。小
柄な初老の男。月から飛んできたという。それ以外
はなにも知らない。この船に乗り込むとき、ちらり
と見かけただけだ。だが源一郎は息子を諭すように
懇々としゃべり続けている。
『グワイヒア級には艦載機と呼べるようなものはな
い。あるとすればハインツ、いまおまえが乗ってい
る内火艇ぐらいだ。しかしそいつはうすのろだ。加
速も減速も満足にできんうえ武装もない。戦闘には
まるで役に立たん。ハインツ、早まるなよ。飛び出
せば死ぬだけだ。テロリストは火星の連中に任せて
おくんだ。いいな、わかったな、ハインツ』
わかってる。納得できないだけだ。源一郎がこう
までくどくど言うのは命令が下せないためだという
ことも判る。シャドウファクシでは誰もが対等だ。
だから“要請”しかできない。ふりきって出撃して
も誰も咎めることはできない。むろんハインツには
やる気はない。無駄死にはごめんだ。
ただ───ただ、つらいのだ。今まさにテロリス
トの襲撃を受けようとする火星を、仲間たちを、置
き去りにすることが。
@ @ @
───水星近傍宙域。
グワイヒア通信士アレーナ・虎杖は、ヘッドセッ
トを外し、そっと眼を閉じた。
「司お兄ちゃん。今から行くよ。うん。シルマリル
の人たちもいっしょだから」
「アレーナさん、相手はバルカンに?」
アリシア・ローランド管制官が尋ねた。うなずい
たアレーナのエングラムが励起している。
「すごい。シルマリリオンのために集まった人がた
くさんいる。伝わってくる!」
ネイバーリンクによる会話の際、とくに励起する
必要はない。だが少女のエングラムは、おそらく無
意識のうちに、花開くように展開した。アレーナの
感動がエングラムの輝きとなって溢れていた。
「まだ見えないの、バルカンは」リーゼロッテ・ド
ンメス火器管制官が尋ねた。
「間もなく視認できます」クレア・ヴァヴナー管制
官はホロディスプレイの明度を調整した。「あそこ
が当面の母港ということになるんですね……」
シミズ・シティが壊滅したとのニュースは、すで
に旧聞に属していた。
すぐ前方にはハンプティ・ダンプティα、βの両
基地が見える。宇宙の宝石と讃えられたα基地は、
いまや太ったピラニアとしか見えない。リヴァイア
サンに外壁のほとんどを食われ、シルマリル自体も
呑み込まれてしまっている。
映像の片隅にシミュレーション画面が出た。シル
マリルの航路を表す破線が、ゆるやかにカーブした
軌道を描いて、バルカンに達した。
「いい? ここがゴール」リーナ・ラスティン航法
士がきびきびと告げた。「水星とバルカンのちょう
ど真ん中に滑り込む。到達は46時間後。やり直し
はきかない。太陽超新星化のXデーに間に合わせた
ければね。ちなみに、敵は……」
機構軍艦隊を意味する赤いドットが、画面の下半
分をいっきに染め変えた。
「持ってるおもちゃを残らず出したってわけだ」
レイ・インダーソン・カミア通信士の皮肉げな呟
きも弱々しく響く。圧倒的な数であった。L4に集
結した機構軍艦艇すべてが投入されたことは、レイ
が傍受した通信により判明していた。
「交戦可能な距離まで接近するのが」リーナが続け
た。「推定で5時間後。これは減速を織り込んだ数
値よ。敵艦隊も同じ軌道を同じ手順で飛ぶと考えて
いいわ。それがいちばん効率がいいから」
「ラスティン航法士、効率の良さは必要かな?」
ラナ・フレデリカ管制官は今度の作戦から副長に
任命された。あいかわらずの無表情である。彼女の
言葉は自分自身に問うかのようだ。
「ご質問の意味がわからないわ、副長。宇宙飛行は
数字でできてるのよ。シルマリルにもっとも早く追
いつくのは、結局おんなじコースなの」
リーナの鋭い語気にも表情を変えず、無言のまま、
ラナはキャプテンシートへ視線を向けた。
坂堂巽は、ちょうど美加・ヴァンペルトから飲み
物のチューブを受け取ったところだ。ひと口吸って
吐息を漏らした。
「デーモン・ラウルが理性に従って行動するかどう
かは議論の余地があるね。出方を待つしかないだろ
う。援軍と合流できるのはいつ頃になるかな」
オリンピア・フェイドラ濡れ羽は、柔らかな指で
コンソールを叩いた。
「小惑星帯SG到着が38時間後の予定。シャドウ
ファクシは若干遅れるでしょう。同じ時期に機構軍
の新型戦艦も戦闘宙域に達する見込みですが」
「ブリジンガメン、でしたね」
通信士の山家・メンデス・格はなにか言いたそう
にしたが、ためらった。その間にアンティセナ・シ
スティアがしゃべり始めていた。
「援軍が来るまで引き延ばしましょう。シルマリル
を交渉材料に使えば、2日ぐらいはどうにか」
「無理。通信回線がつながらないの」御影恭子が汗
を拭った。「情報を封鎖してるんだわ。マルチウェ
ブも地球方面とのネットワークは停止してるし」
「耳も口も塞いでおこうというわけですね」
クレアが身震いしながら言った。恭子はメガネを
はずし、レンズの曇りを取りながら応えた。
「そうよ。地球の人たちにも、一般の兵士にも、誰
にもなにも知らせないつもりなんだわ。あたりまえ
よね。対消滅反応で80億の人類を灼き殺すなんて
教えられるわけがない」
「本気でやるつもりでしょうか」神秘的な美貌を曇
らせてアンティセナは言った。「80億人が同時に
死んだら、その断末魔で、コギトンの総量はいっき
に増加するような気がするんですが……」
「どうだか知らないけど、とにかく、こんなことは
やめさせなきゃ」
@ @ @
クラウディア・トッツィーニ操舵手が鮮やかな指
さばきでコンソールを操作した。
振り回されるようにGがかかった。ホロディスプ
レイに映し出される光景が180度反転する。グワ
イヒアは真後ろへ艦首を向けた。進行方向に変化は
ない。尻から先に飛んでいる格好だ。
「なんだかカッコ悪いなあ……」
呻くように言った最上ちはや管制官に、リーナ航
法士がかみつく。
「しょうがないでしょ。敵は追っかけてくる。グワ
イヒアの武装は前に集中してる。おまけにシルマリ
ルのそばを離れられない。他に手がある?」
グワイヒアの推力は光圧反射鏡で生み出される。
当然ながら、そのエネルギーは主に後方へ向けられ
るよう設計されている。前方への噴射も可能だが、
戦闘機動時の急減速などに限られる。効率が悪いの
だ。反射鏡の形状に加え、クルーを被爆から守るた
め磁力シールドが展開される関係で、大部分のエネ
ルギーは周辺へ拡散してしまうのだ。
@ @ @
グワイヒアのメインブリッジでは緊張が高まって
いる。戦闘配備はすでに整った。
「艦長」ラナ副長が言った。「戦闘開始に当たって、
なにかお言葉はありませんか」
「そういうのは苦手だな。任せるよ」
格通信士がラナに回線を渡した。仏頂面の副長は
言葉を探している。わずかに朱のさした頬。
「本作戦に参加するすべての方へ。───あなたの
エングラムを感じてください。そこに連なる人たち
を確かめてください。もし、あなたがエングラムを
持たなくても、あなたの周りには誰かがいて、とも
に生きています。我々は独りじゃありません」
@ @ @
ムラサメ・アツシは、ラナの言葉をバルカン港で
聞いていた。愛機の発進準備は完了している。次々
に飛び立ってゆく僚機。そのかなりの部分は、アツ
シと同様、先行したグワイヒア護衛艦隊だ。
『この戦いを勝ち抜くのは最低条件です』ラナは続
ける。『すべての人類のための戦いが、すぐ後に控
えています。バルカンでまた会いましょう』
アツシはエングラム・グローブを確かめる。護衛
艦隊の仲間、神皇雅が配ったものだ。エンブレムは
鷹のデザイン。星空を背景に、雄々しく翼を広げて
いる。見るうちに胸が熱くなった。
管制から発進をうながす指示がきた。
「了解。エルマー級・桜峰、発進する」
鷹は羽ばたく。星をつかむために。まだ見ぬ明日
へ到達するために。
@ @ @
「軌道安定……っと」呟いて、紫雲青はコクピット
から外を眺めた。彼は低く口笛を吹いた。
ちょっとした船団である。大半はエルマー級だが
バンツー級もちらほら見受けられる。みなバルカン
から飛び立った船だ。遥か前方にハンプティ・ダン
プティ基地とグワイヒアがいるはずだが、まだ確認
できない。その後ろに陣取る機構軍艦隊も、いまは
レーダーの染みに過ぎない。
「こちら紫雲」通信回線を開いた。「もっかい確認
さして。つまりわたしらは、機構軍の真正面から飛
んでって、撃ち合って、すれ違うんだね?」
『宇宙空間は広さの割に不自由でな』大宙雷三の声
が届いた。『とくに軌道上では、制約が大きい』
「すれ違った後は?」
『飛び続けるさ。生きていればな』
「反転して追いかけるとかしなくていいの」
『追いつくまでに太陽が爆発するだろうな。攻撃の
チャンスは一度しかない』
@ @ @
「ハンプティ・ダンプティβ基地、戦力展開を完了
しました」クレア管制官が報告した。
「熱源の接近を確認っ」リンダ・イフェア監視員が
叫んだ。「攻撃、来ます!」
「狙いはどこだっ」坂堂巽、叫ぶように。
「本艦です」応えたラナの声には、驚くべきことに
表情があった。彼女は安堵していた。
巽も深く息をついた。彼女は声を張った。
「作戦開始。目的はただひとつだ。シルマリルを守
り抜け。砲撃は慎重に。護衛艦隊が戦闘を離脱する
までは援護に徹する」
@ @ @
「ねえAT、ありゃなんだと思う?」
エルマー級・Fate-SpearIIのコクピットで、神皇
雅は眼を見張っている。
グワイヒアの艦体からなにかが放出されていた。
鈍い銀色にきらめいている。
「爆雷の射出管はバルジにしかないはずだけど」
彼のフェイドラはこともなげに答えた。
『コンテナですね。おそらく食料でしょう』
「食料って……なぜ捨てるんだろう」
『テロの可能性があります。それよりマスター、あ
のコンテナは軌道上にとどまるようですが』
右腕、盾のように開いたエングラムが、雅に未来
の幻を見せた。新技能フォーサイトである。その幻
によれば、食料コンテナ群は慣性速度を保ちつつ軌
道を巡り、質量兵器となって何隻もの船を沈めるら
しい。爆散した船の破片に交じってトマトやパスタ
や角切りポークが漂っている。
「冗談じゃない。AT、作戦変更。あれを始末する。
照準は任せたからね」
『了解。でもマスター、もったいないですね。サイ
バーアクセス機動を使って生ゴミの掃除なんて』
「俺だって泣きたいよ!」
@ @ @
アルフレッド・ヨハン・フロストのエルマー級は
猛速で飛んだ。シルマリルとすれ違う。グワイヒア
を追い越す感じになった。すり抜ける瞬間、グワイ
ヒアの艦体に銀色の霧がまといつくのがかいま見え
た。レーザーが着弾したのだ。
「上等だ。ザイード艦長。あんたの雛鳥の腕を見せ
てやる。天の特等席で見物しててくれ」
攻撃開始。この先にいるのはみな敵だ。僚機群は
一斉にあらん限りの力を尽くして撃ちまくる。爆発
は一瞬だ。機体も命もあっけなく消える。ちらちら
と眼を射る散乱レーザー。飛び交う破片。
アルフレッドはサイバーアクセスで愛機を操って
いる。獣の直感で死を振り切り、容赦のない爪を叩
き込んだ。やがて敵影が視認できた。そこから先は
ぐんぐん近づく。たちまち艦種が識別できるように
なった。ミサイル艦。戦闘艇母艦。高速巡洋艦の群
れがすうっと移動し、空間が開けた。そこに現れた
船を見て、アルフレッドの血は騒いだ。
「あれか、ラウルの船は」
機構軍艦隊旗艦コンスティテューション。密集隊
形の大型戦闘艦に守られて悠然と進撃している。
『突撃のチャンスってゆーか!』
神尾優佳のエルマー級・雪翼が加速した。それを
先頭に、フェデレーション部隊は旗艦めがけて殺到
した。むろんアルフレッドも突っ込む。ブリッジを
狙って撃つ、撃つ、撃つ。
閃光は横手で走った。僚機がやられたのだ。ホワ
イト・ワイヴァーン。リディヤ・ファーレンバード
の機体だ。ミサイル代わりにもう1機のエルマー級
を抱いていたため、いつもより鈍重だった。
ひとつ、またひとつ、爆散光は次第に数を増して
戦場に咲く。ほとんどがフェデレーション側の機体
だ。敵の火線は圧倒的な密度と威力だ。そのうえ横
からも後ろからも攻撃が来る。
「くそッ。罠か」
敵巡洋艦はあえて道を開け、フェデレーション側
艦艇を誘い込んだのだ。絶対の死地に追い込まれた
アルフレッドは痺れた頭で撃ちまくる。コンスティ
テューションが迫る。すれ違った。デーモン・ラウ
ルが笑ったような気がした。アルフレッドは汚い言
葉を吐いて加速した。
戦闘艇群は敵艦隊と交錯、甚大な被害を受けつつ
これを通過した。戦闘宙域が遠ざかる。
緒戦はフェデレーション側の敗北であった。
@ @ @
「火器管制」巽が告げた。「思う存分撃て」
グワイヒアのガンナーたちは争ってトリガーを引
いた。レーダー上の敵影が靄となって消える。
「思ったより反撃が鈍いな」
「シルマリルに当てては元も子もないからさ」
「敵、戦闘艇母艦、突出してきます」
「火線集中」
「お任せくださいましな! ほ〜っほっほ!」
敵艦はたちまち火球となった。だが涼音監視員は
緊張した声で告げた。
「戦闘艇、発進しています。総数……24機まで確
認。なお増加中です」
「すごい加速だわ」綾瀬真実子はアナ・ビジョンで
データを得ている。こめかみに拳を当てた。「人間
業じゃない。パイロットはぺしゃんこよ」
「クローンだ」志賀樹が叫んだ。「流体コクピット
の機体があるんです。クローン部隊とセットで運用
される機体です。やつら乗り込むつもりなんだ」
「当たり」真実子は眼を閉じた。「敵戦闘艇、シル
マリルを目指してます。α、β両基地へ向かう軌道
を……ごめんなさい、めまいが……」
「撃ち落とすさ!」
「母艦、また出て来ました。戦闘艦も一緒です」
「ネイ、クアトロ、大物は任せた」リーゼロッテが
指示を飛ばす。「北郷さん、質量爆雷を」
「よしきた」
「落としきれませんっ。敵戦闘艇、グワイヒアの攻
撃エリアを抜けていきます」
「後尾のレーザー砲は使うな。万一の誤射がありう
る。シルマリル直衛チームに連絡を。火器管制、母
艦を集中攻撃。これ以上は通すな」
「提案します」イズミ・スタイリー保安部員が挙手
した。「我々も乗り込みましょう。敵の旗艦へ突入
し、指揮系統を混乱させるんです」
「賛成!」監視員席の虎杖紫恵羅が言った。「ラウ
ルのやつ、ひっぱたいてやらなきゃ!」
「だめだ」巽はすぐさま言った。「内火艇では敵の
防備を突破できない」
「グワイヒアで乗りつければいいでしょう!」
「シルマリルのそばを離れたら、誰が強襲部隊を食
い止めるんだ?」
「敵戦闘艇、シルマリルに接近。直衛と交戦してい
ます。……突破されます!」
「敵母艦、撃沈。しかし……あと5隻もいます」
「左翼前方、巡洋艦がっ」
衝撃がグワイヒアを揺さぶった。
「直撃」アリシア管制官の声が裏返った。
@ @ @
───戦闘は長引いた。すでに2日めに入ってい
る。たとえば等速で飛ぶ船同士の追撃戦なら珍しく
もない事態ではあった。しかし今回のケースがここ
まで長くなるとは誰も予測しなかった。
ハンプティ・ダンプティα、βの両基地は数度に
渡って強襲揚陸を許した。この段階で終わっていた
かも知れなかったが、守備部隊は持ちこたえた。ク
ローン部隊を撃退できたのが大きかっただろう。
グワイヒアも健在である。砲撃は何度か交えられ
たものの、決定的な打撃は被らなかった。手出しを
控えているような節も感じられた。
「反物質エンジンの爆発を警戒しているのかも知れ
ません」ラナ副長が分析する。「現在位置で撃沈さ
れれば、シルマリルにも影響が及びますから」
「それだけかな?」巽は考え込む。「敵艦の大部分
は砲撃が届く範囲の外にいる。あれだけの戦力があ
るんだ。いっきに押し寄せるのが普通だろう」
「周回軌道上です。そう簡単にはいきません。速度
を上げれば軌道を保つのが困難になります」
「そうだ。私もそう考えていた。たぶん間違いでは
あるまいが……。濡れ羽、戦闘開始以降の、敵艦隊
の加速状況はどうなっているかな」
「モニターに出します」
「……思ったとおりだ。かれらが加速するのは、戦
闘艇を送り出す時と、護衛艦隊との交戦時だけだ。
いまのシルマリルの速さなら追いつけないわけじゃ
ないのに。なぜだと思う?」
ラナが答えようとしたとき、監視員席から声が上
がった。紫恵羅だ。モニターから目を離さない。
「α基地から敵が撤退します。あの……でも、これ
は……リヴァイアサンのようすが……」
シルマリルを腹に収めた怪物はゆっくりと回頭し
た。口を開いた。その内側に光がゆらめく。
「回避。急いで!」
操舵を担当していたのはファビウス・ロッソであ
る。彼は自分のフェイドラとともに緊急回避プログ
ラムを構築していた。それはみごとに働いた。
リヴァイアサンの口からレーザーが放たれた。
滑るように移動したグワイヒアのすれすれを抜け
た。いや、かすった。反射鏡の一部が、かじり取ら
れたクッキーのように蒸発した。
レーザーは機構軍艦隊に突き刺さった。直撃を受
けた数隻が消え去る。
「やった。いいぞっ、リヴァちゃん!」
「待って……」アリシア管制官が言った。「シルマ
リル直衛部隊、3隻消失。レーザーに巻き込まれた
んです。リヴァイアサンは、機構軍だけを狙ってい
るわけじゃありません!」
「触手が!」叫んで紫恵羅は画面を指した。
怪物の巨体から伸びた触手は鞭となり、周囲を飛
ぶ護衛船を叩き落としている。
「β基地より入電……?」レイ通信士は妙な表情に
なった。「なんだよ、シェーンじゃねえか」
シェーン・メオラ通信士はリヴァイアサン対策を
志願し、β基地へ移動していた。
『攻撃は控えてください。あの子の興奮が静まるま
で、もう少し時間を……』
「んなこと言ったっておまえ、保証あんのか」
「いや、信じてみよう」巽が言った。「リヴァイア
サンから離れる。触手の届かない位置まで速やかに
移動。操舵はレーザーの火線に入らぬよう注意。火
器管制は機構軍の攻撃に備えておけ。一応ね」
「艦長! 一応とはどういうことですのっ」
「撃ってはこないと思うんだ。戦闘になれば、回避
機動を取らなきゃならないからね」
「なるほど」ラナがうなずく。「推進剤ですか」
「そう。不足しているんだ。かれらはまず木星圏に
あったシルマリルを目指して加速し、途中で回頭し
ている。エネルギーを無駄遣いしたんだ。おそらく
底をつきかけている。だから戦闘も避けたいんだろ
う。的になりたくなければ乱数加速が有効だけれど、
推進剤がもったいないからね」
「待って……推進剤?」御影恭子は忙しく計算をし
て、その結果に青ざめた。「確かに不足してる。ど
ういうことだか解らない。ねえ艦長、かれらはなぜ
戦いをやめないの? シルマリルを確保したとして
も、地球まで持って帰れないのよ。ううん、こんな
こと最初に気づくべきだったんだわ。今日は11日
でしょう。Xデーは14日。推進剤があったとして
も時間が足りない。機構軍の作戦は、どう考えても、
初めから不可能だったのよ!」
巽は深く息をついてベレーをかぶり直した。
「御影さんの言うとおりだね」
「ラウルは」サブ席に移っていたクラウディア操舵
手が呟く。「どういうつもりなんだろう? 無駄と
知りながら、シルマリルを奪おうとするなんて」
「簡単なことです」ラナが答えた。「まだ諦めてい
ないんです。シルマリルをここで破壊すれば、地球
の80億人は計画どおり全滅しますから。ただし、
あれだけの量の反物質をいっきに破壊すれば、被害
は太陽系全体に及ぶでしょう。人類皆殺しです」
「馬鹿なこと言わないでっ」恭子、絶叫。「超新星
化対策のために人類を滅ぼすわけ? そんな作戦に
部下が従うわけがないわっ」
「そうだね」巽はうなずいて「だからこそラウルは
シルマリルを、奪取、しようとしている。それは艦
隊の統率に必要なポーズだと私は思う。機構軍の将
兵にも事態に気づいている者はいるだろう。いずれ
ラウルは本性を現すだろうが、その時に、部下たち
はどう動くかな……?」
「敵揚陸部隊は」クレアの声がかすれた。「α基地
から撤退しましたが」
「うん。しかしリヴァイアサンが暴れているうちは
手出ししないと思う。リバー司令の部隊が来るまで
持ちこたえられれば、勝算は高くなるはずだ」
@ @ @
マリエ・ミリィ・金城は、愛機ソードフィッシュ
のコクピットで戦況を見つめている。
後席にはリディヤ・ファーレンバードがいる。武
装を捨てて場所を空けたのだ。戦闘宙域を通過した
以上、武器よりも人命が優先だ。撃墜され負傷した
リディヤを拾い上げ、マリエは飛び続けている。
「見える、リディヤ? ようやく来てくれたよ」
ラピッド・リバー率いる小惑星帯SG部隊はコク
ピットから視認できた。
「発光信号をお願いしたいわ」苦しげにリディヤが
言う。「内容は……お久しぶりね、ストラテゴ……
ところで……そのがらくたは、なに?」
SG部隊は巨大な物体を運んでいた。コロニーの
ようだが、よくわからない。
「返事だ。……見てのお楽しみ? チェッ!」
@ @ @
「戦闘宙域に入る」
東雲和人はぴしりと言った。シャドウファクシの
ブリッジは異様な緊張に包まれた。
「シミュレーションどおりにやればいい」和人は視
線を動かさずに言った。「火器管制各員はここまで
の航海中、充分に訓練を積んだはずだ」
「ありがたいお言葉じゃ」妙に年寄りくさい調子で
言ったのはシャンク・ジャンガリアン。「こいつは
一発、当てちゃるしかないのう!」
「そんなに張り切らなくてもいいよっ」明蘭、から
かうように「宇宙戦闘はね、当てるよりも回避する
のが大変なんだから! 操舵手の人はみんな集まっ
て。僕の機動をよく見てなよ!」
「むむむむ。そうまで言われてはわしも燃えてきた
のう。やっぱり当てちゃる! 必殺! 三連装レー
ザー砲の威力を見せるのじゃ!」
「んーと」鈴音静羽が、眼鏡の上に照準ゴーグルを
装着しながら「レーザーの担当は、ぼくですが」
「ブリジンガメンが!」
愛美が指さす方向、ホロディスプレイを圧するよ
うに、最新型反物質戦艦の威容が通過してゆく。
「あれが敵に回らなくてよかった」和人が呟く。
「ブリジンガメンの通信を傍受したわ」ミランシャ
は読み上げた。「最新鋭反物質戦艦ブリジンガメン
ここに参上。ラウルの野郎をぶっとばしてやるぜ。
ついては、作戦が終わったら反物質燃料を分けてく
れよな。ラウルに丸ごと取られるよりはよっぽどマ
シだろ。……大丈夫かな、ほんとに」
「ブリジンガメン、なお加速」沙織が告げた。「こ
のままの軌道だとコンスティテューションにぶつか
りそうですね」
「ホンマや」水儺瀬が叫ぶ。「フィシスの計算でも
そう出とる。ごっつい奴らやで!」
「ミナセ……その口調はなに?」ミュリスはおぞま
しげな表情で「まさか、キミって……」
「じゃかァしわい。ええから仕事せェ仕事!」
「小惑星帯SG、スターボウリング作戦を開始する
もようです」シェリーナが言った。
巨大な構造物が敵艦隊めがけて突入してゆく。
@ @ @
そのころ、コオは自分のホビットに語りかけてい
た。正確にはエングラム・インターフェイスにアク
セスしていた。ランバージャックに呼びかけ続けて
いる。銀の靴2によるコンスティテューションへの
転移を企てる彼女は、機構軍艦艇の推進エネルギー
をランバージャックに与えようとしていたのだ。
だが、かれの存在はひどく遠い。言葉も切れぎれ
だ。ようやく聞き取って、コオは落胆した。
「インターフェイスが、ない……?」
「ああ、そうか。考えてみれば当然だよ」俊光は得
心がいったらしい。「エングラム・インターフェイ
スはフェデレーションの技術だ。機構軍にも発現者
はいるけれど、割合は少ないし、彼らにしてみれば
信用がおけないだろう。そんなものが戦艦に装備さ
れるわけが……あ、あの、コオ? 泣かないで」
@ @ @
「ぬおおお」シャンクが叫ぶ。「当たらんっ!」
「フィシス! 助太刀や」水儺瀬が火器管制席へ飛
び移ろうとして、ミュリスの席へよろけ込んだ。
「ぎゃあ! オヤジだ、猛毒だ」
「いてもォたるど、ワレェ!」
「かくなるうえは奥の手じゃ」シャンクはエングラ
ムを励起。異様な光が走る。
「おっしゃあ、そこじゃいっ!」
砲撃。はずれた。
「なぜじゃい!? わしには見えたぞ」
「フォーサイトは活性率により効果が異なる」和人
は呪文でも唱えるように単調な声で「ここぞという
ところで使うべきだ。静羽、グングニルの槍の準備
だ。航法、管制、すべての計算の優先順位を強制変
更、火器管制に回せ。操舵、乱数加速を停止」
「ふざけないでっ。的になるよ」
「この攻撃は必ず当てねばならない。変動要因は可
能な限り小さくする。水儺瀬、フィシスを姿勢制御
に専念させろ」
「聞いたかワレ。気張らんかい!」
「シャンク、質量弾、全弾発射。弾幕を展開」
「おうよ」
「操舵、進路を右舷前方の敵艦へ。直進」
「偉そうに!」
「よし───静かにしてくれ」
和人はエングラムを励起した。エングラム・イン
ターフェイスに接触させる。その輝きを厳しい表情
で見つめる。ぴくり、眉が動くと同時に猛烈な勢い
でデータが走った。未来の断片がインターフェイス
を駆け抜けて最終的な制御情報を決定した。
静羽が装着したスコープに赤い光が走った。
和人は叫んだ。
「撃て」
静羽はトリガーを引いた。
グングニルの槍は放たれた。
静羽の提案によって構築された総合火器管制シス
テム───それがグングニルの槍である。主要な武
装の攻撃を一点に集中することが可能だ。
3連装レーザー砲3基と電磁砲がひとつの標的に
集中した。不運な高速巡洋艦は地上車両に轢き潰さ
れたアルミホイルのように千切れて消えた。
歓声。だが和人は鋭く告げた。
「離脱だ。攻撃がくる」
シャドウファクシ、急速転舵。レーザーが叩きつ
けてきた。遮光塗料が蒸散し、銀の霧が立つ。
深く息をついて和人はシートに沈んだ。
「もう一発やりましょうよ」静羽が言った。
「撃つふりだけでいい。ときどき乱数加速を停止し
て飛べ。敵は警戒して回避機動を取る。推進剤を無
駄遣いしてくれるだろう」
「回避しなかったら?」
「撃ちあう。止まった敵なら当たるだろう」
「こっちも当てられちゃうのに!」
「そうさ。だから一度だけでいい。こんな奇策が有
効なのは最初だけさ。敵はうろたえている。そいつ
をせいぜい利用させてもらうとしよう。一撃離脱を
基本にな。自分は寝る」
軽いいびきをかき始めた。
「よほど疲れたのね」愛美が呟いた。
@ @ @
戦闘は続いた。
「エルマー級3機編隊、コンスティテューションに
接近」沙織が言った。「ミサイル発射しました」
閃光が走った。センサーにノイズが渦巻く。
「いまのは……核兵器です!」
「通信途絶。電磁波障害が発生しているようね」
「見ろ。コンスティテューションが……消えた」
ラウルの城が浮かんでいた宙域はぽっかりと空白
になっていた。周辺に展開していた船も何隻か消失
した。破片さえ漂っていない。
「撃墜したのか?」
「違うと思うな。グングニルの槍でも破片が残った
のに、核の一発ぐらいでこんなふうには……」
「沙織はん、どないしたン?」
「エングラムに変な感じが」沙織は困惑して「リプ
フェルト監督かしら? とても興奮しているわ。映
画の撮影中みたい。……コンスティテューションが
転移したんだわ!」
「奇遇ですわね……」シェリーナが呻いた。「わた
くしのネイバーも騒いでおりますわ。情報世界から
帰りたいと……呼び寄せてくれと……」
「ほほう。おたくのネイバーがねえ。なんだか嫌な
顔をしてるが、どんなやつだい」
「誰にも触れて欲しくないことはありますわ。おお
気味の悪い。なれなれしくなさらないでっ」
「変なやつなのよ。きっとオヤジで変態なの」
「ミュリスさん……耳元にささやかないで……」
「帰りたいというなら呼んでやろうではないか」
「コンスティテューションも?」
「ブリジンガメンから突入した人たちも乗っている
はずよ。見殺しにはできない」
「うううう……わたくしに、あれと呼び合えと……
わかったわ。わかりましたっ。おぼえてらっしゃい。
化けて出てやる」
「やめてええええ!」
シェリーナら、情報世界にいる者とネイバー関係
にある者たちは、集中した。
やがて空間が揺らぎ、次々と船が現れた。その中
にはセレス基地の姿もあった。
「動いてる。あのままだと太陽へ落下するわ」
「止められないのか」
「推進力がなかったはずだが……あれを!」
コンスティテューションは、さきほどミサイルを
撃ち込んだエルマー級のそばに出現した。3機編隊
は加速して離脱を試みる。敵は撃たなかった。
「なぜだ? 中で何かあったのか」
「通信を傍受」ミランシャの声は震えた。「デーモ
ン・ラウルが死んだようだわ。───暗殺よ」
「終わったな」源一郎がしみじみと言った。「これ
で敵の戦線は瓦解するだろうよ。どうするのかね、
リーダー。敵は逃げるぞ。再起を企てる骨があるよ
うな連中はな。追撃するか?」
「……その必要性は低いと思いますが、みなさんの
意見はどうでしょう」
@ @ @
シャドウファクシはバルカンに入港した。整備の
ためである。かなりの損傷を受けていた。
「あのなんとかいう集中攻撃は、もうよしたほうが
いいな」中書島実はげっそりしている。
「ま、初陣であれだけやったんだし」九剛宝らいら
は満足そうに「合格、合格!」
「そうか? よくもまあ直撃しなかったもんだ」
「ここは任せたよ。マモル! バルジの点検!」
「アイアイ、先輩!」御門マモルは駆け出す。「先
輩も来るよね? 一番乗りしてやる〜!」
背中を見送った実は、らいらに耳打ち。
「女の子なんだって?」
「あ、やっぱり間違えてたか」
「すまん」
「べつに気にしてないみたいだよ。半人前扱いされ
るのはめちゃめちゃ嫌がるけどな」
「なるほど。解るような気がするな」
「実。ずいぶんしゃべるようになったな」
「え? そうかな……」
「そうだよ。話しかけてもむっつりしてて、仕事の
ことだけ夢中になってた。今は違うよな。今のほう
が断然いいぜ」
実はどぎまぎと目を逸らし、頭をかきむしる。
「ええい、頭が変だ。またリプフェルトの野郎が芸
術してやがるな。あいつが爆発するとネイバーリン
クの遮断が大変なんだ」
@ @ @
クルーたちはひとときの休息を与えられ、眠りに
ついた。
───異変は、その日の深夜に起こった。
「なんや、騒々しい!」
バージ・シャウトは寝起きが悪かった。不機嫌き
わまる顔で相手を見た。バージは吹き出した。
「おっさん。なんやその頭」
シャンク・ジャンガリアンの髪はもともと手入れ
を怠りがちで、おまけに長い。くしゃくしゃに乱れ
ていた。飛び起きてきたのだろう。いくぶん密度の
違いも見受けられる。だがバージがそれを指摘する
ことはなかった。シャンクの表情はただごとならぬ
ものだった。
「エングラムに伝わってくるんじゃ」シャンクは吠
えるように言った。「ネイバーから……人の心……
醜い……滝のようじゃ……」
「しっかりせえ。緊急警報流したるぞ。ああ、ケガ
なら治したるんやけどなあっ」
「ケガじゃ。大ケガじゃ」シャンク、絶叫。「わし
はコギトンに襲われとる。太陽が爆発を始めたに違
いないぞ。早く手当をせねば、おしまいじゃ!」
@ @ @
コオ・フレデリックと俊光・プランツが機関室へ
飛び込んだとき、対消滅エンジンはすでに臨界近く
まで出力を高められていた。
「よう、待ってたぜ」レイ・ファルザングはにやり
と笑った。「銀の靴2を使うつもりだろ?」
「はいっ!」
「まったく無茶なやつらだぜ! 対消滅機関、出力
異常上昇。シールド負荷増大。稼働状況、危険領域
から暴走領域へシフト。頼むぜおふたりさん!」
コオがエングラムを励起した。
支えるように俊光が寄り添った。ふたりのエング
ラムが触れあい、すがすがしい音をたてる。
エングラムに躍る光の色が変わった。ぐったりし
たコオを俊光が抱きとめる。
いま、コオの幻は空間を跳躍し、おそらくはイカ
ロス号の中へと転移したことだろう。爆散しようと
する太陽に抗して展開されたペルセウス・ミラーに
活性率を注ぎ込むため、コオは飛んだのだ。
この瞬間、多くの力が、プロジェクト・シルマリ
リオンに結集していた!
@ @ @
太陽は爆発した。
太陽のサイズは水星軌道ぎりぎりまで膨張し、そ
こでいったん停止したあと、収縮に転じた。光量の
増大はべらぼうだったものの、熱や放射線は異常に
低いレベルにとどまった。
爆発の時点で水星軌道の内側にいた船はすべて消
息を断った。イカロス、タロス、アマテラスなどで
ある。ハンプティ・ダンプティα基地、いやシルマ
リルは、リヴァイアサンごと太陽へ躍り込んだとい
う。セレス基地に体当たりしたとも言われる。
補給中だったグワイヒア、シャドウファクシ、及
びブリジンガメンは、バルカンとともに生き延びた。
また水星とバルカンの間にいたハンプティ・ダンプ
ティβ基地も難を逃れた。
太陽は醜いまだら模様となって燃えている。いつ
また膨張に転じるかわからない。猶予は最大20日
とみられている。
よみがえった鷹への任務の要請は、まだない。
いや、違う。
どこへ飛んでゆくのか。なんのため飛ぶのか。
それは鷹自身が決めることなのだ!
(つづく)
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