自由の翼・・・神条拓那&春奈・・・

人は、いつも、何かを求めている。
すがりつく何か、親しくなれる何か。
そして、守りたい何かを…。

「春奈?魔皇?俺の逢魔…?」
「はい、拓那。私は、あなただけの逢魔。あなたを守るもの。」

絶体絶命の神帝神殿での出会いから数時間後、彼らはなんとか脱出を果たしていた。
「ったく、しつこい奴らだ。」
「でも、とりあえずは逃げ切ったみたいですね。」
「ああ…。」
二人は、公園のベンチで並んで座る。
長い夜は終わりかけている。まだ、暗い闇が周りを支配しているがお互いの姿ははっきりと見える。
拓那は横に座る、自分だけの「逢魔」の姿を見た。
横にある小さな肩、何時の間にかこの存在がそばにあることがこれほど自然に感じられるのを
拓那は我ながら不思議に思っていたのだ。
(俺は、一人でいることが好きだったはずなのにな。)
「拓那、どうかしましたか?」
春奈はまっすぐ拓那の瞳を見上げる。拓那はそれを見て心の中で小さく微笑むと軽く首をふった。
「いや、なんでもない。ちょっと、考え事をしていただけだ。」
そうですか、春奈は素直に頷き前を向く。その横顔を見ながら、拓那は思っていた。
(俺には、もう、こいつしかいない。こいつは絶対に守ってやる。)

「まずは、現状をなんとかしないとな。」
拓那は自分に言い聞かせるように呟いた。
自分が捕まったのは、学校だった。みんながあのことを知っている以上もう学校には戻れない。
せっかく入ったばかりなのに、レポートが、そんなことが少し、頭をよぎるが仕方ないことだと
心から振り払った。
とはいえ、このままでは何もできない。
今、自分にあるのは家の鍵と、来ている服それだけなのだから。
「結界に行きませんか。あそこなら、とりあえずの居場所にはなると思うんですが。」
春奈の誘いかけに拓那は考える。最終的には結界の中で作戦を立て直すのが一番だろう。
だが、せめてもう少し行動できるための準備は整えておきたい。
まてよ、学校で捕まったということはまだ、下宿には手が伸びていないかも。それなら。
「春奈、その羽しまえるか?」
突然の問いに春奈は少し面食らう。
「は、はい、少しの間なら。」
「なら、ちょっと俺の姉になってくれ。」
「は?」
意味がわからず戸惑う春奈に拓那は説明した。
姉として下宿に行き、拓那の荷物やお金を持ってきて欲しいと。自分が行きたいが、あそこは
同じ大学生も何人か住んでいる。顔を合わせればお互いが危険だし、警察や神帝軍の手が
回っていないとも限らない。
「姉が、弟が入院したから荷物を持っていく、と言えば捕まったのも入院したからだ、と
思われて不審に思われることが少ないと思うんだ。」
「あ、なるほど。解りました。」
納得した表情の春奈は羽をしまい、拓那から鍵を受け取る。
二人で下宿の側までいき、拓奈は部屋の場所を指し示した。
持ってくるものと、それらのある場所を真剣な顔で聞く
「それから、あと、あれもな。戸棚の中にいくつか入ってるから。」
「?いいですよ。」
素早く指示を頭に入れた春奈は、早速歩き出そうとする。
その背中に、拓那は声をかけた。
「春奈!」
急に呼び止められ、足を止めて振り向く。
「はい、なんでしょう。」
「無理はするな。危険を感じたら荷物なんてどうでもいいから、すぐに逃げてこい。」
「解りました。行って来ます。」
春奈は拓那のその言葉を胸にしまい歩いていった。最高の笑みを残して。

待ち合わせ場所は、下宿から数ブロック離れた小さな公園。
そのブランコの前の柵に軽く腰を下ろし、春奈を待った。
空気は黒から、紫へ、そして薄いオレンジへと変わり、そして青へと輝いていく。
拓那はこの時間が好きで、たまに朝のここへ、散歩に来ていた。
ここには、猫もよく遊びに来る。実家に数匹猫を飼うが、都会の学生の住む下宿に猫は
無理がある。飼えない分、時々ここで、猫に餌をやって眺めるのが、彼の楽しみの一つ
だったのだ。
「でも、もう、それもできないかな。」
寂しげに、小さく呟く拓那の耳に、明るい声が届く。
「何ができないんだい、坊や!」
ビクッ!
拓那は身体を硬くし、声の方を振り向いた。
「…ばあさん。」
「おはよう、拓那坊や。」
そこには顔見知りの女性の姿があった。ここでよく合う猫好きな婦人だ。
婦人、と言っても彼女はすでに初老を超えている。老女の域に入るだろう。猫に餌をやることを
快く思わない隣人に怒られたとき、かばってくれたのがきっかけで知り合ったのだ。
すでに未亡人だが、画家として知る人は知る存在だと、後で知った。
拓那のことを何度言っても坊やと呼ぶので、拓那も彼女をばあさんと呼んでいる。
それが、お互い嫌では無かった。学友などに話すと笑われるだろうが、一緒に居ると楽しい
不思議な関係だ。
少し、肩の力が抜ける。だが、油断はできない。彼女だって…。
そう思った瞬間、ぺしん、と小さな手が頭に伸びる。
「アイテ!何するんだ!ばあさん!!」
「こら!ちゃんと挨拶はするもんだと、いつも言ってるだろう!」
彼女は変わっていない。
何故か不思議に暖かい気分になって拓那は叩かれた頭を手でさすりながら微笑んだ。
その笑い顔を見て、彼女は満足そうに微笑む。
「よしよし、笑ったね。なんか、張り詰めた感じをしていたからね。笑わないとだめだよ。
大変なときほどね。」
大変なとき。その言葉に再び拓那の表情がしぼむ。
それを見た彼女はそれ以上は何も言わなかった。
カバンの中から猫用のかりかり餌を出し、容器に入れてを木の側にそっと置く。
すると、匂いをかぎつけた猫達が、何匹か集まり始めてくる。
茶虎、黒猫、ぶちねこ、まだら猫なじみの猫達。いつも変わらぬ心休まる風景。
しかし、今日は拓那には、どこか遠いものに感じてならなかった。
手のひらを見る。俺は…変わってしまった。
猫達を離れて眺めながら、拓那は婦人にそっと声をかけた。
「なあ、ばあさん。」
「ん?なんだい。」
「俺、しばらくここにこれそうにないんだ。こいつらのこと、頼むな。」
「ふ〜ん、いつごろもどって来るんだい。」
猫達をなでる婦人は後ろも見ず問う。
「さあな、ひょっとしたらもう二度と。俺が来たらこいつらやばあさんに…」
「迷惑がかかるってかい。神帝に追われる身だから、人間じゃなくなったから?」
「!!!」
穏やかな口調から発せられた言葉に、拓那は絶句した。立ち上がり、婦人を見る。
老婦人はゆっくりと立って拓那を見る。その視線はとても優しかった。
「ばあさん…。なんで…?」
「あたしをなめちゃいけないよ。こう見えても絵という世界で短くない時間を過ごしてきたんだ
物事の本質を見極める目と、情報力はそれなりあるつもりだよ。
少し大変なことになって、ちょこっとばかり変わったようだね。あんたも。」
彼女は、自分の3分の1にも満たない若さのなじみ友達ににっこりと笑いかけた。
「長いときを生きているとね、辛いときや、苦しいときもたくさんあった。あんた、戦争なんて
知らないだろ。お互いがそれぞれの考えで幸せを求め、多くの幸せを奪ってしまった悲しい時。
でもね、それを乗り越えてあたしらは、今の時代を作ってきたのさ。それには誇りを持っている。
だからね、今の時代はあんまり好きじゃないよ。安寧だの幸せだのは、与えられてもらうもんじゃ
ないと思うからね。」
大きな声じゃ言えないけど、彼女はいたずらっぽく笑った。
「時代は、あんたたちのものだ。悩んで、苦しんで大きくおなり。そしてまた戻っておいで。」
ぽんぽん、優しい手が拓那の肩を叩く。拓那は婦人の顔が何故かにじんでしまい、まっすぐに
見ることができなかった。
「それにね、あんたはそう、変わっちゃいないよ。猫好きの拓那坊やさ。ほら。」
足元を見ると、猫達がいつのまにか集まってきてる。その丸い瞳は拓那には、まるで自分を
励ましているかのように見えた。
中の一匹、黒い若猫が拓那の足に擦り寄ってくる。
拓那が拾い、ここで餌をやり、いつか独立した猫の一匹だ。自分になついてくれていた。
自分も実家で飼っていた猫と似ていて、大事に思っていた猫。
拓那はそっと抱き上げる。野良猫は抱き上げられるのを嫌がり暴れることが多いからめったに
することではない。だが、その猫は暴れなかった。拓那の手の中に身をゆだね、そして身を起こし
拓那の顔に優しく手をかけると、ぺろり、とその頬を、流れ落ちる塩水をなめた。
「うわ、くすぐったい。」
「ほら、ごらん。動物は正直さ。ちゃんと解ってるんだよ。あんたはあんただってね。」
拓那は猫を抱いたまま、膝をついた。声も立てず、下を向いている。
そんな拓那の頬を猫は、ずっと頭をすりよせ舐め続けていた。

大きな荷物を抱え、春奈が走ってくる。
「拓那〜、これで…あれ?」
春奈は公園で、拓那が人と話し、猫に囲まれている姿を見て首をかしげた。
だが、その顔は優しさに溢れている。
「お、春奈。ごくろうさん。」
さっきまでのどこか張り詰めた空気が抜けたような拓那の笑い顔に少し戸惑いながらも、春奈は
荷物を渡す。
「あと、これも。」
「お、サンキュ!」
拓那は別に渡されたビニール袋の中からいくつかネコ缶を取り出すと、パッ缶を空け、老女のおいた
入れ物の中にほぐして入れる。猫達は待ちかねたようにその餌に飛びついていく。
それを嬉しそうに見つめる拓那と、その側に寄り添う春奈。
二人を見て老婦人はニタニタと笑い始める。
「なんだい、坊や、いい人を捕まえたんじゃないか。」
つんつん、と肘で小突かれ拓那は顔を少し赤らめる。
「そ、そんなんじゃないよ。もっと、大事な奴なんだ。」
大事な奴。今度は春奈の顔が上気する。そんな二人の様子を見て老女は明るく笑うともう一度
拓那の肩をポンと叩いた。
「いい子じゃないか、大事にしておやり。」
「ああ、解ってる。」
(拓那…。)

猫達が餌を食べ終わるころ、拓那は春奈が持ってきた荷物を、よいしょと肩にかついだ。
日はもう青へと変わる、街も動き出す。そろそろ潮時だ。
「じゃあな、ばあさん。元気でやれよ。」
拓那の言葉に、婦人は拓那と自分の胸をぽんと叩いた。
「ああ、あんたもね。猫たちのことは心配しないでしっかりおやり。」
その言葉に頷くと、拓奈はいくぞ、と春奈を促した。頷く春奈が後に従い歩き出そうとするとき、
「拓那!」
初めて名前で呼ばれ、拓那は少し驚いて振り返った。
「すべて終わって戻ってきたら二人でうちにおいで、この大画伯が特別サービスであんたたちの
肖像画、描いて上げるからさ。」
ウインクして笑う彼女に拓那は、猫たちと、婦人に指で軽くサインをきって答えると、もう一度
春奈を促して歩き出した。今度は振り向かず、彼女も呼び止めない。
「ま、大丈夫かな。一人じゃないんなら。」
孫みたいに思ってた、でも何時の間にかたくましくなっていた背中を見送り老婦人は、黒猫の
のどをなでながら呟いた。
「寂しくなるねえ。」
ニャー。
これは、決して彼には言わない、小さな思い。
猫だけはそれに気付いて彼女にそっと頭を摺り寄せた。

ああ言ったが彼女や、猫達のこれからは明るいものではないだろう。
管理された社会は、彼らのような自由に生きるものの翼を奪う。
そんなことを考えながら歩いていた拓那は、後ろに止まった気配を感じ振り向いた。
「どうした。春奈。お前が案内してくれないと。」
「ごめんなさい。」
「?」
「私はあなたから奪ってしまったのかもしれない。大切な時を、大切な人たちを…。」
俯き、言葉を失う春奈の頭をくしゃくしゃ、大きな手がかき乱した。優しく大きな手。
「拓那…」
顔を上げた春奈の顔を迎えたのは、猫達と、老婦人といたときよりも優しい顔をした
拓那だった。
「気にするな。お前が来てくれなかったら、どちらにしろ俺は死んでいた。それに、
やりたいことができたからな。」
「やりたいこと?」
「ああ。」
すべてを失った、と思っていたがそうではなかった。
そして俺には今それができる力がある。
「守りたいんだ。自由の翼を。ついてきてくれるだろう。春奈。」
信頼と、優しさ、深い…思い。春奈は自らの魂の半身を今、心から愛しいと思っていた。
「はい、拓那。あなたにはいつも、私がいますから…。」

春奈は拓那を蒼嵐の結界へと案内した。そこにはすでに何人かの魔皇が部屋を開いている気配がする。
「けっこういるんだな。魔皇って。」
「あら、言いませんでしたっけ。」
少し驚きの顔を見せる拓那に春奈はくすっと悪戯っぽい笑みをこぼした。
「どうします。拓那。私達も部屋を開きましょうか。どこかに間借りすることもできますけど…。
ちょ、ちょっと何してるんです。拓那。」
先を歩いていた春奈は慌てて後戻りした。
拓那は小さな一つの結界の前に佇んでいるのだ。
「ここでいい、ここにやっかいになろう。」
「いいんですか、そんなに簡単に決めちゃって。」
「ああ、いいんだ。」
拓那は目の前の、小さく書かれた文字を見つめ頷いた。
(ここならきっと、俺の求めるものが見つけられる気がする。その時には、俺は命を賭けよう。)

それぞれの武器で、大切なものを守るために…。





蒼月の間の仲間にお願いして、過去や設定をオリジナルノベルに
書き下ろさせてもらいました。その第一弾(順番でいうと2)
神条拓那さんバージョンです。

下宿している大学生ということなので、家族との別れではなく、日常からの、と
いうことで、「猫好き」の設定を生かして書かせて頂きました。
おばあさんは、ホントはおばさん、だったのですが、やっぱりおばあさんの方が
強いかな、と思って変更。

蒼月の間は「守る」というのがテーマなので、それを決心してもらうために
猫とおばあさんに登場願いました。

勝手なお願い、聞いて頂き、ありがとうございました。

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