切り開く未来・・・宮本蒼紫&セルフィ・・・

誰も、他人の運命を肩代わりなどできぬ。
自らの道は、己で切り開いて見せよ。

川原で早朝、素振り100回。
それが学校に行く前の彼の日課だった。
「99.100!これで終わり。」
息をつき、首のタオルで汗を拭う。
「よし!今夜こそじいさんに勝つぞ!」
手の握りこぶしに力を入れる。今まで毎日のように挑んできたが、まだ一度足りとも
勝った事がない、大きな壁。失敗すればボコボコにされることは解っているが、
それでも、男として乗り越えなければならない存在だ。
「さあて、帰る…か?なんだ?お前達は一体?」
今まで感じたことの無い、不思議な気配。
自分の周りに、集まってくる清浄な、でも不穏な空気に蒼紫は身構える。
「宮本・蒼紫だな。」
「それが、どうした!」
「魔皇の素質を持つもの。偉大なる神帝さまの命により捕縛する。」
「何を言っている。俺は捕まるようなことは何も…、離せ!」
兵士達が問答無用で蒼紫の両腕を羽交い絞めに押さえる。
かたん、小さな音を立てて木刀が手から落ちた。
「この強い意志。やはり魔皇の素質を持つものだ。神帝様の元へ連れて行く。」
隊長らしい男が蒼紫を軽く一瞥すると、側に付き従う天使に頷いた。
天使は歌う。不思議な力を秘めたそれは、蒼紫の意思を溶かしていく。
「なにが、一体…うっ。」
思いとは裏腹に身体が言うことを聞かず、蒼紫の心は純白の闇に堕ちる。
そして周囲に静寂が戻った。

「蒼紫!いつまで何をしている!!蒼紫!!」
孫息子を探す祖父がいる。
だが、彼の呼び声に答えるものはいなかった。
川辺に残る白いタオルと、木刀以外には…。

今、生きてるのが不思議なくらいだ。
宮本蒼紫は、神帝殿を見上げため息をついた。
あれからまる2日。訳もわからず神殿に捕まり、なんの裁判も釈明の機会も与えられず
死刑を宣告された。諦める気は無かったが、どうすることもできなかった自分。
目の前に、今隣に居る彼女が現れるまでは…。
「なに、考えてるの。蒼紫?」
真っ直ぐな茶色の瞳が自分を見つめる。その素直な眼差し、人懐っこい笑顔。
自分と正反対だがなぜか、心が休まる。彼女がいてくれて良かった。そう思える。
だが、それを言葉に出して言えるほど、蒼紫は器用な男ではなかった。
「いや、なんでもない。」
蒼紫は深く深呼吸した。自分の気持ちと考えを再確認するために。

「セルフィ、でいいんだよな。俺達はこれから何をすればいいんだ。」
蒼紫は自らの逢魔と名乗った少女に問い掛けた。神帝軍は許したくないし、自分の身体が
変化してしまったことも自覚できる。だが、今の自分に何ができるだろうか。
先に見えることは何も無い。
「う〜ん、私達は魔皇の指示に従うよ。戦うも、逃げるも。」
その言葉に蒼紫は頭を抱えた。まだ、何をするべきかどうするべきかも解らない。
「とりあえずさ、結界に行けば少し落ち着けると思う。そこでも少し考えようよ。」
セルフィは鎌をくるりと回して蒼紫を見つめた。それが、一番いいのだろう。
少し、考える時間も欲しい。だが…。
「解った。だが、その前に一度俺の家に戻る!」
セルフィは丸い瞳をくるりと巡らせた。
「いいけど、なんで。」
「ちょっと、取ってきたいものがある。それに…」
「それに…?」
「神帝より怖いひとがいる。家を出る前にあの人の許可を貰わないとな。」
へえ〜、神帝より怖い人。どんな人だろ。そう思いながら立ち上がるとセルフィは前を歩く
蒼紫を小走りに追いかけた。
「蒼紫、そっちでいいの?蒼紫の匂いと同じの気配、あっちから感じるけど。」
「!(しまった!!)」

二日ぶりに帰り着いた我が家を蒼紫は無言で見つめた。妙に懐かしい。
道場はシンと静まり返っている。もう、深夜に近い。
練習生達も帰ったことだろう。じいさんも、もう寝てるかな。
その時には書置きでもしていこう。
門から入るのが憚られ、蒼紫はセルフィを促して裏側の塀の上に飛び上がった。
身体は軽く自分の身長よりも高い板塀の上へ自分を運ぶ。
あまりにも簡単にできたことに蒼紫は小さく口笛を吹いた。
「ふ〜ん、大したもんだな魔皇の力って。」
「そう、これくらい朝飯前でしょ。」
今ならじいさんに勝てるかも。ふっと浮かんだ思いを蒼紫は頭を振って振り払う。
自分の力で得たものではない力で勝ってどうする。
「セルフィ、あそこの角の部屋が俺の部屋なんだ。あそこから俺の荷物を…。」
ビュン!
「うわああっ!」
二人めがけて突然石が飛んできたの。咄嗟に避けたもののバランスを崩し二人は庭の方へと
落下する。
ドン!
「うわっち。」
「いてて〜。」
セルフィをなんとか庇い、下になって落下した蒼紫の目の前にキラリ、抜き身の真剣が
輝く。
「げっ!」
恐る恐る顔を上げる。そこには想像通り、蒼紫にとってこの世で一番怖いものがあった。
「じいさん…。」
「愚か者!稽古をさぼり、学業を放り出し、家を抜け出し、あげく泥棒の真似事か!
恥を知れ!!」
ビュン!刀が翻る。蒼紫はとっさに身を翻して逃れる。
「待てよ!これには深いわけが。」
シュン!蒼紫の目の前数ミリで切っ先が止まり、彼の動きと言葉を封じる。
「問答無用!言いたいことがあるなら道場へ上がれ。その性根叩きなおしてくれる!」
そう言うと、祖父は刀をひき、鞘に納めると蒼紫に背を向けつかつか、と道場の方に
向かっていった。
「蒼紫、どうすんの。」
あまりの迫力に口を挟めずに居たセルフィは、蒼紫の耳にそっと問い掛ける。
祖父の背を黙って見送った蒼紫は立ち上がると、無言で道場の方へと向かっていく。
「ちょっと、話してくる。俺の部屋で荷物の準備しててくれ。」
「蒼紫…。」
それだけ言うと、彼はためらいも無く、歩き出していった。

道場の板の間の上で、二人は正座したまま向かい合った。
面も、胴も付けない。お互い道着と袴。
たった二人の、意思と空気が部屋中を支配しているのが感じられる。
蒼紫は背を伸ばすと深く頭を下げた。
「お願いします。」
「うむ。」
立ち上がり、二人は武器を構えた。祖父は長刀 備前長船を真っ直ぐ構えている。
対する蒼紫は祖父に与えられた真剣の小太刀を二本。
眼差しと同じくらい澱みなく構えるその姿勢に、祖父は小さく頷く。
「行くぞ!」
「はい!!」

「凄いな…。」
そっと、道場の入り口から覗いていたセルフィにはそれだけ言うのが精一杯だった。
戦いに身を置く凶骨だからこの戦い、いや闘いの意味が解る。
相手を傷つけようとする意思は微塵も感じられない。
「話す」
そう、蒼紫は言った。そう、彼らは話しているのだ。闘いを通して、言葉よりも深い何かで。

(あの時、じいさんの背中が小さく思えた。)
太刀を交わしながら、蒼紫は思っていた。子供の頃から見続けていた祖父の背中。
大きく、自分に決して乗り越えられないように思えたのに、道場に来いと言って背中を
向けたあの時、なぜか不思議に小さく見えた。
それに、あの時間あそこにいたこと、礼儀や衣服に厳しい祖父の、いつもとは微妙に違う
服装や表情。かすかに赤い瞳。薄く染まった目元。
おそらく、祖父は心配してくれていたのだ。行方不明になった自分を。
(ホントは解ってたんだよな。じいさんはきっと俺のこと心配してるって。)
だから、ここに来たかった。ちゃんと話したかったのだ。自分のことを。
正直に言えば、魔皇の力のおかげで、今まで解らなかった祖父の動きは手にとる
ように見える。身体も信じられないくらい動くし、力も感じる。おそらく本気を出せば
一撃で勝負は決まるだろう。
だが、蒼紫は意図的に魔皇の力を使うまいとしていた。
(この闘いは、自分の力で勝たなきゃ意味が無い!)
蒼紫は立合いから一歩後ろに引き、姿勢を立て直した。
小太刀と、長刀の闘い、こちらが一瞬で間合いに入らなければ勝ち目は…無い。
最後の一撃にかける蒼紫の心を読みとったように祖父も刀を構えなおした。
「さあ、来い!」
祖父の言葉に蒼紫は真っ直ぐに胸元に飛び込んでいった。
シュン!振られた刃をくぐり胸元に飛び込もうとした瞬間、持ちかえられた刀が自分を
襲ってくるのを感じた。
「ヤバイ!」
避けられる、魔皇の身体はそう言っていた。だが、蒼紫は躊躇った。そのほんのわずかな
タイムラグが勝負を決めた。
バシッ!
手元が払われ、小太刀が蒼紫の手から落ちる。
「まいりました…。」
蒼紫は手元を押さえながら膝をついた。まだ、勝てなかった。
「蒼紫、お前、迷ったな。」
その言葉に蒼紫は顔を上げた。
「お前には勝つことができたはずだ。だが、瞬間その力を使うことを躊躇った。そうだろう。」
蒼紫は言葉を失った。祖父は知っている…。
「これから、お前を取り巻く運命が、どういうものになるかは解らん。だが、迷うな。
おまえ自身の力と、心を信じてそれを振るうことに迷ってはならん。後悔すらできなくなるぞ。」
「じいさん…。」
それだけ言うと祖父は道場を出て行った。
蒼紫は、その小さくて大きな背中を、膝をついたまま無言で見送っていた。

「あ、蒼紫…。」
荷造りをしていたセルフィは、部屋に戻ってきた蒼紫の顔を見て感じた。
(勝った、って顔じゃないな。でも、後悔はしてないってとこか。)
ならば聞かない。そう結論を出すと、荷物の様子を見せる。
「頼まれたものは詰めたよ。後は…あ、つり道具がある。これも持っていこうよ。」
「ああ、そうだな…!!」
コトン、小さな物音に二人は同時に反応し、廊下の方を見た。
蒼紫はバッと勢いよく襖を開く。そこには人の気配はすでにない。
小さな何かだけが静かに置かれていた。
茶色の封筒と、二本の小太刀。
「これは…」
「へえ、キレイな刀だね。」
セルフィは素直に告げた。外見的な意味だけではない。創ったものと、使ってきたものの
素直で優しい意思と思いを感じる刀だ。
「桜吹雪!風切り!!」
小太刀二刀流の始祖から伝わると言う名刀。祖父が何より大切にしていたもので
あることを何より自分が知っている。
「こっちはお金?うわ〜、すごいたくさん入ってる。」
封筒をひらめかせながら驚くセルフィを目の横に、蒼紫は二本の刀を強く握り締めた。

夜がそろそろ終わりを告げようとする頃。
門の側には二人の姿があった。
「ねえ、蒼紫。おじいさんにちゃんと挨拶していかなくていいの。」
「いいんだ。」
今度はちゃんと門をくぐって出よう。それが俺の一番の答えだろう。
蒼紫は荷物を担ぎ、外へ出ようとしたその時、
「蒼紫!」
呼び止められた声に足をとめ振り返る。そこには完全な身支度で佇む、祖父の姿があった。
「じいさん。」
腕組みをした彼は、蒼紫を真っ直ぐに見つめた。
「一つだけ問う。お前のこれからしようとすることは、お前の心に恥ずことではないな!」
稲妻のような、鋭い声から逃げず、蒼紫はしっかりと受け止めた。
「はい!」
そのゆるぎない視線に小さく微笑むと彼は腕を翻して前を指さす。
「ならば行け。すべてを解決するまで戻って来るな!」
「はい!!」
蒼紫はその言葉に送られるように門をくぐった。
「あ、蒼紫…。」
彼を追うために祖父の横を通り過ぎようとするセルフィの耳に小さな声が響く。
「あいつを、頼みます。」
「えっ!」
セルフィが振り返ったとき、彼は袴の裾を翻し、家の中に戻ろうとしていたところだった。
(難儀な性格。でも、いい人じゃん。)
「行くぞ、セルフィ!」
「うん。今行く。」
小さく微笑むと、凶骨の少女は駆け出していった。自らの運命の半身の元へ。

主を失った部屋に、老人は入った。
整理された机の上に、タオルと木刀を静かに置く。
伴侶を失い、息子夫婦を失い、そして今、孫が旅立っていく。
「どいつもこいつも、年寄りを置いていきおって。」
かすかに呟いた言葉は、風以外の誰も聞くものはいない。
開いた襖から白い月が夜の終わりを告げるように静かに輝く。彼はそっと目を閉じた。

蒼紫。
今の世界は神に、心も思考も、運命もすべて預けてしまったものが多すぎる。
だが、自らの運命は自分のもの。誰も、他人の運命を肩代わりなどできぬのだ。
自らの道は、己で切り開いて見せよ。
お前には、それができるはずだ…。
できぬものを、守り、できることをせよ。それがお前の勤め。
わしは、お前の成長した姿を見るまで、待っているぞ。
わしを倒すまでは…死ぬでないぞ。

「さあて、これからどうするかな。」
蒼嵐の結界にとりあえず入り込み、蒼紫は小さくあくびをした。
「部屋でも作る?それともどっかに間借りしようか。楽しそうなとこいろいろあるよ。」
セルフィがきょろきょろと、周りを見る。
何人かの魔皇がそれぞれの部屋を構えているようだ。中にはバーやレストランもある。
「そうだな、でもあんまり派手そうなところは…?」
「どしたの?蒼紫。」
小さな月が飾られた部屋。
その光の中に蒼紫は祖父の言葉を聞いたような気がした。
「ここに、邪魔するか。」
「?いいよ。蒼紫が決めたんなら。」
蒼い月と光が彼らを迎える。

「蒼月の間 それぞれの武器で大切なものを守るために・・・」




オリジナルノベルその3

同じく蒼月の間の仲間、宮本蒼紫さんの話を書き下ろさせてもらいました。
掲示板で、おじいさんを怖がりつつも尊敬しているということだったので、
昔ながらの、強いおじいさまで書かせてもらいました。

おじいさんから貰った小太刀の名前はむか〜しやったゲームの忍者刀から
特に名前がキレイなものを(勝手に)付けました。すみません。

人間として、こういう方は尊敬します。ホント。


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