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この世で一人きりでも、自分を信じてくれる人がいれば救われる。
この世で一人きりでも、自分を待ってくれている人がいれば、生きられる。
俺はあの時、そう知った。
道場帰り、紅矢はすっかり寂れたゲームセンターでガンシューティングゲームに向かっていた。
店はほぼ紅矢の貸切、活気の無い店内に、耳をつくゲーム音だけが響き渡っている。
少し前までは、ここの店も賑わっていた。
乱入戦を挑んでくるものも多かったし、友達もよく一緒に来てくれていた。なのに、今は…。
コンピューターの単調な動きに飽きた紅矢は、コンティニューを切って銃を置く。
道場での訓練も、ゲームセンターでのゲームにも、みんなの心に意欲が感じられないのだ。
「くそっ!最近みんなどうしちまったんっていうんだよ。」
紅矢の呟きはゲーム音にかき消されたかに見えた。だが、店の扉を開いた
者達には確かに聞こえたようだった。
いつの間にか、背後に人の気配。
「なんだ、お前ら…。うっ!」
小さな悲鳴は派手な爆発音にかき消され、紅矢の意識は闇に溶けていった。
彼の呟きに答えるものは誰も居ない。
「フィミナ、行くぞ!」
「はい!紅矢!!」
突然現れた「逢魔」に命を救われた紅矢は、二人、神帝殿を駆け抜ける。
ゲート付近は流石に警備が厳しい。脱出直前に彼らは見つかり激しい攻撃にあった。
「あ、危ない!」
紅矢の死角から放たれた光線に気付いたフィミナは自分の身を盾にするように
して彼の前に立ちふさがった。
「バカッ!!」
一瞬遅れてそれに気付いた紅矢は彼女に飛びつき、二人は地面に倒れ伏した。
「わっ!」
かすかに唇と唇が触れる。
呆けるフィミナを慌てて引き起こすと、紅矢は怒鳴りつけた。
「バカッ!俺なんか庇わなくても良い。俺が無事でもお前が怪我したら
なんにもならないだろ。」
「は、ハイ!!」
シュン!また熱光線が飛んでくる。紅矢とフィミナは、さっと頭を下げた。
「とりあえず、今は逃げるぞ。二人で逃げのびるんだ。絶対!」
唇に残った感触を確かめるように、フィミナは指を当てる。
熱い。彼の心のように。
「早く!フェミナ!!」
「ハイ!」」
二人はまた、戦いの中に身を翻していった。
自分が脱出してきた神殿を見上げ、紅矢はふう、と息をついた。
「なんとか、ゲームオーバーは免れたようだな。」
「そうですね。無事脱出できて良かった。」
息を整えたフィミナも身体を起こし、笑う。
自分に向けられた久しぶりの優しい笑みに、紅矢は純粋に好意を持った。
命を助けられたから、それだけでは無い、大切な何かを感じて。
「助けてくれてありがとう、フィミナ。」
「あ、いえ。わたしこそ、さっきはごめんなさい。」
フィミナは唇をおさえお辞儀をした。紅矢は何を言われたのか、
思いを巡らし、思い出し、そして笑った。
「別に、それはいいさ。でも、ホントに俺をあんな風に庇わなくていい。
俺が生きていてもお前が怪我をしたら、なんにもならないからな。」
「はい。」
「お前は俺が守る。だから、お前はいつも俺のそばにいてくれ。」
魔皇から与えられた優しい言葉に、フィミナは胸が熱くなった。
あの時触れた唇のように。
「ええ、必ず!」
数刻の後、彼らは氷月家の前に立っていた。
紅矢が荷物の持ち出しを望んだからだ。
「どこに行くにしても、着の身着のままじゃできることも限られるしな。」
その言葉にフィミナも同意し、彼らはここにやってきたのだ。
もう、とっぷりと暮れた夜。あたりの気配を伺って、彼らは静かに庭へと入り込んだ。
紅矢は、明かりのついたリビングをそっと覗き込む。
そこにはテレビを見ている妹、食事の後片付けをしている母、新聞を読んでいる父。
いつもと変わらぬ家族の姿があった。
(ま、想像してたけどな。)
紅矢が寂しそうに笑うのを見て、フィミナは言葉をかけることができなかった。
神帝軍の話をしたとき、紅矢は言っていたのだ。
「最近、うちの親や妹。友達も、みんなおかしくなってきている。
無表情で自分で何かしようって気持ちを感じないんだ。
勉強も、遊びも行動も機械的。それを変だっていう俺の方がおかしい、って言いやがる。」
(俺が居なくなっても、平気ってことか。むしろ俺のことを知らせたのは…
なんてことは、考えたくないけどな。)
フッ、と頭を振ると紅矢は外から廊下方へ回り込んだ。サッシを2枚両側から持ち、「軽く」揺する。
ガタン!それほど大きな音を立てずサッシの扉が2枚重なったまま外れる。
「へえ、こういう開け方なの?」
「違う、これは裏技さ。できるところとできないところがあるんだが、
ここはできるんだ。よく、じいちゃんに閉めだされた時…、いやどうでもいい。
早く中に入ろうぜ。」
紅矢は先にもう、中へと足を踏み入れている。フィミナも頷くと小さく
「おじゃましま〜す。」
挨拶して靴をぬぎ、手に持って中へと入っていった。
紅矢の部屋は2階。隣は妹の部屋で奥が両親の寝室と祖父の部屋だ。
「俺の部屋は、ここ。早く用事、済ませちまうぜ。」
鍵を開け、扉を開けようとすると。
ガチャッ!
鍵が閉まっている。鍵を回して閉まったということは、鍵が空いているという事。
そして鍵が開いているということは…誰かがいる?
紅矢はもう一度鍵を回し、扉を開いた。
静かに扉を開き、二人で中に入り、そして扉を閉める。
パッ!
それと同時に部屋の電気がついた。闇になれた瞳に光が眩しい。
目を抑えた二人の前には,竹刀を持った老人が立っていたのだ。
「朝帰りならぬ夜帰りか、一体何をしていた。」
「じいちゃん…。」
紅矢は口ごもる。簡単に説明していいことでも、説明できることでもない。
まして、後ろにはフィミナがいる。
フィミナを庇いながら沈黙する紅矢にさらに鋭い質問が飛ぶ。
「紅矢…お前、一体何をしでかした?」
「えっ!」
祖父がポケットから出した一枚の紙を読み上げる。
「手配書 『氷月 紅矢』 このもの神帝軍に反逆し逃亡中。
発見の際には速やかに連絡すべし。」
あちゃ〜〜。
紅矢は頭を抱える。家族が無関心、無関係であるならかえって危険はないと
思っていた。でも手配書まで回っているとなれば、流石の両親も、妹も…。
「その顔は、この手配書、本当なんだな。追われるほどのことをしたんだな。」
「…ああ。」
この祖父には嘘はつけないと思った。紅矢が子供の頃から曲がったことが
大嫌いで、それでいて無茶苦茶で、行動力があって、かくしゃくとしていて…尊敬していた。
だから、真っ直ぐ前を向いて、紅矢は肯定した。
「待ってください。彼は悪くありません。神帝が…。」
庇おうとするフィミナを手で制し、紅矢は祖父の目を見た。
そんな様子を見て祖父は腕組みを解き、紅矢の方に歩み寄る。そして…
ポン。
「よくやった!」
「へ?」
軽く叩かれた肩に紅矢は目を丸くする。
てっきり捕まるか、殴られるか、投げとばされるか。それを覚悟していたからだ。
「ワシは神帝など好かん!安寧を与えるなど言って、人々から活気を奪い
取っていきおる。かつての軍国主義よりなお、始末が悪い。
だから、お前が奴らに一泡吹かせたと聞いて鼻が高かったわい。」
豪快に笑う祖父に、紅矢は驚き目を泳がせた。
「でも、その手配書は?」
「ああ、これを奴らが持ってきたのは確かじゃ。
だが、配れと頼まれて受けとったのはワシでな。
即刻握りつぶして焚き付けにしてやった!」
だから、総一たちは知らんよ。祖父の言葉に紅矢は安堵する。
このまま関わりを絶てば、少なくとも、家族に危険が及ぶことは無いだろうから。
「なかなか、良い顔つきになったな。紅矢。」
「えっ。」
穏やかな祖父の言葉に紅矢は顔を上げた。
「前は、こう、何をしたらいいのか解らないようなつまらん顔つきをしていた。
まあ、今の世界では仕方が無いと言えば仕方ないが。周りすべてにイライラしておったろう。」
当たっていて言葉も出ない。だが、祖父の言葉はキツイが優しい。
「だが、今のお前は気持ちの持って行き場を見つけたというか、
目的のある目をしている。いい目だ。」
珍しい祖父の褒め言葉に、紅矢は不思議な鼓動を感じていた。
祖父の目は紅矢の後ろにいる、フィミナに向かう。
「このコがお前の目的か?」
フィミナは、紅矢の腕を掴み、少し身を硬くするが、祖父の目から逃げようとはしなかった。
暖かい眼差し。
「ああ、俺の大切な奴だ。」
「美人だな、お前にはもったいない。ワシでは駄目かなお嬢さん。」
ズルッ!フィミナと紅矢は腰を抜かして、しりもちをついた。
「いや、わしの妻の若い頃によく、似とる。一度お茶でも…」
「じいちゃん!!!」
怒鳴る紅矢の口を抑え、祖父は頭をポカンと叩いた。
「冗談に決まっておろうが、ボケ!総一たちに気付かれていいのか?」
誰のせいで!突っ込みたいのを紅矢はぐっと抑える。
「お前らは、お似合いだ。こう、魂で繋がってる。そんな感じがするな。」
今度は真面目な顔で言われる。魂の絆ってやつを感じるのか?そう祖父を感心すると
「で、キスはしたのか?結婚式はいつだ?」
キス。その言葉にフィミナの顔が赤くなる。紅矢も顔を真っ赤にして頭を抱えた。
「結婚式なんて、そんな先のこと解るか。まだキスだってちゃんとしていないのに!!」
「なんだ、つまらん、そんなことじゃワシの孫は勤まらんぞ。
ワシの若い頃は…。」
紅矢は小さくため息をつく。祖父はいつもこうだ。
無茶苦茶で、めちゃくちゃで…。
「守ってやれ、お前の大切な奴を。そしてやりとげろ。お前の目的を、命を賭けてな。」
そして、かなわない。祖父に胸をポンと叩かれ、紅矢は頷いた。
「ああ、解っている。俺はこいつを守る。絶対に。
取り戻す!みんなで笑える明日。みんなの心。
そして、俺自身の平穏を必ず、何があろうとも、命を賭けて。」
「紅矢…。」
その言葉、いや、誓いを聞いて祖父は満足そうに微笑んだ。
「よし!その言葉確かに聞いたぞ。だが、命を粗末にはするな。
命を賭けることと命を捨てることは違うからな。そして、必ず帰って来い。」
「ああ、解った。約束する。」
今度はフィミナの方に近づくと、祖父は彼女に深々と頭を下げた。
「こいつは、まだまだ未熟もんです。ご面倒をかけるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
さっきまでのとは、いやさっきまでの言葉にも感じられた紅矢への
優しい思いを、彼から感じ。フィミナは紅矢の後ろから抜け出し、
祖父の前に真っ直ぐに立った。
「私は彼についていきます。彼の目的のために、一生懸命やります。
彼を守ります。だから、待っててください。彼が、平穏を取り戻すのを。」
彼女の、真剣な思いに、祖父は無言で頷き、そして…笑った。
「ほれ、さっさとせんか!日が暮れる、もう、暮れとるか。沙弥や総一たちが上がってくるぞ。」
荷造りをする二人を見張るように、祖父は紅矢の机で声をかけた。
「ったく、誰のせいで遅くなったと思ってるんだ。」
「いいおじいさまね。」
口をならす紅矢にフィミナが笑いかける。
「まあな。」
「ねえ、紅矢、さっきのキスの話だけどさ。」
「あ?まだちゃんとしてない、って言ったろ。」
「ちゃんと?じゃあ…。」
こそこそ話し合う二人に祖父の遠慮ない突っ込みが飛ぶ。
「こら!いちゃつくのは二人だけのときにせい!やもめ男に見せ付けんでくれ!」
カアッ。二人の顔がまた熱く上気した。
荷造りを終えた二人は、自分の部屋の窓を開けた。
下はもう、いつ家族が上がってくるか解らない。祖父が誤魔化してくれると
約束したが、もう一度顔を見たら決心が鈍りそうだ。と紅矢は断った。
「じゃあな、じいちゃん。達者でいろよ。」
「ワシを誰だと思っておる!氷月剛一!百歳まで生きるわ!!」
カッカッカ!高笑いをする祖父を紅矢は頼もしく見つめると、
ひらり、と屋根へそしてその向こうの闇へと消えていった。
後に続いてフィミナは小さくお辞儀をした。同じように降りようとする彼女を
「お嬢さん。」
祖父は呼び止める
「これを奴に渡してください。重ね重ねあいつを頼みます。」
紫色の更紗の包みを受け取り、頷くとフィミナはもう一度深く頭を下げると
紅矢の後を追った。二人の影が消えるまで、消えても、
祖父はそのまま長いこと、外を見続けていた。
蒼嵐の結界で、フィミナは祖父から渡されたものを紅矢に渡した。
「これは、ばあちゃんの手作りってじいちゃんが大切にしてた袋。あっ!」
袋を逆さにして紅矢は驚く。中から転がり出たのは数万円の現金。
そしてお守りが…二つ。
「いつの間に用意したんだよ。こんなもん。」
紅矢は袋を抱いて下を向く。
誰か、一人が信じていてくれたら、誰か一人でも待っていてくれたら、
俺は戦える。
「いい、おじいさまね。」
「ああ…。」
俯いた紅矢の背中に触れるフィミナの手のぬくもりが、紅矢の心を不思議に
暖めてくれていた。
「しっかし、随分あるな。魔皇の基地って。」
「私達、少し後れたみたいね。」
結界の中を回りながら、二人は周囲を見回した。
「さあて、どこで休むかな。」
「自分達の部屋を作ってもいいけど、これだけいっぱいあるとねえ。」
そうだな、相槌を打ちながら歩いていた紅矢はふと、一つの部屋の前に
足を止めた。
看板に特別な言葉が書いてあった訳ではない。
ただ、なぜか、妙に惹かれた。祖父に誓ったのと同じ、あの言葉に。
「?ここに、お願いしてみるの?」
「ああ、そうしよう。」
心を織り上げ、その部屋に飛ばす。
何か予感を感じる。ゲームの新しい面で仲間と出会えるような心浮き立つ何かが。
大切なものを、守るために…。
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