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昨日と違う今日、今日と違う明日。
運命の変わり目がいつ来ると、知る人は…いるのだろうか。
「魔皇」の選択基準はなんなのだろう?
そう思ったことはないだろうか?
月島 日和は普通の女子高生だった。
音楽家を夢見て、チェロの練習を続けるごく普通の少女。
電車の中で手作りのカバーをかけた文庫本を読んで過ごすような、
ちょっと真面目な女の子。
ただ、一つ疑問を持っていただけ。帰り道、空を、いや神帝殿を見つめ
彼女は呟く。
「この世界に、今、いったい何が起きているのかしら。」
と。
彼女は神帝殿 ギガ・テムプルムの牢に囚われていた。
昨日までなら、通学電車の中で本を読んでいた時間。
今、自分は牢屋の中に閉じ込められている。
訳もわからぬまま「捕縛」されここに連れて来られた。
やがて処刑されるだろう。と自分を連れてきたグレゴールは言う。
「どうして?なぜ?」
その問いに答えてくれるものは誰もいない。
グレゴールさえ、姿を消し、今、自分は一人きり。
日和は途方にくれた。
「私、このまま死ぬのかしら…。」
「そんなことは、させるもんか!!!」
「えっ?」
返事の返らない問いだと思っていた呟きに返った答え。日和は前を見た。
目の前、牢の外に一人の少年が立っている。
日和は思わず目を奪われた。自分と同じくらいの少年。
それだけなら、彼女は目を奪われたりはしなかったろう。
だが、彼は自分が今まで見てきた同級生や、学生達とはまったく
違っていたのだ。
月明かりの夜を思わせる蒼い瞳、月光のような銀の髪。そして夜を
結晶させたような黒い石の翼。
だが、そんな外見のものではない、何かが彼を輝かせている。
日和は眼を見開いた。
「ボクは悠宇。君の逢魔だ。ボクの魔皇を、いや、君を…助けにきた。」
魔皇、逢魔。初めて耳にする不思議な言葉。魔法のように心を熱くする。
「僕と行こう!」
彼は、自分に手を差し伸べる。予感がする。
運命が変わると。この手をとったらもう、二度と昨日と同じ明日は来ないと。
だが、今、自分はこの手をとりたい。死にたくない。明日を見たいから。
自分自身の目で…!
「いくわ!あなたと。」
月島日和は、運命と出会い、「魔皇」となった。
神殿内での戦いは、平凡な高校生には過酷を極めた。
何かを知りたいと動いた「行動」も思った成果を上げられず、彼女達は再び
終われる身となった。
また、前に敵が現れる。
恐れも躊躇いも知らず、彼らは自分達に向かってくるのだ。
「どうして?どうして何も考えずに襲ってくるの?」
魔皇となった日和にとって、彼らを蹴散らすことは容易かった。
だが、自らが倒すものたちの命が重く自分に圧し掛かってくる。
「きゃあ!
グレゴールの最期の一閃が日和の足を払い、彼女は地面に倒れた。
「日和!」
悠宇は躊躇わずグレゴールを倒すと、彼女に駆け寄っていく。
「大丈夫?」
悠宇が手を差し伸べる。彼の手をとって得た運命はあまりにも過酷なもの。
日和は、しばらくその手をとらなかった。
「どうしたの?」
彼女は泣くのだろうか?恐怖に、辛さに、悲しみに。悠宇は身を硬くした。
でも、彼女は泣き崩れたりはしなかった。
このまま蹲っていても、泣いていても何も変わらない。
それをよく知っているからだ。
自分は今、膝を地面につけている。
日和は目を閉じた。昔を…思い出す。
兄達を追いかけ、よく外に出て…よく転んだ。
助けて欲しくて泣いたけど、兄達は決して助け起こしてはくれなかった。
いつも自分が立ち上がるのを待っていた。根気よく、いつまでも。
「自分の力で立てよ!負けるんじゃない!!」
彼らは、そう言った。
そして立ち上がったとき、
「よくやったな。偉いぞ!!」
満面の笑顔で、自分を抱きしめてくれた。
転んだなら、自分の力で立ち上がらなきゃいけない。
自分が決めた道だから、たとえどんなに辛くても、後悔はしない!
日和は立ち上がった。自分自身の力で。
戸惑うような目線の悠宇に自分から、手を差し伸べる。
「行きましょう!悠宇。」
悠宇は笑った。眩しく輝くような少年の笑顔で。
「うん!行こう!!日和!!!」
神殿をなんとか脱出した二人は、手を繋いで立っていた。
夕暮れ、日は小さな赤い屋根に残照を映し、白い壁をオレンジ色に染める。
目の前に立つ建物は神殿に比べるとはるかに小さい。
でも、今の日和には遥かに入りづらい壁に思えてならなかった。
「帰らないのかい?日和。」
その言葉が残酷であることを悠宇は知らない。
帰りたい。でも帰るべきではない。帰ってはいけない。日和は思う。
だから、振り向こうとした。家に帰らず立ち去ろうと。だが
「何も言わずに、行ってしまう気なのか。日和?」
(えっ?)
肩に優しい手が触れる。もう一度振り返った先にいたのは…。
「お兄ちゃんたち…」
長兄、次兄、三兄。そして、父母、祖父母も、玄関に何も言わず佇んでいた。
「日和、何かがあったんだな。」
三兄が優しく問い掛ける。日和は小さく唇をかむと静かに頷いた。
「それは、俺達には言えない。そして、ここから出て行かなければならない。
そうなんだな。」
次兄の声は静かだった。もう一度日和は頭を前へと揺らす。
「なら、せめて荷物を持っておゆきなさい。少しでも。」
そう言った母の言葉に、日和は従った。
ゆっくりと自分の家の中へと入っていく。
悠宇はついていかな、いや、行けなかった。
自分を見つめる日和の3人の兄たちと、言葉にならない言葉で会話するので
精一杯で…。
日和がカバンにつめたものはごくわずかだった。
ほんの少しの着替えと、家族の写真、そして家族からもらった
小さな小物たち。
楽器。チェロは持ち出すには大きすぎるが、これだけは置いていきたく
なかった。
最後に兄たちが誕生日に小遣いを出し合って買ってくれた腕時計を
手につけて立ち上がる。
彼女は階段を降り、もう一度静かに玄関の扉を開けた。
そこにはやはり家族全員が、待っていた。
(聞かないで、問わないで。聞かれたらきっと私は泣いてしまう。)
そう思いながらみんなの間をすり抜け、日和は悠宇の元に近づいた。
「行きましょう。悠宇。」
「あ、ああ。」
二人が歩き出そうとしたとき。
「日和!」
長兄の声に彼女は顔を上げた。
自分の前に立つ、彼の顔をまっすぐに見つめる。
「これを持っていけ。」
しゃらん!手のひらに乗せられたものそれは鍵だった。
捕まったときに無くしたと思った、家の…鍵。
「何をしても、どこに行っても、いつでも日和の家はここだから。
それを忘れるな。」
「ええ。わかったわ。みんな、行ってきます。」
鍵を握り締めると、日和は家族に向き直って深くお辞儀をした。
祖父母は笑い、母は微笑み、父は腕組みをして、三兄はサインを切り、
次兄は手を振りそして長兄は日和の背中をぽんと一度だけ叩いてそれに答えた。
日和は前を向いて歩いていく。悠宇は少し遅れてそれを追い、
日和からチェロのケースを受け取った。
振り返らなくても、彼らが自分の方を見ているのが日和には解る。
やがて、悠宇が結界の扉を開き、二人は静かに闇の中へと消えていく。
それを見つめた彼ら月島の家族の抱える思いは、知る由も無い。
結界の中をスタスタと歩き続ける、彼女を追いながら悠宇は何かを
決心するかのように頷いた。
「日和!」
日和の腕をつかみ、こちらを向かせると、悠宇はまっすぐ、
そのはしばみの瞳を見つめた。
「な、なに。悠宇?」
「泣きなよ。」
「え?」
「泣かないと辛いぜ。別れたくない奴らだったんだろ。
あいつら。だから、今、泣けよ。
大丈夫。誰も見ていない。俺が…ここにいるからさ。」
スイッチを切るように、日和は泣き出した。静かにでも深く深く。
悠宇は日和の肩に躊躇いがちに、静かに手を回した。そして優しく
抱きしめた。
兄たちはきっと自分を殴りたかったのかもしれない。
大事な妹を過酷な運命へと連れて行く自分を。
でも、彼らは言った。日和を頼むと、守れと言葉ではない言葉で。
悠宇はそれに答えたつもりだった。
(俺は、必ず、絶対日和を守るんだ!)
無言で語り合った兄たちとの約束を守るためにも…。
(うわ〜、ここ凄い。ついていけるかなあ…。)
日和は肩に力を込めたまま、壁に背中を付けた。
大切なものを守るために。
そう書かれた看板に心惹かれてある部屋に間借りを希望したが、
そこがまた大騒ぎだったからだ。
激しい討論があったかと思えば、パーティや怪しい飲み物の交換会、
あげくの果てにどこにできたのかダンジョンまである。
男性魔皇が多いこともあって、入るのにどうしても腰が引けてしまって
いたのだ。
「大丈夫だって、気楽に行こうぜ。」
と励ます悠宇自身も実は、やや、入りづらかった。
(どーして、男逢魔こんなに少ないんだ〜、女ばっかじゃん。)
そんな二人に、声がかけられた。
「ようこそ、蒼月の間へ。一緒に今を、楽しみましょう。」
「来てくれてうれしい。歓迎するぞ。」
同い年の魔皇、兄のような同族。
同じ心と悲しみを知るもの。
そして、熱い心を抱く仲間達と共に、開かれた新しい運命に二人は
歩き出した。
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