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逢魔デューシンスの朝は早い。
毎朝、定刻になると目が醒めてしまうのが性分なので静かに、
カーテンの向こうでまだ眠っている主を起こさないようにそっと着替えて部屋の外に出る。
ここは、逢魔の結界の中。影の世界。
だが、太陽の光、朝の気配は表の世界と同様に静かに影の世界をも照らす。
「う〜ん!今日もやるか…?」
デューシンスは手を軽く組むと頭の上に伸ばした。筋肉が、全身が大きく
伸びをする。
時はAM6:00
AM7:00
トントントン〜。
やがて弓鳴りの間のキッチンから軽快な音が響き始める。
何人かの有志(主に逢魔)が朝食の準備をしているのだ。
全員がここで寝泊りしているわけでもないが20名を超える大所帯。
朝食の準備も結構大掛かり。
料理の得意な逢魔が結構いて自主的にやってくれているのでありがたい。
彼は料理が出来ないわけではないが、あまり上手ではない。
(と本人は思っている)
「これ、お願いしてもいいですか?」
その言葉に頷いて、デューシンスは皿を並べたり、盛り付けを手伝ったりしていた。
「こうでいいか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。」
時々、手際のいい彼女達の手元を覗き込んでみる。
料理の手順を覚えようとしているのだろうか?結構真剣な彼の顔。
くすっと小さな笑い声が漏れる。
「そんなに見られると恥ずかしいじゃないですか。」
「あ、すまない。」
真面目な顔で頭を下げて戻るデューシンスに、また彼女達は顔を見合わせて
含み笑いをしていた。
ここでの活動は夜遅くまで続くことが多いので、朝は必然的に遅くなる。
全員の食事が終わる頃は大抵9時を過ぎているだろうか。
それから後片付けや皿洗いをするので、一通り終わって一息つくのは10時近くになる。
平凡な生活の中でだったら、仕事や、学校に行っているものも多いだろうが、
今はそうもいかないので、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
楽器のレッスンをするもの、本を読むもの、鍛錬をするもの、様々だ。
彼のパートナーは大体午前中は、新月の間か、自室に篭ってパソコンなどで
情報整理をしていることが多いだろうか。
そうなると手伝えることはあまりないので、デューシンスは部屋の外に出て
あちらこちらをぶらついて回ることが多い。新聞を読んだり、よその基地の
様子を見たり、流伝の泉に顔を出したり。それぞれのところで得られる情報は
小さなものだが、それを集めて、自分なりに整理し、まとめてみる。
今の情報を正確に把握し、これからに生かしていく。
これが特技「社会情勢」というものであろう。
本人はそこまで意識はしていないが…。
戻ってくる頃にはAM11:30をまわる。
そろそろ昼食の時間だ。と言っても皆、昼はここにいないことが多いから
自分と、自分のパートナーの用意をするくらいで事足りた。
「おい、夢。昼にしたらどうだ?」
放って置けばいつまででもパソコンに向かっているであろう自分の魔皇に
デューシンスは声をかける。
手に持ったトレーには、軽い軽食の用意が。
「もう、そんな時間?気がつかなかったわ。ありがとう。」
ディスプレイの電源を落とすと夢はくるりとイスを回して立ち上がる。
サイドのテーブルを挟んでの二人だけの食事。
「ねえ、今ネットで検索していたんだけど…。」
「ああ、そのことなら向こうでもいろいろ情報が…。」
会話は作戦や、現状の整理などがほとんどだ。
誰かさんなどが見たら、ひたすら色気が無い。と笑われるだろう。
でも、二人の間に静かに漂っているものも感じるのではないだろうか?
深い信頼と、愛情…。
昼食の片付けが終われば大体PM1:00
それぞれがまた自由な時間を過ごす。
「?」
見回りも兼ねて基地の中を回っていると弓鳴りの間の道場で、誰かが鍛錬をしているのが感じられる。
ひょいと顔を覗かせると、彼も気がついたようだ。
「?デューシンスじゃないか?何をしているんだ?」
「いや、ちょっとした見回りだ。いつも熱心だな。」
「ああ、練習は一日サボると取り戻すのに3倍はかかる。」
武術の心得があるものたちは、大抵こういう。
魔皇の力を得てもそれは変わらない。その努力には頭が下がるというものだ。
「今度、基本を教えてもらえないか?」
デューシンスの言葉に彼は晴れやかに笑う。
「今度じゃなくて、今でもいいぞ。前に夢にも約束したしな。」
「そうか?邪魔をして悪いがお願いするか?」
「おう!」
戦う能力に自信が無いわけではないが、自学独習では限界がある。
いろんな戦い方を学んでみたい。彼は靴を脱ぎ、道場に上がった。
人化の術をかけ、道場で正座というものをする。
「よろしくお願いする。」
「相変わらず真面目だな。手合いでいいか?行くぞ!」
苦笑すると彼は立ち上がった。自分も同じように姿勢を正し、お辞儀をする。
武器を持たない自分に合わせてくれたのだろう。彼も徒手空拳。
ゆるやかな手合いが始まる。
相手の動きを読み、相手の考えていないところに攻撃する。
頭で考えている通りに相手は動いてはくれない。
人と戦うことの経験値は自学独習の数倍に勝ると、彼は思っていた。
「お疲れさん。結構やるじゃないか?」
タオルで汗を拭きながら彼は笑った。
本来ならいきなり手合いなどできるものではないし、彼が手加減してくれて
いたのは解っている。でも、こういう時間は楽しく、認められたことは嬉しい。
照れながら頭を掻き、小さく笑う。
「でも、まだまだだからな。」
「またやろうぜ、おまえさんとなら、素直に楽しめそうだ。」
「ああ、よろしくお願いする。」
お辞儀をして立ち去るデューシンスの背を見て彼は苦笑するように笑った。
(相変わらず真面目な奴…。)
何時の間にか2時間も経っていたらしい。PM3:00
流石に疲れたような微妙なだるさを感じデューシンスは中庭で腰を降ろした。
さらさらと流れる水の音が、静かに身体の火照りを静めてくれるような気がする。
手合いで上がったテンションの方も少し抑えようか。
デューシンスはどこからともなく、銀のフルートを取り出した。
音を合わせると、風と、水の調べに合わせて彼はメロディを紡ぎだしていた。
「〜〜♪〜〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪」
風のささやきとせせらぎを伴奏に流れる静かなメロディにふと、柔らかい声が
寄り添ってくる。
「〜〜♪〜〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪」
彼はふと、横を見た。そこにあるのは自らのパートナー。
(夢…)
彼女は音に寄り添う歌のようにそっと肩を寄せてくる。
歌により音は音楽となり静かに響いていく。
彼女の歌声は、風よりも、せせらぎよりもメロディを静かに引き立て、
盛り上げ、ハーモニーを光り輝く天へと運ぶ。
ナイトノワールは夜の住人、自らの運命も、調べも闇に属すると信じていた。
でも、彼女となら光の下で、輝いていけるかもしれない。
デューシンスは心から、そう思っていた。
「フルート吹くときは、一緒に歌わせてって言ってたでしょ。
一人でやってるなんてずるいわ!」
ちょっと膨れ顔のパートナーの頭をデューシンスは子供のように優しく撫でた。
「すまない。でも、そう膨れるな。」
自分の頭の上に置かれた手を両手で掴むと、夢はその手をぐいっと引いて自分の横へと抱きかかえる。
「な、なんだ?何だ?」
「これから、ノルンとユグラドシルに挨拶に行くの。
それから、挨拶回りして、おかしぃの家で買出しね。
今日の夜用のケーキとお茶。それから〜。」
「お、おい…。」
「一緒に行きましょ?」
ねっ?顔を見つめる黒く丸い目に、デューシンスは、はあっと小さくため息をつくと笑って頷いた。
「ああ、一緒に行こう。」
二人は歩き出した。
夜PM7:00を回るころ、満月の間に灯りがともる。
柔らかい蛍光灯の明かりの中、仲間達が三々五々集まってくるのだ。
キレイに拭かれたテーブルの上にはお茶の用意と、ケーキの用意がしつらえてある。
「よ!こんばんは〜」
「今夜も賑やかですね。」
「シュークリーム持ってきたんですよ。良かったらどうぞ。」
やがて、蒼月の間が一番賑やかで輝く月の時間がやってくる。
仲間に、客にお茶を出そうとしている横で、騒動が走りぬけていった。
「馬鹿―」
「おお、包丁が飛行を得ている・・・」
「こ、こら止めろ!!」
こういう暴走の止め方も、何時の間にかデューシンスの役目になってしまった。
夢は、デューシンスに任せられると思うときには、あまり口を出さない。
出すときはキレる一歩手前ということだ。
(いつの間にこういうキャラクターになったんだろう)
と、止めながら彼は時々思う。もう少し硬派なつもりだったんだが…。
だが、それを嫌なことだとは思っていない。
この基地で仲間達と、共に生き、彼らを守ることが何時の間にか彼の幸せに
なっていたからだ。
彼にとってここのほとんどの逢魔は弟や、妹のような存在。
魔皇たちもまた大事な仲間だ。
(守りたい。この時を、皆を、そして…)
彼の視線の先、皆と笑い会う自らの魔皇がいる。自分にとって、何よりも
大切な魂の絆。
(あいつの笑顔を…。)
PM12:00 もしくはAM0:00
まだ討論会も、座談会も続いているが、一足早く抜け出して、二人は自室に戻った。
シャワーを浴び、着替えて、床につく。
気にしないと、彼女は言うが、彼は二つのベッドの間をカーテンで仕切っていた。
ベッドに腰掛けてふう、とため息をつく彼の後ろから、顔が除く。
「デューシンス♪」
「わっ!夢。なんだ?」
「なんでもない♪ お休みなさ〜い。」
明るく笑った顔は引っ込み、衣擦れの音は静かな寝息へと変わる。
その間わずか3分。
デューシンスは、そっとカーテンを開けて夢の枕もとに立った。
無防備な安心しきった、子供のような寝顔。
「ったく、襲っても知らないぞ。」
苦笑すると、デューシンスはベッドの横の窓、蒼い月の輝く夜を見つめ、
黙ってカーテンを閉めた。
「おやすみ、いい夢を…。」
やがて、彼も目を閉じる。
I wish…
願わくば、この時が少しでも長く続くように、
そう、月に願って…。
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