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蒼月の間の本棚はバラエティーに富んでいる。
漫画、エッセイ、小説、戦略論に歴史物。
住人達がそれぞれの好みの本を入れまくっているからである。
そんな本棚の一冊。誰が入れたのか解らない、古い絵本。
日月に退屈しのぎの本を頼まれて探しに来たペトルーシュカの手に
その本が触れた。
「ピノキオ」
ペトルーシュカは、本を開き、ページをめくる。
戯れに作られた人形が魂を持って動き出し、心を学び、
やがて人間になる童話。
何故だろう。本から手が離れなかった。
逢魔8種族の中でもレプリカントとは特殊な種族である。
他の種族と違い、彼らは同じ逢魔によって生み出されるのだ。
長い歴史の中、魔皇と出会えた逢魔は実はほとんどいない。
闇の中の「待つ」ときは長く、悠久を感じさせる。
その暇つぶしにレプリカントを作り出すものは実は少なくなかったという。
彼らにとってそれは、子供が粘土から何かを作り出すのと同じこと。
理由も無く、ただ作り完成したら壊して新しいものを作り出して遊ぶのだ。
無論、生まれたレプリカントすべてがそうではないが、そういうものもいた。
ペトルーシュカもその一人。いや、一人とさえ認識されてはいなかった。
生まれてすぐに廃棄され、処理場に横たわっていのだ。
その「時」が来るまでは。
「「紫の夜」が発動する?」
「魔皇様を助けに行くことができるのね。」
逢魔たちの多くは喜びと期待に胸を膨らませた。
だが、あるものたちは、胸に不安を抱える。逢魔の中層に位置するもの達。
彼らの中にはこう、考えるものがいた。
(神帝軍との戦いはどちらかが滅ぶまで続くだろう。
我らの命さえも失われるかもしれん。)
(ならば、一人でも多く魔皇を増やし、神帝軍と対抗させなければ!)
逢魔の孤独の歴史は長い。もはや、魔皇との出会いよりも自らの命を
尊ぶものもいたのかもしれない。そしてそれを非難することもできない。
彼らは廃棄したレプリカントを再生した。
一体でも多く、一人でも多く。
そして、ペトルーシュカは、始めて「一人」として立つことになった。
目的はただ一つ。魔皇を見つけ出すこと。
作られた人形に魂はあるのだろうか。「魂の絆」などあるのだろうか。
ペトルーシュカはそんなことすらも考えなかった。
ただ、連れてこられるままに神帝城にやってきて、あてもなく彷徨っていた。
一緒に来た逢魔たちは、自らの魂の信じるまま、魔皇を求めて走る。
だが、「魂」のない、自らの心がない、
それのできないペトルーシュカは、ただ歩いていた。
それは、ただの偶然だったのかもしれない。
細い廊下で、「彼」と出会ったのは。
一人の青年が、無造作に歩いてくる。
彼と、目が合ったとき、ペトルーシュカの作られた心臓が
「ドクン!」
と高鳴った。「心」が熱くなったのだ。
今まで、自分が感じたことの無い何かが胸に込み上げる。
頭の中が真っ白になり、自分に何が起きたのかも理解できなかった。
彼は、ふと足をとめ自分を見つめる。
「・・・・・・あの連中とは違うみたいですね、
・・・・・・逢魔の人・・・ですか?」
そう問いかけられても、その青年を見据えたまま、何故か言葉が出てこない。
二人の距離が近づき、・・・・・・そしてすれ違う。
「お待ちください!!!」
振り向き、衝動のまま呼び止める。
「何か?」
青年が振り返り、そう問いかける。
なのに又、言葉が出てこない。
しばしの沈黙。
青年が踵を返そうとした時、
「・・・・・・お待ちください、魔皇様。」
ペトルーシュカはやっとそれだけを言葉にすることが出来た。
その後のことはあまりよく覚えていない。
しどろもどろな、要領の得ない言葉ばかりで上手く説明できなかった。
聞けば、隣の牢の人が逢魔と出会って救出され、ついでに近くの
囚われていた人達も牢の中から出してもらい、その時に魔皇と逢魔の
関係についても説明してもらったという。
「さあ、早くここを脱出しましょう、長居は無用です。」
しかし、彼は、自らが魔皇と呼んだ人は
「せっかく来たのだから、何かお宝でも拝借して行きましょうか。」
そう微笑んでいた。
それから後はずっと彼、柊 日月の後ろについてきた。
神帝城を彼と共に抜け出し、始めて殲騎を召還し、彼の家に行き、
何か強い感情を叩きつけられ、そしてここへと…。
結界の中、あまたある秘密基地の中で、なぜ、彼がここを選んだのかは
わからない。
ここは、不思議なほど騒がしい。毎夜、しゃべり、歌い、笑い、泣く。
彼らは一体、何故、これほど熱くなれるのだろうか。
氷の木より生まれたペトルーシュカには解らなかった。
ただ、日月に言われて彼らにお茶を出す時、彼らは自分に笑いかける。
「すまないな。」「ぺトラちゃん。ありがとう。」
そう、言われるたび、そして日月に
「ご苦労さん。」
と言われるたび、かつて、日月と出会った時、始めて感じた胸のどこかが、
熱くなるような気がするのだ。
それは、何故かペトルーシュカには、まだ解らない。
「ん?ぺトラじゃないか?何しているんだ。」
本棚の前で、身動きせずに佇んでいるペトルーシュカに声をかけるものがいた。
彼は、確か、ここのリーダーの逢魔。ペトルーシュカは本を閉じて一礼した。
いい、いい。と手を振った彼は、彼女の持つ本に目をやる。
「(ピノキオ?)」
表情も変えずに立つぺトルーシュカを見つめ、彼は小さく微笑むと、
軽く頭を撫でて、歩き去っていった。
「ぺトラ。随分時間がかかっていますね。どうしたんです。」
彼の行った先を見送っていたぺトルーシュカの背後に、聞きなれた声がかかる。
「もうしわけありません。日月さま。」
主人の命を忘れていたことに気付き、迎えに来たことに恐縮し、
ペトルーシュカは頭を下げた。
いや、別に用事があったんですよ。日月は笑うがペトルーシュカは
少し急いで手にもっていた本を本棚に戻し、日月に頼まれた本をとろうと
手を伸ばした。
その時、
「〜〜〜♪〜〜♪」
中庭の方から何かがペトルーシュカの耳に届いてきた。
フルートの音色だと一瞬遅れて気付く。
やがてフルートの音色に寄り添うように柔らかい女性の歌声も重なっていった。
音楽、歌声、それは今まで過ごしてきた時の中で多く聞く機会があった
ものではない。だからだろうか、何故か心惹かれていた。
それは、隣に立っていた日月にも聞こえたのだろう。
彼はどこか、懐かしむような口調で笑っている。
「ほお、「星に願いを」ですか。なつかしいですね。」
「日月様、この歌はなんという意味なのかご存知ですか?」
ほとんど始めて聞く、ペトルーシュカの積極的な問いかけに、
日月は少し目を見開き、そして笑って答えた。
「星に願いを託すとき、夢はきっと叶う。君が誰であろうとも。
夢は突然君の元へやってくる。夢は、必ず叶うだろう。
そんな感じですかね。」
「夢は…叶う。」
ペトルーシュカは小さく、繰り返していた。
夢、それは彼女の中には存在しなかった言葉。
だが、今、彼女の中でその言葉が不思議に輝いていた。
誰であろうと、夢は、叶う・・・。
「ぺトラ、ここで待っていてください。私は少し用事が…。」
日月はどこかへ向かって行こうとした。離れる気配?
ポケットに手を入れ歩き出そうとした時
きゅっ。
「ん?」
彼は小さな力を感じて振り返った。
ペトルーシュカが、自分のシャツを小さな手で握りしめているのだ
「…ぺトラ。」
「!申し訳ありません。日月様。」
ペトルーシュカはハッと我に帰ると服から手を離した。
珍しく戸惑いの表情を浮かべる彼女を見つめ、日月は優しく笑うと、
そっと頭を撫でた。
ペトルーシュカは思っていた。
さっき、別な人物に同じことをされた。
でも、その時と、今は感じたものが違う。
何故だろう、胸の中が暖かい。
思う、考える、自分自身が変わってきていることを彼女は気付いて
いないかもしれない。
でも、日月は気がついてた。
ペトルーシュカと出会ったこと。自分が魔皇となったこと。
どれも自分で選んだことではない。
だが、今の自分、そしてぺトラのことも彼は結構気に入っていた。
(これも、運命。変わっていくこの子を見ていくのも守るのも、
面白いかもしれませんね。)
用事は後でいい。そう首を振ると、日月は声をかけた。
「行きましょうか。ぺトラ。」
「はい、日月様」
ぺトルーシュカは改めて本棚から何冊かの本を取り出し、
抱えると先を歩く日月の後を追う。
日月は時々振り返り、自分の後についてくるペトルーシュカを見て、
ほんわかと微笑んだ。
本棚の中に、さっき彼女が置いたはずの絵本は、もう見つからなかった。
足音が遠ざかる。彼は人ならぬ耳でそれを感じた。
フルートの音がゆっくり消えていく。少女も歌うのを止め深く息をついた。
「これでいいの?」
「ああ、ありがとう。」
自らのパートナーの頼みに答えた魔皇は小さく笑った。
「ぺトラちゃんも何かが変わるといいんだけどね。」
「変わるさ。もう変わってる。気が付かなかったか?
この間、あの子が言ったこと。」
「?」
(魔皇と逢魔といえども、単体で出来ることは限られています。)
あの子は他のものを意識し始めている。そして変わりたいと思っている。
おそらくまだ、自分自身でも気付いていないかもしれないが…。
たとえ、レプリカントであろうと、魂は存在する。心も生まれる。
俺達は仲間なのだ。
だから教えてやりたかったのだ。夢はいつか現れ、そして叶うと…。
(おせっかいかもしれないがな。)
小さく苦笑すると彼は立ち上がった。埃を払い楽器をしまう。
これ以上は俺達の仕事じゃない。
「彼」とそして「運命」の仕事だろう。
空を仰ぐ、月とそして輝く星が、彼らを見つめていた。
心を探す、もう一人の人形。
彼女の物語は、まだ始まったばかりである。
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