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女の子だけが使える、魔法の呪文。
「大好きなあの人のために…」
ことのおこりは、いつもの口げんかだった。
「セルフィ、お前も食ってるばかりじゃなくて少しは夢さんを見習って料理を習って
・・も無駄だろうな・・・。 」
「ちょっと蒼紫!あたしだってその気になれば・・・」
喧嘩するほど仲がいい。でも、セルフィさんの気持ちも解るなあ。
彼らの様子を見て逢魔 春奈は小さく微笑んだ。
「家庭料理でよろしければお教えしましょうか?」
「よろしくお願いします!!」
一も二も無く頭を下げるセルフィ。その後ろから柔らかく細い声が遠慮がちに囁いた。
「…あの、私も、ご一緒させて頂けませんか?」
二人は同時に後ろを向いた。そこには最近ここに魔皇と一緒によく来る美しいナイトノワールが
佇んでいたる。
「朔夜さん?」
「私、お料理が苦手なんです。だから…。」
恥ずかしげに俯く彼女に、セルフィと春奈は顔を見合わせると、笑顔で頷いた。
「いいですよ。みんなでやった方が面白いです。」
「オッケー!みんなでやったほうが楽しいし、ってあたしがいうことじゃないか。」
手を差し伸べる二人に、朔夜はなでしこのようにたおやかに微笑んで頭を下げた。
「ありがとうございます。」
こうして、3人娘のお料理教室は決定した。
「蒼紫だって、彼女の手料理食べられればそれはそれでうれしいんじゃないの?」
「それは…まともなものが出てくればな。」
「… まあいいか。」
魔皇たちの一抹の不安を知る由もなく…。
翌日、弓鳴りの間のキッチン。
最初に来たのは今日の講師となる春奈だった。魚以外の材料を用意し、道具のある場所も
確認しておく。
(でも、料理が苦手ってどうしてなのかしら?)
あることが「得意」な人間には「苦手」とする人物の理由はよく理解できなかったりする。
トントン。
「あの、…失礼します。今日はよろしくお願いします。」
「いらっしゃい、朔夜さん。こちらこそよろしくお願いしますね。」
春奈は微笑んで彼女を迎えた。飾り気の無い純白のエプロンが、しとやかな彼女の美しさを
引き立てるようだ。
「よく、お似合いですよ。」
顔を赤らめる朔夜の後ろから、元気な足音が響いてきた。
「お待たせ〜。魚持って来たよ〜〜。」
もう一人の受講者がやってくる。春奈は慌てて扉を開く。
セルフィはテーブルの上にトロ箱を置いて、ふうと、ため息をついた。
「ああ、重かった。氷も入ってるからかなあ。あ、春奈さん。今日はよろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げるセルフィに、こちらこそ、と春奈はおじぎをすると、箱の中を覗いて
言葉を失った。
「セルフィさん、これは?」
「?朝市のおじさんたちがね、ムニエルを作るって言ったら揃えてくれたの。」
「高かったでしょ?」
「ん〜、そんなでも無かったと思うけど、お爺さんの知り合いだって人が
サービスだって言ってたっけ。…でもどして?」
エプロンをつけながら笑うセルフィの言葉に、春奈は魚たちをもう一度見つめた。
箱の中には今が旬の上等のホシガレイが数匹、そして天然ものと思われる上等のヒラメが一匹。
フランス料理の店で使えそうなほどのムニエルには最適の魚ばかりなのだ。
(ホントだったら刺身で食べたいくらいの特上品よね。これ…。)
そう思ったが春奈はとりあえず、口をつぐんだ。
初めての料理に緊張しているであろう彼女達に余計なプレッシャーをかけたくは
無かったからである。
セルフィは手をグーで握りしめ、空に吠える。
「絶対に蒼紫を見返してやるんだから〜〜!!!」
「じゃあ、まずはパンを作りましょうか?」
サラッとあんまり自然に言う春奈にセルフィたちの目が丸くなる。
「ちょっと待って、春奈さん?パンを作るんですか?」
「あたし達、初心者以下の料理オンチなのよ。そのあたし達がパンなんて作れるわけないわよ!」
慌てて手を振る二人に、春奈はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。パンって手間はかかるけど、そんなに難しいもじゃないんです。」
むしろ、きっとセルフィさんに向いてますよ。そう言って笑った春奈の言葉に二人は
顔を見合わせ首をかしげた。
「セルフィさん、ちゃんと計って。こぼれますよ。しっかり押さえてください。
あ、朔夜さん。もう少し入れてもいいですから、自信を持って!」
思いもかけず大声を出し、指示しながら春奈は二人のパンつくりを
なんとか第一段階まで持ってこさせた。
(なんで、材料を計って混ぜるだけなのにこんなに疲れたのかしら。)
まあいいわ、そう思いながら二人にパンつくりの秘訣を教えはじめたのである
「蒼紫の!馬鹿!ドンカン!方向オンチ!!」
ビタン!ドタン!バタン!!!
(おっもしろ〜〜い!)
パン生地を台に叩きつけながら、セルフィはさっきの春奈の言葉を理解した。
「パンをつくるのにはこね方が大事なんですよ。」
春奈はそう言って、思いっきりパン生地を台に叩きつけた。こう言って…
「神帝のバカ!!!」
バチン!激しい音がキッチンに響き渡る。いつも穏やかな春奈らしからぬ大声に驚く二人。
彼女らに春奈は明るく笑って言ったのだ。
「腹のたつこととか、言いたいこととか、ストレスとか、全部パン生地にぶつけてください。
スッとしますよ。」
最初は、控えめにパチン、パチンと優しい音を立てていたが、だんだんに彼女達の
手にも力が入る。そして、いつしかキッチンが揺れるかと思うほどの音になっていく。
(セルフィさん、気に入ったみたいですね。朔夜さんは…?)
大声を上げながら、豪快に叩きつけるセルフィと違って朔夜は無言である。
でも、パンを睨みつけ、叩きつける。その力はセルフィに勝るとも劣らない。
(なんか、言葉では言えないけど、凄いかも…。)
春奈は、ほんの少し後ずさりをした。
実は、パン生地作りは、ホントにまだ序の口だったのだ。
「春奈さん!(トン)ピクルスは!(トン)この!(トン)くらいで!(トン)
いいの!!(トトン)」
「セルフィさん。それじゃあ、乱切りです。みじん切りだから、もう少し細かく切って
くださいね。」
「あ、あの、なんだか、お湯が吹き上がっているんですけど…。」
「うわああ、どうしてゆで卵が吹こぼれるんですか?火加減合わせておいたのに?」
「なんか、心配でさっき、いじってしまって…。」
「力、入れすぎちゃった。包丁が、まな板に刺さって抜けない…。」
「じゃがいも、皮を残さず剥こうと思ったら、こんなに小さく…。」
右に、左に走り回る。教え、手伝い、フォローする。
その中で春奈は思っていた。二人の性格は正反対。
セルフィはよく言えばおおらかで、細かいことを気にしない。
悪く言えば、大雑把で、不器用。細かいことが苦手なのだ。
朔夜は、真面目で、細かいところに気がつきやすい。
でも、その分大まかなところが見えず、自信がなく、余計なことをしすぎて
失敗してしまう。
(なるほど、料理オンチっていうのはこういう風なんですね。)
だが、情報を分析している暇さえない。
「あの、塩、入れすぎてしまって…。」
「この玉ねぎ!敵!!」
朔夜は、マッシュポテトの前で、おろおろとし、セルフィは涙を流しながら
まな板の上の玉ねぎに鎌をかまえている。
「ま、待ってください。お二人とも…。」
春奈はエプロンを、翻して走っていった。
怒涛のような料理教室も最後の仕上げに差し掛かっている。
いろいろ、いろいろ、いろいろありすぎるほどあったが、なんとかパンはオーブンに入り
タルタルソースも、マッシュポテトもそれらしい形を完成させた。
あとは、いよいよメインディッシュ、ムニエルだ。
魚の下ごしらえは時間が無いので春奈がした。
実は一匹ずつ、カレイを捌こうとはしたのだが、セルフィのカレイはなぜか、細切れに。
朔夜のカレイは、細長い棒のようになってしまい「ムニエル」にはできなかったのだ。
「ムニエルは難しい料理ではないんですよ。こうして、捌いて、臭みを抜いた
魚に、小麦粉と塩コショウをよくまぶして、後はバターで焼くだけです。」
ジューー!爽やかな音と香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、キレイなキツネ色に焼けた
ムニエルがやがて皿の上に上品にのせられる。
「うわ〜〜♪」
その歓声に、春奈はしばしさっきまで苦労を忘れる。
トトンとムニエルにナイフを入れ、レモンを絞って、爪楊枝を刺して、二人の方に
差し出した。
「はいっ!味見してみてくださいね。」
二人は、同時に手を伸ばし、爪楊枝を握り、口元へと運んだ。完璧なユニゾンは
彼女達が言葉を発するまで続く。
「お、美味しい!!(×2)」
「できたてですし、材料も最高ですしね♪」
春奈は笑うと、二人をガス台の前に促した。
(お二人の分は、とっておきのヒラメでやってあげましょう。)
そう思って用意していると、ふと、下を向いてしまっているセルフィと、今にも
泣き出しそうな朔夜の顔が磨かれたガス台に映し出されているのに春奈は気がついた。
「どうしたんです?お二人とも。」
「春奈さん、あたし、できない。こんな風にキレイには無理!できないよ。」
「せっかくのお魚を無駄にしてしまいそうです。春奈さんが作ればこんなに美味しく
なるのに魚に申し訳なくて…。」
俯いてしまった二人の肩を春奈の右手と左手がポン!と叩いた。
「大丈夫、とっておきの呪文を教えてあげますから…!」
「呪文?魔法ですか?」
朔夜は顔を上げる。肩の横の笑顔の春奈は、ええ、と頷いた。
「この呪文があれば、絶対に失敗しませんよ。お料理上手の無敵の魔法です。」
「ホント!教えて!!どうすればいいの?」
セルフィの真剣な目に春奈は秘密ですよ。と二人を手招きしてその耳に小さく囁いた。
「お料理よ。大好きなあの人のために、美味しくなあれ。」
「え???」
二人は顔を見合わせた。特別な魔法の言葉かと思ったのに…。明らかに拍子抜けした
ような彼女達に春奈は続ける。
「お二人とも、自分の料理を食べてもらいたいって思う方いるでしょう?」
少し考えを巡らせ、どちらも頷いた。
「その人の喜ぶ顔、食べてくれる様子。それを思いながら、呪文をかけながら作るんです。
丁寧に、心をこめて。大切なあの人のために美味しくなあれ、って。そうすれば絶対に
大丈夫ですから!」
それだけ言うと、春奈は二つのガス台に同時に火をつけ、フライパンを乗せた。
慌てて二人はフライパンの柄を握る。フライパンの中のバターは軽快な音を立ててみるみる
うちに溶けて姿を消す。見とれている暇は無い。セルフィと朔夜はヒラメを静かに
バターの池へと泳がせた。
香ばしい香りをたてながらヒラメはほのかなキツネ色に色づいていく。ワインをかけ
火を弱めて蓋をした。あせるセルフィ、心配になる朔夜。蓋を開けたい。様子を見たい。
でも…。目をつぶり心の中で、彼女達は呪文を唱えた。
「蒼紫」「仁志様」
(大切なあの人のために、お料理よ。美味しくなあれ。)
3回唱えて深呼吸。そしてゆっくり蓋を開けた。
香ばしい匂いがふわりと舞って二人の鼻腔をくすぐる。さっきの春奈のものと近い匂い。
白い煙が立ち上がり、そして消えたとき…
「やった!」
小さな歓声が上がる。そこには美しい焼き色を見にまとったムニエルが無事完成していた。
「あ、成功したみたいですね。」
部屋を出ていたらしい春奈が戻ってきて二人ににっこりと微笑む。
彼女達の顔を見れば成功したことはすぐ解る。
「うん!嘘みたい。こんなにキレイにできるなんて…。」
「やれば、できるんですね。」
幸せそうな二人を見て春奈も嬉しそうだ。
「さっき、皆さんに声をかけてきたんです。もうすぐいらっしゃいますよ。
できたてを召し上がって頂きましょう。」
「え?」
慌てて二人は盛り付けを開始する。だが、
「あっ!」
焦ったからだろうか。セルフィのムニエルは皿の上に乗る前に半壊。真っ二つに
割れてしまった。
「ああ、せっかく成功したのに…」
「大丈夫ですよ。盛り付けちゃえば解りません。」
涙目のセルフィを励ましながら、春奈は最後の準備を手伝っていた。
「うわ〜〜、すごいじゃん!」
拓那の純粋な褒め言葉が3人の心をホッとさせる。
白いテーブルクロス、蒼い花瓶に、ピンクのバラ。
キレイにセッティングされたテーブルの上にはカゴに盛られた焼きたてのパンと
皿の上のムニエル。
そして、いつの間に作ったのだろうか?コンソメ色のスープが温かい湯気を上げていた。
レストランさながらの様子にしばし感嘆の様子だった。
(いつの間に作ったの?春奈さん、スープ。)
(魚のアラで、もったいないでしょ?)
招待客たちは席につき、ナイフを取る。
「いただきます。(×3)」
魚を切り、口に運ぶ。彼女達はその様子を脇で見つめた。
ドキドキドキドキ…。
「美味しい!」
「…食える。いや、ホントに美味い。」
「ホントに美味しいよ。」
それが、お世辞ではないことは、彼らの顔が証明していた。
「やった!」
セルフィと朔夜は手を取って飛び跳ねる。春奈は横でにっこりと微笑んだ。
「見直した。やればできるじゃないか。朔夜。」
「俺の負けだな。大したもんだよ。セルフィ。」
二人の魔皇からそれぞれの褒め言葉をもらい、照れたように二人は笑う。
ぽん!
小さく背を叩くと拓那は春奈にだけ聞こえるような小さな声で、こう言った。
「ごくろうさん。」
春奈の顔にも幸せの笑顔が浮かぶ。
「ねえ、春奈さん。」
「なんですか?セルフィさん。」
洗い物とキッチンの掃除の手を止めて春奈はセルフィを見た。
「料理って、食べるだけが美味しいんじゃないんだね。」
「?」
「なんか、蒼紫に美味しいって言ってもらえたら、見返してやるなんてどっか
行っちゃった。自分も美味しくて幸せな気分になったの。」
「そうですね。お料理って、美味しい笑顔を見ると自分も美味しい気持ちに
なるのかもしれないです。」
二人の言葉に春奈をは頷いた。
「ええ、お料理ってステキでしょ。」
今度は二人が頷く。
「うん!またやりたいな。」
「凄く楽しかったです。」
「それなら良かった。またやりましょう。」
パリン!
「あ、ごめん。皿割っちゃった。」
(またやるまでお皿、持つかしら?)
本日3枚目の割れたお皿を片付けながら、春奈は小さく苦笑した。
それから、セルフィがたまにキッチンで大声を上げてパンを
こねているとか、朔夜が料理の勉強をはじめたと言うがそれは
あくまで噂である。
でも、春奈は思う。
「あのお二人の性格、足して二で割ったら最高の料理上手に
なりそうですね。」
見ごとな情報分析&結論である。
お料理は愛情。
思いこそが最高のエッセンス。
「大切な人のために、おいしくなあれ。」
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