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その日、鷹村夢は、無言でパソコンに向かっていた。
凄まじいスピードでキーボードを叩いて、次から次へといろんなHPにアクセスしていく。
表情は、楽しそうにネットサーフィンしている、という顔では当然無い。
(どうして、みんな、あんな風になっちゃったのかしら。)
行き場の無い思いをキーボードに叩きつけているのだ。
学校の帰り道、彼女と友達はいつもと変わらぬ道を、変わらぬように歩いていた。
だが、一つだけ変わっていたことがあった。
男達が数名、子供を取り囲んでいるのを見たのだ。
まだ、小学生らしい男の子だ。
神帝軍の支配も落ち着き始めた頃。変質者や、犯罪者は激減していたとはいえ、
皆無ではないのか?夢はその少年の下へ走った。
「止めなよ!」
と、友達が言うが放ってはおけない。男達は少年に当身を喰らわせて肩へと担ぐ。
「その子をどこに連れて行くつもり!」
「ほお、威勢のいい娘だな。だが、やめておけ」
夢は彼らの前に立ちふさがろうとした。男の言葉に、視線に身体が、動かない。
変質者かと思っていた彼らは、まるで中世の騎士のように神々しい装束を身にまとい
神聖な気を放っていたのだ。
「その者は魔の気を持つもの。魔皇の因子を持つもの。神の御名の元、浄化されるのです。
邪魔をしてはなりません。」
よく見てみれば、男ばかりと思っていた中に、一人だけ女性がいた。その言葉は女性が発したのだ。
いや、女性と言っていいのか。彼女は翼を持つもの。天使。導天使、ファンタズマと呼ばれるものを
夢は始めて見た。と、すれば彼は聖鍵戦士 グレゴール。神の、代理人。
逆らってはならない。そう教えられていた。だが…
「子供を、そんな風に連れて行くなんて、おかしいわ!」
「必要なことなのです。あなたにもいずれ解るでしょう。」
「いつか、逢うこともあるかもしれんな。」
動かない身体で夢が振り絞った言葉も、彼らの心になんの感銘も与えなかったようだった。
振り向きもせず、彼らは去っていく。
少年は連れ去られ、ランドセルだけが残された。
周囲の通行人たちも、窓から覗いていた隣家の者達も、彼女の友達でさえもそれを当たり前に
見送る。彼らの姿が消えた頃、夢の金縛りも解けた。
「神帝様の使いが間違いをすることなんてないでしょ。バカなことしてないの。」
「あの子、悪者か、きっと悪魔の化身だったのよ。」
友達は笑う。でも、夢は信じられなかった。一方的に子供を連れ去る。
それが、神の使い、正義の味方のすることだなんて。
そう思う彼女の胸の中で、何かが目覚め始めていたのをまだ、誰も知らない…。
家に戻ると、カバンを置くやいなや夢は、デスクトップの電源を入れた。
カタカタ〜。ブラインドタッチよりもさらに速いスピードで検索を繰り返していく。
神帝、ギガ・テンプルム。魔皇、逢魔。
だが、有効な情報は何一つ流れてこない。公開されている表向きの情報ばかりだ。
ダブルシフト、偽装システム。実はハッカーまがいのことさえもして、情報を探した。
(一体、今、何が起きているの。世界はどうなってしまったの?)
夢の疑問は深まるばかり。だが、パソコンは答えてはくれなかった。
「私は、知りたい。世界の真実を…」
「…夢。…夢」
淡い雲の中、誰かが自分を呼んでいる気がする。
両親や、友達ではない。まだ聞いたことの無い。優しい声。何故か、心が安らぐ。
銀と蒼の影。
「気を…けろ。夢。目を…覚ませ!」
「…デュー…シンス…。」
ハッと夢は目を覚ました。どうやら寝落ちしていたらしい。
パソコンは相変わらず、意味の無い情報のみを拾い集めては吐き出している。
小さくため息をつくと、一時接続を切った。情報を整理してみよう。
そう思ってパソコンに背筋を正したときだった。
階下から、人の気配、いや正確には人たちの気配が感じられた。
(お客さんかしら。)
その「客人」たちは、階段を昇り、二階へと上がってくる。二階は両親と、自分の寝室。
母は、下にいたはず。なら…、私?
様子をうかがおうとイスから立ち上がったと同時に、部屋の扉が勢い良く開かれた。
母ではない。見知らぬ男達が、幾人も土足でツカツカと入り込んでくる!
恐怖もあったが、怒りが先にたった。
「人の家に、勝手に入り込んで!あなた達、何者よ!!」
「また、会ったな。娘」
怒鳴る夢に、母と一緒に入ってきた最後の男が、声をかけた。冷や水をかけられたように
夢の身体は凍りつく。
さっきのグレゴールと、ファンタズマ。
「先ほども感じたが、お前もやはり魔の魂を持つもの。魔皇の因子を身に持っている。
さあ、一緒に来てもらおう。」
パチン!彼が弾いた指の音を合図に、兵士達は彼女を取り囲む。
「止めて!離して!!」
暴れる夢を背後から一人が羽交い絞めにし、もう一人が両腕を後ろに掴んだ。
か弱い女子高生の抵抗など瞬時に封じられる。
「助けて!お母さん!!」
「言うことを聞きなさい!」
助けてくれると思った自分の全面的な味方。母は、彼女に言い放った。
「神帝様に捕らえられるなど、あなたは一体、何をしたの?」
「かあ…さん。」
「あなたは穢れてしまったから、浄化が必要だとおっしゃっているわ。罪を
洗い流して頂きなさい。」
「ど…うして…。」
夢の心はファンタズマの歌に溶かされ、純白の闇に解けた。力を失い、足が崩れる。
頬に涙を伝わせ眠る少女を、軽く笑って見やるとグレゴールは顎で指示して連れて行かせる。
そして、パソコンにデータの初期化プログラムを送り込むと、マントを翻して部屋を
出ようとした。出る直前、夢の母が問い掛けてくる。
「あの、娘は、夢は、いつ、戻ってくるのでしょうか。」
愚かで哀れな…母。
グレゴールは嘲笑の笑みを浮かべると、それには答えず、去っていった。
外に出て、家を見上げた彼はこう呟く。
「あの娘が、ここに戻ってくることは二度とあるまい…。」
神帝神殿の中で、彼女の処刑はおそらく一、二を争うほど早く決まった
のではないだろうか。
「私は、何もしていないわ!離して!やめて!!」
引き立てられ、手足を押さえられる。抵抗も、反抗もすべてが無駄だった。
「お前達、魔皇は存在することそのものが罪だ。せめて天でその魂を
神に捧げるが良い。」
さっきとは違うグレゴールが、腰に下げた大剣をすらりと抜く。
夢の首に、冷やりとした感覚が触れる。死の予感が彼女の脳裏を過ぎった。
(イヤ!死にたくない!まだ知りたいことも、したいこともたくさんある!
お願い。神様でも、悪魔でも。私を助けて!!)
「助けて!!」
ぐあっ!ぐっ!うわあっ!
鈍い喘鳴が3つ続けて響き、振り下ろされるかと思われた刀は、刹那動きを止めた。
「何者!」
(な、なに?)
人間の目には黒い影が、走りすぎたようにしか見えなかったろう。
だが、グレゴールの目には、はっきりと映っていた。そして不思議なことに
夢の目にも。銀の髪、蒼い瞳の青年。あれは…、夢に出てきた…?
「くそ!逢魔め。なら、せめて魔皇を…。」
グレゴールは夢の髪を引っ張って無理に立たせると、胸に剣をつき立てた。
「止めろ!」
「きゃあ!!」
逢魔と呼ばれた青年は、手に持っていたダガーを真っ直ぐグレゴールの
喉笛に向けて投げ放った。
逢魔の渾身の気を込められたダガーは狙いたがわず、グレゴールの喉を切り裂く。
グレゴールと、それに支えられていた夢は、重なるように床へと倒れこむ。
「夢!」
青年は名前を呼んで彼女に駆け寄った。ぎりぎりでグレゴールの力が落ちたので致命傷には
なっていないが、切り裂かれた身体は血を失い、青褪めている。
このままでは…
「仕方ない。許してくれ。夢!」
胸が熱くなって、身体が冷えて、私はどうなったんだろう。
夢は、白い闇の中にいた。
遠い向こうには白い光が見える。反対の方には黒い闇。
自分はどちらかに行かなければならないと思った。
「天国は、大抵白い方かしら。」
光の方に歩いていこうと行こうとした時、黒い闇にも何かが光った。
銀と、蒼の強い光。
「そっちに行くな。戻ってきてくれ。こっちへ!!夢!!」
何かが、誰かが自分を呼んでいる。
予感を感じる。白い光の中に行けば、もう苦しまずにすむ。
黒い闇の中ではきっと、辛い何かが待っている。
でも、自分を誰かが呼んでくれるなら。待っていてくれるなら。
夢は、自分の行くべき道を決めて、歩き出した。
魔皇覚醒の秘術が起動している。
身体の、細胞の一つ一つが、遺伝子が溶かされ、再構成されていくのが、何故か解った。
全身が冷たい。身体が変化していく。
今までの自分では、人間では…無くなっていくのだ。そう、感じた。
だが、自分を包む、この手は暖かい。この手とならば一緒に生きていける。
たとえ、どんな運命の中だろうと、きっと…。
夢は目を開いた。
魔皇の覚醒。新しい運命への目覚め。
最初に彼を見た。彼の名を呼んだ。
自分を呼んでくれた、大切な人。
「…デューシンス」
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