小さな覚醒者…鷹村由真…

この子にとって、「自分のもの」はこの世にたった三つだけ。
自分の名前、由真。
そして、人間だったころ、最初に覚えた二つの言葉
「パパ」「ママ」
ただ、それだけ。

神帝城から降りてきた一人の逢魔は、ふうと、ため息をついた。
紫の夜に参加して、神帝城にやってきたはいいが、自分の魔皇は
見つからない。
少なくとも、あそこに「いない」ことだけは解ったので彼は
一足早く脱出したのだ。魔皇がいない自分にできることは少ない。
長居は、他の魔皇たちの足手まといになろうから…。
自分が降り立った地を彼は見回すと、顔を顰める。
そこは、神帝城のほぼ真下の市街地。普通だったら人々の生活の
ある土地だろう。だが、今は人気の存在しないゴーストタウン。
いや、各所にくすぶる炎、戦場、廃墟と言った方が正しいのかも
しれない。
逢魔たちの総力をあげた作戦、「紫の夜」は確かに成果を上げた。
神帝軍に少なくないダメージを与え、多くの魔皇が救出されただろう。
だが、反面彼らの脱出、そして神帝軍との戦いで、周囲に被害が
出たことは否めない。隠密脱出を図ったものですら戦闘は避けられ
なかった。避難したものもいただろう。周囲に気をくばった魔皇も
いた。でも、やはりこういう事態はどこかで必ず存在したのだ。
彼は、口の中の苦い思いを噛み締めた。
その時だった。彼の耳が、いや、魂が何かをキャッチしたのは。
「?誰だ。僕を呼ぶのは…。」
声は聞こえない。だが、誰かが自分を呼んでいる。
(どこだ、どこにいる?僕を呼ぶもの…、まさか…。)
瓦礫の中に足を踏み入れた。一歩、二歩、三歩!
足もとに、何かを感じ、彼はしゃがみ込んだ。焼け焦げた柱を
そっと避ける。
まるで柱たちに守られたような奇跡の空間の中から、小さな揺りかごが
現れた。その中にはまだ幼い赤ん坊が手を伸ばして自分を見つめていた。
泣きつかれて、声も出ないのだろうか。でも、小さな声でその子は呼ぶ。
「ぱあぱ、まあま。」
彼は、信じられなかった。呆然とした。
見つけたのだ。自分の魔皇を。魂の絆がそう告げている。
無言の声が、魂に語りかける。
彼は手を伸ばすのを躊躇った、こんな小さな子を戦いの運命に
投げ込んでもいいのだろうか。連れて行ってもいいのだろうか。
伸ばされた手に人差し指でそっと触れる。
ぎゅっ。
弱りきった赤ん坊とは思えない力で指は掴まれる。
(行かないで、一人にしないで…)
全身で訴えるようにその子は泣いた。
彼は、手を伸ばした。そして、その子を抱きしめた。
許されない罪かもしれない。でも、放ってはおけない。
この子は生きたいと願っているのだから。
魔皇転生。
再び目を開けた赤子の目に優しい少年の笑い顔が映った。
「僕は、シュウだよ。由真。僕の魔皇…」
「し、しゅう…。」
お互いを抱きしめ、お互いは微笑んだ。
服に縫われた名前「由真」たった二つの言葉。
それだけを持って、その子は、新たな世界に足を踏み入れた。

シュウは、由真を連れて、蒼嵐の結界へと戻ってきた。
魔皇の基地には足を踏み入れず、自分を育ててくれた逢魔たち
の力を借りながら、由真を育て始めたのだ。
由真はすくすくと育った。そう、驚くほどに。
言葉を覚え、歩き、動く。
逢魔たちは人の子を育てたことなどなかった。
だから知らなかったのだ。人の子が普通こんなに急速に育つ
ことなどないと。シュウと出会った時、由真は人間で言うならまだ
1歳に満たなかったと思われる。わずか一月ほどで、彼女はすでに
2歳に近いほどに成長していたのだ。

やがて、平穏だった結界に、嵐が訪れる。神帝軍の総攻撃が始まったのだ。
魔皇たちは結界の守護に、神帝軍の打倒に、司の発見に走り回った。
また、魔皇を持たない逢魔たちを守るものも存在し、彼らはシュウたちに
避難を促した。
シュウは由真と手を繋ぎ、共に駆けた。
「まだ、この子と戦うことはできない。今は、逃げなければ…。」
運命は皮肉である。二人の繋がれた手は、離された。
一発の攻撃、その煙と地響き、熱い炎によって…。
「由真〜〜〜!」
シュウは、自らの魔皇の姿を、再び失った。
そして、由真にとっては二度目の孤独。
何もできない彼女に出来たのは目を閉じること。それだけだった。

あれから、どれほど経ったのか。
暑さと、寒さと、寂しさに、由真は動くことも出来ず、蒼嵐の一角で
「転がって」いた。魔皇の身体は、空腹も、怪我も与えない。
だが、そんなものよりも何よりも悲しい孤独が由真の身体を凍らせていた。
「あれ?この子…」
由真の身体はふわりと、空に浮かんだ。
暖かい、体温。由真はうっすらと目を開ける。
誰かが、見える…。
「どうしようか…。」
「丁度いいよ、あそこに連れて行って、プレゼントにしようよ。」
由真には意味は解らなかった。
今、彼女の身体を包むものは、白い布、そして静かな三度目の孤独だった。

「だって、僕らが育てるわけにはいかないし…」
「それじゃっ!」

その言葉からどれほど経ったのだろうか。

「ホ〜〜!ホホホ!!」
蒼月の間の座談会の準備に席を外した鷹村夢は、フクロウ、ナハトの
呼び声に、顔を上げた。
「どうしたの?そっちに何か…!」
置き去りにされた、白い袋。その中には…。
「こ、子供。どうしてここに?え?あの人たちが連れてきたあ?」
夢は、躊躇わず子供を抱き上げた。自らの半分にも満たない小さな身体。
弱々しい手。その手は抱き上げた瞬間から自分の腕をしっかり掴んで
離さない。目を閉じて、眠っているかのようだったのに…。
「とりあえず、みんなのところに連れて行こう。」
「ええ、そうね…。」

「…WHY?」
「赤ちゃんだねえ。」
「あかちゃんですねえ。」
場を移した仲間達は夢が連れてきた珍客を、驚きながらも暖かく迎えた。
眠りながらも、夢の服から手を離さないその子の体温を感じながら、夢は
もう、決意を決めていた。
「この子、ここで引き取ってもいいですか?」
みんなは、優しく頷いた。
「それが、一番いいと思いますよ。」
「そうですね、見たところ、この子は4歳ですね。」
「えっ?」
夢は、改めて子供を見た。さっき抱きしめたときよりも、確かに大きく見える。
さっきは自分の半分にも満たないと思ったのに…。
その疑問は、登録の為に鼎の元を訪れた時に氷解する。
自らの魔皇を探して鼎のところに来ていた、逢魔シュウと出会ったからだ。
「えっ?なんて言ったの?二ヶ月前までこの子は…」
「自分で、動くこともできない赤ん坊だった。」
夢は理解する。魔皇の人知を超えた力があったのかもしれない。
でも、この子はおそらく自分の力で、意思で、大きくなったのだ。
生きるために…。
(悲しい子、でも可哀想なんて言っちゃいけないわ。
この子は自分の意思で、運命を選んだのだから…)
シュウの腕の中で少女、由真は目を覚ます。目を擦り、シュウを見て
抱きついた。
「シュウ!」
「由真!!」
「ゆま、おおきくなったでしょ。もう、なんでもできるよ。だから
ひとりにしないで。」
「ああ、ごめんよ。僕は由真を守るよ。もう離したりしない。」
お互いだけで生きてきた二人の再会に、夢は目を細めた。きっと由真は
安心できるものの腕の中だから目覚めたのだろう。
「ねえ、二人とも。行くところはあるの?」
「…」
「だったら、うちに来ない?あなたたちの力になってくれる人がいっぱい
いるわ。」
夢の言葉に後ろに無言で控えていたデューシンスも微笑んで頷く。
由真は、シュウの腕から飛び降りると、夢に向かって手を差し出した。
(だっこして、いっしょにいて…)
目が囁く言葉に夢は頷いて抱き上げた。由真は小さく微笑むと夢の肩に
頭を寄せた。自分が持ってきた、たった二つの言葉が口に浮かぶ。
「…ママ」
由真の髪をそっと撫でながら夢は頷いた。
「ええ、みんながあなたを守ってくれる。みんながあなたのパパとママよ。」
「ホント!パパとママがいるの?ゆまをひとりにしない?いっしょにいてくれる?」
「ええ、約束するわ。みんな、いつもあなたと一緒よ。」
「じゃあ、いく。シュウ、行こう!」
身体を起こして、由真はシュウの方を向いた。
「でも…」
シュウは、手を握ると小さく後ずさった。二歩目の後退はぶつかった大きな腕に
阻まれる。
「あ。」
「お前の気持ちは解るさ。由真を自分の力で守りたい。でもな…」
彼の身体を受け止めたデューシンスは、肩に優しく手を置いた。
「まだ、お前の肩はこんなに小さい。まだ、できないこともたくさんある。」
シュウは俯いた。その言葉が今は、とてつもなく重い。
「守るためには、壊すよりももっと大きな力が要る。それを得るためには
いろんなことを知らなきゃいけないだろう。俺達はそれに力を貸して
やれるかもしれない。少なくとも一人で抱え込むよりはいいと思うぞ。」
(僕は由真の手を繋いであげられなかった。守りきれなかった。
由真をもう、一人にしちゃいけない。それが、僕でなくても…)
「解った。お世話になります。」
真面目に、一生懸命に頭を下げるシュウを夢と、デューシンスは
顔を見合わせ、微笑んだ。

「で、この娘の苗字は?」
「あ、そうか。それがいるのね。シュウ、解る?」
「ねえ、ママのおなまえは?」
「えっ、鷹村よ。たかむら、ゆめ。」
「じゃあ、ゆまも、たかむらでいい。たかむら、ゆまです!」
「良かろう。鷹村由真。確かに登録したぞ。」

由真は、眠る。
幸せな微笑で…。
共にあるは、自らの魔皇と、最初の友達のくまのぬいぐるみ。
今度の眠りを包むのは暖かい布団と優しい手。
由真に四度目の孤独が訪れないことを約束するかのように…。

由真は笑う。
たくさんの愛に包まれて。たくさんの幸せを手に入れて。
「ゆまね、パパ達、ママ達、みんな、だ〜い好きだよ♪」
蒼月の間に小さな笑い声が、今日も明るく木霊する…。



蒼月の間の結婚式騒ぎの最中、ある方が赤ん坊を連れてきたと言いました。
そして、連れて行ったの記述が無いままスレッドは進んだのです。
(どうやら、ご本人は連れて行ったつもりのようだったのですが)
置き去りにされていたと、私は判断。
放っておくこともできず、私が二人目のキャラとして引き取りました。
そうすると話が作りたくなるのが私でして…
設定を作ってみました。

インターネットは言葉の世界。
言葉でなんでもできる分、言葉には責任がわいて来る。
そう思わずにはいられません。

話を考えると、この子がどんどん、いとおしくなってきました。
もう返せって言っても返しませんよ〜〜。

という訳で由真をよろしくお願いいたします。

   H15.7.22


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