思いの形

ことの怒り、じゃなかったことの起こりは賑やかで派手な蒼月の間の日常だった。
「ほんっとにあんたって、真面目逢魔ね。」
その女逢魔は、横で野菜を刻む一人の男逢魔に呆れ半分。笑い半分で声をかけた。
メンバーの一人、暁夜光の逢魔魅闇と、ここの管理人、鷹村夢の逢魔 デューシンス。
朝食の準備の真っ最中だった。インプたる彼女だがエプロンをして、意外なほど
甲斐甲斐しく働き、今は味噌汁を作る。横で彼はまな板に向かって野菜を切る。
なかなかの手さばきだ。ダガーの応用、と彼は言うだろうか。料理の腕は主より
彼のほうが上かもしれない。
で、その彼はというと、からかいの声をかける魅闇に無視を決めこんでいる。
魅闇は肩をすくめた。
「今時、アリスちゃんだってケイケン済みだっていうのに、いい年の男が…」
ダン!
「…魅闇。本気で言ってるのか?」
包丁と、まな板の間に一際高い音が響いたあと、彼は振り向いた。包丁をちゃんと置いているのが彼らしいところだ。
「えっ…。あ! そうなの…。悪かったわ。」
「解ればいい…。」
デューシンスはまた、まな板に向かう。魅闇は小さく息をついた。
彼の纏うムード、眼差し。それは自分の主たる暁夜光によく似ていた。
百戦錬磨の「男」の空気だ。「男」を知る「女」だからこそ、それが解る。
(なるほど…ね。つくづく、「いい男」な訳だ。)
彼の背中を見つめる魅闇の目に、インプ特有の怪しい悪戯心が浮かぶ。
(ちょおっと、手伝ってあげようかしら…♪)
鼻歌を歌いながらお椀に味噌汁を注ぐ。サラサラ〜、かすかな音はキッチンの静かな
騒音にかき消された。
「味噌汁できたの。味見してくれない。」
「ああ。」
いつもと変わらない様子の魅闇に油断したのか、素直に椀を受け取り口に運ぶ。
「うっ!」
カララン。
小さくうめくと彼は頭を押さえた。椀は床を転がり足にぶつかって止まる。
それを拾い上げた魅闇が怪しく微笑みながら自分を見つめているのをデューシンスはふらつきながら必死で睨みつけ
た。
「魅闇、何を入れた…。」
「アラ、たいしたこと無いわよ。ちょっとだけ自分に正直になれる、お、ク・ス・リ♪
ヤっちゃいなさいよ。あの子だって、あんたのコト待ってるんだから。喜ぶわよ…。」
「…俺の、…気持ちが…おまえに、わ…か…るか。」
頭が朦朧とする。身体が熱い。
「ちょっと、デューシンス。ここにいるの?」
「あら、丁度良かったじゃない。」
(…クソ…最悪のタイミングだ。)
懸命に自制し、鍵をかける心の扉を、キッチンの扉と同時に明るい声が容易に開いた。
身体が、彼女を求めて動き出す。
(俺は、俺は…!)
「きゃあ!どうしたの?デューシンス!!」
魅闇は自分の作戦の成功を確信し、微笑みながら部屋を出ようとした。
「魅闇さん、助けてください。デューシンスが!デューシンスが!!」
夢の必死の呼び声を耳にするまでは。足を止めて振り返り、駆け寄った。
「ちょっと、しっかりしなさいよ!!」
そこには、夢の腕の中、完全に意識を失って倒れこむデューシンスの姿があった…。

「ゴメンナサイ。こんなことになるとは思わなかったの。」
珍しくも魅闇は素直に頭を下げた。
「私にも責任がありますね。許してくださいとは言えません。すみませんでした。」
手を拭きながら神月風魔も謝罪した。
ここは、風魔が責任者を務める蒼月の間の医務室。
その奥のベッドに、デューシンスは寝かされていた。
意識は、まだ戻らない…。
「一体、何があって、彼はどうなったんですか?」
毛布を整えた夢は、身体を二人の方に向けた。蒼白な顔が痛々しい。彼と彼女は顔を見合わせる。
そして風魔はポケットから小さな包みを取り出した。
「原因はこれです。」
薬包紙、文字通り薬が包まれているのであろうそれを、風魔は指し示す。
「これは、魅闇さんに頼まれて、私とカズキさんがお遊びで作った薬、まあ早く言えば媚薬です。
彼女はこれを使って夜光さんに迫るつもりだったのでしょう。まあ、いつものことだから。そう思ってました。」
夢は、魅闇を見た。俯いたまま彼女は顔を上げない。
「私も医者ですから、身体に深刻な害を与えるものは入っていません。ほんの少し身体がだるくなり、ほんの少し
本能に正直になる。その程度です。ただ、魔皇が相手ですから人間のものより、少し効果は強くしてあります。」
黙って夢は話を聞いている。それを飲まされたのであろうことは容易に理解できた。
「ご想像通り、魅闇さんはこれをデューシンスさんに飲ませたのだそうです。通常なら
夢さんに襲いかかるくらいのことはあったかもしれません。でも、そうはならなかった。」
風魔は、デューシンスを見る。そして、もう一度夢の方を見た。
「ここからは、私の想像ですが、デューシンスさんは、夢さんに触れようとする本能を鉄の自制心で留めたのだと
思います。薬の効果を表に出さないように、自分自身の中に取り込んでしまった。
結果、意識は安全装置をきって彼を眠らせ、彼はおそらく心の中で本能と戦っているのだと、私は考えます。」
魔皇化で解毒されることを計算に入れて作った薬を、逢魔が飲んでしまったことも原因の一つであると風魔は
告げる。それをすべて聞いて自分の中で整理したうえで、夢は風魔に問い掛けた。
「じゃあ、いつ、デューシンスは目覚めるんですか?」
一瞬口ごもったあと、風魔ははっきりと答えた。
「解りません。」
「!」
「薬の効果はもう、消えています。
おそらく、彼の心の中でなんらかの結論が出れば、目覚めるでしょう。それを知っているのは
デューシンスさんだけです。」
夢は、視線を風魔から、デューシンスに移した。
毛布の上に置いた彼の手をそっと取り、そのままベッドの横のイスに腰掛けた。
パタン。
静かに扉が閉ざされ、二人きりになった。
彼は、まだ目覚めない…。

淡い薄紫の煙の中に、彼はいた。紫の夜のようだと彼は思う。
その煙の向こうに、もう一人の自分がいる。
今の自分をあざ笑うように「彼」は笑う。
『どうした。さっさと自分に正直になっちまえよ』
「うるさい!」
かき消すように「彼」は消えるが、また、背後に「彼」は現れる。
『鈍いフリして、気付かないフリしてさ。』
「黙れ!!」
また消え、また、現れる。
『抱いてしまえばいい。あの子もそれを望んでいるんじゃないのか。』
「止めろ!!」
目の前に揺れる影に、真っ直ぐに拳を当てる。影が消える。
同時に彼の意識も飛んだ。思い出したくない、かつての過去へと…。

ごく、普通の道。目の前に子供が泣いている。ごく、普通の女の子だ。
「お父さ〜ん。お母さ〜ん。」
迷子になったのだろう。彼は、サングラスを揺らした。
周囲の人間達は無関心に通りすぎるばかり、ため息をつくと、彼は少女の前に
膝をついた。
「お嬢さん、おうちの人とはぐれたのかい?」
目の前に流れるような銀の髪。女の子はほんの少し目を見開くと頷いた。
「じゃあ、警…君のおうちの人を探してくれるところに連れていってあげよう。」
「ホント?」
「ああ…。」
彼は、女の子に手を伸ばした。差し出される手、彼女はその指をしっかりと
握り締めた。

「○○!」
「お父さん!お母さん!」
彼が、その建物に、入ろうとしたとき、女の子を声が呼び止めた。
パッと指が離れ、声のほうへ駆け寄る。
「どこに行ってたんだ。心配したんだぞ!」
「うん!あのお兄ちゃんが…。」
家族の再会を見届け、彼が歩き出そうとした時、父親は彼に近づいた。
そして…。バキッ!
彼に与えられたのは感謝でも、お礼でもない。突然の拳と怒声。
「娘を、どこに連れて行くつもりだった!」
「こんな小さな子に何をするつもりだったの!!」
周囲からも冷たい目が注がれる。彼は、返事をしなかった。
目の前の建物から黒い男達が現れる。
「何があったんです?」
「この男が娘を…。あっ。」
両親は慌てて口を押さえた。彼の行動と、自分達の間違いに気付く。
「な、なんでもありません。行くわよ。」
なんの謝罪もせず、少女の手を引いて去っていく。少女だけが、一瞬振り返ったが強く引かれた手に従った。
「大丈夫か?君。」
顔を赤く腫らせた若者に黒い男は気遣うような声をかけた。
彼は首を振ると手で、男達の行為を払い立ち上がる。そして無言で去っていった。
男達は理由も解らぬまま、顔を見合わせると小さな建物へと戻って仕事を始める。
そこは、…交番だった。

(10年か…。)
彼は、隣に横たわる女を見ながらため息をついた。
自分は逢魔、魔皇につき従い共に生きるもの。
逢魔にとって、魔皇はすべて。彼らはそう教わってくる。
いつ、魔皇が生まれるか。いつ、出会えるか。解らぬまま彼らはずっと待ち続けるのだ。
まるで、永劫にも似たときを…。
自分は、まだ幸運な方かもしれない。魔皇がこの世に存在しているのが解るから
いつか出会うことができるかもしれない。
最初に魂の絆を感じたのは11歳の時だった。
それから、ずっと自分の魔皇のことを思い続けてきた。
自分の存在意義のすべて。彼女の為にすべてを賭けようと…。
だが、自分が年を重ねるごとに、心に刺さる棘がある。
逢魔の運命は、魔皇の目覚めの時を待ち続けること。
その時がいつか、それさえも解らない、永遠に近いモラトリアムの中にある。
そして、自分と、彼女の間に存在する、決して埋まることのない時間という川。
10歳と21歳、ロリコンと、言われても仕方がない。
そう見るものが多いのも身をもって知っている。
だから、身を隠し、人化して魔皇のそばに行くものが多いのを知っているが、自分はそう、しなかった。
覚醒などしてしまえば、彼女とて平和には暮らせない。
(ならば、いっそこのまま…。)
胸の中に高ぶる思いを無理やり、心の奥に押し篭めて。

そして、彼女と出会った。
彼女は、驚くほど前向きに、自分を見つめてくる。
家族に拒絶され、未来を奪われ、運命を変えられ、それでも前を見つめる瞳に自分は魅せられたのだ。
魔皇だから、逢魔だから、そんなのは関係ない。
俺自身がそうしたいから、彼女の為にすべてを捧げて仕える。
そう、決めたとき、彼は自分自身の思いを封じ込めることに決めた。
彼女が、自分に心を寄せてくれているのは解る。でも、それをあえて気付かないフリをした。
「触れて」しまえばこの気持ちが欲望に変わってしまいそうで、怖かったのだ。

自分と彼女の間には川がある。魔皇と逢魔。年の差。種族の違い。そんな深い川が…。
「年の差なんて関係ないわよ!10歳くらいなんでもないんだから…!」
彼女は言った。その言葉を聞いてから、自分の中で何かが変わったような気がする。
たいしたことのない言葉に、過剰に反応してしまったり…。
まるで、子供のようだ。と思う。
(俺は何をするべきなのか。俺は…何をしたいのか…。)

紫のもやに戻る。最初のように、もう一人の自分が囁きかけてくる。
デューシンスは、逃げずに彼と向かい合う。
『触れたいんだろう?抱きたいんだろう?』
「そうじゃない、と言えば嘘になる。」
『なら…』
「でも、俺はそれより先にやりたいことがあるんだ…。」
凪いだ海のように穏やかに微笑むデューシンスの見つめる先に、心配そうに
自分を見つめてくれる優しい瞳。曇りのない、真っ直ぐな目。芯の強い心。
「俺は、近づきたい。俺のことを、知って欲しい。そして…知りたい。
彼女のことが大切だから…。」
もやが消える。もう一人の自分も消える。自分はあるべきところに還るのだ。

『それが、正直な気持ちか。ならば、もう少し待とう。お互いを知り合い、
受け入れあえるその時まで…。』

「しっかりして!目を醒まして。」
それは声に出されていなかったかもしれない。でも、彼には声がはっきりと聞こえた。
ゆっくりと意識が現実へと還る。
「夢…」
「デューシンス…。良かった。気が付いたのね…。」
ベッドの横で手を握り、まっすぐ見つめる黒い瞳。顔をほころばせ、涙を浮かべる彼女の
髪をデューシンスはそっと撫でた。
「俺は、君が好きだ…。多分、魔皇と逢魔として以上に…。」
「!」
突然の告白に、口元を押さえる夢に、デューシンスは静かに続けた。今、言おう。
自分を偽ることなく、正直に。
「まだ、俺達はお互いのことを、何も知らない。だから、少しずつ知っていきたいと思う。
お互いをまだ繋がなくていい。最後にどうなってもかまわない。
ただ、今は、一緒に歩いていこう。ふたりで…。」
「ええ、それでいいわ。私も知りたい。あなたのことを。歩いて行きましょう。二人で。」
目を合わせ、心を合わせ、ふたりは、静かに、そっと唇を重ねた…。

「ちょっと、どうなってるのよ。」
「押さないで下さいよ。見えません。」
「声も聞こえなくなってしまいましたね。」
「あの、こんなことしててもいんでしょうか?」
「?パパたち、ママたち、なにしてんの?」
トン!
小さな手が何かを押した。結果、絶妙のバランスで保たれていた均衡が大きな音を
立てて崩れ落ちる。

バタン!
「うわああああ〜〜〜!」
「!?」(×2)
医務室の中の二人は突然の来訪者の存在に目を見開くと慌ててお互いの顔を引いた。
うっすらと、上気させた顔を軽く振ると、夢は雪崩の方に視線を送ってため息をついた。
「風魔さん。魅闇さん、カズキさん…。」
「イヤ、意識が戻ったかなと心配で…。」
「責任を感じて、ちょっと来てみたんだけど…。」
「何にも言いません。」
「夜光さんに、日和さんに、悠宇まで。」
「魅闇がしでかしたことなので謝ろうと思ったのですが、入りづらくて…」
「お見舞いにきたんですけど…。すみません。」
「お邪魔だったみたいだね…。」
「夢ママ、デューパパ、元気になったの?良かったね。」
「…ぷっ!」
「えっ?」
突然の吹き出すような笑い声に、彼らは顔を上げた。
ベッドの上のさっきまで病人だったはずの男が、笑っているのだ。声を上げて、お腹を抱えて。
「あっははははは。」
滅多に見られないほど、端正な顔を崩して笑う彼の様子を、皆も、そしてパートナーも
怪訝そうに見つめる。
笑いながら、彼は思っていた。
(今はいい、これで、いい。)
と。

以来、二人の関係が、変わった。と皆は言う。
でも、どう変わったか、とはっきり説明できるものはいなかった。
夫婦のようにベタベタするわけでもない。恋人同士のようにいちゃいちゃする訳でもない。
親子、兄弟、恋人、夫婦。そのどれにも似ていて、どれとも違う。
でも、何かがしっかりと繋がれたような気がするのだ。
愛情と、信頼。
相手を思いやる、心と心をしっかりと握って彼らは歩き出した。
大切なものを知るために…。

後日、今回の元凶たちが、きっちりと、夢に絞られたことは言うまでもないだろう。
彼&彼女らはれがなんだったか、口にはしない。することができないという。
どうやら、必殺管理人攻撃には「暴走は禁止」の上級技が存在するらしい。
ご注意あれ。



オリジナルノベルの自分バージョンは更新久しぶりな気がするなあ。

これはデューシンスと、夢の関係を少し進展させようと思って書いてみたものです。
基本的に夢は、デューシンスのことが大好きです。
恋人みたいになりたいと思っています。
方やデューシンスは、夢の為なら命を賭ける、好意、忠誠を超えて惹かれています。
でも、大切に思う分、触れることに躊躇いを感じているのです。
某方に、ロリコンと言われたこともありまして〜。

女の肌を知っているだけに、触れたら自制心が壊れる、そんな意識もあるようです。

でも、今回のことで、一歩前進させました。
少なくとも、お互いが、お互いを大事に思っていることは伝わったのです。
これから少しずついろんなことを積み重ねて絆を作っていきたいですね。

このお話の設定や、基礎にはカズキ・ヒイラギさんのオリジナルノベルをお借りしました。
客演も多数。

ありがとうございました。


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