再会への思い

ここは蒼月の間。
作戦会議室。
カタカタカタ…、キーボードを叩く音が部屋の中に響いている。
静かで心地よい音…。
「夢、いつまでやっているんだ?」
背後から諌めるように、でも優しくかけられた声。キーボードの音よりも心地よいこの音が
大好きで。私はディスプレイから顔を上げた。肩越しに見上げ、声の主に笑って答える。
「あと少し、もうすぐまた、私たちが動かなければならないときが来ると思うから
情報を整理していただけ。」
彼は、少し困ったように、そして、諦めたように笑った。
私の大切な人、デューシンス。
彼はそれ以上は何も言わずに、持ってきたティーカップをそっと、キーボードの横に置いてくれた。ありがとう、と言っ
て受け取ってとそっと口に運ぶ。
優しい香りの紅茶。大好きなアップルティのストレート。
言葉には出せなかった心と身体の疲れがスーッと解けていくみたいで、幸せな気分になっていた。
「早く、またみんなで話し合えるといいな…」
「ええ、そうね。」
人気の無い蒼月の間の空気を感じながら私は頷いた。
心に沸き上がる寂しさを振り払う。今まで賑やかだったから忘れていた一人の寂しさ…。
待とう。今は準備の時…。
もう一度紅茶を啜ろうとしたとき、デューシンスがふと呟いた。
「なあ、聞いてもいいか?」
「なあに?」
「改めて聞きたい。どうして、お前はこの戦いに挑もうとするんだ?」
「それは、彼らが私を認めないと言ったから。それにみんなを守りたいから…。」
私は軽く答えた。嘘じゃない。ホントの思い。
でも、彼はそれで納得はしなかった。
「それだけじゃ、ないだろう?」
すうっと息を吸い込んで、デューシンスは真っ直ぐに私を見つめた。
「普通の女子高生だったお前が、どうして、戦おうと思った。どうして運命から逃げようとしない?
俺は、お前のことがもっと知りたい…。」
海のような深い蒼の瞳。優しいけれど、全てを見通すような蒼。嘘やごまかしはきっと
容易く見破ってしまうだろう。
元より嘘をつく気はないけれど…。
今だから、ちゃんと話しておこうと私は思った。私の心を。
聞いてくれる?と私は言った。ああ、と彼は頷いてくれた。
パソコンの電源を落とし、ディスプレイを消した。パソコンの中には入れていない。
パソコンの中になど収まりきれないあの人の思い出…。

「私には祖母がいたのよ。いた。過去形だけどね。」

鷹村家は3人家族。父と、母と、私。だが、少し前までそこに祖母がいた。父方の祖母。
母にしてみれば姑だ。古今東西どこをとっても、嫁姑が仲のいい話よりは悪い話のほうが
多い。我が家でもそれは、例外ではなかった。
「咲さん、私はお夕食いりませんから!こんな薄味じゃ食べた気がしませんわ。」
「でも、お体のことも考えると…。」
「老い先短い年寄りの数少ない食事という楽しみを奪うんですか?」
「いえ、そんなつもりは…」
そう言って祖母は部屋に帰っていく。ホントに用意された食事には手を付けていない。
「だったら、自分で最初っから用意すればいいのに〜〜〜!!」
食器を片付けながら、ぐちぐちぐちぐちと呟く母を見ながら私はよくためいきをついた。
私には直接愚痴を言うことは少なかったが、母は明らかに祖母と気が合わないようだった。
母はああ見えて気が強い。元はキャリアのあるOLだった。ちょっとやそっとでは負けない
大人である。だが…

「でもねえ、祖母はそれに輪をかけて凄かったの。大戦で連れ合いを無くして父を含めた3人の
子を女手一つで育てあげたって。再婚もせず。そうかと思うと、子供が独立してからは青春を取り戻すんだ〜とかい
言って60の時、家買って、70歳の人と同棲始めたりね。」
「それはすごいな」
「でも、その人にも先立たれて、家も何かの立ち退きに引っかかって、それでうちに来ることになったの。父、長男だっ
たから。」

父は母に頭が上がらない。母はストレスを貯めつつもじっと我慢の子。
そして、祖母は好き放題。

「でね、私、一度祖母に直談判しに言ったのよ。そしたらね…。」

「おや、そんなことを心配してたのかい。あんたも子供だねえ。」
部屋に招き入れると、祖母は茶を出して、前に置く。そして、かんらかんらと楽しそうに笑っていた。
私はなんか、それにムカついて、思わず声を荒げてしまった。
「笑い事じゃないわよ。少しは母さんの身にもなって考えてあげたら?」
でも、祖母はあっさりとかわして笑って答える。
「考えているさ、ちゃあんとね。」
「??」
「心配しなくても大丈夫。こう見えてもあたしはあんたの数倍は生きてるんだ。
加減ってものをちゃんと知ってるんだよ。それにね、あたしは、あたしらしく生きたいんだ。
人にとやかく言われるのはごめんだね。」
まるでアカンベーをするような祖母の仕草に、さらに私はムッとした。だから…
「おばあちゃんは自分らしく生きて楽しいかもしれないけど、それで人が嫌な思いをしても
いいって言うの?そんなの自分勝手じゃないの!」
そう怒鳴っていた。でも、祖母は
「こら!勘違いするんじゃない。自分らしく生きるのと、自分勝手に生きるのは違うんだよ。」
ピンと私の額を弾く。
「イタッ!」
額を押さえた私を笑って見やった祖母はあの時、どこか遠くを見るような目をしていた。
「自分の事だけ考えて生きていこうと思っても、結局人は一人では生きられない。自分勝手は
最後には自分を滅ぼすのさ。でもね、自分のことを大事にできないやつも、結局は誰も大切に
できない。そういうもんなのさ。」
「おばあちゃん…。」
「他人に合わせるのと、他人と一緒に生きるのも違うよ。自分の行動は自分で決める。
自分で責任を持つ。それが人間の生き方ってもんだ。」
「…」
言いたい事とか、反論したいことはいっぱいあったと思うのに…。
その時は言葉が見つからなかった。
「まあ、あんたのそういう気持ちも大切だけどね。まだまだ、修行が足りないよ。しっかりおやり。」
そう言って、祖母はまた豪快に笑う。
結局、はぐらかされたと言おうか、化かされたと言おうか。
思うとおりにならないまま、答えも貰えないまま、その日私は部屋を出るしかなかった。

「それからしばらくして、祖母は倒れたの。結構長い闘病生活だったけど、ほとんど意識は
戻らなくて…。」

祖母危篤の連絡を受けて、病院に行った時、もう祖母は殆ど息をしていなかった。
私が来てしばらくして、ふと祖母は目を開ける。
回りをゆっくり見回して、小さく笑うと、すーっと眠るように目を閉じた。
言葉も何も無かったけど、私にはそれが祖母の別れの挨拶だとはっきり判った。
祖母はそのまま、二度と目を開かなかったから。
私は、人が目の前で死を迎えるのをその時、始めて見た。命が消える瞬間を。
祖母は豪快に笑っていた頃に比べると、半分ほどになってしまったように見えた。
痩せて小さく…。でも、何故だかとても美しいと思ってしまった。祖母の言葉を思い出す。
「私は自分らしく生きたいんだ。」
きっと自分らしく満足して、自分の命を使い切ったから。きっと後悔も、悔いも無いんだ。
それが、私には、とても羨ましくて、とても…悲しかった。

「おばあちゃん、結構みんなに好かれていてね。皆に泣いてもらってた。
母さんも、口で言ったほど嫌いじゃなかったみたいで、すごく悲しんでいたの。それを見てね、
私は思ったの。人間はみんな、こういう風に死ななきゃいけないって。
自分らしく生きて、自分の命を精一杯使い切って…。」

それから間もなくして、神帝軍の攻撃と支配が始まる。
日本では大きな被害も抵抗も無かったが、その分、人々の変化は早かった。
強い感情を失い、「神帝様」の言うとおりに動く。
「自分らしさ」を失っていく…。みんな同じになっていく…。
父、母、友達。皆が変わっていくのが見ていられず、私は神帝軍のことを調べ始めた。
そして…。

「私は、今ここにいるの。」
家族も、友達も喪ってはいないけど、失って…。
私はイスを半回転させてパソコンのディスプレイを見つめた。
彼に顔を見せたくなかったから。私はきっと泣きそうな顔をしている。
「冷静に考えればね、彼らの行動は世界の平和には一番良かったのかもしれない、って思う。
少なくとも戦争は無くなったし、神帝軍の言うとおりにすれば平和に生きられるだから…。」
「夢…」
「でも!そんなのは違うと思う。おばあちゃんも言ってた。自分の人生は自分で作らなきゃ
自分らしくは生きられない。私は与えられた平和よりも、みんなで悩んで、苦しんで、ぶつかって
そして作る平和がいい。みんな同じなんてイヤ。いろんな人と出会いたいから…。」
暗いディスプレイには自分の顔が映って見える。ぐしゃぐしゃになった顔。
恥ずかしくて下を向いた。
「私は、みんなで笑い合える、本気でケンカし合える。大好きだった日常を取り戻したいの。
そして、家族や、友達。仲間を守りたい。
でも、結局は私のエゴ、勝手よね。守るって言っても、結局、私達の行動がみんなの平和を壊して
しまっているのかもしれないんだから…。」
時々不安になる。なんの特別な力も無い普通の私が、基地なんて率いていいのだろうか?
みんな、本当についてきてくれるのだろうか…。私は、間違っていないだろうか…。
ふわり、背中から何かが私を包み込む。顔を上げて後ろを見た。
そこにはパートナーの柔らかい微笑み。暖かい腕。
「勝手と、自分らしくは、違うんだろ。それは、勝手じゃない。前を向いて、運命から逃げず
まっすぐ見つめる、お前らしさだ。俺が好きな…な。」
自分の頬が赤くなっているのが判る。熱くなって、涙なんか止まってしまったかも…。
「お前はお前の信じるとおりに進めばいい。俺はいつでもお前のそばにいる。
今は、一人じゃない。仲間達もいる。お前が間違っていたら、きっと止めてくれる。
俺も、止めてやるさ。命を賭けて…な。」
「デューシンス…。」
抱きすくめられた肩が、身体が、心が熱い。私はそっと目を閉じた。

葬儀の時に見た。緋雨様の顔。
何かをやり遂げたような、悲しいけれど満たされたお顔は、祖母の顔を思い出させる。

私の選択は間違っているかもしれない。でも、そうだとしても、私は信じた道を行く。
彼と、仲間達と共に、大切なものを守るために。
私を、信じて来てくれた仲間のために、私は命を賭けよう。
この場、この時、この安らぎを…そして、いつか、私たちの未来を取り戻して…守る。

いつか、命終わるとき、祖母のように、緋雨様のように微笑んで逝けるように…。

「お、ゲートが戻ったな。みんなが戻ってくるぞ。」
彼は手を離して、微笑んだ。私に手を差し伸べる。
「そうね、久しぶりだもの。みんなを出迎えましょう。」
「で、やっぱり制服なのか?」
「そう。これは、私が取り戻したい日常の象徴だから…。」
私は、彼の手を取る。引っ張られて立ち上がった瞬間。頬に彼の唇が触れた。
「きゃっ!」
デューシンスは悪戯っぽく笑うとウインクする。
「たまには、ドレスも着ろよ。今を楽しむことも必要だ。」
「もう!」
小さな反抗は、彼の笑顔に弾かれた。私もいつか、心が微笑むのを感じる。

さあ、扉が開く。
最高の笑顔でみんなを迎えよう。

「お帰りなさい。蒼月の間へ。」





私事ですが、先日祖母が亡くなりました。
このノベルの半分がモデルの結構剛毅な祖母でした。
母と仲が悪かったので、あんまり好きというわけでもありませんでしたが
亡くなった時思った以上のショックを感じたものでした。

命を守りたい。
大切なものを守りたい。

そのコンセプトを基地再開にあたって書いてみました。

これからもどうぞよろしくお願いします。


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