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ふわりと…、舞い降りる。
それは、友の結婚式。
同族の少女が投げた花束は、自分の腕の中に舞い降りた。
まるで、意思があるように、ふんわりと…。
「…ああぁぁぁっ!!!」
花束を求め、熾烈な争いを繰り広げていた女性たちの口から声にならない悲鳴が漏れる。
花嫁のブーケ。
秘められたその意味を知らぬまま、ペトルーシュカは手の中のそれを両手できゅっと抱きしめた。
蒼月の間の自室に戻ったペトルーシュカはブーケからリボンを外し、包装紙を丁寧にたたんで
花を花瓶にいけた。それは、花は花瓶にいける。主に仕えるものの仕事の一つとして刻まれている
行為だったかもしれない。何度も繰り返されてきたことだ。
でも、今日は何故かその花を見つめて手が止まる。
自分と同じ種族の少女が、今日、結婚した。魔皇に愛され、求められ…。
その事に対して、2人の幸福を願っても、羨ましいという感情はない。
だが、この花たちは、今まで自分が飾ってきた花たちとは違う。
何かを囁きかけているような気がして、不思議に…目が離せなかった。
「おや、花を飾ったんですね、ペトラ。」
「!」
主人の来室に、ペトルーシュカは慌てて振り向くと一礼した。主人、日月は風呂上り。慌てて水を差し出し身の回り
の世話をする。ぺトルーシュカが用意した水を飲み干し、彼は、ふうっと深呼吸するとベッドに腰を降ろした。
「今日は賑やかでしたね。しかし、彼にはいつも驚かされますよ。」
主はそう言うと小さく笑った。「彼」が今日、同族の少女を妻にした魔皇のことを指すのは瞭然。
彼とは同じ年の同じ種族を逢魔にもつ魔皇同士、同じ基地の仲間同士でもある。特に仲が良いというわけではない
が悪くも無い。
結婚するというのであれば、素直に祝福する。そういう関係だ。
「ふう〜っ」
ペトルーシュカがかちゃかちゃと音をたててコップを片付けていると、日月のため息が混じった息が聞こえる。
「今日は…疲れましたね。もう、休みましょうか。…ぺトラ。」
「はい。」
呼び声に素直に頷き、ペトルーシュカはベッドの横に立つ。
ぱさっ。
小さな音をたてて、服が足もとに落ちる。
そして…。
ふたりの夜はいつもと変わらず過ぎていった。空に月、地に花が見つめても…。
花の命は短い。
まして切花ともなれば数日で疲れも見えてこようというもの。花瓶に挿したブーケの花もそうだった。
(枯れてしまう…。)
そう思ったとき、ペトルーシュカは花瓶を抱えて部屋の外へ出ていた。
花に気を取られていて、前を歩くものに彼女は気がつかない。そして当然…
ドン!!
「きゃっ!」
「…!」
ぶつかることとなる。ペトルーシュカの手から花瓶が落ちる…。
ぱしっ。
「ふう、ギリギリセーフ。ごめんなさい。大丈夫?」
割れるかと思われた花瓶は床に激突寸前、優しい手にキャッチされた。
「申し訳ございません。夢様。」
自らの住まう基地の管理人、そして、花瓶の恩人。
ペトルーシュカは、最敬礼に近い礼を目の前の女性に返した。
「ああ、いいの。私もボーっとしていたから。あら、これ、この間の結婚式の花ね。」
はい。鷹村夢は、花瓶をペトルーシュカに差し出した。彼女はそれを受け取ると思い出したように
走っていく。いつもの落ち着いた、落ち着きすぎるペトルーシュカと違う様子に夢は、
何かを思ったのだろうか。用事を少し頭から追い出し、彼女の行った先キッチンへ足を向けた。
「少し元気が戻ったみたいね。」
花の水を入れ替え、心配そうに見つめていたペトルーシュカに、夢は後ろから話しかけた。
「はい。」
それだけいうとペトルーシュカはまた花を見つめる。確かに少し元気は戻った。だが、これも
気休めにしかすぎない。花は、いつか枯れる…。
何故か、心がざわつく。それが、寂しい、という感情であることをまだぺトラは知らない。
花に気持ちを集中してしまったためだろうか。ペトルーシュカは夢が、部屋を出、また戻ったことに
気付かずにいた。
「ぺトラちゃん。」
「は、はい。夢様。なんでしょうか?」
「お願いがあるんだけど…。私、結婚式のブーケ、見なかったの。良かったら描いて教えてくれない?」
ぺトルーシュカは頷くと、差し出された紙とペンを受け取り自分が貰ったブーケの絵を、思い出し
ながら描いた。目の前の花と心の中の思い出を見ながら描いた絵は、お世辞にも上手とは
言えなかったがどこか暖かい思いを感じさせた。
「ありがとう。ステキね。」
恐縮したように一礼するペトルーシュカ。夢は紙と、ペトルーシュカの顔を交互に見ると小さく
微笑んだ。その顔はお辞儀をしているぺトラには見えない…。
「ねえ、ぺトラちゃん。良かったら付き合ってもらえないかしら…。」
夢に声をかけられ、ペトルーシュカは顔を上げた。
「何かご用事でございますか?」
「そう、用事。ちょっと一緒に来て欲しいんだけど…ダメかしら?」
ふと、考える。今日は日月は留守にしている。
帰るのは遅いと言ってた。家事や用事が無いわけではないが、急ぎの用事も特に無い。
「はい、解りました。私でよければお供いたします。」
「そう、ありがと。じゃあ、行きましょう。」
一礼するペトルーシュカの手を夢は掴んで促した。魔操の篭手の上からなのに、ペトルーシュカには
なぜか、それが暖かく感じた。
人化してね。
夢にそう言われて来たのは結界の外、人間の町のある小さなビルの一室だった。
勝手知ったるという感じで入っていく夢に、ペトルーシュカは恐る恐るついていく。
トントン。
突き当たりのドアでノックを二回。
「どうぞ〜。」
声に促されて二人は中に入っていった。
「あら、夢。いらっしゃい。久しぶりね。どこに言ってたのよ。」
妙齢の女性が二人を出迎えた。額には無骨で大きなゴーグルをかけている。
「?めずらしいわね。夢がここに人を連れてくるなんて、こんにちは。いらっしゃい。」
自分にかけられた声と気付きペトルーシュカは一礼した。丁寧な挨拶に彼女は手を振って笑う。
夢は、区切りを見て女性に近づき、話しかける。
「ねえ、お姉さん。ちょっとお願いがあるんだけど…。」
制服のポケットから、さっきの紙を差し出し、何事か囁く。女性は紙と、ペトルーシュカの間に
視線を何度か往復させると、ニッコリと微笑んだ。
「いいよ。そうだね。今日一日ここにいれるかい?」
「ええ、大丈夫。お願いしますね。」
「あいよ。任せておきな。」
二人の会話についていけぬまま立ち続けていたぺトルーシュカは、紙を持って女性が別室に消えたのを待ち
夢に話しかけた。
「夢様?一体何の御用だったのでしょうか?」
「あのね。あの絵をブローチに作って下さいってお願いしたのよ。」
ブローチ?ペトルーシュカの脳内がフリーズする。
それが、装身具のことであることを彼女が思い出すまでの数十秒。夢はニコニコと微笑みながら
彼女の様子をどこか楽しそうに見つめていた。
「あの絵を、装身具に…ですか?それは、ひょっとして…。」
「もちろん、ぺトラちゃんに♪」
ペトルーシュカは慌てて首を振った。
「そんな、勿体無い。どうか…。」
取り下げて、と言おうと思った。だが、それ以上言葉が出なかった。夢が自分を優しく見つめている。
「花はいつか枯れる。でも、心に残してもらえば花も、きっとうれしいと思うわ。ぺトラちゃんは
あの花が、ブーケが、大好きだったのでしょう。だったら、忘れないでいてあげて。その手伝いを
させてくれない?」
夢の言葉もきっかけだった。だが、それ以上に欲しかったのだ、ペトルーシュカ自身が。
だから、こう、言っていた。
「お願いいたします。夢様…。」
完成を待つ間、夢は工房の中を案内してくれた。
ここは、知人のジュエリー工房。ここで、夢も時々アクセサリーを作らせてもらっているのだという。
美しいアクセサリーを生み出す工房とは思えないほど、工房の中は雑多なもので溢れていた。
トンカチ、バーナー、裁断機、やすり、糸鋸。つまようじ。
「舞台裏はあんまり見るものじゃないかもしれないけどね。」
夢は笑った。向こうではさっきの女性が、加工を始めている。
ペトルーシュカは、その過程に不思議に見入っていた。
最初、それはありふれた銀の板にすぎなかった。それが、彼女の手によって糸鋸で切られ、やすりで磨かれ、花に、
リボンに、象られ、熱によって溶かされたローで、一つ一つのパーツが組み合わされていく。それはまるで魔法のよう だった。
「夢、おじょうさん。ブローチに入れる石はこれでいい?」
かけられた声に、ぺトルーシュカは、はっと前を見る。
女性の手の中に輝く石は小さいが、虹を弾いたようにきらり、ローズマダーの輝きを放つ。
心が無いはずの自分の胸さえときめかせる美しさ。また、一瞬魅入られてしまった。
OK、指で合図する夢、同意するようにペトルーシュカも頷いた。
解った、と作業場に戻る女性を見送ったあと、夢はペトルーシュカを手招きし、一つの箱を開いた。
そこには、無骨な石がたくさん、でもケースに入れられて並べられている。
その中から、夢は一つの石を取り出した。白い、まるでガラスのような塊の…石。
「これ?なんだかわかる?」
夢の問いにペトルーシュカは頭を横に振った。
「これはね、さっき彼女が見せた石と同じ物。宝石の原石よ。」
ぺトルーシュカは目を見開いた。輝きも、何もかも違うのに、これがあの石になるなんて…。
「どんな宝石もね、磨かなければこんな、そこらに転がっている石と大差ないんだって。」
どんな宝石も磨かなければ…。その言葉は、ペトルーシュカの中に静かにしみ込んでいった。
「はい、おじょうさん。できたよ。」
夕方も押し迫った頃、彼女はそう言ってペトルーシュカの襟元にブローチをつけてくれた。
シルバーで象られた花たち、そして、リボンの中心に埋め込まれた小さな石の刻まれた面が、
天井の明かりを緩やかに映している。
鏡の中で、生まれて初めて服以外で身を飾った自分がこちらを向いている。
「良く似合うわ、ぺトラちゃん。」
「うん、上出来。」
二人の言葉に、ペトルーシュカは、最上級の礼を返した。
「ありがとうございます。お二人とも…。」
顔を上げ、ブローチにそっと手を触れるペトルーシュカ。
「あっ!」
小さく発した夢の驚きは、口に当てた手に押さえられ、ペトルーシュカ本人にも気付かれぬまま
夢の中に後戻りした。
蒼月の間に戻り、ペトルーシュカはキッチンの流し場に置き忘れていた花瓶を、そっと部屋へと
戻した。花々は存在するだけで、不思議な力を持って自分達を励ましてくれる。
それを、今のぺトルーシュカは信じていた。
信じること、何かを欲しいと思うこと、叶って欲しいと願うこと、そして、嬉しいと思うこと…。
逢魔の里から出て、自らの魔皇、日月と出会い、何も無かった自分に何かが生まれてきている。
それが、良いことなのか、悪いことなのか、まだ解らない。
ただ、それを拒否しようとだけは思わなかった。それで何かが変わるなら変わっていいと思っていた。
蒼月の間で皆と暮らすこと。日月と共にあること。それはペトルーシュカにとって今や、存在しないことなど考えられな
いほど、自然なことだったから…。
やがて、花は枯れ地に還る。
でも、あの日のブーケの花はいつまでも咲き続けていた。
ペトルーシュカの胸と、心の中に…。
蛇足
「日月さん、本当に気付かなかったんですか?」
「ええ、恥ずかしながら…」
頭を掻く日月に、夢は腰に手を当ててため息をついた。
ペトルーシュカの胸にブローチが輝いていることに、日月がそのことに気付いたのはそれから一日や
二日後ではなかったからだ。ぺトラは日月と一緒の時にしかそれをつけない。外に気付いているものはメンバーの中
にも少なかったかもしれないが、よりによって日月が…。
「ぺトラちゃんに似合っていたでしょう?」
「ええ、本当に…。」
自然に日月は笑う、その笑顔の先にペトルーシュカはいる。ケイン夫婦のようにラブラブでも
日和たちのような微笑ましい関係とも…、自分達ともどこか違う、あまりにも不思議な、淡々とした自然体の二人の関
係は、まだ15年足らずしか生きていない夢にはまだ理解不能だった。
(いろんな人たちがいるわよね…。)
「ところで、夢さん。あのブローチの代金はどうしたら…?」
日月は夢にそのことを聞きに来たのだ。夢は手を振って笑う。
「別にいいですよ。」
「しかし…」
「それに、もう十分貰った気がしますから…」
胸に手を当て、夢は目を閉じた。
あの時の幸せそうな、ペトルーシュカの笑顔。お金では買えない、私たちの宝…。
「?」
日月は理解できない、というように首をかしげる。
それを見て、夢は花のように、華やかに微笑んだ。
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