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「ねえ、夢ちゃん、あなた本当に洋服持ってきてないの?」
いつ見ても制服にマフラーという出で立ちの蒼月の間管理人、鷹村夢は後ろからかけられた声に
はい?と答えて振り向いた。後ろにいたのは逢魔サウスウインド。
スタイルのいい、モデルのような(実際彼女はモデルだが…)スタイルは女性さえも見ほれてしまう。
夢は、ハッとすると、小さく頷く。
「ええ、あとは下着とかパジャマとか、運動用の服を少しだけ、普段着はあんまり…。」
「よそいきも?」
「…はい。」
夢は小さく俯いた。元々学生してたころも、ほぼ、歌や演劇のレッスンと学校の往復。
圧倒的に制服を着ていた時間が長いので、家を出るときに最初に持ってきたのは制服だった。
学生の戦闘服は制服でいい。いつかここに戻るために。そう思って制服だけは全部持ってきた。
逆に言えば他の服はほとんど持ってきていない。ここに来て買ったものや、貰ったものが殆どだ。
それも、まだ少ない。
まめに洗濯はしているが、やっぱり問題だろうか…。
「問題ね…。」
「やっぱり…。」
「問題よ。可愛い女の子が、可愛い服を着ないなんて絶対に問題よ、いえ、犯罪だわ!!」
「えっ?」
力説するサウスウィンドを夢の丸くなった目が見つめる。テンションが妙に上がった彼女の手には
拳がしっかりと握られていた。
「女の子はね、可愛く着飾る義務があるの。可愛い子を見るとみんな幸せな気分になるんだから。」
「でも、私にはあんまり似合わないと…。」
「夢ちゃん…」
がしっ!
首を振る夢の肩を彼女の両手ががっちりとつかむ。
「大切な人に綺麗だって思って欲しいと思わない?」
「!」
「ステキな服来て、似合うよって言って欲しいと思わない?」
「…ええ。」
「服装はすべてじゃないけど、大事なの。シンデレラだって、ドレスを着ないと灰かぶりのまま。
王子さまと踊れないわ。」
「…そうですね。」
サウスウィンドの言葉への夢の返事は小さいがはっきりとした肯定だった。サウスウィンドはニッコリと笑う。
「だから…ね。買い物に行きましょう!私が洋服見立ててあげる〜。そうだ。日和ちゃんも誘おう。前に約束してたも
の。女の子同士の買い物なんて久しぶり〜〜。ああ、楽しみ〜〜♪」
まだ、夢は返事をしていていない。
(お買い物か…。)
でも、るんるん、と踊りださんばかりに楽しそうなサウスウィンドを見つめ、ため息をつきながらも夢は心が妙に沸き立
つのを感じていた。
おでかけの朝。月島日和の場合
「ねえ、日和〜、まだ決まらないの〜〜。」
逢魔悠宇が、その日5度目扉をノックする。自室には入れない。
理由は簡単日和が着替えているからだ。
「女の子同士のお買い物なんて久しぶりですね。なんかうきうきしちゃうなあ。」
日和のベッドの上、テーブルの上、イスの背には足の踏み場も無いほど洋服が並べられている。
「どれにしようかな、こっちかな、さっきのがいいかな」
クローゼットの鏡に向かっては、あの服、この服と胸に当てている。
「ねえ〜、まだ〜〜。」
普段は逢魔思いの魔皇だが、今日は声は聞こえない。
服を着替え、片付け、出てきたのは待ち合わせの時間の5分前。
悠宇のノックはその日25回の新記録を更新する。
お買い物の前。サウスウィンドの場合。
今日は朝からご機嫌だ。夜の遅い蒼月の間の大騒ぎの後なのにすっきりと目覚めた。
「女の子同士の買い物はやっぱり楽しみよね〜。」
無造作にパジャマを脱ぐとクローゼットをパッと開いた。自らの魔皇、沙槻に作ってもらった
服がずらりと並んでいる。逢魔の中では一番の衣装持ちかもしれない。
(今日は夢ちゃんをドレスアップしないとね〜〜。)
くすり、と思い出し笑いをして手を止める。
買い物に行くと聞いて昨日の夜耳打ちをしてきた彼のことを思い出す。
せっかくあの堅物逢魔が頼んできたのだから答えてあげねば女がすたるというものだ。
素早く服を身につける。迷いは無い。即断即決。
黒いノースリーブのシャツに同じくスリムパンツ、クロッシュ(周囲にすべてつばのついた帽子
のこと。つばは意識的に下向き)、ピンヒール。帽子もヒールも黒で統一した。
「さて、行きますか!」
まだのんびりと寝ほうける魔皇を置いて、颯爽と扉を開けて歩き出した。
初めてのお買物前 鷹村夢の場合
「これ…しかないわよね。」
鷹村夢は小さくため息をついた。
サウスウィンドと日和とのお買い物。
着ていく服を考えると悩んでしまう。
制服を着ていくわけにもいかないし、もらい物のふくをコーディネートできる自信も今ひとつ無い。
と、なると着ていけそうなのは、たった一着。
その服を手に取るとに手を通した。
(おしゃれなお二人と並んだら浮いちゃうかしら。)
今までも、あんまりおしゃれとかに縁のあるほうでは無かった。友達と、本当の意味での
買い物に行くのも、今回が初めてのような気がする。でも、それだけに楽しみだった。
白い靴を履く。これは服と一緒に貰ったハイヒール。
これ以外はベタ靴か、運動靴しかない。
「行きましょう。早く行かないと遅れちゃう…。」
トントン、足で靴を軽く直して夢は部屋を出ると待ち合わせの場所へと急いだ。
待ち合わせ場所ではサウスウィンドが待っていた。
夢が軽く息を切らせて走ってくるのを手を振って出迎える。
「おはよう、夢ちゃん。ん?可愛いじゃない。これがデューシンスからのプレゼント?」
頭から足先までに軽く目をやるとにっこり微笑んだ。頬を赤らめて夢が頷く。
「…はい。」
明るい空色のワンピース。Aラインのシンプルなドレスは夢になかなか似合っていた。
(なかなかやるわね。でも、今日はもう少し冒険させちゃいましょう。)
もう彼女の頭の中では構想ができかけているようである。
「あ、ひよちゃんも来た。こっちよ〜〜。」
「…遅れて、ごめんなさい。ちょっと服を選ぶのに迷っちゃって…。」
あせらなくて良いわよ。とサウスウインドが手を振る。
日和は夢よりはずっと大人っぽくおしゃれにまとまっている。ちょっと気取ったスクエア
ネックのノースリーブのワンピース。細かいベージュのギンガムチェックが効いている。
羽織ったレースのカーディガンが女らしさを演出し、悠宇あたりが見たら息をのむだろう。
もう、のんだかもしれない。
「うん、ステキ。でも今日はもっと大胆に行きましょ。みんなを驚かせてあげるんだから♪」
じゃあ、レッツゴー!腕を空に上げ、先頭を歩くサウスウィンドに小さく苦笑しながら顔を
見合わせた二人の魔皇、いや女の子は小走りに後を追っていった。
「まずは、やっぱり夢ちゃんよね。」
明るい太陽の下、まずはウインドウショッピングで軽く流しながらサウスウィンドは二人に話し掛けた。
私?と、戸惑う夢に残りのふたりはうんうん、と頷き合う。
「シルエットの綺麗なワンピースなんかどうですか?その服も似合ってるし…。」
日和の提案にサウスウィンドはう〜んと腕組みをする。
「悪くないけれど、ちょっと強めに行きましょうよ。そうでないとあの朴念仁は気がつかないわ。」
そうですね。と同意する日和。実はちょっと心配だった。どんな服を薦められるんだろう。
自分では絶対似合わないと思っている、ナイトノワールのようゴシックロリータの服だったら…
どうしよう…今日は夢さんの服を揃えるのが目的だから、大丈夫かしら?と、息を吐きながら考える。だが…。
「ああ、ここが良いわ。ラフっぽいのも上品なのも結構揃ってるから。ひよちゃんも早く早く。
本人がいないと服、買えないでしょ。」
(やっぱり、忘れてなかったか…。)
軽く額を押さえて日和は前を見た。もう室内に入ったサウスウィンドと夢が手招きしている。
(まあ、いいわよね。)
日和も頷くと暑さを避け涼しい店内へとすべりこんだのだった。
今日の夢は、さながら着せ替え人形。
「あ、これどうかしら…。」
「こっちの方が似合うんじゃないですか?」
サウスウィンドと日和が次々と持ってくる服を、抵抗せずに合わせていた。口も挟めないので
無言である。店員達もくすくすと笑いながらも手伝ってくれている。
日和が、シンプルな小花模様のワンピースをもってきた。薄水色のイメージが夏らしくて綺麗である。
「確かに似合いそうね。でも、ちょっと大人しいかなあ…ん?」
カタカタと服の並んだハンガーを動かしていたサウスウィンドの手がぴったりと止まる。
「夢ちゃん、これ!着てみて…」
「わあ、いいですね。」
「よくお似合いですよ…。」
ベロアの黒いワンピース、ノースリーブで襟元が大きく開いているが上品で厭味にならない。
それにチュール(透ける薄地の素材。花柄が散らしてある)のカーディガンを重ねる。どこと無く
エレガントで夢の強くてまっすぐな視線を上手く引き立てていた。
「OK。黒は女を綺麗に見せるわ。大人っぽい感じがしていいと思うわよ。」
満足げなサウスウィンドの言葉に戸惑いながらも、夢は姿見を見つめていた。そこにいるのは
始めてみる自分。制服のときとは違って…確かに少しキレイに見える。
しばし、鏡の前で硬直してしまっていた。
その頃、サウスウィンドは日和にも服を見立てていた
「ひよちゃんには、これっ!」
差し出されたのは背中に深くスリットの入った白のトップス。ノースリーブだがハイネック
なので白い背中が強調されていた。そして膝の辺りまでスリットの入った淡いブルーの七分丈の
スリムパンツ。背中を気にする彼女も色のあせたジーンズのジャケットを羽織ると、一味違う
自分にびっくりして、鏡の前で硬直その2となる。
「どう?いいでしょ。」
自信満々のサウスウィンドに、二人は素直に頷いた。自分でも気がつかなかった自分を引き
出されたそんな気分である。
着替えているうちに自分の分も含めてサウスウィンドはさっさと会計を済ませていた。日和と夢は
慌てて財布を取り出す。
「あ、私の分は自分で…。」
「私も…」
「ストップ!いいのよ。今回は私のおごり。こう見えても結構稼いでるんだから。」
軽くウィンクするとキャッシュカードにキスをする。二人の財布を押し戻すとビッと前を指差した。
「さあ!次行くわよ!裸足で着るのが綺麗な服だから、サンダル買いましょ。あとマニキュア!
淡いシルバーブルーがいいわよね。塗ってますって派手な感じにならないし…。」
買い物は、まだまだ続く…。
「ふう、買ったわねえ。」
両手に紙袋を抱えるサウスウィンドは小さく息をついた。
夢と日和の手にもいくつもの紙袋が下がっている。
「買い物、楽しかったけど荷物増えちゃったね。ま、いつもこうなるんだけど、私。」
小さくベロを出して子供っぽく笑う彼女に、自分達よりも年上のはずがかわいらしく見えて
夢と日和はクスクス。顔を見合わせて微笑んだ。
「ちょっとそこの茶店でお茶しながら、荷物もちについて相談しよ。」
サウスウィンドの提案に反対するものは誰もいなかった。
喫茶店の奥から明るい笑い声が聞こえる。
買い物について、食べ物について、ティーフロートをかき混ぜながらの女の子の話題は絶えない。
「?どうしたんですか?夢さん。」
何やら足もとを気にする夢の様子に日和は気がついた。どうしたの?とサウスウィンドも問い掛ける。
「何でもないんです。ちょっと足が…。」
普段履きなれないハイヒールで歩き回ったため、少し足が痛くなっていたのだ。同じ女性。
二人とも事情は理解する。
「サウスさんはそんな細いヒールでよく平気ですね。」
「私は慣れてるから…」
無理している様子の夢をすまなそうにサウスが見つめた。
「ごめんね〜、私がうーん…私が二人を引っ張りまわしたからよね。じゃあ、沙槻に荷物もちに
来てもらおうかな。電話するわ。」
携帯電話を取り出すとおもむろに電話をかける。逢魔の隠れ屋でも何故か携帯は通じるのだ。
世の不思議。
「だから〜、私だけじゃなくて、夢ちゃんも、日和ちゃんもいるの。お・願・い。
ねっ。そう、ありがとー。」
ピッ。ボタンを押して携帯を軽く閉じると、どこか申し訳無さそうな二人にサウスウィンドは
明るく笑いかけた。
「沙槻のやつ、呆れてたけど迎えに来てくれるって。よかった。」
程無く前の道に魔皇橘 沙槻の姿が見える。
「あ、来た来た。ここよ〜。」
立ち上がって手招きしたサウスウィンドは二人に優しく微笑みかけた。
「…ねぇ、帰ってこの服着てみんなの前に出て行くの、楽しみね。きっとみんな驚くわよ。」
それぞれの、胸に一番見せたい大切な人の顔が浮かんで、夏の暑い太陽よりも熱くなる。
喫茶店にも、道路にもたくさんの人々がいる。
天空には巨大なギガ・テンプルム。
でも、そこを歩いていた何の変哲もなく見える4人が、世を騒がせる魔皇や逢魔と呼ばれる存在で
あることを気付けたものは誰もいなかった。
「というわけよ。はい。デューシンス。」
「ああ、すまなかったな。サウス。ありがとう。」
デューシンスはサウスウィンドから買い物の明細を受け取った。
実は今回の買い物。財布の半分はデューシンスからであることを日和も夢も知らない。
「夢ちゃん、可愛く出来たわよ〜。後で越し抜かしちゃダメよ。」
「ああ。」
テレからか、生返事しかせずに顔を背ける真面目逢魔に、ちょっと脅しかけちゃおうかなあ。
サウスウィンドは悪戯っぽく笑った。
「夢ちゃんはいい子なんだから。ちゃんと捕まえておかないと、自分が送ったドレス誰かに
脱がされるハメにはるわよ。」
ガランガッシャン、ドン、グワッシャ!
予想通りイスから転げ落ちた逢魔を見てカラカラ笑ったサウスウィンドはじゃあね。
と背を向けた。
「待て!サウス。」
シュン!振り向くとほぼ同時に彼女の手元に何かが飛んだ。人間の7倍の反射で悠々とキャッチ
すると彼女はそれをまじまじと見つめる。…紙袋?
「それは、夢と日和さんからのお礼だとさ。持っていけよ。」
頭と腰を擦りながらデューシンスがそう告げた。袋を開けると中にはカードが。
(どうもありがとうございました。心からの感謝を込めて… 鷹村夢)
(私たちとおそろいです。よければまた、一緒に買い物しましょう。 月島 日和)
カードを取り、袋を逆さにすると、ころんと小さなビンが転がりだした。
それは…シルバーブルーのマニキュア。ビンに飾られた月の模様がキラリと手の中で光った。
「自分達が渡すと遠慮するだろうからとさ…。」
(ほんっと、いい子達たちよねえ。)
きゅっ、とビンを握るとサウスウィンドは二人の笑顔を思い返した。
自分に守りたいものがあるなら、それはきっとこういう幸せな時…。
その夜、
「やっぱり恥ずかしいです〜〜〜。」
「だめよ、せっかく綺麗にできたんだから、みんなに見せびらかさないと…。」
「ほら、夢さん。王子さまのお出迎えですよ。」
「夢…」
「…デューシンス。」
手を差し伸べる。手を取る。二人は手を繋いで、歩き出す。
それを4つ、いや8つ。もっともっとたくさんの瞳と、夜空の蒼い月が温かく見守っていた。
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