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「依頼が終わったら一緒に食事でもしていこうか…。」
「…だね。楽しみにしてるわ…。」
そう約束した。あの時…。
「みんな、自分のやりたいことは自分で決めて!」
「黙りなさい!」
グレゴールの前で、一般人の前で魔皇と名乗り、啖呵を切った鷹村夢に、グレゴールの光弾が飛ぶ。
防御か、避けるか。そんな一瞬の判断をする間もなく、黒い影が光弾を阻んだ。
「デュー…シンス。」
焼けた身体を気にも止めず。彼はそのまま窓を破り夢を抱いてコアヴィーグルに飛び乗った。
そのまま走り去る彼の腕の中で、夢は心の多くを前方から手放していた。
熱を帯びた体温…。荒い、息使い…。
「止めて!デューシンス止めて!!」
叫ぶが、彼は聞かないで走り続ける。彼がやっとコアヴィーグルを止めたのは蒼嵐の結界の中。
夢はコアヴィーグルを還すとデューシンスに向かい合った。
同時に…
ドサッ!!
彼は、…夢の手の中に向けて倒れ込んだ。
背中に回した手の焼けるような熱さ。
ぬるりとした、紅い液体が、ベッタリと手にまとわりつく…。
「い、いや〜〜っ!デューシンス!!!」
結界を切り裂く叫び声。周囲の逢魔や、魔皇、密たちが駆け寄ってくる。
様子に気付き、彼を運び、手当てをする。それに、自分もつき従った。
悪夢のような現実が通り過ぎ、一つの否応ない事実が彼女に突きつけられる。
逢魔、重傷。
しばし、何も聞こえなかった。彼の心臓の音以外。
何も、見えなかった。彼の血に染まった自分の手以外…。
その夜、蒼月の間には一人蹲る夢の姿があった。
「どうしよう…。私のせいで…。」
すべての考えが闇に落ちる。何を考えても後悔が、胸を支配する。
依頼そのものは成功したが、もう、どうでも良かった。
(もし、彼が…死んでしまったら…。)
もう一つ、夢の落ち込みに拍車をかけることがあった。
デューシンスが目覚めた後、誰にも、何も言わず、自室に篭ってしまったことだ。
蒼月の間ではなく、「彼」の部屋のあるプロメテウスに…。
鍵で閉じられた扉が、まるで彼の拒絶のようで。手も心も凍りついたように何故か働かなかった。
(なんか、頭が巡らない…。もうすぐみんなが来るのに、掃除して、準備して…なのにどうして
手も足も動かないんだろう…。)
自分の抱いている膝の感覚さえ無い。感じるのはヌルリとした彼のあの悪夢の感触だけ。
目の前が暗い。このまま闇に心を閉ざしてしまおうか…。
そしたら少しはこの苦しみから逃れられるのだろうか…。
意識を、思いを手放そうとしたその時。
ふわり。肩に舞い降りた柔らかい感触が夢を現実に引き戻す。
「日和…さん。」
慌てて頭を振った。自分の役目を果たさなければ。次の作戦の話もある。
「す、すみません。こんなことになるとは思わなくて、なんか頭が働かなくて。だから、日和さん。
次の作戦は彼、外出禁止に…。」
言葉が、止まった。自分が抱きすくめられるのを彼女は身体全体で、心で感じていた。
「悠宇が怪我したとき、私も本当につらかった。ひとりで泣いてた。
でも、一人で泣いてるとどんどんつらくなって…
こうしてたら、だれにも見えないから…泣いても、いいんですよ」
家族に抱きしめられた記憶は、思い出せないほど遠い過去。
自分を抱きしめてくれた思い出は、かつての友人達と…今は目の前にいない…彼だけ。
凍り付いていた身体が、ゆっくりと溶け出していくのを、夢は感じた。恐怖と、後悔で凍り付いてた心の泉が溶け出し
て、目から雪解けの水のように流れ落ちて行く…。
「ご、ごめんなさい。日和さ…ん。わ、私…。」
声をあげて夢は泣いた。心許せる友の胸で。
日和もまた泣いていた。背中を撫でながら一緒に。
友の心に寄り添い、共に泣く。彼女に今できたことは…それだけだったから。
(私は一人ではないんだ…。泣いてくれる友がいる。それを見守ってくれる仲間も…。)
自らの心を取り戻したとき、彼女は胸の中の溢れた思いを手のひらと共に握り締めた。
「私、もう二度とこんなこと、彼にさせない。絶対に、もう繰り返しませんから…。
この悔しさと思いに…誓います。」
涙と共に口にした誓い。それは、神に祈れない魔皇の祈りだったのかもしれない…。
(一人でうじうじしていても仕方が無い。彼と、ちゃんと話さなくっちゃ。そして、謝らなきゃ!)
「夜光さん!プロメテウスの個室の鍵貸して下さい!!!」
決意を決めてからの夢の行動は早かった。半ば無理やりオーナーからマスターキーを借り受けると
デューシンスが借り受け、篭った個室に飛び込んだ。
BAN!!
怪我人の部屋に入るのに正しいやり方では無かったかもしれない。
だが、その時はそんなことなど考えてはいられなかったのだ。
彼女は直感で行動する、白の魔皇。
「うっ…、くあっ!!」
一方デューシンスはと言えば、個室の中で一人ベッドの上でうめいていた。
「くそ…、油断した。」
息遣いは荒い。立ち上がることも座ることもできないが、横になっても安らぐことはできない。
翼が砕け、肉まで焼けた背中は今も熱く疼き、自らを苛む。
お前は愚かだと、無力だと…。
ここまで来たのは、彼の精一杯のプライドだった。
蒼月の間にいれば、皆が心配するのが目に見えている。雑談どころでは無くなるだろう。
そして、何より…
(俺があいつの前にいたら、あいつは泣く…、自分を責め続ける…。)
自分の行動に後悔はしていなかった。
あの時、夢に攻撃が当たる。そう思った時、身体が勝手に動いていた。
魔皇と違い武器を持たない逢魔にとって、とっさに使えるのは自分の身体だけ…、
他に方法は思いつかなかったのだから。
(だが、自分を庇ったと、あいつはきっと苦しむ。そんな姿は…見たくない…。)
ここは、デューシンスだけの部屋。鍵は自分しか持っていない。
「合鍵は二本。」
オーナーはそう言って笑った。だが…まだ二本とも自分の手の中にある。
良かったのか、悪かったのか…。
「と…とにかく、早く…治さないと。せめて…平気な顔で立てるように…なるまで。」
それが、逃げであることは、自分でも解っている。でも、今は…。
その時、扉が開いた!
「デューシンス!!」
「ゆ、夢…!どうして…うっ!」
身体を起こしかけたが、、また倒れ込むデューシンスのベッドに、夢は…駆け寄った。
「どうしてじゃないわよ!怪我をしたのに、看病もさせてくれないで、部屋に篭っちゃって…。」
私の、私のせいなのに…。
唇を噛み、俯き自分を責める夢の顔。今にも、こぼれそうな涙を必死で堪えている顔を見て
デューシンスも苦い思いを噛んだ。
(そんな顔を見たくないから…ここに来てたのにな。)
「おまえ…のせいじゃない。俺が、自分で選んで決めた行動の…結果なんだから。」
そんな言葉が慰めにもならないことも良くわかっている。
「だって、だって、私がちゃんと自分の身を守ると。あなたのことを守ると考えていればこんなことには…」
自分を責め続ける夢の瞳から涙が溢れ出す。その涙を見た時デューシンスの心は痛んだ。
身体の傷よりも、ずっと苦しく、痛い…。
「だから、お前のせいじゃない。それに、後悔はしていない。もし、同じ場面があっても、俺はきっと同じことをする。自
分の命とおまえの命を計りにかけたら比べ物には…。」
「そんなこと言わないで!!」
夢は真っ直ぐにデューシンスを見つめた。涙をいっぱいに浮かべながらも彼女の瞳はデューシンスを
映して離さない。
「私にとってだって、計りにかけたらあなたの方が…いいえ。計りになんかかけられない。何を守れてもあなたと一緒
でなきゃ、二人でなきゃ意味がないのよ…。」
シーツを握り締めるデューシンスの手に、夢の涙がこぼれ落ちる。冷たいはずなのに、触れたところが熱を帯びるの
をデューシンスは感じていた。
今まで、夢を守れるなら自分は死んでもいいとさえ、思っていた。
でも、自分がいなくなったら、こいつは一生苦しみ続ける。こんな涙を…流し続ける。
(死ねない…。こいつを残して、死ぬことなどできない…。)
強く指を握り締め、デューシンスは顔を上げた。
「そうだな…、俺もお前を一人にしたくない。二人で生きていたい。ずっと…。」
彷徨うように伸ばされた手は夢の手をしっかりと掴む。引き寄せられるまま夢はデューシンスと
手を重ねた。
「私、誓ったの。もう、絶対にこんなこと繰り返さないって。考えて考えて、最善の方法をこれでもか、ってくらい考え
る。だから…お願い。私を一人にしないで。先に…逝ったりしないで、側にいて。
お願い…。」
止まることなく流れる涙を止めもせず、夢は言った。もう一つの手で、そっと涙を拭ってデューシンスは夢の頬に触れ
た。
「ああ、信じている。俺は、お前に従い、共に生きる。命あるかぎり絶対に離れない。約束するから。
もう…泣くな。」
「私も、あなたを信じているわ。絶対に一緒に生き抜きましょう。」
手をしっかり握った夢の頬にはまだ、涙が流れている。
デューシンスは手に力を込めて夢の手を、顔を引き寄せた。
身体をかすかに起こして夢の唇に自分の唇を重ねた。触れるだけの優しいキスを…。
「きゃっ!」
頬を赤らめる夢、驚きのあまり涙は止まっていた。唇から彼の思いが伝わって…くる。
「お前の信じる道を進め、後悔しないように。俺はいつもお前を守る。側にいる。俺も誓おう…。俺の為に泣いてくれ
た、その涙に…。」
「デューシンス…。」
心で小さく頷くと、夢はベッドサイドに膝をついた。今度は自分から唇を重ねる。同じように触れるだけのキスだが、デ
ューシンスにとってはまるで果実のように甘く、瑞々しく感じた。
時を、思いを味わいながら、デューシンスは夢の髪をそっと撫で、夢は抗わず目を閉じた…。
どのくらい経ったのか…。唇を離し、涙を袖で擦い夢は言った。
「今日は、ここにいてもいいわ。私もここにいるから。明日は、蒼月の間に帰りましょう。みんな、心配しているから
…。」
一生懸命笑いかける夢に、デューシンスも優しい微笑を返す。
「ああ、俺達の帰る場所は…あそこだからな。」
「そうだ、日月さんや、日和さんからお見舞いが…。」
「待て!夢。」
恥ずかしげに顔を背け部屋を出ようとする夢をデューシンスが呼び止めた。
「なあに?」
コトン、小さな音がベッドサイドのテーブルに鳴った。彼がポケットから出したもの。それは…鍵。
「これは…?」
「この部屋の鍵だ。俺と…お前だけの部屋の…鍵。持っていて欲しい。」
鍵に手を重ね、デューシンスは夢を見つめた。
「ええ、解ったわ…大切に…する。」
鍵を握り締めた手を、夢は胸元で強く握った。それをデューシンスは見つめ、微笑む。
どこか、嬉しそうに、どこか…困ったように。
「私、一度向こうに戻ってくる。みんな、心配してたから。」
顔を上げた夢の表情にはだいぶ余裕が出来ている。良かった。デューシンスは目を細めた。
「明日には蒼月の間に帰る。皆にそう言ってきてくれ。心配するな…と。」
「ええ、その後は…、一緒にいさせて。」
扉の前で、肩越しに囁いた夢の言葉をデューシンスはしっかりと受け止めた。
「ああ、待っている。この部屋では…二人だけだ。」
彼の言葉に夢がどんな表情をしたかは、デューシンスは知らない。
扉を開き、夢はゲートの向こうへと消えた。
「くっっう!はああっ!!」
デューシンスは耐え切れず大きな息をついた。
夢の前では、苦痛にゆがむ顔など見せられない…。精一杯の努力はなんとか実ったようだ。
痛みは走る。変わることなく全身を苛む。だが…さっきまでとは…違う!
「っっ!でも、今回のことは…身体に刻んだ。後悔も、痛みも…忘れない。全部、自分のものに
して繰り返さないと誓う。強くなって、あいつを…守る。絶対に…。」
あの涙にかけて…。
翌日…。
二人は戻ってきた。蒼月の間に。
「二人で帰ってこれて良かった。こんな当たり前のことが…うれしいなんて。」
「本当に…。」
「私、今思うの。強くなりたいって。大切なものを守るために強く…。」
「俺も、強くなりたい。二人で、いや、みんなと…生きていくためにも。」
「あっ!デューシンス帰ってきたんだ。おかえり。」
明るい声が彼らを迎えた。
「ただいま。心配かけたな。」
「そうよ。みんな心配してくれてたんだから、今日は部屋から出ちゃだめよ。ちゃんと謝ってね。」
ひらりと笑顔で翻した制服の胸元に、銀のチェーンが揺れる。鍵のペンダント。
その、「意味」に気付くものは誰か…。
今日も蒼月の間には笑顔が響く。でも、何かが変わった。
楽しすぎて忘れかけていたこと。
我々は戦っているのだ。
死と生の境界線の上に我らはいる。
同じ事は、また起きるかもしれない。死の翼が誰かの上に舞い降りるかも。
だからこそ大切にしたい。この時を、命を…。
守りたい。全てを賭けて…。
デューシンスは、夢は、笑顔の向こう。悲しみと後悔の彼方から思う。
こんな思いをしたのが自分達でよかった。
そして、願わくば、二度と繰り返されないように…と。
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