「はじめてのおつかい」

最近、蒼月の間の管理人鷹村夢は、料理の勉強に意欲的である。
ただ、熱心であるということと、上手であるということとは同意語では無い…。
「夢…、どうやったらカレーを失敗できるんだ?」
「だって…。」
「夢ママ?な〜にしてるの?」
キッチンで涙目を浮かべる夢の足元で、小さな声。
夢は慌てて目元を手で擦った。
「あ、由真。今日の晩御飯、カレーにしようと思って作ってたのよ。」
「だが、失敗だ。これじゃあ食べられないぞ。材料買い直し、作り直しだ。」
焦げた鍋を水につけながら夢の逢魔、デューシンスがため息をつく。
「私、買い直しに行くから…。」
「おいおい、今日こそは、開通してもらったゲートに挨拶に行く約束だろう。作るか買いなおしに行くか、どちらかしか
時間は無いぞ、日和さんにでも任せたほうがいいんじゃないか?夕飯は…。」
「でも、今日は日和さん忙しいって言ってたし…。」
「じゃあ、由真が、お買い物にいってあげる〜〜。」
「えっ?」
由真の言葉に二人は、同時に顔を見合わせ、同時に下を向き、同時に由真を見つめた。
「買い物って、由真が?」
「今の蒼嵐には基地しかない。買い物に行くならゲートを抜けて人間界に行かないと行けないぞ。」
「うん!由真、ママと一緒にむこうのスーパーいったことあるよ。由真もう4歳だもん。ひとりでいけるよ!」
確かに何度か買い物に連れて行ったことはある。だが、一人で行かせるには限りなく不安があった。
「シュウが一緒なら大丈夫かしら?」
「シュウはねてる。起こさないで?」
その頃、お昼寝の由真に添い寝していたシュウはベッドで爆睡していた。マメな働き者であるが故に疲れが溜まって
いたのだろう。
それが解っているため由真はあえて起こさず、一人で出てきたのだ。
「う〜ん(×2)」
「じゃあ、僕が一緒にいってあげる!」
「えっ?(×2)」
由真よりもさらに低いところから声がする。夢とデューシンスはもう一度顔を見合わせ、下を向き、声の主を見つめた。
「春斗くん…。」
そこには蒼月の間最年少の逢魔が満面の笑みで立っていた。
「僕が由真おねえちゃんといっしょにおかいものにいってあげるよ。だいじょーぶ。僕がおねえちゃんを守ってあげるか
ら。」
小さな手で胸をトンと叩く。その仕草は父親か、曽祖父譲りなのか…。自信ありげである。
「解ったわ。お願い。」
「夢!」
二人の顔が明るく輝く。心配そうなデューシンスを手で制して夢は膝を折り、小さな二人に視線を合わせた。
「でも、危ないことはしちゃだめよ。お約束を守って、早く帰ってきてね。」
「うん♪」
「まっかせて♪」
「いっしょに行こうね。春斗くん。」
「うん、由真おねえちゃん!」
飛び跳ねている二人を見て、夢は小さくため息をつく。心配は夢にとってもある。春斗が行くとなれば二乗で。
でも、二人もずっと結界の中だけでは暮らせない。外を見ることも必要だろう。
そう思って二人を外に出すことに決めたのだ。
自分の尻拭いをさせるようで、申し訳なくもあったけど…。

『あれ?二人でどこへ…?』
基地の中庭で小鳥と遊んでいた「彼」は顔を上げた。
ピンクのポシェットを下げて右手に大きな籠を、左手に春斗の手をしっかりと握って歩く由真。
由真の手と反対側の手をしっかりと握り締めて嬉しそうに歩く春斗。
それを心配そうに見送る隊長とその補佐を目の端で見つけると、「彼」は何かを決したように姿を消した。

電信柱の影から、二人はぴょん、とジャンプした。
着地した先は人間界、由真にとっては故郷だが、春斗にとっては完璧な異世界である。
「へえ、ここがにっぽんなんだあ。」
珍しげに顔を右左に振る。ついでに頭を撫でてみる。お尻も。つるんとした感触に春斗はにへらと笑った。
尻尾も耳も無い。生まれてはじめての「人化」である。
「なんか、へんな感じだあ。」
「行こっか。春斗くん。」
由真は手を差し伸べる。ほんの少しだが由真は「おねえちゃん」である。自分がいつも守ってもらっているように、今
日は春斗を守らなくては。
気合MAX!
「うん。行こう!」
しっかりと手を繋いで二人は歩き出した。
そのゲートからもう一つの影が出現したことを、知る由も無く…。

「だ〜れにも♪ないしょで〜お〜かいものだよ♪」
「隊長おねえちゃんたち知ってるよ?」
「いいの、そういうお歌なの。」
そんな会話をしながら、二人は歩いていった。
夢が開いたゲートから、目的のスーパーまでは大人の足で徒歩五分。
ちょっとした交差点と、商店街を抜けていくことになる。
二人は結界の中では見られない人ごみと、賑やかな街並みに目を奪われながらもゆっくりと、堅実に歩いていった。
やがて、目的のスーパーが目の前に大きく見え始めた。
「あ、あそこだね!」
走り出そうとする二人。
『危ない!!』
誰かに首元を掴まれたような気がして、二人は立ち止まる。
その直前を大きなトラックが駆け抜けていく。
「あっ…。」
よく見てみると、そこは広い道路。歩道は終っていた。
「あぶなかったねえ。おねえちゃん。」
「…うん。」
やがて、白い縞々の向こう。赤と青の「ちかちか」が赤から青へと光を変えた。
人ごみが歩き出す中、今度は由真は前に夢に教えられたとおり、
「右見て、左見て、も一回右を見て…。」
春斗も由真に習って同じ事を繰り返し、注意深く確認してから横断歩道という縞々に足を踏み入れた。

『やれやれ。』

二人足してやっと大人の約半分という体重を、自動ドアはなんとか感知して扉を開く。
扉の向こうには、大きなワンダーランドが広がっていた。
「うわ〜〜。」
「すごいねえ〜〜。」
一歩足を踏み入れたところで、彼らの足は完全に止まった。見渡す限り一面にいろんな品物。欲しいものが溢れてい
るのだ。
「危ないわよ。おチビさんたち。」
後ろから来た女の人に促されて脇に避けるまで、下手したらいつまでも彼らはそこにいたかもしれない。
「ここなら、なんでも買えるね。」
「うん、すごいね。おねえちゃん。」
入ってくる人々と、以前ここにきたときの夢の行動を真似して、扉の横の緑色の籠を一つ、由真が背伸びをしてとっ
た。
その籠は春斗が両手で持つ。由真は夢に頼まれた「買い物」を思い出した。
「え〜〜っと。カレーこ、二つっと、ニンジンが三本、おじゃがは一袋と、あとお肉…だよね。」
「由真おねえちゃん。春斗ニンジンきらいだよ。他のにしない?」
春斗のことばに、由真はメッと怒った表情を作った。
「ダメだよ。春斗くん。好き嫌いしちゃ、大きくなれないよ。」
実は、毎日、夢や日和に由真が言われていることである。春斗はシュンとしたが小さく頷いた。
「いいこだね。」
これも由真がやってもらっているように、春斗の頭をなでなでする。嬉しそうに笑う春斗の籠に由真は頼まれた買い物
を次々入れていく。
「お肉は…どれがいいのかなあ。」
豚肉、牛肉、鶏肉、山のようにあるなか、由真が選んだのは鶏肉だった。夢が指定を忘れたのでどれでも良かったの
だが、その鶏肉は胸肉5枚入り1.5k入り。
一番大きくて重かったことが、後でちょっとした試練となる。

買い物を終え、レジにやってくる途中、二人の前に立ちはだかったものがあった。それは…。
「美味しそうだねえ…。」
レジの前に並べられたお菓子の陳列棚だった。ガム、チョコレート、クッキーの「お買い得品」が「買って」と呼びかけ
るように二人を誘う。
その誘惑はインプの魅了のようで、春斗も由真もしばし、釘付けになってしまった。
「欲しいなあ。」
「いっこくらい、いいよねえ〜。」
二人の手がお菓子に伸びようとした時…。
『いいのかい?』
どこからともなく聞こえた声に、彼らの意識はハッと我に帰った。元々真面目な子達である。
「やめよっか。今日はいいよって言ってなかったもんね。」
「うん。そうしよ。おねえちゃん。」
レジのお姉さんに手伝ってもらって籠をカウンターへと上げる二人を、優しい微笑が見つめていたことを彼らは知らな
い。

その日、商店街で一つの事件が起きた。
「どけどけぇ〜〜!」
人ごみの商店街を全力疾走で走ってくる男がいる。後ろから必死な声が彼の正体を告げる。
「泥棒!!!引ったくりよ〜〜。」
だが、無気力化のせいか、誰も、彼を捕まえようとしない。思わず脇に避けてしまう人々。
彼の通行方向にいるのは、もう小さな子供二人だけだった。恐怖のあまり動かない子供を男は気にも止めず直進し
てくる。
「危ない!!」
誰かが声を上げた。多くのものが目をつぶった。だが…。
「ぐわっ!」ドン!
倒れたのは…男だった。子供の一人、男の子が男とぶつかる直前に身体を丸めて地面に伏したという。
そのせいで男は足をとられ、地面顔面スライディング。
「こらあ!おめえっ!」
怒鳴って子供達に襲い掛かった男だったが、それから後のことをよく覚えている者はいなかったらしい。
「由真たんパンチ!」
と言う声で、女の子が何かをしたような気がするとの証言もある。
「ゆ、幽霊!」
と男が叫んだとも。
でも、その時のことを人々は何故か思い出すことはできなかった。銀の風の記憶だけ。
ただ、確かなのは警官がそこに来た時残されていたのはただ一人、頭にたんこぶ、顔にすり傷をおい、何か恐怖を見
たようにして失神する犯人だけだったということである。

「映お兄ちゃん、ついてきてくれてたんだ。」
「おにいちゃんが、車とぶつからないように、止めてくれたんでしょ。」
『まあね。でも、気をつけないとだめだよ。』
「うん、助けてくれてありがと。」
ゲートを降りた時は二人だった。でも、帰りは三人。映の右手を由真が、左手を春斗がしっかりと握る。
その小さな手、暖かい体温に映は胸が熱くなるのを感じた。
欠片であるはずなのに。実体や思いなど幻のようなはずなのに。
今、彼は確かにその思いを、何かを自分自身で感じていた。

「たっだいま〜、買ってきたよ〜。」
「ありがとう、由真、春斗くん。あら、映君もご苦労様。」
「おっ、帰って来たのか。ご苦労さん。」
二人の後から、キッチンに入ってきたデューシンスは、3人の髪の毛をくしゃくしゃっとかき回した。
「偉かったな。ありがとう、助かったよ。」
由真は嬉しそうに、春斗は小さく声を上げて、映は…照れたように、それを受け入れると笑った。
「じゃあ、これを使って美味しいカレーを作るわ。3人で遊んでいらっしゃい。」
「は〜い♪」
「解ったよ。」
「夢ママ、今度はしっぱいしないでね〜〜。」
がくっ、鋭いツッコミに膝を折りながら、夢は手を振って彼らを見送る。
そして、3人の姿が消えたのを確認して、立ち上がると自分のパートナーに微笑んだ。
「ご苦労様。」
「いやいや…。俺の出る幕はなかったさ。」

その日の夜の蒼月の間の夕食は、カレーライスと、サラダ。
ありふれた、ごく普通の食事。
でも…。
「こんな美味しいカレーはじめて。なんでかなあ♪」
「おいしいね。」
「僕も食べてみようかな…。」
口の周りを黄色くして、皿にかじりつく子供達。
「へえ、これ、春斗と由真が買い物してきたのか。」
「偉いわ。由真ちゃん、春斗君。」
「映おにいちゃんも大好きだよ。」
褒められて嬉しそうに、照れくさそうに輝かせる瞳。

それは、幸せの一つの姿。守りたい、大事なもの。

夢は、デューシンスは、皆はそれを心に抱きしめ、いつまでも見つめていた。



蒼月の間、子供3人のお遊びノベル。
「はじめてのおつかい」です。
これは、他の皆さんも描かれる3人ノベルの一つになる予定ですので。

で、書いてみると、セリフが多いですね。
子供の言葉は面白いので、それをメインに据えたいのですがそうすると
描写に回せる表現が少なくなっちゃって…、長くなります。
もっと要点を絞って書きたいのですが…。

とりあえず、楽しんでいただけたようでよかったです。
他の皆さんのも、どうぞお楽しみに。

               H15.10.12

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