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ゲート。
それは、場と場を繋ぐ門。
そして、心と心を繋ぐ…門。
「ねえ、夢っち、デューっち、ちょっと協力してよ…。」
突然の来訪者の、突然の相談に、夜の雑談所の準備をしていた蒼月の間の2人はふと手を止めた。
「あら?何かしら。イルさん。」
「イル…頼むからデューっちは止めてくれ。」
ええっ、いいじゃん。そんな表情で頬を膨らませながらイルと呼ばれた少女は本題に移った。
「あのさあ、ここんところミサっちがさあ、ロッジから出てこないんだよ。」
ミサっちとは、彼女、イルの魔皇。隠れ屋、雪花の山にある秘密基地アイシクルロッジの主である。
ここ、蒼月の間にも良く来てくれている、…いや、いた。過去形だ。そういえば、最近姿を見ない。
「まあ、いろいろあったから仕方ないんだけどさあ。」
依頼と自分の基地であるアイシクルロッジの往復。そして、雪花の山を見つめ続けるミサをイルはなんとかしたいの
だと話した。
「何か、いい方法ないかな?ね、夢っち、デュー…シンス。」
2人は顔を見合せた。ミサは、大崩壊以前からの大事な友達。そして、蒼月の間の仲間の一人。
夢は、蒼月の間の鷹村夢は、そう思っていた。イルの気持ちも良くわかる。そして、デューシンスもそう思っている夢
の気持ちを良くわかっていた。
「じゃあ、買い物とかに連れ出したらどうだ。俺もこの間、頼まれて気晴らしの買い物に知り合いを連れてったぞ。」
「でも、ミサさんは、身体があんまりご丈夫じゃないって聞いたことがあるわ。あんまり人ごみは…。」
「って、魔皇がか?」
「身体は大丈夫でも気分的なものがあると思う。あんまり人ごみは好きじゃないと思う。ミサっちは。」
イルの言葉に考え込んだデューシンスは、夢の瞳が輝くのを見た気がした。漫画だったらキラ〜ン!と擬音が付く所
だろうか。
「何を思い付いたんだ?夢。」
「気晴らしには、絶好の観光コースに心当たりがあるの。買い物とはちょっと違うかもしれないけど、いいよわね。イル
さん。」
「ミサっちが気晴らしできればいいよ。あ、でも、それなら僕も行きたい!4人で行こうよ!!」
4人?イルの言葉にデューシンスは指を折った。ミサさん、夢、イル、ということは…
「俺も数に入ってるのか?」
「うにっ?
デューシンス、夢を一人で外に出すの?一緒に来ないの?いらないなら、僕がもらっちゃうよ♪」
「ぐっ。」
言葉は無い。反論の余地も、する気も無い。
「…解った。俺も行く。荷物運びでも、運転手でも、ガイドでも何でもやってやる。」
いいの?気遣う夢の肩をぽんぽん、二回叩くとデューシンスはイルと、ミサさん連れ出し作戦を練り始めた。
開き直ると、結構怖いタイプかもしれない。彼は…。
今日も、ミサ・スニークは純白の山を見つめていた。
(まっしろ、白すぎて、汚れなさ過ぎて…怖いですね。)
自分自身も、世界も汚れているようで、ミサはため息をついた。建設的ではないと解っているが外に出る気もしない。
かちゃかちゃ…。
側のティーカップをそっと持ち上げたその時!
BANNN!!!
突然の騒音に、ミサはカップを置き、振り向いた。その間1秒以下。
何かがあれば、身体が動く。これはもう身に染み付いてしまっているのだ。
「…夢さん?」
そこにいたのは、顔なじみの魔皇。だが、滅多にロッジに顔を出すことの無い別の基地の管理人だ。
しかも、らしくもなく、慌てて、息をきらせて…。
「どうしたんです?夢さん、何かあったんですか?」
「はあ、はあ、ミ…サさん、すぐ、来てください。イルさんが…。」
イル?自分の逢魔の名前を呼ばれ、ミサの顔が青ざめた。そういえば、しばらく見ない…。
「イルに、何か、あったんですか?」
「…お願いです。一緒に来てください…。ミサさん。」
「解りました。案内してくださいです。」
即座に決意して、自分の手を取るミサに、夢は呼吸を整え頷いた。基地の外に出て、ゲートを開く。
「行きますよ!」
「はいです!」
どこに行くかも解らないまま、ミサはゲートに飛び込んだ。
キラリ!
11月とは思えない、明るい太陽がミサの目を焼いた。雪山の冬の太陽と家の光を浴び続けてきた身には少し辛い。
(眩しいです。ここは…?)
細い目をさらに細めたミサが、ゆっくりと慣れてきた目を開く。
「えっ!?」
彼女の目に映ったもの、それは彼方まで広がるパノラマ。裾野を広げる山々。だが、それはいつもロッジから見るも
のとは違っていた。。
赤、紅、朱、茜、黄、黄緑、緑、灰…溢れる色彩が交じり合い、一つに溶け合い、広がっていた。
まるで…。
「色の神が、樹々に送る錦の衣。私の父の故郷では、この山々の色をそう呼びます。綺麗でしょう?」
背中からかけられた声に、ミサは振り向いた。自分でも驚くほど、ゆっくりと、そこには、なじみの顔が3つ並んでい
た。
「夢さん、デューシンスさん、…イル。一体?」
「驚かせて、無理に連れ出してごめんなさい。イルさんに頼まれたんです。」
「ミサさんを、連れ出してくれってな。」
名演技だったでしょ?微笑む夢の横から、スッとイルが歩み出た。
「ミサっち、たまには一緒に遊ぼうよ。僕らの山も綺麗だけど、他の山もほら、こんなに綺麗だよ。一緒に見たいんだ。
元気だそ。」
自分の手に重ねられた手、ウィンターフォークの体温は低いはずなのに、それは、不思議に暖かく感じた。
「良ければ、依頼抜きに観光&お買い物しません?案内しますよ。」
「運転手なら任せろ。コアヴィーグルじゃなく、たまにはゆっくりドライブもいいだろう?」
ちゃりん。
デューシンスの手で鍵が跳ねる。自分を見つめる優しいまなざしたちに、ミサは頷き、今度はしっかりと向き合った。
「どうか、お願いしますです。」
下げられた頭に交差した3つの瞳が喜びを浮かべる。
「よっしゃあ!レッツ・ゴー!!」
飛び跳ねた少女と、微笑む少女と、顔を上げた少女の前に、恭しく扉が開かれた。
「こらっ!イル!!木に登るな〜〜!」
「うにっ?駄目なの?食べ放題って言ったじゃない。」
「食べ放題だって、木に登ったら木が傷むだろう!」
「あっ、そっか。」
「まったく…。」
ため息をつくデューシンスの後ろで、赤い果実をもぎ取りながら、少女たちは微笑んでいた。
山から降り、ドライブをしていたとき。
「あれはなに?」
赤いりんごがたわわに実る木に目を輝かせるイルのために、彼らは観光農園に入った。
ミサも、イルもこういうところに来るのは初めてだったのだろう。
りんごたべほうだい、と聞いて止めるより早く、イルは木によじ登った。細い木はなんとかイルの体重を支えるがやは
り苦しそうだ。
羽のように軽く飛び降りると、小さく木に口付ける。
「ごめんね。」
こつん。
「いてっ!」
イルの頭にりんごが落下した。それは、偶然か、風か、誰かのDFか、はたまた夜魔のいたずらか、それは解らない。
だが、めげずにイルはそれを拾うと服で擦った。磨かれたりんごが赤く光る。
(ミサっちの目の方が綺麗だなあ。)
なんとなく、食べる気がせず、イルはそれを服のポケットに入れた。でも、もうひとつの実は木からもぎとり、口へ運
ぶ。
「うわ〜、甘くて美味しい〜〜。」
素直なイルの賞賛に、りんごの木は微笑むように静かに風にそよいでいた。
足を踏み入れた時、彼らを最初に迎えたのは静かな、調べだった。
「すごく…気持ちいいです。」
ミサは、目を細め、さらにそれを閉じた。そうした方が全身に音が染み込むような、そんな気がしたのだ。
オルゴールの館、巨大な円盤から、手のひらにのるような小さなものまで、目に映るすべてのものが優しい音楽を奏
でる。
流石のイルも、ここでは暴れずに、でも、目を輝かせながら、音と可愛いオルゴールたちに見入っていた。
ふと、ミサは目を開けた。
オルゴールに夢中になっているイルたちから、少し離れたところで、デューシンスが、夢の手を引いたのを見たのだ。
自分たちの他に、客はいない平日。
「お邪魔しては、わるいです♪」
ミサは、2人に背を向けた。
デューシンスは、夢に贈る。小さな、星と月を散りばめた夜のオルゴールと、自らの思いを…。
「その坂を上がった先に、デザイナーズブランドじゃないですけど、しゃれたブティックがあるんですよ。」
「じゃあ、そこもお願いしますです。」
先を歩く2人の逢魔の後を、2人の魔皇が続く。
後ろの2人の少女らしい会話。比べ、前の2人の言葉はやや、色気がない。
「イル、そのおやつの袋放さないか?歩きながら食べるのはあんまり行儀よくないぞ?」
「けっこう、小姑だったんだ。デューシンスって。」
「こらっ!」
「うわああっ!!」
軽いからかいに、デューシンスは軽くげんこつを振り上げたつもりだった。いつもの弟分だったらゲンコツコツンと行くと
ころだが相手は少女だから。
イルも、わざとらしく驚いたまねをするだけのつもりだった。だが、上げられた両手から、抱えていた袋がはずみです
べりおちた!
折悪しくも、そこは坂道。重力の法則を守って品物たちは転がり落ちていく。
デューシンスはまだ、重力の檻を使えない。
「うわ〜っ、ミサっち、夢っち、捕まえて〜〜。」
「えっ?」(×2)
足元を転がっていくりんご、みかん、地域限定チューイングキャンディ、おまんじゅう、お菓子の袋。一度呆然とする彼
らの足元を転がり逃げた品々たち。
やがて4人はおかしたちと、思いもかけず長い鬼ごっこをすることになる…。
「ミサさんには、少し濃い目の色の方が映えるんじゃないですか?」
「夢さん、この服、似合いそうです♪」
「ねえ、これ、どう。すこし派手っぽい?」
デューシンスは店の外で、腕時計を見た。時計は優に一回り半した。だが扉の上のベルが鳴る気配は無い。
何回目かの欠伸をして、デューシンスは壁に背をつけた。
日がうっすらとオレンジ色を帯び始めた。あれが、完全に落ちるまでに、彼女たちは出てくるだろうか…と。
「すっかり、おそくなっちゃったですね。今日はありがとうございましたです。」
ミサは、2人に向けて頭を下げた。帰りはゲートを使えば一瞬。でも、思ったより遅くなった。
ロッジの中では、もう、メンバーがいつものとおり騒いでいることだろう。
「今日は、とっても楽しかったよ。ありがとね。夢っち、デューシンス。」
イルが軽くウインクする。2人の感謝を受けて、2人は照れくさそうに手を振って返した。
「いいんですよ。無理に引っ張り出しちゃってすみませんでした。」
「楽しんでもらえたかな?」
「はいです。あ、そうだ…これ…。」
手に提げた買い物の袋の中を探り、ミサは小さな紙包みを夢と、デューシンスの手のひらの上に乗せた。
「なんですか?これ?」
「開けても…いいのかな?」
頷くミサに促されて、二人は袋を開く。
「これは…ペンダントですね。綺麗…。」
銀色のペンダントが夢の手の上で、きらりと光った。本物の月の光をうけて輝く、それは三日月の形。
「今日の、御礼です。今日は、本当にありがとうございました。」
「じゃあ、私からもこれ、後で開けてくださいね。」
夢はポケットから包装された手のひらサイズの箱を、イルの抱える紙袋の中に入れた。
りんごを始めとするロッジの皆へのたくさんのお土産の中に、それは埋った。
「ありがとうです。」
ぺこりと頭を下げるミサに、夢はそっと耳打ちした。
「また、遊びましょう。今日みたいな買い物でも、試合でもいいですから。」
「ええ。ぜひです♪」
朝、ここに来たときよりも、ずっと輝いたミサの笑顔。それを見て夢も、デューシンスも、そしてイルも微笑んだ。
朝よりも、ずっと嬉しそうな笑顔で。
「じゃあ、また!」
ゲートを開き、彼らは帰っていく。
「夢ってい、デューシンス、あとで今日のお土産で美味しいもの作って持っていくからね〜〜。」
イルの言葉に手を振って答えて、彼らは闇に消えた。
「さて、行くですよ。イル。」
「まってよ、ミサっち。これ重いんだからあ〜〜。」
2人を山が出迎える。白く美しいロッジの山々。でも、朝とはどこか違って見えた。
色合いに染まる山が夢なら、自分はこの白い山だろうか。ミサは思う。
(でも、山は山です。同じです。同じになれるです。疲れたときに帰れる山に…)
ミサとイルは扉を開けた。
「お帰り!」「おかえりなさい。」
暖かい声が、彼女らを出迎えた…。
「…ねえ、デューシンス。これ、どうする?」
「どうするって、捨てる訳にはいかないだろう?」
後日、蒼月の間にゲート宅急便が届いた。
『リンゴとお饅頭のパイ byイル』
「これを、パイと言い張るか、どうみても炭だろう。」
「一口でも、食べないと…悪いわよね。」
「そうだな…」
その後、一夜、2人が蒼月の間に出てこなかった日があるという。
「夢さんたち、今は重傷判定くらうような依頼、受けてなかったはずよね。具合が悪いってどうしたのかしら?」
一日隊長代理を預かった彼女の問いに答えられる者は、蒼月の間にはいなかった…。
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