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俺は昔っから夕紀が好きだった。 別に好きって言ったって変な意味じゃない。 あいつはその辺のがさつな女どもよりもよっぽどか弱くて壊れそうに儚い。だから俺はあいつを守ってやりたかったんだ。 夕紀も俺によく頼ってきた。 小柄で細身の夕紀に、サッカー部でばりばりに活動していて見るからに健康な俺。俺達は外見は全然違うけど、今迄ずっと親友だった。 今も変わらない。 変わらない、けど・・・。 俺の中で、何かが少しずつ変化していたみたいだ。 夕紀に対する気持ちが、少しずつ。 夕紀はいつも俺の部活が終わるまで待っていてくれる。 今日もそうだ。 いつも真っ暗になるまで、泥だらけになるまで走り回ってる俺を、夕紀は図書室からたまに見つつ、本を読んだり勉強をしたりして待っている。 夕紀の家と俺の家はすぐ側にあるから、昔は一緒に帰っていた。 けれど高校に入って俺がサッカー部に入ってからは、俺が下校するのが無茶苦茶遅くなってしまい夕紀にはいつも先に帰ってもらっていた。 だが夏休みも終わり肌寒さを感じ始めた頃から俺達はまた一緒に帰るようになった。 さすがに真っ暗になってからサッカーをするのは不可能なので、終了時間が前よりも早くなったからだ。 その分練習はハードなものになるが。 だが、そんな事はどうでもいい。 俺は照明器具がが整っていない田舎の高校であることを、これほどうれしく思ったことはない。 俺は夕紀と帰るその20分間が、一日の中で一番好きだ。 もう滅多に一緒に帰ることが出来ないと思っていただけに、夕紀の「待ってるから、一緒に帰ろ?」の発言は俺を喜ばしてくれた。 やっぱり、俺は夕紀が好きだ。 変な女と付き合うくらいなら夕紀と付き合うってくらい。 だって考えてみても俺のためだけに部活が終わるまでずっと待っててくれて、純粋で素直で、優しくて可愛い女なんているかよ。 やっぱり夕紀が一番なんて・・・俺は半分冗談交じりに笑いながら、親バカならぬ親友バカをしていた。 「今日の最後の試合、直哉のシュート決まってたでしょ、・・・カッコ良かったぁ」 憧れのようなため息交じりに言う夕紀。 夕紀はあんまり運動が出来る方ではないので、運動神経がいい俺がうらやましいのかもしれない。 でも俺は結局運動バカで、勉強なんかこれっぽっちも出来ない。テスト前にはいつも夕紀に助けてもらってどうにかなっているってとこだ。 俺は色々なことに取り組んでていろんな知識もあって、一つ一つをちゃんとこなしてる夕紀の方がよっぽどすごいと思うのだが。 俺のシュートなんて、まぐれかもしれないのに。 「俺なんか大したことねぇって、もっと強い奴なんていくらでもいるんだからよ」 「そうなの? でも直哉が一番カッコ良かったよ」 「んなわけ・・・、ってお前、俺しか見てねぇんじゃないの?」 夕紀は小さく笑う。 サッカーのルールも良く分からない夕紀が、試合を見ていてもあまりおもしろいとは思えない。 だから多分、試合の流れとか全体のパスワークとかじゃなく、俺を見てるんだと思う。 って俺が言うのも差し出がましい気がするけど。 「寒いね」 「もう冬だよなぁ」 空を見上げると星が綺麗だ。 夕紀の話によると秋は明るい星が少ないらしいけど、それでも十分綺麗だと思う。 何気なく夕紀を見ると、その口から漏れる息がほのかに白くなっている。 頬も寒さで薄らと色付いていた。 厚手のコートをしっかりと羽織っているのに、それでも夕紀は寒そうにしている。 「大丈夫かぁ? ほら・・・」 そう言って俺は自分の巻いていたマフラーを夕紀に巻いてやる。 俺は学ランだけで、夕紀と比べれば軽装備だが、それほど寒くはない。 それどころか、なんか熱い。 最近夕紀と一緒にいると、よくこんな感覚になる。 けしてそれは嫌な感覚ではないのだが。 「あったかぁい。ありがと、直哉」 遠慮せずに受け取る夕紀は、そう言って飛びっきりの笑顔を俺に向けてきた。 ・・・まただ。 身体が熱くなって鼓動が早くなる、不思議な感覚。 風邪みたいな感じだけど・・・でも俺はいたって元気なのに。 でもその理由は分かってる。 実は・・・俺はつい最近、とあるクラスの女子に告白された。 可愛い子だったし、別に嫌いじゃなかった。 けど俺は断ったんだ。 『他に好きな子がいるから』って言って・・・。 別に苦し紛れの嘘や言い訳じゃなくて・・・多分俺の好きな奴ってのは、コイツ。 弥上夕紀。 気付いたら、もう冗談じゃなかった。 俺の好きって気持ち、もう冗談なんかじゃなくなっていたんだ。 「どうしたの、黙り込んじゃって」 俺を元の世界に呼び戻したのは夕紀の愛らしい声だった。 昔っからの付き合いだから知っているが、こんな声でも一応は声変わりをしたんだ。 する前の声なんて、もう、完全に少女のものだったのだから。 「ん〜、別に?」 当たり障りのない返事をする。 何を間違えたとしても、この気持ちを伝えるわけにはいかないから。 もし言ってしまったら、良い方にでも悪い方にでも、この関係は間違いなく変わってしまうのだ。 俺はそれが嫌だった。 恋人になったとしたら。・・・もしなれたらの話だが、恋愛関係を持ったとしても、きっとそのうち別れてしまう。 でも今俺がいる親友の地位は、きっとこのまま揺るぐことはないのだろう。 俺は此処が好きだ。 誰にも譲りたくない。 俺だけのものだ。夕紀は、俺だけのものなんだ。 「疲れてるの? 大丈夫?」 いつもとは態度の違う黙りこくった俺を夕紀が心配そうに覗き込む。 夕紀を見ていると自分の独占欲が醜く見えてくる。 ちょっと・・・かなり、辛い。 気付けば夕紀の家は目の前だった。 「直哉、ホントに大丈夫? なんだったらウチ寄ってったら?」 さっきから口数の少ない俺に、夕紀は色々時を使ってくれる。 ダメだダメだ、夕紀に心配かけちまうようじゃ・・・。 「何でもねぇって、お前ちょっと心配し過ぎだぞ」 「・・・ごめん」 俺は笑い飛ばそうとしたのに、夕紀はすまなそうに顔を歪めた。 こういう顔見てると、抱きしめたくなる。 でもやっぱり俺は、今のこの関係が一番好きなんだ。壊したくない。 「何で謝るんだよぉ。気ぃ使ってくれて、うれしいよ」 そう言って俺は夕紀の家の門を開くと、その仲に夕紀を押し込むように入れる。 まだ心配そうな顔の夕紀。 俺は半ば無理矢理明るい笑顔を浮かべながら門を閉める。 「また、明日な!」 「直っ・・・」 捨て台詞のようにそう言うと、俺は我が家に向かって暗闇の中に飛び込んだ。 夕紀はまだ家の中に入る様子はない。 俺は帰ろうとしてるのに、意識で夕紀を追ってるんだ。 未練、だな・・・。 思わず苦笑いが零れた。 俺と夕紀はいつまでこのままでいられるのだろう・・・。 それが崩れる日は、それほど遠くないような予感がしていた。 |