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「また、明日な」 そう言って直哉は駈けて行ってしまった。 冬の訪れを感じさせるような、寒い秋の夜。 僕にはうるさいくらいに鳴いている鈴虫たちの声も届いていない。 彼のことが、すごい心配で。 傍から見れば元気そうに見えるかもしれないけれど、なんか今日の彼は無理してるみたいだ。 何を無理してるんだろう。 部活の疲れ? 悩み事? それとも、僕と一緒にいること? 考えたくないことだけど、ありえないことでもなくて・・・。 僕たちは昔から、すぐに壊れてしまいそうな関係だったから。 僕はしばらく直哉を見送っていた。 彼の姿が見えなくなった後も、しばらく玄関で止まったまま。 風が痛いくらいに冷たい。 「もうそんな季節なんだ・・・」 空を彩る秋の星座を見上げながら、僕は呟いた。 秋の夜空はけして華やかとは言えない。 今すぐにでも消えてしまいそうな、儚い光ばかりで・・・。 寂しいと切ないがごちゃ混ぜになった気持ちが押し寄せてきた。 僕と直哉が仲良くなってから、何年が経つのだろう。 数ヶ月前の夏休みで、ちょうど5年かな。 あの夏休みがなければ僕は直哉と仲良くなんてしてなかったかもしれない。 無関係な、子供同士のまま。 確かに家はそれほどはなれてないし親同士も仲は良いみたいだ。 でも、仲が良いからって子供同士が仲良くなるかなんてわかんないと思う。 だけどあの時母さんが直哉の家に声をかけてくれたから、僕たちは一緒にいることになるのかな。 ほんの些細なこと。 小学校五年生だったときの夏休み、僕は一緒に自由研究をする相手がいなかった。 もともと友人って少なかったし・・・。 なんとなく、苦手だったんだ、人付き合い。 それは今も変わらないけど。 でも僕がやりたいことは1人でやるには難しくて、そのことを母さんに相談した。 そうしたら登場したのが直哉。 彼は自由研究についてなんて何にも考えていなかったらしく、母さんがした僕の話には餌でも見つけたかのように飛び付いてきたらしい。 彼らしい。 少なくとも、彼は早めに宿題終わらせようとするタイプじゃない。 そんなこと考えもしないで遊びまわってるタイプだ。 だからもちろん、2人でやったとは言っても半分以上は僕がやったんだけど。 だけど直哉は行動派だから、僕には出来ないことをしたり、突拍子もないアイディアも出してくれた。 僕たちは口論を繰り広げながら・・・ホントに当然ながら大人げなく、小さな単純な事でもめたりして。 あの頃、すごい楽しかった。 楽しいって言うより、戸惑いの方が多かったけど。 人付き合いが苦手な僕は、あんまり積極的になれなくて、周りの人とも何にも話せない・・・。 なのに、直哉は対照的で、向こうからすごい話しかけてくれる。 戸惑ったけどうれしかった。 僕にとって彼は最初の友達なんだ。 あの時も今もちっとも変わってない。 多分このことを直哉は知らない。 彼から見れば僕は友達の1人で、僕にとっても自分が友達の中の1人と思ってるんかもしれない。 僕には直哉しかいないのに、多分そんなこと考えもしないんだろう。 その、時間にすれば一週間、会っていたのは1日3時間くらい。 でも僕にとってはすっごい、大切な時間。 人と話すのが楽しいなんて、あの時が初めてだったんだ。 だけど、夏休みだけだと思った。 もう会っても仲良くしてくれないと思い込んでた。 予想外、直哉はそれからも頻繁に話し掛けてくれて、そして今に至っている。 でも、直哉は気付いてないだろうけど、僕はいつも不安なんだ。 いつ彼に捨てられちゃうんじゃないかって、すごく不安で・・・。 直哉は友達も多いし皆とも仲良くしてる。 なんの取り柄のない僕なんて、彼には必要ないかもしれない。 僕は直哉のために何も出来ない。 喜んでもらえるようなこと、きっと一つも出来てない。 僕だけが一方通行で直哉にいろいろもらって、でも僕は何にも返せなくて・・・卑怯なのかもしれない。 僕が何にもしないで幸せにしてもらうなんて卑怯だ。 すごいずるいけど・・・でも、それでも僕は何も出来ない。 彼を望むことしか出来ない。 いつも側にいてくれて、僕に笑いかけてくれる直哉。 こんな幸せな時間、いつまで続いてくれるんだろう。 しばらく物思いにふけってから、ふと気付いた。 自分の首に巻きついている、暖かいもの。 「直哉のマフラー・・・」 さっき、直哉が巻いてくれたもの。 深い茶色をした純毛のふわふわしたマフラーで。 ブランド物みたいだ。 端の方に色々なところで見かけるロゴが縫い付けられている。 帰り道で寒そうにしていた僕を見かねて、巻き付けてくれたんだ。 直哉も寒かったかもしれないのに・・・。 すごいうれしくって、マフラーのおかげ以外にも暖かくなっちゃったっけ。 明日返そうかな。 そう思って「弥上」の表札の掲げられたドアをくぐる。 直哉もそろそろ暖かい家の中には入れたかな? そんなことを考えながら。 このマフラーを返すって理由で、明日も絶対直哉に会える。 うれしい。 そのうち訪れるかもしれない別れの日は、少なくとも明日じゃなさそうだ。 「ただいまぁ」 いい気分のせいか、弾んだ声で帰宅を告げた。 台所からする母さんの返事と、多分サンマだろう夕食の良い匂い。 ちょうど僕が階段の側にある電話を何気なく見たとき。 リリリーン、リリリーン 電話が鳴り出した。 みっともないことだけど、びくついてしまう。 母さんは食事の準備で手が話せそうにないし、父さんは会社だから、僕以外には誰もいない。 我が家は典型的な核家族と呼ばれるものだ。 それに僕には兄弟がいない。 仕方なく、苦手な電話の受話器に手を伸ばした。 けたたましいベルの音が止む。 「もしもし・・・?」 「あ、夕紀か?」 電話の向こうからする、低くて優しい、聞き覚えのある大人の声。 「上原先輩?」 僕はほとんど迷うこともなく、信頼している先輩の名前を呼ぶ。 上原宏樹先輩。 先輩といっても、小学校が同じだっただけで、それ以来一回も同じ時間同じ学校に通ったことがない。 先輩は僕よりも4つ上だから、私立のエスカレーター式の学校にでも行かない限り同じ学校に通うことは不可能なんだ。 何にも出来ない幼かった僕をいろいろと助けてくれた。 おそるおそる慕っても、嫌な顔一つせずに微笑んでくれた。 直哉と家族以外で、唯一心を許せる人。 「どうしたんですか?」 「ちょっと用事があってね」 「僕に、ですよね?」 先輩のことは、両親は名前を聞いたことがある程度にしか知らない。 それほど頻繁に会ってたわけではなくて、たまに学校や道ですれ違う程度の関係なんだ。 ただ時期は違っていても、先輩と僕の通っていた学校は偶然小中高ともに同じだったから、OBとしてたまに顔を出しているのを見かけた。 中学高校と、バレー一筋だったっけ。 でもスポーツマン的な、直哉みたいな熱さはなくって、冷静に物事を判断できるチームの要的存在だったらしい。 僕も何回か試合を覗かせてもらったから、そのことは知っている。 「あぁ。ちょっと久しぶりに掛川に行こうと思ってね。ちょっとお前に声をかけただけなんだが」 掛川って言うのは先輩の卒業校。それでもって僕と直哉の在学校でもある。 「そうなんですか、じゃあ会えますか?」 「もちろんだ。久しぶりにお前の顔が見たくなってな」 先輩は大学とバイト三昧の生活で忙しいはずなのに、僕のこと、覚えてくれている。 それがすごいうれしかった。 たとえ表向きの言葉だとしてもかまわない。 それでも先輩のことは信頼している。 「いつ頃ですか?」 「そうだな、来週辺りにでも」 「はい、分かりました、待ってますね」 この時ばかりは苦手な電話も嫌いじゃなくなる。 短いような長いような、でもやっぱり短い時間先輩と話して僕は受話器を置く。 業務連絡のようなことしか話してなかったけど、それだけで十分だ。 先輩と話すの、何ヶ月ぶりだったんだろう、すごい懐かしかった。 台所で母さんが僕を呼ぶ声がした。 どうやら夕食の準備が出来上がったらしい。 僕は幸せな余韻を感じながら、鞄を置くために二階へ上がっていった。 |