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そいつは、普段は俺が気にとめるようなヤツでもなかった。 教育実習生。つまり俺の嫌いな教師の卵。この時期になると毎年やってくる、鬱陶しいヤツら。変にやる気はあるくせに、生徒と教師に気を使い結局いつの間にか消えている。 アイツもそんなヤツの一人だった。だから俺は相手にする気もなかったんだ。なのに・・・。 「藤沢透眞です、えっと・・・何、話しましょう、何がいい?」 藤沢と名乗ったその教育実習生は、クラスに来て最初の挨拶の時からどこか抜けていた。 そんなコトして笑いを取ろうとしても無駄だ。そう考えている生徒が大半だっただろう。 それだけならば誰にも相手にされずに時間だけが過ぎていったのだろうが、この藤沢というオトコ、その容姿は日本人離れした美しさを感じさせる、いわゆる「美少年」だったのだ。「美青年」ではない。その姿は、制服さえ着れば、高校生の中に余裕で紛れ込んでしまうだろう幼さが感じられた。 世の中不思議なもので、取りあえず顔さえ良ければ何とかなってしまうものだ。特に女子を味方に付けられる。 藤沢のその容姿に好感を持った女子生徒達は口々に「可愛い」だの、「いい感じ」だのとざわつき始めた。2−C担任の教師が不機嫌そうにそのざわめきを押さえようと、話を進めていこうとする。教育実習生なんぞに任せてはおけないと判断したのだろう。 「えっと、藤沢先生は数学の担当でしたね?」 「あ、はい、そうらしいですね」 にこにこの笑顔で答えた藤沢に対して、担任はあからさまにしかめっ面をする。多分担任教師にはこの若い教育実習生が異生物にでも見えているのだろう。 「そうらしいって・・・。まぁ、ちょうど一時間目が数学です、しっかりやって下さいね。」 「え、そうなんですか?」 ギャグではない、藤沢は至って真面目にぼけているのだ。今の話している相手はいかにも体育会系の体格のいい教師で、木刀片手にばりばり生徒指導に日々励んでいるようなタイプだ。冗談の通じるような相手ではないことは一目瞭然だろう。 「すいません、まだ時間割が頭の中に入ってなくて・・・」 「あんたそんなことでは・・・」 担任が藤沢に説教をし始めようとする。このタイプはたいてい説教をすることが生き甲斐なのだ。 だが、タイミングが悪かった。 「あ、でも、倉田先生のは覚えましたよ」 「あぁ?」 「次の授業は外で行うんですよね、急がないでいいんですか、チャイム鳴っちゃいますよ?」 しばらくの沈黙の後。藤沢の言葉を確かめようとあわてて時計を見た教師倉田は、その時間に驚いた。一時限目が始まるまで、もう間もない。 倉田は軽く舌を鳴らすと不機嫌そうに藤沢を見た。もちろん、この天然オトコはそんなことでは動じるはずもないが。 「そうですな、ご忠告どうも。しっかりと授業やって下さいよ!」 捨て台詞のようにそう言うと、倉田は教室のドアを大きな音を立て締めて、 まるで昔で言う不良のような態度で出ていった。 しばらくぼんやりとしていた藤沢と生徒達だったが、しばらくすると教室のどこからともなく笑い声が聞こえてきた。そしてそれは教室全体に広がっていく。 「やるじゃん、藤沢〜!」 「先生可愛いっ」 罵声とも誉め言葉ともつかぬ声が発せられる。 さて、そんな生徒達の反応に藤沢はどんな態度を見せたのだろう? 言うまでもなく、彼はまた何を考えているのか分からないような笑顔で笑っていた。 そんなこんなで、いつの間にかこの藤沢という教育実習生は、生徒達と馴染んでいたのだった。 そしていつの間にか一時限目は始まり、そして終わっていた。もちろんまともな授業などこれっぽっちもしていない。一応は認められた藤沢は手荒い歓迎とも言うべき質問攻めにあい、それに丁寧に答えていたら授業が終わってしまったのだ。 さすがの藤沢も少しまずいかなと思ってはいた。だからといってどうするつもりもない。過ぎたことにはこだわらない、それが彼のポリシーなのかもしれない。 そんなこんなで1日の授業が終わった。倉田の仕返しなのか、それとも本人が忘れていたのか、帰りのSHRに藤沢の姿はない。いつもの調子で倉田がさっさとSHRを終わらせると、生徒達は蜘蛛の子を散らしたように部活や帰路などそれぞれの行くべき場所へと戻っていった。 生徒が居なくなると、騒がしい教室も一転して静かになる。そんな中に藤沢は一人いた。倉田にいろいろと雑用を任されたらしい。教卓について、何かのプリントや提出物をまとめている。 ガラガラ・・・。 不意に前のドアが開いた。 其処には背の高い、一人の少年が立っている。少年とは言っても、藤沢とは逆に大人びているようにも見えた。その鋭い目つきにはさすがの藤沢も多少戸惑う・・・ 「なに? なんかよう?」 ・・・ワケがなかった。 いつもの笑顔で無邪気に答える。意外と器用に、手では今までの作業を続けていた。 そのすぐ後どうやら作業が終了したのか、プリント類をまとめて立ち上がる。 見ると先ほどの少年はまだドアのところに立っている。 「何か用事でもあるの? そんなとこ居ないで入りなよ」 「・・・あんた、誰?」 ようやく少年は口を開いた。その声は殺気めいてはいないものの、かなり低い。 「ん? このクラスに来た教育実習生。知らない? キミ、他のクラスかなんか・・・」 「俺、このクラスの生徒だけど」 「あれ、じゃあ・・・?」 どうしてボクのことを知らないの?と、藤村は不思議そうな顔をする。 実はこの少年 朝居なかったのだから、藤沢のことを知らなくても仕方がない。でも、そんなことは説明されてみないと分からないものだ。あいにくと樹にはそのことを説明する気などまるでなかった。 「えっと・・・あの、キミ、名前は? あ、僕は藤沢透眞」 「・・・・・」 「あの・・・聞いてる? 名前は?」 「お前になんの関係がある?」 そう冷たく言い放つと同時に樹は教室の中に入り、窓際の後ろから3番目の机の中をあさる。もちろん、コレは樹の机だ。他人の机をあさっているわけではない。 「関係って・・・」 「関係ないだろ」 今日一日中、ずっと張り付いていたような笑顔が不意に消える。夕陽に赤く照らし出されたその顔は、どこか寂しそうだ。 「関係ないって、何で・・・」 だがそんな藤沢の様子には目もくれず樹は教室を出ようとする。ただ忘れ物を取りに来ただけなのに、こんな訳の分からないオトコに絡まれてはたはた迷惑しているのだ。 「まって!」 「なんだよっ」 「名前聞くまで、離さないっ」 「あぁ?」 突然藤沢は立ち上がると、教室を出ていこうとしていた樹の腕を掴む。せっかくまとめたプリントが散らばっていくが、そんなことにはお構いなしだ。 実習生の思わぬ態度に樹は多少驚いた。が、しかし、すぐにその表情は不機嫌なものへと変わっていく。 「・・・バカ言ってんじゃねぇよ」 一段とその声の低さが増した。 はっきり言ってこんなオトコと関わり合いになどなりたくないのだ。 樹は心の中でぼやく。 教師はするべきコトを静かにしていればいい。変に熱血なヤツほど扱いがやっかいなのだ。ちょうどコイツのように。 「離せよ」 「いやだ。」 嫌気が差す。 大人なんて信用するつもりはない。教師だって同じだ。 お前らは静かにしていればいい。今更何をしても遅いんだ。 「いい加減に・・・しろ!」 そう言って樹はその腕にしがみついて離れない鬱陶しいものを振り払った。 ガタガタ・・・・ッ! 勢い余って藤沢の体は大きく転倒した。 整然と並べられた机の中に転げ込む。 樹は別に動揺することもなく、平然とその様子を傍観していた。 倒れ込んだ藤沢は顔を歪めている。どうやら身体を強く打ったらしい。怪我と言うほどの怪我でもないが、しばらくの間動くのも辛そうだった。 さすがの樹も多少まずいと思ったのだろうか、無視して帰ろうとはしなかった。 しばらくして藤沢は顔を上げた。 そしてその目で戸惑っている樹の姿を確認すると、意外なことに、笑顔を向けた。 「・・・力、強いね」 何を企んでいるというわけでもなく、無垢な微笑み。 どう反応を示して良いか分からない樹を後目に、藤沢は話を続ける。 「僕これでも学生の頃はケンカ強かったんだよ〜、・・・でも多分今のキミは方が強いかな?」 「ったりめーだ」 そうきつい口調でいったものの、もう完全に毒気は抜かれてしまっていた。 何で文句を言わないんだろう? そう不思議に思う。逆らう生徒に対しては力尽くで言うことを聞かせ、少しでも危害を加えられたら速攻で停学処分などの職務乱用に近いことをやってくる。もしくはこっちがしてくる何に対しても無関心であるか。それが教師だと思っていた。少なくとも今までは。 なのに、コイツはなんなんだ? 「なんでかな・・・なんで・・・」 呟くように言った藤沢の笑顔に不意に影が差す。さっき樹に「関係ないだろ」と言われたときと同じような顔。 「なんで? 僕のこと嫌い?」 「なに言って・・・まだ好きとか嫌いとか、そういうのですらねぇよ」 ついさっきまで見ず知らずの他人だったのだ。 嫌いになるようなことも好きになるようなことも何もなかった。ただ、敢えて言えば樹は教師というもの全般が嫌いだったのだ。それだけのことだ。 藤沢だって樹の様子を見ればそのぐらい察することが出来るのではないか。 だがそんなことは考えずに、藤沢はあからさまに「傷ついた」という表情をしている。 今度は泣き落としかというと、そうではない。藤沢は多分、変なところで純粋すぎるのだろう。本当に「傷ついた」のだ。 さすがに悪いと思ったのか、嫌々ながらも手をさしのべた。 藤沢はしばらく驚いた顔で樹のことを見ていたが、樹の少し照れたような顔を見ると、現状を理解できたのであろう、また笑顔が舞い戻った。 そして樹の手を掴む。 「名前、聞いてもいい?」 そう言って樹の手に掴まりながら立ち上がる。 「またそれかよ・・・」 あきれた顔で言う樹だが相手の熱意に押されたのだろうか、かったるそうに、だけどはっきりと言った。 「梶村」 「・・・梶村・・・っていうんだ、うん、覚えた」 立ち上がった藤沢は自分より一回りも大きい樹を見上げて微笑む。 凝視された樹は少し照れくさそうだ。 「じゃあな、俺は行くからなっ」 何となく気まずくなったのだろうか、そう言うと樹は藤沢に背を向ける。 手で持っていたカバンを肩に掛けると、教室の後ろのドアを開けて出ていこうとした。 が、ドアを開けかけた手が一瞬止まる。 藤沢を振り返ると、初めて笑顔で一言言った。 「・・・そうだな、嫌いじゃないぜ。変わったヤツだとは思うけど。」 教室の中は夕焼けの色に染まっている。 夕陽がまぶしい校庭の中で活動しているサッカー部の生徒達を眺めながら、藤沢は微笑む。 今まで学校では見せたことの無いような、大人びた笑み。 藤沢は小さく一息付くと、床に散乱したプリント類を集めて静かに教室から出ていった。 もう、誰もいなくなった教室。 今までの余韻すら残さずに、ひたすら静寂を保っている。 夕陽は、いつの間にか立ち並ぶ住宅街の中へと隠れてしまっていた。 |