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あの後、樹はろくに藤沢とは話すことが出来なかった。 樹が完全に藤沢を避けていた所為だ。 藤沢はいつもの調子で樹にに話しかけていたけれど、樹はは藤沢の顔を直視できなかった。 あの日本人離れした顔を見ると、どうしても鼓動が高まる。苦しくなる。 なんでなんだ、この感じ と、樹が訳の分からない想いに揺れていたとき。 藤沢の様子は今までと全く変わらないモノだった。 あのキスのことなどなんでもないように、それどころか何もなかったように、樹に接してきていた。 もちろん数日経った今でも混乱したままの樹は、それに対してろくな応対もできないのだが。 そんなすれ違いの生活をしていても、例えそれがどんな長い時間に感じられても、時の流れは結局速い。 いつの間にか、藤沢達教習生の実習期間は終わってしまった。 樹は空虚感を感じていた。 学校が面白くない。 もちろん今まで楽しいと思ったことはないが、ここまで退屈で刺激も何もないモノだと感じたことはなかった。 しかし、今は辺り一面に虚しさの漂っているくだらない空間にしか思えないのだ。 原因は、分かっている。 樹は認めたくないだろうが、これは間違いなく藤沢がいなくなった所為なのだ。 彼のその存在感は、その他大勢から見ればふわふわとしたようなモノだっただろう。 しかし樹にとってはこの上なく刺激的な人間だった。 彼に対して平常心を保っていられないほどの。 生憎と樹は気付いていない。 だが間違いなく今の彼の状態は恋する男そのものだったのだ。 コレで相手が女性であればこの気持ちが恋であると気付いたのだろうが藤沢は正真正銘男性である。 その所為で樹は自分の気持ちがなんなのか、分からなかったのだ。 変な苛立ち、狼狽、苦しいくらいの鼓動。 それの意味するモノに、彼はまだ気付いていない。 あまりに退屈な学校生活を、樹は飛び出した。 最近はあんまり学校そのものにも行っていない。 今まではとりあえず、少なくとも一時間は出席する程度はしていたのに。 今日も制服のまま、街へ繰り出していた。 制服でいるのは、母親の目を誤魔化すためだ。 きちんと制服を着て、カバンも持って朝出かける息子の行き先は学校だと信じて疑わないだろう。 そんなわけで親は何も注意するはずがない。 思う存分昼と夜の街で遊び回る樹。 だが、いつしかそんなコトにも飽きていた。 満たされない。 此処にも、空虚さだけが満ちている。 いい加減こんなコトにも飽きて帰ろうとしたときだった。 どん・・・っと、何かが樹の身体にぶつかってきた。 見上げると、其処にいるのはいかにもと言った感じの人相の悪い男の三人組。 そしてかかってくるのも、もちろんお決まりのこの言葉。 「どこに目ぇつけてるんだよ、この野郎。」 どうしてこの類の生き物はバカの一つ覚えのように同じことしかできないのだろう。 どこに目を付けているのかって、それはこことここだ。そんなの顔を見れば分かるだろう? そう考えている樹だが、もちろんそんなことを口にはしない。 そうすれば間違いなく更に自分に分が悪くなるからだ。 こういうコトには多少慣れているものの、相手が3人も居るんだから普通に考えても勝ち目はないのだ。 「すんません・・・」 そう小さい声で呟くように言って、樹はさっさとその場を立ち去ろうとする。 此処は人気がなさ過ぎる。 アイツらがどんな行動に出るか分からない。 逃げるように立ち去ろうとする樹だが、三人の中の、特にがたいのいい男に肩を掴まれ、あっけなく逃亡計画は阻止されてしまった。 「まてよ。人にぶつかって、それだけか?」 そんなマニュアル道理のことしか言わない奴等に樹は嫌気が差す。 つい理性で押さえてたハズの本心が口から漏れてしまった。 「だったら何だよ、金か? そんなにほしけりゃ銀行強盗でもしてみろよ」 「・・・なんだとぉ?」 明らかに相手の顔色が変わる。 まずいと思う樹だが、いったん動き出した口はなかなか止まってくれない。 「まぁ、出来ねぇからこんなみみっちぃことしてんだよな。大事する勇気もねぇ弱虫の集団が!」 気付いたときには、がたいのいい男の右ストレートを食らって壁に激突していた。 口の中が鉄くさい味でいっぱいになる。どうやらどこかを切ったらしい。 今のショックで多少頭がふらふらした。 しかしそれは衝撃からなのか、それとも怒りからなのか。 「・・・ざけんなぁっ!」 樹は無謀にも関わらず男達に殴ってかかる。 理性など、どこかへ吹き飛んでしまった。 もちろん真っ正面から突っ込んで勝てる相手ではない。 樹の拳は楽々とかわされてしまった。 だが、それも計算のウチ。 あっさり避けて気を抜いている筋肉質なその身体に、後ろから肘打ちを食らわせた。 さすがに不意打ちを食らった男は、バランスを崩す。 残りの二人の男も呆気にとられた。 樹はそれほど逞しい体つきではなく、どちらかと言えば細身だ。 しかしケンカは異様なほどまでに強かった。 高校で自分に喧嘩を売ってくる奴なんていない。 一瞬呆気にとられていた白に近い金髪の男とサングラスの男の攻撃も、難なく避けて、ついでに金髪の腹に一発入れる。 男の咳き込む音だけが響きわたる。 日も沈みかけて薄暗い街は、不思議なほど人が通らない。 まるでスラム街みたいだ。 そうふと思った樹の後ろから倒れていたがたいのいい男の拳が飛ぶ。 樹はそれをぎりぎりで避けた・・・ハズだったが、その避けた身体はサングラスの腕に羽交い締めにされた。 今更ながら、うかつだった。 やはり一人で数人を相手にするのは難しい。 やや諦めの入った気持ちで樹は抵抗を止める。 薄汚い笑みを浮かべる男達。 「ずいぶんと調子にのってくれたようだが・・・覚悟して貰おうか」 やっぱりこういうのの結末はこうなる運命なのか? 樹は自嘲するように思った。 どうせなら、お約束通りにここら辺で正義のヒーローにでも出てきてもらって奴らを追い払って貰いたいもんだ。 その時。 「May I help you?」 ”そこまでだ!”や”ちょっと待った!”ではなく、飛んできたのは英語だった。 一斉にその声の方へ振り向く男達と樹。 其処にいたのは短い茶色の髪でサングラスをした男と、同じくサングラスをしている茶髪よりも頭一つ分近く小柄な金髪の男だった。 どうやら声をかけたのは茶髪の方のようで、目は見えないが愛想の良さそうな笑みを浮かべている。 「Sorry,I・・・」 男達にお構いなしに茶髪の男は話し続ける。 もちろん樹には何を言っているのかサッパリ分からないのだが。 ただその発音から、多分彼は英語を母国語とする人間であろうことが想像できた。 「何だよ、にぃちゃん達、邪魔だからどっか行ってくれないかぁ?」 思わぬ展開にぼんやりしていた男達だが、謎の来訪者に罵声を振りかける。 しかし。 その声を合図のように、茶髪は筋肉、金髪は彼よりも下品な色の金髪の男へと殴りかかる。 呆気にとられるサングラスと樹。 特に小柄な金髪の男はその体格に似合わず、自分よりも背の高い金髪男を追いつめていった。 この外人達に押されていく二人。 呆気にとられたのか、俺を羽交い締めにしていた腕の力が緩まっていく。 タイミングを狙って、樹はその男に頭突きを食らわせる。 ようやく解放された樹は、今までのお返しにか極上のパンチを食らわせてやった。 分が悪いと思ったのだろう。 樹を捕まえていた男も含めた三人は、「覚えてろよ!」と、どこまでもお約束なコトを行って逃げて出した。 そのふらつきながら逃げていく影達に樹は馬鹿らしさと情けなさを感じた。 あんな奴等に勝てなかったとは、情けない。 樹は外人の二人に構うこともなく足早に帰ろうとする。 しかし、小柄な方が声を掛けた。 何かを言っているようだが、英語のため樹にはちっとも分からない。 彼は特に英語が苦手なのだ。 とにかく一応助けて貰った相手だから、あまり邪険には出来ない。 振り向く樹。 側に寄ってきた小柄な金髪の男は一言呟く。 「You hart your lip・・・」 そう言うと、男は樹の唇に口づけをした。 「んぅ・・・!?」 突然のことで、突き放すことも出来ずに呆然とする樹。 目の前にあるサングラス越しのその瞳は真っ直ぐにこっちを見ている。 瞳の色は良く分からないが、見覚えのあるその眼差し。 そして柔らかいこの唇の感触は・・・。 「藤、沢・・・?」 月の光が、相変わらず人のいない裏道を照らす。 男の細い金髪が、その光を反射して白金色に輝いていた。 |