◆◇From Lip to KISS  NO.4◇◆

「お前、藤沢・・・?」
 それとも、姿形のよく似たただの別人か。
 藤沢の髪は少し青みがかったような黒だったし、間違いなく日本人だったはずだ。
 しかし今樹の目の前にいる男はどう見たって外国人だ。
 でも。
 さっきまでの、あの唇の感触。
 忘れるわけもないあの感触は、間違いなく、あのときと同じモノのはず。
 混乱している樹を余所に、二人の男はなにやら小声で話し合っている。
 茶髪の男が藤沢に良く似た男に何かを聞いている雰囲気だ。
 少し微笑みながら。
 樹は無性に腹が立った。
 目の前にいる、この謎の二人に。
 本当は危ないところを助けて貰って感謝してもいいくらいなのに、樹はこの男達、特に金髪の方に、訳の分からない苛立ちを感じた。
   誰だよ・・・っ」
 その低い声に、何かを話していた二人が振り向く。
 しかし樹の鋭い視線が捉えているのは一人だけ。
「お前、誰だっ!?」
 そう叫ぶと同時に手を伸ばしたかと思うと、樹は金髪の男を押さえつけ、サングラスをはぎ取っていた。
 そして、思わず息をのむ。
 やや灰色がかったブルーの瞳。
 月光に照らし出されるその容貌はあまりに美しい。
 だが、間違いなく。
 間違いなくその顔は藤沢だった。
 突然の樹の行動に驚く茶髪と呆然とする金髪。
 そして驚いたその金髪の青年が声を発したとき。
「梶村・・・?」
 これでもかという衝撃をくらって、樹の思考は完全にショートしてしまった。

「・・・なんで、お前、そんなんなっちゃってるわけ?」
 しばらく茫然自失だった樹だが、ようやく頭が再起動し始めたようだ。
 相手は間違いなく藤村だと確信し、その姿をまじまじと見つめる。
 寒色系の色で統一された服装と、何よりも目を引くその髪と瞳。
「そんなん・・・って?」
「その髪と目だ、何でそんな色・・・染めたのかよ、それにその目の色ってカラーコンタクト? 何なんだよ、なにがあったんだ!?」
 頭に浮かぶ数々の疑問を樹がぶつける。
 その勢いに押されて、金髪の藤沢はたじろいだ。
「何がどーなってんだよっ!」
 更に詰め寄る樹。
 藤沢の後ろは壁、両脇には樹の日に焼けた腕、そして目の前には迫ってくる樹の身体。
 逃げ出すことは出来ない。
 ただ、藤沢が口を開かないのは恐怖や後ろめたさからではなく、樹に圧倒された所為であるが。
 しばらく見つめ合っていた二人だが、ようやく藤沢が口を開いた。
「落ち着いて、ちょっと、梶村」
「落ち着けって・・・」
「ちゃんと説明するから、逃げないから、ね?」
 なだめられるようにそう言われ、ようやく樹は藤沢の両脇にあった腕をどかした。
 小さく安堵の溜息をつく藤沢。
「で?」
 早くこのわけの分からない事態に終止符を打とうと、樹はせっかちに聞き出そうとする。
「だから・・・あの、ごめん、Jack、今日は無理みたい」
 藤沢がそう声を掛けたのは側で黙って事態を見ていた茶髪の男だった。
 どうやら彼は間違いなく異国の地の人間らしい。
 また二人は樹には分からない言葉で会話を始める。
 流れからいって、どこかへ行くはずだった予定をキャンセルしているようだ。
 途中で口をはさむわけにもいかず、樹は黙っているしかない。
 流れるような英語で話す二人の間には、無理矢理入っていくのは無理そうだ。
 さっきのような謎の苛つきが、また微かに現れ出す。
 だがそれが表に出る前に二人の会話は終わったようだ。
 Jackと呼ばれた男は渋々と帰っていく。
 しばらく見送っていた藤沢だが、樹の方を振り返った。
「そうだなぁ、とりあえず、ウチにおいでよ」
 突然の誘いに驚く樹。
 別にそれほど下心はないが、鼓動が荒くなる。
「どうしてっ」
「だって、こんな所じゃ・・・」
 そう言って辺りを見回す藤沢。
 確かに人気のない裏道では、込み入った話をするのには向いていないのかもしれない。
 それか、向きすぎているのかもしれない。
「それに、ほら、その怪我なんとかしないと・・・大丈夫?」
 そう藤沢に声を掛けられ、ようやく樹は自分のしている怪我のことを思い出す。
 さっき殴られた頬は、赤く腫れ、鈍い痛みを伴っている。
 そう言えば、口の中も切っていたような気がする。
 もっとも、それ以上のショックでその痛みなど忘れていたのだが。
 樹はその腫れた頬に軽く手を当てた。
「・・・分かった」
 小さくそう言う。
 それを聞いて藤沢は微笑むと大通りの方へ進み出す。
 追いかける樹。
 樹はすぐに追いつき、二人は横に並んで歩き出した。

「何か、声違うな」
「ん?」
 不意に掛けられた言葉に不思議そうな顔をする藤沢。
 青い目で金髪だが、その年からみるとどう考えても幼い表情は変わらない。
 樹は前を向いたまま続ける。
「さっきのヤツと英語話してるとき。何か、違うヤツみたいだった」
 しばらくの沈黙が二人を包む。
 何かを感じたのか、藤沢は樹の顔をのぞき込んだ。
「なに、怒ってるの?」
「別にっ」
 二人は黙って歩き続けた。

 その容貌は激しく変化したものの、中身は実習生をしていた頃と全く変わっていない。
 しかし、ふだんと変わらないように見える樹の心の中は、次第に形を変え始めていた。
 自分の苛立ちの理由。
 それをおぼろげながら自覚し始めたのだ。
 二人は黙々と藤沢の家へと向かっている。
 その間、着実に樹の感情は変化を遂げていた。
 

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