◆◇宿泊研修 NO,1◇◆

 違う。緊張なんかしていない。ドキドキなんかしていない。
 断じて違うんだ、これは、ただ暑いからで、絶対にあいつの所為じゃ・・・。

 今日は待ちに待った・・・わけではないが、高校に入って最初の大イベント、二泊三日の宿泊研修だ。俺、笹原彰人は7月の蓼科にきている。
 さすがは金持ちな私立の高校なだけあって、旅館は、旅館と言うよりはホテルと言った方が良いような豪勢なものだ。部屋だって2人一部屋と、かなり広々と使えることになっている。窓からの景色も良いし、何と言っても和風造りの部屋はとてもきれいだ。
 其処までは良い。
 其処までは、何にも問題はないんだ、だけど・・・。
 俺と同室なのは高葉大輔。バスケ部の、一年生の中で唯一レギュラーに選ばれたらしい、完全なスポーツマンタイプ。かと思いきや、勉強だってなかなかのもので、クラス内ではもちろん、学年内でも上位に食い込んでいる。それだけじゃない。その容姿だって、なかなかのものだ。
 なんで神様は一人の人間にこれだけのものを与えるのだろうと思うほど、こいつは何でも出来る奴で、俺なんかがかなうわけもない大人な奴で・・・。
 多少俺も、嫉妬していたのかもしれない。俺なんか身長だってそれほどないし、顔だって十人並みなものだ。運動が多少人より出来るだけで、勉強なんてからきし駄目だ。
 そのせいか俺はあいつには憧れとも嫉妬ともつかない、妙な気持ちを持っていた。
 そんな奴と二人部屋。
 もちろんいい気分なんかするわけもなく、俺はなんか今回の旅行が憂鬱だったのだ。

 重い気分で部屋の戸を開け、荷物を整理し始めた。
 移動中のバスの中で出たゴミや使ったものを、ろくに片づけないで詰め込んでしまったため、リュックサックの中はすごいことになっている。
 そのゴミを捨て、中身をある程度整理すると、今度はスポーツバックへと手を伸ばす。中から目覚し時計を取り出し、ドライヤーや歯ブラシは洗面所に置き、タオルをかける。そして明日着る予定の服をハンガーにかけた。
 人からも良く言われるが、俺は几帳面な方だと思う。自分のことは自分でやることがもう癖になってしまっているのだ。しかも、なぜか細かいことまで気を配ってしまう。
 俺は、あまり男らしいとは言えないこの性格があまり好きではない。
「見ろよ、彰人。むちゃくちゃ景色いいぜ、山も良く見えるし・・・」
 不意にあいつが声をかけてくる。
 窓を全開にして、子供みたいな顔をしてはしゃいでる。高葉の荷物は放りなげられたのか、長机の横で転んでいる。さっき脱いだらしい上着もくしゃくしゃになっていた。
 大人っぽく見えるだけで、意外とこいつってこういう奴なのか?
 ・・・ってぇ、今何て言った?
 『彰人』って言わなかったか?
 俺達は部活も一緒じゃないし、席だって近くないし、そんなに話したこともないのに。
 なれなれしい奴。でも、思ってたよりは親しみやすい奴なのかもしれない。俺、こいつのことなんでも出来るスーパーマンみたいな奴だと思ってたから・・・。
「どうしたんだ、ボーッとして」
「別にっ。・・・それよりなんだよ、彰人って。俺いつお前とそんなに親しくなったっけ?」
 今の俺、ちょっと変かもしれない。
 別に何がむかつくってワケでもないのに喧嘩腰で。何かあいつには反抗したくなるんだ。何か、やなんだ・・・。
「あぁ? お前そんなことにこだわんの、変じゃない?」
 なのにあいつは笑顔で返す。余裕ってやつか?
「変で悪かったな」
「別に悪いなんて言ってないじゃんか。なに怒ってるんだよ」
「怒ってなんか!」
 ・・・怒ってるじゃんか。なんでこんなに腹が立ってるんだろう。何にこんなに腹が立ってるんだろう。すごい嫌だ。こういうのって、すごい、嫌だ。
 俺は下を向いて黙り込んでしまった。あいつが窓辺に立ったままこっちをまっすぐに見てるから、余計に顔を上げられない。目をあわせられない。
「彰人ぉ、俺のこと嫌いか?」
         
 やけにゆっくりした口調と妙な視線で言う高葉。
 ・・・展開が変な気がする。これってどこか違うんじゃないか?
 何も言わない俺の態度を『YES』と受け取ったのだろうか、高葉は俺の方に近づいて来る。
 って何で近づいてくるんだよ?
 何考えてるんだ、こいつは     
 無表情のまま動揺している俺の肩に高葉の手が、触れる。
「同室なんだし、仲良くしようぜ? な、彰人・・・」
 俺の肩に腕を回したまま耳元でしゃべってるから、あいつがしゃべるたびに、首筋に吐息がかかる。
 くすぐったいのにぞくぞくして、すごい変な感じだ。
 さっきから、俺も変かもしれないけど、あいつもなんか変だ。
 俺が返事をするまで離す気がないのだろうか、あいつは俺の肩越しにこっちを見つめてくる。
 身体が熱くなる。緊張しているのか、何なのか、鼓動が早くなる。
「分かったから! 」
 この鼓動や緊張が高葉に伝わってしまいそうで、俺はその腕を振り払った。
 俺の反応に驚いたのか、高葉は呆然としている。
 そんな高葉を後目に俺は部屋を飛び出した。
 ちょっとどうかしてしまった頭を冷やすため、という自分に対する口実で。
 ほんとは、もうあいつと一緒にいられなかったからだ。あいつと一緒にいたら俺、どうなっちまうか分からない。
 信じられない。
 認めたくない。
 俺だって男のくせに・・・男が、あいつが恐かった      


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