◆◇宿泊研修 NO,2◇◆

 駄目だ、止まらない。
 この妙な鼓動が、いつまでたっても止まってくれない。
 どうなってんだよ、俺の身体はぁ・・・。

 高葉は、あれから会っていない。
 会ってないんじゃなくって・・・あえないんだ、恐くて。
 あいつといると、俺は変になってしまう。妙に喧嘩腰で、異様に緊張して、どうしていいか分からなくなって・・・。
 今迄こんなことなかったのに。高葉とも、もちろん他の奴とも、こんなこと一度もなかったのに。
 初めてなんだよ、こんな気持ちって。手の付けようがないんだよ。
 あれから、部屋に帰るに帰れなくて、部の友達やクラスメイトと土産物を見たり、外に出てみたりしている。でも気持ちはまったくの上の空。頭の中から高葉のあの余裕ありげな顔が消えない。
「彰人、お前調子悪いのか?」
「あ・・・え?」
 俺がいつもと違う事は、傍から見てもすぐ分かるほどだったらしい。
 さっきホテルのフロアであったばかりの坂口が、心配そうにこっちを見ている。
「あ、あぁ、ちょっと車酔い・・・」
 ちょうど頭に浮かびあがった言い訳を口にする。
「車酔い? ま、山道は曲がり道ばっかで酔ってもしょうがねぇよな」
 坂口が心配そうな表情をする。
 少しの罪悪感。
 坂口は結構お人好しだから、人の言う事はすぐに信じてしまう。まぁ、そうじゃなくても、今の俺の態度じゃ調子悪いと思われても仕方ないけど。
「俺そろそろ部屋に帰るけど・・・お前は?」
「・・・そうだな・・・」
 部屋には帰りたくない。だって部屋にはあいつがいる。もし今いないとしても、すぐ帰ってくるだろう。
「お、お前の部屋、行っちゃ駄目か?」
「ん?いいけど、お前車酔いは?」
「大した事ねぇって」
 部屋に帰る気はないけれど、いい加減こんなところを目的もなくうろつく事にも飽きた。うろついてたって何にもなりゃしないんだし。
 俺の勢いに押されてか、坂口は快く俺を部屋に連れていってくれた。
 坂口の部屋は四階の奥。ちなみに俺と、あいつの部屋は五階の奥で、ちょうどこいつの部屋の真上にあたる。
 一階のフロアから、四階まで階段を上っていく。エレベーターもあるが、今はちょうど最上階の七階にいるらしい。一回降りて、また戻ってくるのを待っているのなんか馬鹿らしいと、坂口は階段を選んだ。別に三階や四階なんて、上っていってそれほど疲れる距離でもないし、大した事はない。
 逆に少しでも時間がかかった方がいいんだ。出来るだけあいつと二人でいる事を避けたい。一緒にいる事を避けたい。
 何がそんなに嫌なのかと自分でも思うけれど、駄目なんだ。
 どうしても、あいつといると平常心を保てなくて。

 おぼつかない足取りで四階まで上ると、一番奥にある坂口の部屋に向かう。
 部屋の前では非常階段の標識が点滅していた。電球変えた方がいいんじゃないのか、と言っている坂口の声も、どこか遠くから響いているようだ。
「お前ほんとに休んだ方がいいんじゃねぇの?」
「大丈夫だよ・・・」
 大丈夫じゃない事は、自分が一番知っている。
 だからってこんなの、休んだって何したって直るもんじゃないんだよ。
 俺は無理に話を変える。
「あれ、お前の同室、誰だっけ」
 そんなことに興味はないけど。
「山下だよ。ほら、バスケ部の」
「あぁ・・・」
 また、上の空で返事をする。
 俺達はいつのまにか部屋のドアの前に立っていた。
 坂口がドアを開ける。
 俺達の部屋と、良く似た造りだ。壁にかかっている絵とか、飾ってある花とかが微妙に違うけど・・・。
 部屋の中を見回した後、奥の部屋に目をむける。
 奥から誰かの話し声がする。
 山下と、あと・・・。
「あれ、彰人じゃん」
 さっきから耳に付いて離れない、この声は。
 奥の部屋から無邪気な笑顔で高葉が顔を出した。
「笹原か。あれ、大輔と笹原って同室?」
「あぁ、ちょうどここの真上」
 楽しそうに会話を交わしている高葉と山下。
 確かに二人はバスケ部員だし、クラスでも仲のいい方だ。此処にいたっておかしくない。
 そんな事、考えられない事じゃないのに。
 でも、想像もしてなかった。
「どうしたんだ、はいんねぇの?」
 もうスリッパを脱いで中でくつろいでいる坂口がのんきな声で言う。
 逃げ出したい・・・今すぐ、ここから逃げ出したい!
 動かない俺を、坂口が、山下が、・・・そしてあいつが不思議そうな目で見てる。
「あの、俺、やっぱ帰るよ。調子悪いみたいだから・・・」
 苦し紛れの言い訳。
 俺はまだ自分で墓穴を掘った事に気が付いていない。
 でも体はすでに外側を向き、帰ろうとしている。
 帰るって、もちろん俺達の部屋にだ。
 俺、達、の・・・?
「心配だから俺も帰るよ、じゃな、正樹」
 山下に別れを告げ、高葉がこっちへくる。
「い、いいって。悪いから・・・」
「病人ほっとけるかよ、どうせ特に用事もないんだし」
「大した事ないからっ」
「遠慮するなって」
「遠慮なんか・・・」
 もう、これ以上言い訳が見つからない。
 それに断れば断るほど向こうに疑いを持たせてしまう。
 どうしたらいいんだろう     

結局成す術もないまま、俺と高葉は坂口と山下の二人に見送られて部屋へと帰っていった。

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