10/31
「ステキな鍋物とその歴史」
今日も引き続き、学園祭でおでん屋をやっています。
自慢じゃありませんが、このおでんが本当においしい。
下作りに時間がかかるからトラブルも多く発生しているわけで、
しかしその分、これを200円で売るってのはちょいと勿体ないんじゃ
ないかというぐらい旨いのです。旨死会に報告したいくらい。
大根もタマゴも、よーくダシの味が染み込んでいて………と、
こういう鍋物ををしている時いつも思うのですが、材料を一緒くたに煮て、
それらからしみ出た味の組み合わせを楽しむ「鍋」というのは、
もしかしたら料理の最高峰ではないかと。
もとのダシに、昆布とか鳥ガラとか使うことはありますけど、
それ以降はまあ野菜とかお肉とかを入れて、そのものの持っている旨味を
お湯に溶け込ませる。そして汁の味を野菜とかお肉に染み込ませて食べる。
具がなくなったら、その汁にゴハンや麺などを入れて、スープまで全部飲む。
なんとムダがなく、それでいて合理的かつ自然な料理でしょう。
なによりラクだし。冬場に大人数でワイワイ集まって夜通ししゃべくったりするには
鍋が一番です。だから探賢会でも鍋メインなのでしょう。
●
で、鍋料理ってのはどんなもんなんであろうと思って、ちょっと調べてみたら、
その奥の深さにはァーと感心いたしました。なるほど身分差別の問題にまで
踏み込んでくる料理なのですね。(参照:全日本鍋物研究会、等)
●
鍋物のことを調べるときにキッカケにしたのがその歴史なのですが、
歴史ってのはやはり興味深いです。それがなんの歴史でも、
物事の本質を問うのに歴史は欠かすことができない要素。
自分は昔っから、これは何? それはどうしてそうなの?
なんでそうなったの?という単純なギモンを常に持ち続けてきて、
それがいきつくところ歴史への興味につながりました。
最近、ヘンに雑学的な記憶容量を増やしたせいで、何事にも
自分ナリにナットクし、それで「これはこうだろう」と勝手に解釈して
早とちるクセがついてしまいましたが、これはいかん。まったくもってダメだ。
常に疑問を持ち続けることをやめちゃいけません。
物事にカンタンに見切りをつけてはいけません。
●
で、最近気づいてみれば、周囲にそういう連中ばかりがいます。
一番腹が立ったのが、今日ふと定食屋で見かけた朝日新聞。
「暴力シーンや過激表現を多く含むTV番組などを見た子どもが、
問題行動を起こしやすいということが統計の結果わかった」……って、
ばかやろーーーーーーッ!!
それは一体なんの集計だ!? どこからもってきた集計だ!!
何と比較しての結論だ!! 仮定にすぎないことを断定的に書くな!!
お前らが実際に教育現場に携わってるわけでもないのに、そういう
無責任なことを書くんじゃない!!
………こういう無責任かつ、あーあイヤだよね最近の若いのは、という
意見にふれるたびに、教育への道は決して自分にとって間違っていない
という確信が心に生まれます。単純と思われても結構!
正しいことを見極める心を子どもに伝えたい。その道のりに
自分は歴史という手段を選びました。
問題は、自分がまだ正しいことを見極める心を持っていないこと。
そして歴史に対して大した造詣や結論を持っていないこと………
●
もうすぐ、自分は塾講の仕事をはじめます。
そこでいかに自分の力が足りないかを確認し、
それを埋めていきます。
10/30
「計画性のない商売」
なんというか、まあ、表題の通りです。
文化祭でのおでん屋の屋台を後輩に任せておいた
のですが、ここまで計画性がないとは思わなかったので、
ヒッジョーに疲れました。自分もたいていドンブリ勘定の
いーかげんな奴だという認識はありましたけど………
●
ともあれ、文化祭の名前の清酒「桜麗祭」の一升瓶を
片手にして、びっくりする友人たちの様子をサカナに振る舞い酒を
配りまくって非常にユカイではありました。
人を驚かせるのが好きな自分。
でも明日もあるんですよ。
明後日も。
つ、疲れた………
●
ところで、LOVEマシーンという曲を自分は知りません。
いや、聞いたことはあるかもしれませんが、知覚しないほど
どうでもいいと思っているのでしょう。
TVとかメジャー系J-POPには、てんで心が動かない自分です。
TVを見てもCMばかり見ています。
音楽はボサノバばかり聞いています。
これってわがままなんでしょうか。
10/28
「血尿戦記完結編」
あれはちょうど大阪にいく前、自分が、仕事帰りに血尿を出してから、もう一ヶ月近くに
なります。
虚勢を張りながらも、その実おっかなびっくり生活を送っていた自分でしたが、
今日うまいこといけば、
健康だと証明されるのです。 張りきってどうなるものでもないのですが、とりあえず威勢よく自分は
家を飛び出しました。 いえ、飛び出したのは実は遅刻しそうだったから。今日はレントゲンを撮るので、
時間が きっちり指定されていたのでありました。
●
しかしくしくも、明日から大学の文化祭。サークルでおでんの模擬店をやるので、その準備のために
鍋やコンロを持っていかねばなりません。病院に鍋やコンロを持っていくと、あらぬ
誤解を受けそうです。
入院客の見舞い品にしては生活感がありすぎますし。
どうしようかと思案した末に、自分は気付きました。
駅にはコインロッカーというものがあるのです。
今までまったく利用したことがないために、その存在をすら忘れ去り、視界の外に置いていたのでした。
赤ん坊が捨てられていたり、ご禁制の品の密売などに利用されて
あまりいいイメージのないコインロッカーですが、意外と役にたつものですね。
●
などといい気になっていたら、後で思わず落し穴にはまる事になる自分。
コインロッカーで小銭を 使い果たしてしまったのです。これではバスに乗れません。
手持ちの紙幣は、五千円と一万円札。 おそるおそる運転手のひとに
「5000円・・・使えますか?」と尋ねてみたものの、
帰ってきたのは、「使えない」というぶっきらぼうな文語的表現の単音節。
水木しげる漫画の登場人物のような表情 のまま、なしくずし的に病院に着いてしまい、
黙って降りても気付くまいとは思ったものの、それでは
男がすたると、売店ですぐにお金を崩して払いにくる
と言ったら、またぶっきらぼうな口調で、帰りのバスで払う。という寛大なお言葉をかけていただきました。
なんでこの運転手さんは文語完結表現で物を言うのでしょう。
●
ともあれ、しょっぱなから冷や汗をかきながら、診察券を受付に出して待っていると、
見慣れた顔に 声をかけられて、自分の顔も思わずほころびました。
先週にお会いした、江守徹にちょっと似ている
おじさんだったのです。
まさか、またお会いするとは思ってもみませんでした。
三階の腎外科と間違えて、二階の呼吸器科の受付にカルテを提出しようとしているおじさんを
自分は暖かい目で見守りつつ、また検尿から検査がはじまりました。
レントゲンを撮るために、昨夜は夕食を下剤ですべて体外に排出し、
朝から何も飲み食いしていない身体です。これでは何もでないよとぼやきつつも、
してみると意外と出るもの。変なところでこだわる自分は、また中間尿の採り方で苦心したりして、
あとはレントゲンを撮るだけです。
●
自分はなぜか、 レントゲン写真が大好きなのです。
昔腕を骨折した時、その写真が欲しいとねだってもらって来たことさえあるくらい。
身体の外の写真ならいくらでも撮れますが、身体の中の写真ともなるとなかなかありません。
骨や内臓、筋肉といった、自分のものでありながら、はっきりと確かめることが
できないものを見るという不思議な感覚 があるのです。
自分が自分を感じることができないから、
自己確立を肉と骨に求めているのかも知れません。
「グランブルー」で、ロザンナ・アークエットが男の心音図に
耳をあててうっとりするのとは 一線を画していると、自分は主張してはいるのですが。
いずれにせよ、自分のレントゲン写真を欲しがるなんて変態か馬鹿のどっちかです。
他人のレントゲン写真を欲しがるなら、前者に間違いないのでしょうが。
●
しかし今回は我慢しようと自分は心に決めておきました。
診察服という、薄青の紙でできた貫頭衣に着替えての撮影です。
呼ばれて部屋に入ってみると、巨大なベッドがごぅんごぅんと
音をたてながら動いていました。なんともサイバーです。
おおげさなレントゲンといえば、以前脳のCTスキャンをした時にもかなり大がかりでした。
しかしこれはまた別の意味で派手。思わず自分もうきうきしてきて
しまったものの、
イザ撮影となるとただ寝ているだけ。まくらと毛布付きで、朝早かった分ウトウトしてしまうのを
禁じ得ないでいたら、なんと造影剤を投与しながら、つまり注射をしながら撮影するというではないですか!
エキサイト&ファンタスティック!! どんどん自分が改造されているような気分です。
とは言うものの、その注射を見た瞬間我に返った自分。なんとまあてんこもりですねえ
と、迫る危機に対して思わずおどけてしまうのは、自分のいい癖なのか悪い癖なのか。
献血用もかくやという太さの針を腕に差し、そこから伸びた細長い管によって血管を一時的に増設。
フロッピーディスク並みのストレージです。
しかもそれをぶら下げたまま撮影をするというのは、あんまりいい気分ではありません。
しかも造影剤の効果か身体じゅうがかっかと熱くなり、
喉が乾くでしょうと言われていたのに乾くのは眼。
しかも涙が出てきません。さらにそこから、尿を排出して撮影しましょう
とトイレに案内されても、さっきの尿検査とこの注射で、自分の中の水分は
とりあえず生きる分だけしっかりキープ。サボテンのように外に漏らさない安全設計になってしまいました。
出ないなら出さないでも。ということで最後は立ち撮影。
針を抜いてもらって、やっとこ自分はヒトイキ
いれることができました。
現像された写真を受け取って、こっそり中を覗いてみたものの、
バックライトが ないと見ることができません。
リバーサルフィルムみたいなものだし、バックライトスタンドを買おうかな。
いや、いっそのことレントゲン車を一台。
あれっていくらぐらいするものだろうかなどと、馬鹿なドリーム。
写真を提出したら、もう食事も水分もオッケーよとのお許しが出、しかも水分を沢山採ってくださいね
ということだったので、調子にのって一リットルぐらいお茶を飲んだら、途端に下痢に襲われました。
本末転倒。
●
自分は、その後の検査を延々と待ちましたが、お声がかかりません。
件の江守徹に似たおじさんのほうが早く検査が終わったらしく、
来週の検診の予約待ちをしていたところでちょっとお話。
成人病のひとつである前立腺肥大とのことで、来週はエコー検査をするというではないですか。
そりゃ一体どんな検査なのだろうと、またうきうきしてきてしまいましたが、自分には当面用はなさそうです。
それに、病院というのはやはり気が滅入るもの。
できれば早く終わりたいものですね。と、おじさんは帰って行きました。
確かに、元よりそんなにいい気分で来るところではないのに、病棟自体がさらに重苦しい空気を
かもしだすような造りになっているのに腹が立ってきてしまいます。
設営等のコストもあるのでしょうが、 せめてもうちょっと天井を高く。もうちょっと廊下を広く。
壁の色は緑などを配色し、さらに絵なんか飾ってあったらさらにいいでしょう。
そう考えながら、 もし自分が医者になれたらそうするだろうと思ったのですが、
やはり医者という職業のもつプレッシャー に自分の脆弱な心は絶えられないでしょう。
廊下で突然患者さんが倒れて、ちょっとした騒ぎになっているのを
何をすることもできず見守りながら、顔から血の気が引いていくのをはっきりと感じていました。
人の健康を預かり、人の生死に最も近い場所にある仕事の一つである医者。
そのショックとストレスは、 きっと自分の想像をはるかに超えていることでしょう。
●
幸いにして、血液検査も尿検査もレントゲン検査もまったく異常なし。
もし、また血尿が出るようだったら、 尿道にポリープがある可能性があるので、
その時は尿道にカメラを通して検査、という先生の話に、
思わず顔をしかめて前かがみになってしまう自分。
想像するだけで言語を絶するものです。そうして、
自分は二度と血尿はだすまいと決意したのでした。
決意したところでどうなるものでもないのでしょうが、
自分の身体は自分で大切にしないと。
ほかの誰かが大切にしてくれるものではありません。
●
ああ自分は健康なのだ。生きていることができるのだという喜びの実感は、
信じられないことにあまり 湧いてこないのでした。
大きな安心感は得たものの、健康なんてアタリマエ。という観念がどうしても
自分にはあるのです。
違うだろう。と自分は思いました。
健康なんて簡単に損なうことができるものだし、
今ある22歳の若く 健康な肉体をもってして、どれだけのことができるのか。
と、帰りのバスに揺られながら考えていたのでした。
だから、というわけではないのですが、学校の帰りに西武新宿の駅で、
スーツケースをえっちらおっちら持ちあげている大変そうなおばさんを見かねて手伝ったりして、
そうだなまずは、こういう当然のことから すべきかも。と思ったりしたのでした。
●
それは、親切の押し売りであるとしばしば言われます。
しかし見るからに困っている人を助けることを
しないというのは、どういうことなのか。
それをするだけの健康と力がある自分は、自分にできるだけのことをしたいと思ったまでです。
「力のあるやつは力を出せ、金のあるやつは金を出せ、頭ができるやつは頭を使え」
というのは こういうことかなと思ったりもしたのでした。
自分にはとりあえず、医者も保証したくらいの健康ぐらいはあるようです。
●
そんなことを考えつつ電車に揺られていた自分の携帯が鳴りました。
普段なら切ってしまうのですが、家からだったので非常事態かと思って取ってみたら、
なんと母がひったくりにあったというではないですか。
気丈で町内会の防犯班長を勤めている母は、よっぽどそれが悔しいようで、
歯ぎしりしながら床についていました。
世の中何が起こるかわかりません。備えていると思っても慣れと油断が隙を作ります。
ひったくりは、事故の範疇ではありますが、皆様もどうぞお気を着けを。
10/27
雨音で目が覚めたら11:00を過ぎていました。
雨ってのはテンション下がり気味になりがちですが、悪態をついても止むわけじゃないので、
できるだけ状況を楽しみにすることにしています。というのも、お気に入りの傘があるから。
高砂かどっかの駅のホームに、ぽつんと忘れ去られていたこの藍色の傘を見た瞬間、
駅に届けるのも忘れて、ベルクロの柄をしっかと握っていました。そうかそうか。
前の主人に忘れ去られたんだな。今日から僕が君を大切に使ってあげよう。
窃盗じゃありません。これは出会いです。
●
普段身につけるもの、持ち歩くものってのは大切ですね。
何の思い入れもなければ、それはタダの服だったり時計だったりしますが、
キモチやコダワリを入れた瞬間から、それは自分を勢いづけてくれる武器になる。
またそれをどう選ぶかで、一日の気分も変わってきますしね。
●
雨だってんなら上に一枚羽織っていきたいところだけれども、さてコートはまだ早いし、
かといってGジャンは濡れたら重いし。とするとウィンドブレーカー系だけれども
赤と白と黒があるなあ。赤は勝負時に気合い入れるマトイだから、今日は黒にしよう。
ボロい革靴にボロいジーンズはよく似合う。この組み合わせでレッツゴーてな具合。
雨もそんな悪いもんじゃありません。
もっと好きなのは、雨上がりなんですけどね。
10/26
ひとことで言い表すなら、だらり。とした一日。
絶対に許すべきではない、のんべんだらりとした時間を過ごしてしまって、自己嫌悪。
自分のせいなのだから、機嫌が悪くなっても仕方ないんですけどね。反省。
帰ってきてみたら夕飯はカレーでした。
●
そういうわけで日記に書くこともあまりないのですが、今日からやっと本の整理を始めました。
必要ない本をうっぱらって、それで少しはミになる本を購入読破感想筆記爆発回転していきたい
今日この頃。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
薬局でダンボール箱を貰ってきてはじめたものの、これがなかなかに腰の折れる作業で、
現在三箱作ったところで腰痛がひどくなってきたので中断しております。
本の数はともかくとして、今まで自分は、文庫本でもなんでも、カバーをつけたまま本棚に
入れておいたのでありますが、そのカバーがクセモノ。いちいち外さなきゃいけません。
おかげで本はキレイに保存できてはいるのですが、うすら高くつもったブックカバーの山を
見て思うのは、これって凄い資源のムダだなあ………と。このカバーの分だけで、文庫本の
一冊や二冊は刷れそうにも思えます。勿体ない。コンビニやスーパーで袋を貰うのは
すでにやめていますが(トートバッグがあるので)、本も紙袋やブックカバーは避けたほうが
いいでしょうね。幸いにして、以前誕生日の時に貰った革のブックカバーがありますし、
これからはこれを被せて本を読もう。
●
しかし本というのはいつの間にかなくなるものですね。
「アルジャーノンに花束を」はどこに行ったの!?
「肉体泥棒の罠」の上下刊は誰に貸したんだっけ!?
ああっ!「グレイ・デス軍団」の1だけがないッ!!
万事こんな調子です。
10/25
コーヒー派、紅茶派なんていう差別の仕方はどーでもいいとは思うけれども、自分はどっちかってーと
コーヒー派です。最近は研究室にコーヒーメーカーが置いてあるので、自由にコーヒーをタダで飲めて、
いい環境だなあなんて思っていたら、アメリカに行っていた卒業生の先輩が来ていて、
オガサワラ先生も一緒に、三人でアメリカのチャータースクールのことについて2時間ばかりアタマを
つきあわせて話をしているうちにコーヒーを入れ替えること4回。何杯飲んだかは数えるのをやめたくらいで、
さすがにキモチワルクなりました。うえー。
しかも、全部ブラック。小便が今度は黒くなっているんじゃないかと思ったりもして。
●
で、サークルの活動の後に今日はバッティングセンターに行きました。
新宿歌舞伎町のホテル街のド真ん中にあるバッティングセンターというと、なんとなーく暗喩が
こめられているような気がするのは自分だけでしょうか。ハイ、タダの妄想っす。
今度ソフトボール大会があるので、それに向けての特訓という名目だったのですが、
とにかくもう当たらない。自分はこんなに野球がヘタだったのかと落ち込むことしばし。
でも目が慣れてくるにつれて当てられるようになってきて、やっぱり野球ってのは
楽しいぜと考えつつ、なんか忘れてるなと思ったら………あ。事件簿………
私信になりますが、参加者の皆さんゴメンなさい。書きます。
●
帰ってきてであーーっ! といつも通りジョギーしていたら、途中ピザ屋の求人を見つける。
デリバリースタッフが、時給1250円! やるでしょこれはやらなきゃでしょー!!と思って
母親や妹に話してみたら、クチを揃えて、
「道に迷うだろうからやめとき」
と言われた。コンチクショー確かに自分は方向音痴ですよ!!
これはヒミツですが、たまにジョギーしている途中にも道に迷ったりします。ギャフン。
まあ地元一辺倒だし、地図もあるしバイク付きだし、夜のバイトとしてこれほど適当なものはないでしょう。
でもその後で友達からデンワがかかってきてこの事を話したら、やっぱり絶対迷子になると言われました。
うーん道を歩くことに関してはまるっきりゼンゼン信用されてないですね。自分。
10/24
今日、店長にバイトを辞めると言ったら、みんなに
「じゃあ再来年お待ちしております」と言われました。
メガネ屋に就職すると信じて疑われていないらしいです。なんだかなあ。
●
現在「本絶ち」の生活を送っているのですが、こうやって絶ってみると、
改めて自分が活字中毒であるのだなあということがわかります。
部屋にある本を手にとっては、ぺらぺらとめくり、手で紙を繰って目で活字を追う感触を楽しんだりしている
自分を発見したりして。アブねえなあ。久々にちょっと文字面を追ってみると、カラカラのノドに流し込まれた
水みたいです。本ってこんなに旨いものでしたっけね。のどごし爽やかモルツ100%。いやホントに。
でも全部は読まずに自制。まだだ。まだまだ。とか言いつつ、帰りに本屋に寄って、新刊の紙とインクの
匂いに酔って、ますますアブない。でも買いません。買えません。財布忘れました。
「銀河英雄伝説研究序説」とかゆうヤクタイもない本をぱらぱらと物色していたら、
隣に326(中村満)の画集兼詩集が置かれていたので、つい手に取ってしまう。
それほど詳しく知っているわけではないが、326はワリと気に入っています。
自分より年下だというのを知っていたくショックを受けたりもしましたが、これだけストレートで素直な言葉と絵が
生み出せるというのは尊敬します。少なくとも、理屈と既製語だけで固められた自分にとっては。
しかし、女子高生とかを中心にヒットしているというのがまだよくわからない。
もっと芸術作品として評価を受けてもイイと思うんですけどねえ。オレンジを中心にした色使いが好きです。
●
326からヒキアイに出すのは非常に失礼なのでありますが、自分にガツンと影響を与えた書家に
相田みつを氏がいます。銀座の美術館にも、自然と足が向いてしまいます。
「ひとりになりたい、ひとりはさみしい」
という書を見たとき、涙が止まりませんでした。なんつーか、そんとき考えてたことにピタリ。ときて。
アタリキシャリキの言葉なのに、いや、だからこそ、ツマンネー言葉でパイ生地みたいに固まった自分に
ショックを与えるのかもしれませんね。今現在は、部屋の壁に氏のポストカード、
「そのうち、そのうち、べんかいしながら、日がくれる」
が、貼ってあります。足踏みしてる場合じゃないっすよ!
とこれを見ていつも気合いを入れます。
時には見て観ぬフリをしてしまったりもしますが………それじゃダメじゃん。
●
自分は言葉が好きです。
言葉を生み出す手段がなくなったら絶望するでしょう。
テレパシーじゃダメっす。言葉じゃなきゃイヤです。日本語じゃなくてもいいけど、なるべくなら
日本語がいい。日本語の活字も、芸術的な書も、それの組み合わせによって生まれる
美しさにどうしようもなく魅了されます。なんででしょう。
言葉のなんの美しさにどう魅力を感じているんでしょう。
今はエセ芸術家ぶって、アタマを抱えるだけっす。
10/23
今朝はやっぱり起きられなかったのでした。
さて今日は旨死会の会合で、タイカレーの店ピキヌーへ、隊長と会長をお連れする約束になっていたので、
渋谷はモアイ像前で待ち合わせ。像の周りを見回していたら、すぐ目の前にいたのでびっくりしました。
バスで駒沢大学まで行く途中、バスにしたのは失敗だったと考えて黙っていたのはヒミツの中のヒミツです。
そうでなくても、隊長を前にすると自分のポケットの中にに何もないことをイヤでも思い知らされます。
なんの話題もふれない。どういうふうにも切り出せない。昔剣道をやっていたときに、絶望的なまでにウデが違う人を
前にすると、どうやっても打ち込めないということがありましたが、それによく似ています。
だからピキヌーに行くにも戦々恐々としていたのですが、気に入ってもらえてなによりでした。
そんな感じだったので、渋谷に戻ってまんがの森に行っても、まんだらけに行っても
どうにも食指が伸びない。心神喪失してフラフラ。
しかしまァ渋谷のまんだらけに入ったのは初めてでしたが、中野のストイックなマンガ専門古本屋にすぎなかった
まんだらけも、あすこまで立派になったんですねえ。今じゃブロードウェイの上のフロアは、全部まんだらけに
なっているようでありますが。しかし壇上でカラオケしていたヤツラはなんなんでしょうか。
殺してもよかったのでしょうかね。公開処刑場?
●
結局アタマパーのまま解散してしまい、「ポーラX」を見ようかなと思ったものの、
いや、今自分に必要なのはもっとちゃんとした名作のはずだ、と自身に忠告されヤメル。
で、帰ってきたけどまだ時間が余っていたので、まんが喫茶で「HUNTER×HUNTER」を読む。
連載を途中から読み始めたので、最初から読んでみたのだけれども、結構面白い。
元気な少年が一人いれば、ジャンプは滅んだりしないものですね。
今のところジャンプで面白いと思うのは「ライジングインパクト」とこれだけ。
帰りついでに、「ミラーズクロッシング」と「ブロードウェイと銃弾」を借りて帰る。
●
今日からジョギーを片道7分にしました。往復14分。これでまた一週間走ります。
何事もマイペースにゆっくりと。わかってるんですけどね。
●
食事しおわって、どちらが食器を片づけるかで妹とジャンケンをして負ける。
かわりに牛乳を買ってきてくれと頼んでも行こうとしないので、その仁義を欠いたムカつく態度に
対して文句を言っても、オノレの後ろめたさを隠すように鼻で笑うだけ。
妹はやっていることが理解できているんでしょうか。こういう人間には絶対なるまい。
しかし殴らないだけ、自分も大人になったなあと思ったりするのでした。
10/22
座った便座が暖かく、冬の訪れを感じる今日この頃。
布団から出るのが、おっくうになりつつもありますね。
目がある程度醒めていれば、アタマんなかで気合いを入れて、
布団をむりやりひっぺがすのでありますが、あんまり夜更かしした後などは、
朝、夢と現実の境をさまよって、記憶が全てふっとんでいる場合があって困ります。
自分が一体どこの誰で、今ここで何をしているのか。全く分からないのです。
鳴ろうが騒ごうが、自分のほうでそれを認識するだけの知能がない。
夢の中なりに何かを考えてはいるのですが、現在の状況を判断して、それを「起きる」に
結びつけることができないのです。目覚ましと携帯のアラームが同時に鳴っていても、
これは宇宙言語? 何をさわいでるんだグラッグ。というような具合で。
起き抜けにかかってきたデンワを取っても、その用件をぜんぜん覚えていないように、
脳味噌が動こうとしないのです。眠りが深すぎて、水面まであがってくるのに
すごく時間がかかっていると言うのが適当かもしれません。
●
加えて、自分には目覚まし時計など、刺激音源に対する耐性があります。
元々耳が悪いこともあるのですが、デンワの音、目覚ましの音なども、最初のうちは
ビクッとしても、次第に慣れてきてしまって、デンワが横で鳴っていても気づかないなんてことも
たまにあります。だから、電車の中での携帯の音が「迷惑です」という世論が動き出した時も、
すごく不可解でした。最近では、着メロなんて個性化をはかるアホな企画のために、
その不快な気分をようやく味わうことができていますけど。
●
自分なりに、朝パッと起きられるように努力や創意工夫をしているものの、どれも今ひとつ。
唯一自分でもびっくりするほどちゃんと目が醒めるのは、旅行に行ったときや、
次の日に何か重要な予定が待ち受けていた時。緊張しているんでしょうね。
最近緊張していると言えば、バイトを辞める件。なかなか言い出せずにまごついていて、
今日こそは言うぞ! と誰か意中のオンナノコに告白する中学生のように
ドキドキしつつ仕事をしにいったのですが………店長休み。
ヘコー!
10/21
朝、出かけようと思ったら、目の前にネズミの死骸が横たわっていたらどうしますか?
自分は一分少々固まった後、袋につつんで、火葬場(ゴミ清掃場)に出しました。
今日は病院に行く日だっつーのにショッパナから不吉な………と思っていたら、
墓場の前を通ることになるし、病院でカルテを取り違えられて、昭和26年生まれの方と
間違えられたりと、大変に愉快な一日の幕開けでございました。
しかし幸せは、そう長くは続かなかったのです(ナレーション岸田今日子)。
●
2週間ほど前に出した血尿の検査をするために、新宿は東京女子医大へ。
いい泌尿器科ってのが、ここ以外に思いつかなかったのです。
実は以前、自分はここにかつぎこまれたことがあります。救急車で。
その時の理由はまあ今は昔。とにかく病院での様子をお送りしたいと思いますが、
こっから先は18歳未満お断りです。
気分が悪くなる可能性があるので、リンゴジュースとか飲みながら読んじゃダメです。
●
さて尿。泌尿器科といえばマズは尿。言うなればオシッコ。
よくある尿検査のカップと、試験管のようなものを渡されてトイレに。
尿検査というのは、出始めではなく、中間ぐらいのものを採るのがいいと
ハリガミに書いてあったのだけど………むう、難しい。
だけど女性はもっと大変だろうねーと思いつつ、採った尿を試験管に移す。
ちょっと多い。戻す。今度は少ない。また移す。また多い。
自分の尿で遊ぶハメになるとは思ってもみなかったわよ。
●
尿検査の結果が1時間ぐらいかかるということだったので、尿を提出するときに
何故か気があってしまった江守徹似のおじさんと一緒にゴハンを食べに行くことにした。
本当は病院の外のコンビニにでも行きたかったのだけれども、
ここは新宿にして新宿にあらず。文明なんか存在しません。
仕方なく売店で弁当を買って、「憩いの間」という、どう判断したものかわからない部屋で食事。
何か話題を振らねばと思いつつも、終始無言。むう………なんで一緒になったのやら。
●
戻ってきてみたらまだ呼ばれていなかった。さすが大学病院。待たせることにかけては超一流。
ちなみに過去、鼻の骨を折って杉並の日大病院に行ったら、三時間待たされました。
以来、「日大」の名前がつく病院や施設は信用していません。
ヒマだったので、置いてあった自動血圧計で血圧を計ったらちょっと低め。
おじさんと、もし計ってくれるのが女の先生だったら血圧があがるだろうと、
オヤジのような話で盛り上がる。女子大だから、お医者さんも女性が圧倒的に多い。
でも呼ばれて行ってみたら男の先生だった。「ちぇっ」。
●
男性器の模型を使って、沢山のおっかない病気の紹介をしてくれたけれども、
どうやら大事はないようで一安心。と思っていたらその後に悪夢が待っていた。
触診をするというので、オナカから下まで全部ハダカになった。うっ。病院とはいえ
恥ずかしい。しかしもし、女の先生に当たっていたらと思えばいいか。
まァ先生も触るのなんてイヤだろうし。お互い様だよねと妙な同情を感じていたら、
前立腺の検査のために局所に指をつっこまれる。
ぎにゃーーーーーーーーッッ!!!!
●
ちょっと気絶しそうになりました。
でもセックスするときの女性の気分ってこんなんかしら。
●
もうなんだかそれが余りにもショックだったので、その後非常にスピーディーに
採血されたこともおかまいなし。最近は真空のカートリッジを使うのね。
ぴゅーーーっと血が採れていくのがなんだか自分でもおかしいやら悲しいやら。
「今は自動ですから便利なんですよー」と看護婦さん。
そんなん自動化しないでください。
●
結局来週また来院して、レントゲンを撮ることになった。
病院っつーのは普段見ることが出来ない身体の内側の状態を
知ることができるのでわくわくするものの、もうアレはカンベンです。
4000円ほど取られたが、逆に払ってくれてもいいぐらいなのにと
愚痴をこぼしちゃあいけませんね。人間健康がイチバン。
10/20
しばらく自分のことでかかりきだったので、久しぶりに銀幕亭(自分がこさえた映画サークル)に
顔を出す………前に、代表者を譲った後輩に会い、現状を聞くとすごいことになっていました。
もう人間関係ドロドロです。今の一年生および新入のメンツが入ってきて、まだ一年にも
ならないのに、こういうことになるってのは、ある意味すごいなあ。
サークル内での恋愛は、かならず後々モメることになると経験上判っているので、
ヤメテ欲しいです。が、現在の代表者自らがそうであるのに、
「別れるとき絶対波紋を残すからやめてくれ頼む」
なんて言えるわけがありません。
●
大学生がサークルに入る目的は、第一にオトコ捜しオンナ探しであります。
そうでないと他者との接点が持てないわけですから。。
なんつーか欲望に正直で大変よろしいことです。ハイ。
しかし彼らまたは彼女らが欲しいのは、「彼氏」または「彼女」という存在
そのものであって、その人間自体を求めているわけではないので、
長続きしないのが現実。まれに長続きしてるのもいますが、例外ですね。
そうした上で、彼らあるいは彼女らの話題に昇るのは、恋愛話が多いわけで。
それでまた繰り返すわけで。よく厭きないものです。
他人事のように言っている自分はもう完全に第三者。
勝手にやってたもれ。まろは大学内恋愛はイヤでおじゃる。
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そんなことを考えつつも、今日は夜中に帰ってきてやっぱり走りました。
走り初めて六日。現在は片道6分で合計12分の距離を走っています。
だんだん楽しくなってきてしまいました。
でも楽しまないと損ですからね。
楽しんで走るためのスポーツサイト、
「週刊アスリートおやじ」のHPこちら。
10/19
昼間やっていた「ボニー&クライド」をビデオに録画しておいて、
さっき見ていたら、妹の友達が遊びに来るというので、車を出して迎えに行かされた。
その後居間を占領され、続きを見ることも……………いいけどね、別にね。
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今日は、駒沢に移転されてから一度も行っていなかったタイカレーの店、ピキヌーに足を運びました。
学校からだと、世田谷線で三軒茶屋に行って、それから新玉川線で駒沢大学まで行かねばなりません。
決して遠い距離ではないのですが、以前はふと足を運べた距離にあった店なので、とても遠くに感じます。
予想外に裏手にあったお店の入り口から顔を覗かせると、店主の山口夫妻の奥さんのほうが、
目と口とを「O」のカタチにしてびっくりしていました。まだ顔を覚えてくれていたようです。
以前に較べると、ずいぶん広くてキレイになった店にはお客さんの姿はなし。
駒沢の学生は来ないんですかと聞いてみたら、相変わらずうちの大学の学生や、
以前店に来ていた人ばかりしか来店しないらしく………
回転しはじめるには、まだもうちょっと時間がかかるようです。
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この店がなんで移転するようになったかという理由は以前、「ショウドウガイン」の日記にも書きましたが、
ビルのオーナーの息子がリストラされて戻ってきて、丼飯屋を始めたので、
同じ階にあって大繁盛していたピキヌーがジャマになり、イヤガラセをしつつ追い出したのであります。
その話を聞いたときは、腹立たしさの余りその飯屋に怒鳴り込んでやろうかと思ったものですが、
不買運動をすることで溜飲を下げています。どっちみちマズいので評判は悪いのですけれど。
しかし、今日行ってまた話を聞いたら、アタマ金は帰ってこないし、張り替えをした共同トイレの棚に、
以前のピキヌーのカウンターが使われていたりと………
なんだかもう本気でゲスとしか思えないぞ!
下高井戸の「どどん」!!
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そんなイヤなことはどうでもいいくらいに、相変わらず美味しいカレーでした。
辛いけど旨い。香辛料をただひたすら入れて、「辛い」という刺激だけを
増しているどこぞのカレーとは、ひと味ふた味違います。
辛い中にコクと旨味があるカレーを、自分はここ以外に知りません。
ふとテーブルを見ると、以前の店で撮った写真が飾られていて、
その中には自分の写真も混ざっていました。
つい三ヶ月ほど前のことなのに、しみじみとしてしまいました。
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東京近郊の方は、是非足を運んでみてください。
タイカレー・ピキヌーのHPはこちら。
10/18
今日学校の研究室でコーヒーを入れながら、お世話になっている
オガサワラ先生に、どうして教育者の道を志したのかと聞いてみました。
「そりゃ教育大学に入ったからですよ」
「ハァ………で、なんで教育大学に入ったんですか?」
「そこしか入れなかったからです。人間なんてそんなものでしょう」
うーんー(悩)
いやまたきっと、いつもの冗談だと思いますけどね。
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先輩に、JRに就職した人がいます。要するに鉄道員(ぽっぽや)に
なったんですね。本気でトレインスポッティングな人で、
時刻表を見るだけで、どこを走っている電車か判るそうです。…すげえ。
もう一人の先輩は、女性の母性とか、出産とかに非常に興味を
持っている人で、産婦人科や産院などを駆けめぐっています。
でもなかなか就職は決まらないそうで。
その業界(?)も募集などがほとんどないみたい。
でもきっと、きめるでしょう。
1にも2にもモチベーションというのが、その人の口癖です。
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自分にはナニもありません。
これがやりたい! と強烈に思うものがないのです。
教職に就きたいなァ、と漠然と考えていたものは、
どうやら自分が自分にかけた暗示だったようで、
予備校時代にお世話になった神余先生や、
小学校の教師であった祖父の影に憧れていた
だけの思いこみだったようです。
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世話好きというか、お節介焼きで勇み足を踏む性格は
自覚しているつもりなので、介護の仕事などは向いているかも
知れないと思いましたが、以前指摘された通り、
それは自分の一方的な感情。
一方通行に人が好きなだけで、世話をやきたがる。
ストーカーと大してかわりゃしません。
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さて自分はナニをするべきなのか。
本当に社会に出てやっていけるのか。
これから考えます。いろいろやりながら。
10/17
メガネ屋でバイトし始めた時は、なんで!?
と
言われたものでしたが、早いモノでもう1年半が経ちました。
最初は何の動機もなく、ただ金のために始めたバイトでした。
門前の小僧習わぬ経を読むなんてな具合で、メガネの調整
や目に関する知識は結構増えて、もういっぱしの店員のつもりです。
メガネ屋というのはそこらへんにあって、メガネをかけない人にとっては
全然重要ではないし、かける人にとっても、作ってしまえばその後は
あまり世話にならないところかもしれませんが、実際働いてみて、
色んなお客さんと接して、これも社会の一部として重要な役割を担ってる
んだなあと実感したりもしています。
なんでかって? だってメガネ屋がなかったらどうします。
近視の人も遠視の人も不便なままだし、歴史的に言えば、
メガネ屋がヒマな時にレンズで遊んでいたら遠くが見えたことから、
望遠鏡が発明されたんですしね。光線の屈折技術の向上も、
メガネがなきゃはじまりません。
でもそんなことよりも、もっと近い目で見て、メガネ屋だけに近視眼的に、
自分はメガネ屋というのは、医者と同じだと思っています。
いや、もともとメガネを処方したのは医者なんですけど、
メガネってのは一種の矯正器具。
しかも、ないと困る人はとことん困るわけで、
極端な話義手や義足などにも通じるものなんじゃないかなと。
メガネは顔の一部です。いや本当に。かけているうちに本当に
顔の一部になってしまいます。メガネかけたまま顔を洗って
しまった事がある人も多いことでしょう!(………ぼ、僕だけ?)
えーともしそういうことがなかったら、それは顔に合っていません。
スグにメガネ屋(どこでもいいっす)に行って調整してもらうように!
合ってないメガネは、かけないより悪いですよ!!
………馴染んだメガネは、顔の一部であり、肉体の一部であり、
同時に「顔」が装着する重要なファッションであり、また「仮面」でも
あり得ると思うんですよ。身近にありすぎるものだから、
あんまり意識はされないでしょうけれども。
コンタクトがほしーなーと思った時期もあったけれども、
考えてみればつまらないものです。
だって本当に視力を矯正するだけだから。
コンタクトが、機能性だけを重視した、スタートレックに出てくる
「未来の服」だとしたら、メガネは従来の服。色々なカタチがあるし、
色があるし、装飾もあるし、レンズそのものにもたくさん種類があって、
それぞれ輝きが違うんです。
コンタクト一枚作るんだったら、自分はメガネを二本作りますよ。
種類が違うヤツ。メガネをかけている人は幸いだと思います。
人より一つだけ多く、格好に凝ることができるという楽しみを味わう
機会を与えられているわけですから。
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さて、そんな慣れ親しんだメガネ屋を今度、辞めようと思っています。
ここで学ぶべきことは、技術的な面においてだけですが、ほぼ学びました。
このまま流されたくないなーと。
でもまだ言っていません。
ああっ! 言いだしにくいいいいいいッ!!
………自分一人が辞めたところで、どう変わるわけでも
ないでしょーけどね。残念がられないのが怖いだけです。ハイ。
10/16
本日は、携帯を持たずに出かけてみました。
前はえも言われぬ不安におそわれたのですが、
ぜんぜんなんともなかったです。でも、やっぱり人恋しさ
というか連絡不通になっている状態の不安はやっぱりありますね。
………一応とはいえ責任のある立場において、連絡がなかなか
つかないなんてことになっていいものだろうか。
人に迷惑をかけてまで、自分を優先させるなんて
そりゃーやっぱマズい。と思うんですがどうでしょう。
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そういや昨日はショックですっかり忘れかけたのですが、
今日はテストなのでした。後期に入ってしばらくたつのに、
今頃テストやらなくていいだろうに………と思いつつ
不承不承昨日ちょこっと勉強していたら、フレーベルの部分に
差し掛かったところで、その理論が隊長が仰っていたことと
似ているのでほーーォ、と唸る。
ちなみにフレーベルというのは、世界で最初に幼稚園を
作った人で、また子どもの玩具というものの教育的効果に
着目し、「恩物」というオモチャを考案した人でもある。
………というふうに記憶しています。たぶん。
フレーベルの本に限らず、教育学に関する本は
そういえば全然も読んだことがないな、
読みたいなと思ったものの、現在「本絶ち」中。
本を受け入れる地盤ができていないのに読んでもしょーがない。
また欲求が高まることがあったら、考えよう。
ちなみにテストにフレーベルのことは出ませんでした。
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本絶ちといえば、マンガって本に分類されるんですかね。
自分は分類していないので、本屋に寄ったら「ギャラリーフェイク」の
17巻が出ていて、あーーーーどーーーしよっかなーーーと
しばし考える。結果として、家にあるものを全部読んでからに
しようと思ったものの、読み返せばそりゃ続きが読みたくなるに決まってますね。
でもマンガのものじゃなくて、ちゃんとした美術館にも足を運びたいもの。
浪人時代以来、美術館なんてとんと縁がありませんしね。
お金ないけどね。相変わらず。
●
本当は今日は病院に行って検査してもらおうと思っていたのですが、
病院って土曜の午後と日曜はやってないんですね。
病院なんて滅多に行かないので、そんな常識も知りませんでした。
しかし、だとしたら土日が休みのサラリーマンとかどうするんだろう。
普通客商売は、土日はかきいれどきなのに。なんか間違ってる。
ということで午後がヒマになってしまったので、パソコンを見にヨドバシへ。
そこらへんは新しいコンテンツを設けて書いてみました。
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家に帰ってきてもまだ二時。そういえば借りてきたビデオをまだ
見ていなかったので、見ることにした。「恋はデジャ・ヴ」。
感想は「映画見」のほうにあげておきます。
ムダに冗長になるので………
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映画を見終わってから今日も走った。筋肉痛がやっぱききます22歳。
まだまだ若いとはいえ、10代のことに較べるとね。でも、
5分走っても、一向に疲れないので3分追加。
しーかし走ると脳内物質がドパドパ出るのが自分でもわかります。
アブナイっす。身体鍛える中毒になりませんよーに。
●
それはそれとして、走りながら町内掲示板で介護の仕事を探す。
しばらくこれでやってみたい。
10/15
気分だけで足踏みをしているぐらいなら、人の言うとおりでも
影響を受けたままでもいいから、何かしはじめなければダメだ。
今日、そう強烈に思って、少しだけそれを実行した。
少しずつでもいい。一個ずつでもいいから、何かしなければ。
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というのも、今日は、バイト帰りに隊長とお会いした。
何度か隊長とメールを交換する機会に恵まれて、自分は、
自分でわかっていたにも関わらず、今まで気にとめていなかった
勘違いや思いこみや妄想などを暴かれた。ぶっちゃけた話、
お前はバカ以下だと言われたわけだ。
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反論はなかった。自分もそう思ったからだ。あるいは、思ったフリをしたか。
この際フリでもいいと思った。とにかく自分をどうにかしたい。その焦り
だけがあった。
情熱にせよ、感性にせよ、ほぼ絶望的なところに自分はいる。
自分でもそう思う。なんで俺はこうなんだろうと、情熱のないながらも
思ったのだ。
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だから、自分は自分を変える。変えなければならない。
そう思って、この日記を改めて書き始めることにした。
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携帯を解約するとか、ガマンすることをちったあ覚えるとかいろいろ
あるのだが、自分を変えることと、それによって得られたことをテーマに
して、この日記をすすめていきたい。
●
自分を変える。まず面倒くさがるのをやめる。
それによって一つ導き出されたものを、家に帰ってから実行した。
「走る」のである。
自分には足がついている。幸せなことだと感じるのは、昨日障害者のボランティア
に行ってきてからだ。自分はこんなボンクラなのに、五体満足揃っている。
それなら折角だから、身体を鍛えようと思ったのが昨日。実行に移したのが今日。
タイマーを使って、5分行って5分で戻るということにした。元々走るのは決して嫌い
ではない。久しぶりに走ってみると、実に気持ちがいいものだ。夜なので視界が
きかずに困ったが、予想外に遠くまで走ってこれることができた。
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走っている時には、絶え間なく休め休めという自分自身の声が聞こえてくる。
他のつらいことをしていても聞こえてくるが、走っているときが一番顕著だ。
これを封じて、向こう三ヶ月向上を続けるのが目標というか、絶対にやらねば
ならぬことなのである。そう思って、部屋に手書きの目標を貼った。
これを剥がさねばならなかったら、僕もそこまでということだ。
それ以前に三日と思い、書き直して三日坊主にならないよう、戒めた。
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てな具合で行きたいッスネー