移動教室日記
こないだ三日ほど留守にしていたが、小学校の移動移動教室の補助員として、群馬県は川場村というところに行っていたのである。仮の姿とはいえ、教育学科の学生らしいこともたまにはしているのだ。
ただ、誘われたときの反応はまことにショウドウ星人らしいもので、あやうく正体がバレはしないかと危惧したりもした。
補助員としての仕事は自分ははじめてであるが、ベテランの先輩がついているし、それに後輩もひとり行くことになっていたので、まあ楽しい2泊3日になるであろうとタカをくくっていたのである。しかし、これが多大な精神的疲労を与え、自分を長きにわたって苦しめるモノになろうとは思いもよらなかった!
ケチがつきはじめたのは、出立の前日。先輩の家に泊まり込み、翌朝一緒にでかけることにしてあったので、なぜか大荷物になってしまったバッグをかかえてえっちらおっちら先輩のアパートにたどりつくと、
「サイ子、あいつこないって」
なにゅー!? 晴天の霹靂って雨が降っていたのだがそんなことはともかく、予想外の事態である。よりによって出発の前日にこれなくなるなんて!? 昨日までピンピンしていた後輩が、である! 怒りよりも先になんかどっと疲れてしまった我々二人は、ウイスキーを煽ることにした。翌朝5時に起きなければならないにも関わらず………
いつの間にか寝ていた我々を起こしたのはうるさい雨音であった。出発の朝。空は大雨。しかもこれから、自転車で30分ぐらいあるところまで行かなければならない………
タクシーで行こうかなどと軟弱なことを話し合ったりもしたが、我々も男である。覚悟をきめてうりゃー! と外に飛び出したのだが20秒ぐらいで後悔した。しまくった。しないほうがおかしい。行く前から全身びしょ濡れで、しかもその小学校に着いた瞬間晴れやがったのだからコンチクショー空! なめとんのか!
予定より10分ほど遅れてしまったので、慌ててバスに色々な荷物を運び入れているうちに、他の補助員さんと出会う。なんと、実踏(研修のコト)のとき一緒だったハヤノさん(仮名)がおられるではないか!相変わらず無口だが、これは頼りになるであろうと踏んだのが、また間違いであったと気づくのはすぐ後のことであった。
ヤケに見送りのお母さんがたが多い中、靴下を通り越して足がふやけるほどびしょびしょになった靴をズッポズッポ引きずりながらバスに乗り込み出発。先生とカメラマンの人に前のほうの席を取られてしまったので、真ん中ぐらいに小学生と一緒に乗り込むことになったが、これもまた大いなる誤算であった。これは、大きな喜びでもまたあったので別にいいんだけど。
自己紹介が功を奏したのか、たちまち小学生になつかれまくったのである。なつかれるのは構わないのだが、ここまでなつかれるとは思わなかったのが誤算だったのだ。めでたく「グッチー」というあだ名も拝領し、いつの間にか牛タンゲームを始めているうちに、あっという間に川場についてしまった。
また荷物運びでえっちらおっちらバスと宿舎の間を行ったり来たりしたのだが、ここでハヤノさんが居ないことにいち早く先輩が気づいた。荷物運びをしているのが、僕と先輩と、後輩の代わりにきたヤマシタさん(仮名)だけだったのだ。
先輩は早くも好意を持つのをやめたようであったが、僕にはまだ「まさか……」という気持ちがあったので、黙って荷物運びを繰り返した。ちなみにこの後、腕が筋肉痛になった。滅多にないことである。それだけの仕事量だったということだ。
ちなみにこの小学校の子供たちについては、妙な噂を以前から聞いていたが、先輩も自分も、そんなん実際にあったら困るねえ、と冗談ぽく笑っていたのである。それもまた、自分たちの計算違いであったということに、じわじわと気づかされ始めるのは、開会式を終えたあと、勤労体験学習というのに出かける前の打ち合わせの場においてだ。
勤労体験学習というのは要するに、畑の手伝いみたいなものらしい。その間うちら補助員は、飯盒炊爨の準備とキャンプファイアーの準備をしなければならないので同行しない。打ち合わせには、川場村の担当の方がいらっしゃっていて、色々話を伺っていたのだが、朝も早かったし、先輩たちのようにバスの中で寝ることができずに子供とずっと遊んでいた疲れもあって、ついウトウトしてしまっていた。
そんな中で主任の先生がつぶやいた一言が耳にこびりついた。
「でも靴がよごれるから………」
クツガ・ヨゴレル………? 一体何を言っているのだろうこの人は………などと思いつつも、やっぱり眠かったのでウトウトウト……と舟をこいでいるうちに打ち合わせ終了。子供たちが出かけている間、すぐに飯盒炊爨の準備にとりかかることになった。
いつの間にか空はカラリと晴れ、ムリかなあと言われていたキャンプファイアーもこれならできそうだと一安心。飯盒炊爨の準備の最中、ハヤノさんはやっぱり動きがあまりなくてこれはアレかな……と疑いをそろそろ自分も持ち始めてはいたが、自分は兵隊。ただ仕事をしていれば良いのである。
キャンプファイアーの準備も終え、一休みしようと思ったら子供が戻ってきた。すぐに飯盒炊爨であり休むヒマもない。
米を洗剤で洗うとかお約束なことはなかったが、さすが世田谷成城のお子さまたち。見事なまでの失敗っぷりであったが、そういうことをフォローするのが我々の仕事であるし、最初から上手くできるのだったらこんなことやる必要はどこにもないのである。
ただ気になったのは、子供だけでなく、それを正そうとする先生の行動までややとんちんかんであったことだ。普通火を起こすのに割り箸は使わない。カレー鍋の中の水を捨てたりもしない。火を消すときに水は絶対に使わないし、ちょっとぐらいの失敗をこっぴどく叱ったりもしないものだ。
ここにくると、もう明らかに「ちょっとおかしいな」と思い始めていた。先生の態度や指導は明らかに的確でないし、子供たちの行動にも妙に幼稚さが目立ったりする。ただ忙しかったので、そんなことを考えるヒマもなかった。
しかもここでハプニング。キャンプファイアーの最後の準備をしようと思ったら、雨が降り始めたのだ。山の天気は変わりやすいとはいえ、あまりにも残酷な仕打ちである。あーあ……と小学生と一緒に残念がりながら宿舎に戻り、中途半端に開いてしまった時間、やっと部屋で先輩と落ち着いて話す機会が生まれた。
「タグチ(自分の仮名)……おまえも気づいた?」
「気づきました。おかしいです、ここ」
曰わく、子供の統率がとれていない。けじめがしっかりとできない。人の話も言うことも聞かない。ワケもなくすぐ人を打ったりする。全体的にダラダラとした印象があり、かといってそれを先生が引き締めたりもできていない。これはもしかしてアレではなかろうか。噂に名高い、
「学級崩壊してる」
という状況である。
………とはいえ、補助員はただの兵隊。どうすることができるはずもない。できるのはキャンプファイアーの代わりに用意された室内レクで、できるだけ子供たちのストレスを発散させてやることだけだ。
そうと決まれば、補助員の出し物を用意しなければなるまいと、先輩と一緒に二人で「猛獣狩り」や「森のキツツキさん」などを練習しはじめた。ハヤノさんもヤマシタさんも行方知れず(こういうところで連携がなっていない)だったので、二人で部屋で「トトロトトロトトロ…メガネメガネメガネ…だっちゅーの! 命ッ!」とかやっていたが、今思い返してみると異様である………。
室内レクでは、我々の推測が見事に当たっていたことを思い知らされた。もうとにかく落ち着きがないのである。いつまでたってもザワザワザワ……勝手に動き回るし、先生はそれをアタマごなしに叱る……これでは場が白けて仕方がない。
ただ子供は子供である。言えば言うことはきくし、動くなといえば動かない。一般に言われる学級崩壊は、子供が完全に先生に反感を持っているが、実際はそうではないのじゃないかと気づいた。問題は、
「学級崩壊していると、先生が気づかない事自体が問題」なのであろう。
ともあれ室内レクは進み、最後に用意された我々の出番において「猛獣狩り」というゲームをし、滅茶苦茶な大声を引き出させ、大笑いさせ、少しはストレス発散に役だったのではないかと思った。
子供は9:00消灯である。その後、子供の水筒にお茶を入れるのを延々とやっていたら、先生たちと一緒にやる反省会が10:00を回ってしまった。本部で刺身(山の中なのに…)を囲みながらビールをちびちびとやって、この反省会で、もう完全にこの先生たちはヘンだ、という見解に達した。
態度がちょっといい加減すぎるのではないだろうか。
話を聞かない子たちだというのは分かる。だが、あなたがちは話を聞かせる努力を怠ってはいないか?
……と言いたくても言えないのが補助員の辛いところなのである。我慢しつつビールを煽り、しかし大学生活を過ごす中、少量のビールでは酔えなくなってしまった自分の身体を恨みつつ、すっかり弱音モードになって友人に携帯でメールを送ったりした。
その返信で、かなり元気になれたので、まあいいのだけれど。
ちなみに川場の宿舎、と先ほどから記述しているが、ハンパな建物ではなく、そんじょそこらのホテルよりもちゃんとした設備が整ったキレーな所なのである。フロは温泉で、なんと24時間OKであった。このフロも、多いに自分を助ける要因となったのであった。
………なんか一日目のことだけでもこんな量になってしまったので、ここらへんで打ち切り。
続きはまた明日。
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ガヤガヤガヤ…と、やけに騒がしい声に、起こされて、目覚まし兼時計である携帯を見ると、まだ5時。
朝早く起きた子供たちが騒いでいたのである。元気なことである。願わくば、今日の登山にもぶーたれずに元気でいてくれることを。
ということで二日目の日記である。なんか一日目だけで書きたいことを書いてしまったのだが、自分自身にけじめをつけるためにも書こうと思って、キーボードに指を走らせることにした。
家では寝坊大好き遅刻大魔王の自分であるが、人の家に泊まっていたり、合宿などに行くと、普段がウソのようにガバッ!! と起きる。そりゃもう信じられないぐらいメリハリが効いた起き方をするのだ。というわけで、前述の騒ぎにうるせえなあと思いつつ二度寝したにも関わらず、起床時間である6:00の15分前には起きることができた。隣でいびきをかいていた先輩をたたき起こし、朝食の準備を始めることに。
自分が小学生だった頃に行った移動教室だか自然学校だかは、三食自炊をしていたものだが、さすがにそれではこちらの体力がもたない。二日目の朝からはフツーに食堂で食事なのである。しかし、子供たちが準備するのは、皿を並べるとかそれに盛りつけするとかであって、約160人の食器や食材を用意するのはこちらの仕事なのだ。ハイ、文句は言いません。自分は兵隊です。
それによく考えてみれば、その段階から準備させたら、皿がいくらあっても足りないかもしれない。
えっちらおっちら準備をしていたら、食堂に面した集合所に子供たちがパラパラと集まり始めた。
朝の懲戒。いや、朝会だ。きっとやるだろうなあと思っていたら、案の定ラジオ体操になった。いつの時代もやることは変わらない。窓の向こうから手を振ってくる子供に会釈しつつ苦笑する。
食事係が朝の準備をし終わって(やはりちょっとトロかったが)、自分たちも人数が足りない班に加わって食事タイムとなる。案の定好き嫌いをする子供が多いし、驚くほど小食だ。自分もかなり小食の部類に入るが、子供の時分からこうであるというのはちょっと問題があるような。
それに、誰がこんな使い方を教えたんだというような箸の持ち方をする子供がいた。小指と薬指で箸を使うなど、思いもよらなかった!! しかも結構器用に箸を使うので、おかしいやら関心するやら。でも掴んだ箸を口まで運ばずに、顔のほうを箸に持ってきて食べるというのはどうかなあ………
もちろん話しをしつつ注意してみたのだが、聞きゃあしないのである。うーむ。
食事の片づけが終わると(これもちょっとトロかったが)、前日に準備した、お茶の入った水筒を子供たちが持っていくのだが、ここで大爆笑エピソードを一つ。
水筒といっても、同じようなデザインのものがたくさんある。こういうの流行ってるのかなあと思いつつ、前日に準備していたのだが………
「先生! この水筒………あたしのなのに、他の人の名前が書いてあるんです!」
「………………………」
そ、そりゃあ別の人のだっつーのーーーーーーーーーーッ!!!!
なんていうか、こういう面白い子供が多いんです。ハイ。
前日からの子供たちのお祈りが通じたのか、幸いにして晴れ模様だ。待望の山登りである。
余談になるが、世田谷区の移動教室用の宿舎は川場村に二つあって、片方は今回来た「ふじやまビレジ」。そしてもう片方が「なかのビレジ」という。研修で行ったのは「なかの」のほうだったのだが、こちらの山にはすっかり参ってしまった。
階段の二段とばし三段とばしという登り方があるが、ああでないと登れないような傾斜が、半ばから山頂まで延々と続いているのである。あすこに行く子供は、いくらなんでも可哀想だと思う。
に対して、今回の「ふじやま」はゆるい傾斜が続く山である。まあ、登山の楽しみというものには今ひとつ欠けるらしいのだが………
そうしたら、打ち合わせのときにこんな話しになった。
「どうせ最後まで登れる子供がいるしねえ…途中で降りてこようと思うのよ」
先生のこの言葉には、何か言いたい以前に呆れてしまった。そりゃあ僕も先生がたもラクであろうが、結果として全然子供の為にならないではないか。グッとこらえて兵隊モードになっていたら、ハヤノさんがこう提言した。
「じゃあ反対側(下山側)から上りましょう。あちらのほうが景色がいいですし、水晶探しで楽しませられます」
食事の準備の時も動いてくれないと思っていたら、こういうところで機転が効く人である。助かった。
山に持っていくものの持ち物チェックのとき、次々と忘れ物が出たり、水筒が壊れた子供がいたりと出発前からハプニング続きでどうなることかと思われたが、なんとか出発。
ここでも子供たちに取り囲まれ、右手と左手両方をしっかりと掴まれてしまう。足が遅い子が前のほうに周り、自分は後ろのほうに回る手はずだったのだが、子供がどんどん後ろのほうに来てしまうので弱る。
しかも後ろから来ているクラスの前列と混ざってしまうので、ここはズカズカ前に進むことにした。
ポタリ。と、滴が鼻先に落ちてきたときには運命を呪った。…またか!! またなのか!?
細かい雨の粒はやがて大きな水滴となってぼたぼたと降り始め、やがて大雨になった。持ってこさせたレインコートを着込ませ、あ〜あ…と息を吐いた。しかもまだ登山口まで着いてもいないというのに、先生は引き返す指示を出している。二度ガックリである。まだ1Kmも上っていない。
ちなみに自分は、レインコートを持ってきていなかった。荷物を最低限にしていたので、しょうがなくジャージのフードを被ったが、はっきりいって冷たい。無性に叫びたくなったので、とぼとぼと歩いている子供たちを集めて叫ぶことにした。さあ叫ぼうぜ! ストレス発散しとかなきゃな! せーの!
「雨のばかやろーーーーっ!!!」
ノリのいい子供たちで助かった。
宿舎に戻ってきて、ロビーにいた先輩に次の仕事は? と聞くと、ややヤケクソ気味に「なにもねえ!」と返される。なんだか、山に登るのとは別種の疲れを覚えてしまい、二人してグッタリしてしまった。別にそれ程残念そうでもない先生に聞くと、びしょびしょになってしまったので、子供たちは風呂に入れることになったらしい。このままボーッとしているのも気が引けるので、先輩といっしょに、ジャージのまま風呂に乗り込むことにする。
10分後、全身びしょ濡れにされてしまったので、結局僕も風呂に入った。
山登りが中止になった場合、ビデオ鑑賞となっていたのだが、その打ち合わせの途中、先輩が自分のことをこいつ映画サークルまで作ったんですよ…と言ったりしたので、なぜか作品選定を任されることになる。持ってきていたラインナップはどうかなーと思われたが、トイストーリーがいいんじゃないかということで落ち着いた。
でも実際観る段になって子供たちにアンケートをとり、ホームアローンに予定が変更される。ザワザワと落ち着きはなかったが、本当にすることがなくなってしまったので、一眠りすることにした。
気が付くと周りに子供がたかっていたので起きる。映画は終盤にかかっていたが、真剣に見始めると子供そっちのけで集中してしまいそうなので、暴れていたりフラフラしている子供をなだめたりすかしたりしつつ元の場所に戻すことに成功する。
先輩とちょっと話しをしたところによると、子供に言い聞かせる時には、やはり説得力がそれなりになければダメなんだそうだ。ってそりゃ誰に対してもそうなのであろうが、大人は説得力があってもダダをこねるが、子供は割と素直なのである。意外な事実。
朝飯の時、先輩が一緒に食事をした班のなかに、医者の息子(世田谷という場所柄を感じさせる)がいて、それが口先ばっかりで家が偉いだとか医者は偉いだとか言っていたので、
「それがどうした。おまえは好き嫌いをするからちっとも偉くない。好き嫌いをしないヤツが一番偉いんだ」
と言ったら、半泣きになりながらも全部食べたのだそうだ。おおー。
ということで、昼時は説得力のある発言をすべく努力することにした。
「タクアン嫌いなの? 好き嫌いがあるとナイスバディになれないぞ!」
「大丈夫。私のお母さんおっきいから私も大きくなる」
「何が」
「(ばーん!)」
………負けました。
このままでは際限なくダラダラしてしまうと判断したらしい先生方は、昼過ぎになってようやく晴れたこともあって、「散歩」に出かけることにした。といっても、遠出はできないし、近場をうろつくだけである。
宿舎の庭に放し飼いになっているチャボの群れをひやかしつつ、人口の小川に子供たちがみんな引きつけられたのでそこに落ち着くことになった。ちょっと見れば人口のものだということがわかるのだが、これって自然?と聞かれて、思わずそうだよと答えてしまう。だってそうじゃないと………せめてもの楽しみを奪うのは僕の仕事には含まれていない。
人口のものとはいえ、ちゃんとした川としての体裁はととのっている。周りに昆虫はいるし、カエルだっている。子供は虫とかカエルとか苦手なんだろうと思っていたら正反対で、こんな虫みつけたとか、カエルがいたといってはいちいち僕を呼びにくる。やっとまともに元気な姿を見ることが出来たので満足しつつ僕も一緒に遊ぶことにする。
楽しむのは勿論いいのだがしかし、どんどん自分の楽しむ方向にばかり行ってしまうのが困りものではあった。
川遊びを終えた後、ぐるっと一回りして帰ってきたのだが、途中水田の横を通ったとき、数人の子供がカエルを捕まえに水田に入っていってしまったのだ。しかも、いくら注意しても戻ってこなかった。捕まえてきたカエルは投げて戻させたが、ホント、ここまで言うことを聞かない学校は初めてだ、と、先輩が嘆息する気持ちもわかったような気がした。
また風呂タイムになって夕食の準備をして……この課程も、二日目ともなれば随分と慣れてきたので、てきぱきと済んで自分たちとしても気がラクであった。しかしハヤノさんが食器を割る。まあ純粋に事故なのであるが、子供より先に補助員が割ってしまうとは………
食事の後で、子供たちの水筒にお茶を入れていたら、廊下からものすごい言い合いの声が聞こえてきた。何事かと思って耳をたててみたら、女子が男子の部屋に入ったとか、そういうことで言い合いをしているらしい。
この時分の子供というのは人の話を聞こうとせず、自分の意見ばっかり主張するのでちっとも話し合いどころか言い合いにすらなっていないので、うるさくて仕方がない。面白いことは面白いが。
仕事もそれほど忙しくなかったので、間に入って話を聞いてみたら、女子が勝手に男子の部屋に入ってくるのだという。それで男子がお返しに女子の部屋に勝手に入って………ということらしいのだが、昔は逆だったのに今は男子のほうが嫌がっているのがなんとなくおかしかった。
別に放って置いても害はなさそうだったので、放っておくことにする。
山登りも中止になってしまってチカラが余っているのだ。大声を出してストレス発散できる………かな?
二日目の夜の行事は室内オリンピックだった。晴れたのだからキャンプファイアーのやり直しをしてもよさそうなものだったのだが、頑固に予定を貫き通すつもりらしい。少し遅れて行ってみたら、子供たちが相変わらずガヤガヤ騒いでいたので、男先生の一喝が飛んだ。しかし、何を注意するのかとか、どうしていけないのかという説明がないので、なーんとなくシラけた空気がその場に流れてしまう。これでは、「楽しみ」なんだか「やらされている」んだか判らなくなってしまうと思うんだが。
所在がなかったので子供にアドバイスをしつつ立っていた(でないと、子供が自分の周りに座り込んでしまう)のであるが、突然補助員と教員をあわせた競技で出させられてビックリする。まあそりゃあるかもしれないとは踏んでいたけれども、予告ぐらいしてくれたって………(苦笑)
足に風船をつけて、相手のを割りつつ自分のを割るという競技であったが、本気でエキサイトしてしまった。主任先生の風船を割ったことに、別に他意はない。と思う。
その後は、何事もなかった。喘息の子が発作を起こすこともなかったようであるし、昨日夜遅くまで起きていたせいか、子供たちも早く寝たようだった。ただ、反省などちっともしやしない反省会に出るのはイヤであった。
昨日メールをくれた友達にメールを打って、ある程度は心に余裕ができていたので、安心して床につくことにする。
そして3日目となる。
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続けて3日目のことを書くとしよう。帰る日でもあってそれほど書くこともない。
5時ごろ目を覚ますということもなく、時間通りにまた目を覚ました。先輩が何かボヤいているので聞いたら、寝汗をすごくかいたらしい。ハヤノさんもヤマシタさんももう目を覚まして、布団を畳んでいたので自分も片づけることにする。
先輩は体育会系の人間なので、さっぱり片づけようとしなかったが、自分の首を締めるだけなので放っておくことにした。
朝食の時間、どこに住んでいるのかと聞かれたので中野区と言ったら、それって神奈川県? と答えられてズっこける。おまえら社会科で勉強してきとるだろーが!
「勉強したけどそんなこと忘れたー。別に覚えなくてもいいもん」
とか言いやがるので、説教モードスイッチオーン!!
「おまえなあ。そんなんで将来彼氏(彼女)ができたとき、その彼女がどこそこに住んでるっつってトンチンカンなこと答えたら一発でフラれるぞ! それでもいいのか! ちゃんと覚えておけって23区ぐらい」
妙な説得力があったらしく、なんとなく納得したようであった。納得させられたのはいいかもしれないが、なんとなく自分の言葉の説得力というのは、こういう言い方をしないと発揮できないのかと、後で悩んだ。
子供たちはその後、村めぐりといって川場村めぐりに出かけたので、その間、我々は子供たちが畳んだ布団を箪笥に片づけた。畳み方というのがちゃんとあって、昨日室内オリンピックをした時にハヤノさん指導のもとで教えてあったのだが、やっぱりちょっとな畳み方をしているものを直さねばならず、畳み直したりしているうちに結構な時間がかかった。
まあそれでも随分と早く終わったので、時間がかなり余ってしまった。
部屋に戻ってみると、敷きっぱなしであった先輩の汗くさい布団が、いつの間にか片づけられていて、先輩と一緒にビックリ仰天。人に片づけさせてみっともねえ! とバカにしていると、なんとヤマシタさんが片づけてくれたのだという。いい人だ………
荷物の片づけも終わってしまったので、ひとっ風呂あびて遠慮なく休憩することにした。ゆったりした休憩を取るのは初めてのことである。先輩とロビーでお茶を飲みながら、この学校は………と互いに意見というか愚痴みたいなものを零していると、突然先生が後ろから現れたのでびっくりする。
貧血の子を、最後までいられそうもなかったので連れて戻ってきたらしい。絶対話を聞かれたな…これは…と思っていると、先生は子供たちの親の話をしはじめた。
やはり、親からガッツンガッツンプレッシャーを与えられて、学校でも保健室でガーガー寝ている子供とかがいるのだという。やっぱり最近の子供ってのは大変だなあと思いつつも、その先生の口振りから、母親第一主義のようなものを感じ取って、どうにもやるせないような気分になる。なんだかなあ。
人様の家の子供はほったらかし、というのでは小学校のある意義とは一体なんなのであろうか?
そうこうしているうちに子供たちが戻ってきたので、昼食を食べて後は帰るだけとなった。昼食はわかめご飯(な、なつかしい!)と豚汁で、子供らが疲れていたこともあって、おかわりをする子が結構多かったのが、なんだか嬉しかった。
昼の片づけが終わった後、なぜか急ピッチで帰宅へととんとんコトが進んでいった。我々もまた、バスに荷物を運び込んだりして忙しかったので考えるヒマもなかったのであるが、先輩の話では、生活指導委員会の方々が来ることになっていたらしい。
そういえば入れ替わりにきたバスに乗っていたのは、なんか先生っぽい人たちばかりであった。
ははあ。生活指導の方々にこの小学校の実態を見られてはマズいということなのだろうか。さっきの先生の話もあるし、ということはワリと自分たちのことも生徒のことも自覚しているということだし、もうちょっと何とかなってくれることを心より望む。
バスに乗り込んだら、僕がどこに座るかで子供たちがものすごい言い合いになっていた。嬉しい限りであるが、昨日部屋に入る入らないで言い合いになっていたように、ちっとも人の話を聞こうとしないので平行線にもなっていない。ただの怒鳴り合いである。これは困ったと、自分から妥協案を提出し、最初は後ろ、次は真ん中、最後に前と、休憩場所ごとに移ることにした。
しかし正直言って、本当にこれほど自分が懐かれるとは、出かける前は思ってもみなかった。子供を常に見ていようと思ったし、話も聞こうと思った。そういったことが実を結んでくれたのだろうか。だとしたら、とても嬉しいことである。
帰りのバスの中では映画を見ることになっているのだそうで、何を見るのかでまた言い合いになる。いいかげんにしろよおまえら(笑)
んで結局、『ラピュタ』を見ることになった。男子は最初ぶうぶう言っていたのであるが、いつの間にかみんな真剣に見ている。かくいう僕もそうであって、『ラピュタ』は宮崎の中で一番好きだったりする。
パズーが城に助けに行くシーンで、ゴリアテの爆撃をうけてドーラが気絶し、墜落するハエマシンをパズーが必死に操ろうとするシーンでは、いつもググっとくる。
「あがれぇ〜〜!!!」というあのセリフ、いいねえ。
がんばれ男の子、という気がする。これぐらいいい男になれよ、と子供たちに言ってやりたいぐらいだ。
本来長いはずのバスの行程も、子供たちと話をしているとあっという間である。高速を降りて、世田谷に近づくにつれ、近くに座っていた女の子が今度はぶうぶう言い出した。
重い荷物を持って帰るのがイヤだといい、タクシー呼んでくれなどと言い出したので、アホ!と一喝。そんなに歩くのがかったるいなら車椅子でも使えとイヤミを言ってやると、自動のやつなら楽そう〜とか今度は言い出した。なんてヤツだまったく(笑)
実際、ついてみるとびっくりするぐらいお母さんたちのお出迎えが多かった。そういえばお見送りももの凄く数が多かったが、あんまり甘やかすのもどうかと思う。
別に期待していたわけではなかったが、我々に一言の挨拶もないというのもどうかと思いまくった。ええ別に何とも思っちゃいませんがね!!
帰りの会の後、子供たちに取り囲まれた。もみくちゃにされながらも一人一人に挨拶して、なんだかとても嬉しかった。うちの大学では小学校の教員の資格は取れないのであるが、これはアレかな……という野望が胸のうちにムクムクとわき上がってきたのを感じた。
先輩にお褒めの言葉もいただいた。
初めてなのによくやった。子供からの人気がそれを証明していると。
とても疲れたが、なんとなく報われた気がした。子供たちは僕のことはすぐに忘れるだろうが、5年生のときの移動教室のことはずっと覚えていてくれればいいと、そう思った。