教育実習日記
教育実習の全記録です。学校の実態について、腹蔵なく書きますので、教育関係者はチェケラ!
6/21
「実習を終えて」
勉強するとはどういうことなのか、もう一度考えろ。
実習中、担当のST先生にずっと言われてきた事です。実習中に考えなければいけなかったことなのに、今それをじっくりと考え、答えが出たというのも、本当に情けない話ですが、自分がこの実習を経て得た教訓の一つではあります。
勉強するとは、ただ知識を詰め込んで、覚えたりすることではないでしょう。難しい数学の問題を計算したり、英文を書き換えたりすることは、作業であり、訓練です。中等教育の場においては、それらを徹底的に繰り返すことによって、社会生活での土台や基盤を作っていきます。そういったことも大切でしょう。しかし勉強することとは、物事の要点を、本質を掴むべく努力することです。
ただメクラに本を読んで、底の浅い雑学を蓄えるなんて何の意味もない。
自分が今何に興味があるのか、自分自身でちゃんと知り、その上で読む本を選択するべき。それを積み重ねていくことによって、はじめて懐の深い人間になることができる。「中身」のある人間になれる。自分の引き出しをちゃんと引き出して、自分で詰め込む。
自分の目で見て、読んで、耳で聞いて、手で掴んで、足で歩いて、頭で考えて、口で喋る。
それこそが「勉強」なんだと思います。
勉強して、自分になるんです。
当たり前のことです。結局は、努力しろ。だけど、努力する方向を間違えるな。ってことなんですけどね。
実習を終えて思うのは、そんなことです。
6/20
「思い残る」
最終日にする授業こそは、絶対に自分でも完璧に納得のいくような授業にしよう。そう思って、前日の準備は今までより、さらに念の入ったものになりました。念を入れすぎて、学校に提出する感想文の下書きを忘れてきて、朝あわてて妹に電話し、原稿のデータをメールで送信してもらう(自分の携帯はi modeなので、リモートメールを使えばどんな長文でも読める)などといった失態も犯したものの、気合い十分。生徒ども、今日は寝かせないぜ!
と、思っていたのに……
閉講式の為、授業は中止。
思わず閉口。
なんとか授業をやらせてもらえないかと交渉してみたものの……ダメでした。尻切れトンボとはまさにこのこと。マラソンに出場して、最後の最後で強制的にリタイアさせられてしまったような……そんな気分でした。研究授業というものがなかった自分にとって、最後の授業は最も楽しみにしていた、締めくくりの大一番。生徒に、これでオシマイです。今までありがとうと挨拶することさえ、できない。
今まで、納得のいくような授業をすることができなかった自分にも問題はあるのですから、不平は言うまい…とはいえ、落胆し肩を落としながら放課後、掃除に向かうと、生徒は自分が今日までではなく、明日か明後日までいるものだと思いこんでいたらしく、驚かれました。ごめんよ。朝のHRで言っておくべきだったね。
本当に何事もなく、今日で実習が終わるというカタルシスも何もなく、フツーに掃除を終えて帰ろうと思っていたら、クラスの級長に、一言だけ感想を貰いました。「授業面白かったです」と。
嬉しかったです。
6/19
「今さら…」
なんだ今日の授業は………
その余りのひどさに、吐き気がしてきそうでした。要するに、わかっていないのです。その単元の本質自体を、自分自身で理解していない。そのことから招かれるミス。流れ自体が掴めていないという、歴史を教える上で絶対にあってはならないこと。自分はもうすでにある程度の知識はあるから、わからない、ゼロ知識の人間のわからないところがわかっていない。
実習も残すところあと一日だというのに、こんなに基本的なことができていないなんてと、絶望的な気分になってきます。そして、いい授業をするためにどうすればいいのか、自分自身でもよくわかっていないことに気づいて、ますます気分が落ち込んできてしまうのです。
勉強すればいいのです。勉強すれば。今からで間に合うものかという気もいたしますが、そうしなければどうしようもないのであって、今からやることの多さに眩暈がいたしますが、努力を忘れたらなんだって腐るのです。悩むフリなどさっさとやめて、言い訳もけっ飛ばして、とにかく始めなければ。
日記が中途半端なところで申し訳ないのですが、明日はオーラスです。ちゃんと締めくくれるように努力したいと思います。
6/17
「体育大会」
体育祭。ではなくて、体育大会なんだそうです。どっちだっていーじゃねーかという気はいたしますが。
生徒の規律に対する接し方を見ていると、なんだかなーという気分がますますしてきます。というか、学校の規律の守らせかた自体がちとおかしいと思う。普通、こういうきまりがある。だから守れ。守れない奴はこのコミュニティでは罰する、というものが法であり規律であると思う。だが、この学校ではその宣告をしないまま、ただ規律を守らない生徒を罰する。それってなんかヘンじゃないだろうかと思うのです。
守らせる努力をしていないというか。それは、学校の名前がついた体操を見ていてもそう思いました。ヘンな体操なのです。体育教師の自己満足が目一杯詰まっているような、そんな感じ。うちの高校にもこのような体操があったのですが(系列校はみんなあるのだろうか?)、少なくとも中一の時にその体操を徹底して教えられ、クラスでの隊列の組み方、行進の仕方などもみっちり仕込まれました。
当時はうざったいなと思ったものですが、結果としてはよかったと思います。鉄は熱いうちに打てというのはこのことだと、今にして思い返すのですが、この学校は………
てんてんてん、と考えながらも、体育祭――体育大会そのものは非常に楽しかったです。高校生なんて、盛り上げようと思えば盛り上がれるものなんですね。途中から雨が降ってきたにもかかわらず、その盛り上がりようはこちらとしても気分のいいものでした。
帰りにバスが発車する時刻まで教室でHRが行われていたのですが、そこで生徒が何人か集まってタイガーウッズ(せんだみつおゲームの変形版らしい。タイガー、ウッズ、イエス。だそうだ)をやっていて、負けた人へのペナルティとして、「服をちゃんと着る」というのを課しているのが、とても印象的でした。
高校生ですから、やはり今時の高校生のようにバカっぽく制服を着崩しているのを、ちゃんとするのが彼らにはとても恥ずかしいようで……それしかオシャレをする=他人との差別化を図る手段がない彼らにとっては、そういうものなのかもしれませんね。ちゃんと着ていたほうが、余程格好良いのに。
6/16
「呑まれていく感じ」
実習が実にヌルいと感じるのは、きっと自分が自分でなく、高校生や先生達のペースに自然と合わせて行ってしまっているからだと思います。合わせているというより、呑まれていく。媚びを売っているに等しいことを、これまでおそらく平気でやってきていたことに振り返ってみて改めて気づき、穴があったら入りたい気分です。
今日は体育祭の予行。本当の予定日と大きくずれ込み、明日が本番だというのに今日予行ですかと思いつつ、釈然としない気分でジャージに着替えて列に加わったものの、案の定やることがなくて所在なくうろうろするだけという体たらく。アホウそのものの姿。普段なら自分の仕事は自分で見つけると言っているところですが、学校という空間の中にあって、教育実習生というインターンは、あまりにも中途半端な存在すぎる。その後にやった授業も相変わらずで、突破口が見えない。焦るばかりです。体育祭の一日を抜かせば、もうあと二日しか時間がないのですから。それだけで、自分に納得がいくような結果が出せるとは、到底思えない。
その鬱憤を、結局は教生同士で消化することになります。いえ、消化というよりは、マジックで上から塗りつぶしているだけ。黒点は結局残ることになるのです。強いストレス下におかれた集団は、自然と結束力が高まるという例にもれず、教生同士での和も随分と深まりました。でもそれは、あくまでのぬるま湯であって、自分を磨けるような場では、決してない。
本来自分はこの教育実習期間中において、何をするべきだったのか。どうあるべきだったのか。だんだんそれが見えてきました。いえ、教育実習期間中というよりは、人生において常にどうあるべきなのか。それは前から分かっていたことなのに、結局自分はラクでヌルい巣穴に逃げ込んでいるばかり。自分を軽蔑しても何もなりません。だからせめて、逃げてはいけない。
それはそうと、今日久々に絶望的な気分になりました。高校生といえど、これほどまでに物の道理がわからない奴らだとは思いませんでした。このモラルの低さを、我々は一体どうするべきなのでしょう。
6/15
「流れの中の本質」
今日で授業も三回目。授業にもなっていないような前の二回を比べて、今日の六限は大分マシなものとなった。でもまだ、歴史を教える、という点において本当の意味での「授業」にはなっていない。これはそもそも、自分が学校の授業というものを完全に誤解していたことに起因する。
もともと自分が世界史の先生になろうと思ったのは、予備校の先生の授業が余りにも面白かったからだ。しかし予備校や塾というのは、もうすでに少しでも知識のある人間がやってきて物事を学ぶところである。いわば、イチを二やサン、ジュウにまで昇華する。しかし、ゼロをイチにする。これが、学校の授業である。そのことをまるっきり自分は失念していた。「教える」ということにおいて、これほどまでに無知であったことに、むしろ驚きを隠せない。
今まで歴史の授業というのは、「流れ」を掴ませればいいと思っていた。塩野七生の言葉ではないが、自分も歴史の「プロセス」を楽しむタイプだからだ。しかし学校の授業においては、まず基礎知識。そのためには流れなど言っていられない。かといって、暗記させるというわけではない。その時代、その事件において、人がどう動いたか。その結果どうなったかという、流れの中にある本質を掴み、最も伝えたい、軸とするのが、授業なのだ。
自分は、物事を本質を見きわめる目を未だに持っていない。そんな人間が、授業をするなどとは全く持っておこがましい話だ。本質なき授業は、ただの垂れ流し。下水や選挙演説にも匹敵する、意味のない言葉の羅列だ。かといって、自分はもうすでに教壇に立っている。明日も立たねばならない。歴史が好きだと公言し、歴史の勉強に関してだけは体中の毛穴から楽しさが湯気となって吹き出すぐらい熱心にやることができる。その自分が、本質を見きわめられないわけがない。きっと見きわめてやる。授業は明日だけど、考える時間は寝ている時を含めてまだ何時間もある。
今日は、カルタゴとローマの夢を見よう。ハンニバルと大スキピオの夢を見よう。そうして授業に望むのだ。
6/14
「はじめての…」
一日中上の空。
というのも、今日の六限から授業実習に入ってしまうからです。まだお前やってなかったのか!? という声が聞こえてきそうですが。そうですまだやってなかったんです。これからやったとしても、全部で8コマぐらいしかやらないだろうけど、それでも授業は授業。やることはしっかりやらなければ。
朝から準備で、板書予定表のノートは、後から書き加えられた付箋紙で、ずらずらと埋まっていく。あ、これもこれもといった具合で、どんっどん話すことが増えていく。後にこれが仇となるのも気づかずに……
全身を、色で言うなら黄色の緊張感が支配していました。前の日に実習日誌に、緊張の「緊」の字を「竪」と書き間違えるほどの緊張ッぷり。わりと本番に強いタイプではあると自分では自負していたつもりなんすが、やっぱり授業となると……教生控え室でうんうん唸っていると、だったら一回ここで授業をしてみろと言われ、3年振りに「モスバーガー学概論」を披露する。大ウケ。教生にウケてもしゃーないんだが…
そんなアホなことをやっているうちに、アッという間に授業担当の六時限目がきてしまいました。てふてふと教室に向かっていると、突然女生徒に自分のノートを捕まえられました。すわ何事!?と思ってみると、自分のノートに書いてある自分マークが珍しかったようなのです。アニョネー…君たち見たかったら見たいとか一言ぐらい言ったら……それに、ムカデ競争の練習とかゆっても、知らないよわしゃ。
で、肝心の授業のほうなんすが、期待通り失敗しました。口火を切った途端に言葉は泉のように。予定していなかったことまで滔々と。とにかく自分の知識とも呼べない雑学が流れ出ただけ。最悪です。
でもまあ失敗は成功の元。明日はもうちょっとマトモなことをする予定です。ヘンな緊張感も抜けたしね。
<注釈>
モスバーガー学概論…モスが好きで好きで仕方ねえモサーである自分による、モスバーガーへの愛の講義。自分が大学一年のときに初めて開講した。しかし授業をするのはこれが二度目。実習重視。
自分マーク…自分のトレードマーク。手紙の差出人の所にこれだけが書いてあることが非常に多く、ちゃんと住所書けと怒られる。わかるんだからいいじゃん。どんなのかというと、こんなんである。
ムカデ競争…土曜日が体育祭なので、どのクラスも授業をサボって練習をする努力でみなぎっている。
6/13
「雨ですね」
ここんとこ雨続きで困る。なんでかっつーと教室がクサイのである。男子校のムオッという男臭さには、中高男子校だった時に結構馴れてしまったが、女子がいると別種の臭みがある。というわけで教室に入った途端卒倒しそうになったりもするけど、臭いは生きている証拠。嫌がらずにがんばります。
で、雨で困る理由のもう一つ。実習校は屋根がない学校なんである。前に、建物一つ一つが独立していると書いたと思うが、廊下にひさしがかかっている程度で、雨ふきこみまくり。これは果たして土足と上履きを履き替えている意味はあるんだろーか。今日ST先生と並んで歩いていたら女生徒がいきなり怒られたので何だろ? と思い後でよくよく見てみたら、上履きを履いてこちらにきていたのを咎められたらしい。……そんなのが、ほとんど気にならないくらい、外と内の区別ナシ。
極めつけの雨で困る理由。明日本来体育祭の予行だったのですけど、この雨続きではどうやらできそうにない。っつーことで、時間が繰り上がって、明日授業実習を行うことになってしまいそうなんである。どへーッ!! 準備してないわけじゃないけどなんか急!! ゆっくり構えすぎてた!! かといって慌てるわけでもないんだけど。慌てていても仕方ありません。しっかりした構成を考えていれば大丈夫!! ま、肩の力を抜いて、気楽にやりますよ。気楽に。キラクに。き、きらくに……
昨日に引き続いてC組の続報。今日も、無断で立ち歩いたりして怒られまくっていた。でも散々怒った上に、アホウが。とかで締めくくっちゃったら、余計後味悪いと思うんだけどな。怒るっていうハイパーボムをいかに巧く使うかっていうのはテクニックだよね。で、ティッシュを受け渡すのに、先生の目の前で投げて渡した生徒(実はこのクラスの級長)が怒られて受け応えて曰く。
「次はちゃんと投げます」
クラス大爆笑。
6/12
「激昂教官」
前に、成績とかでクラスが分けられてるんじゃないだろうか? という疑問を持ったんだけれども、H組だけが高校から外部編入してきた生徒たちで、他はまちまちらしい。で、自分が担当している高1-Cは、どうも他の教生なんかの話を聞くと、最も落ち着きがない、うるさい連中を集めたクラスなんだという…。ホントかよと思ったものの、自分にも思い当たるフシがないわけでもないので否定もできませんでした。それに、その理屈でいくと、テコ入れにST先生が担任としてついていることも頷けるのです。
今朝のHRも、このクラスは動きが鈍い! 課題も提出されていない!! という説教からはじまった。ほれぼれするような激昂教官(ドリルインストラクター)っぷりであるが、他のクラスでもウルセーこの野郎! といきなり怒り出すこともあるので、単に怒りっぽい先生という見方もできる。こういう先生、自分は好きです。
この先生がC組についていることは、一面では正しいんだと思う。自分の目から見ても、C組の生徒はちと弛んでいる風にも見えます。やるべきことをやらない。遅刻するのも当たり前という状態で、注意する者がいなくなったらどうなるのかな。綱紀粛正を図るのは、規律ある自由を尊ぶ学校教育において当然の習わしでしょう。
しかし、怒ってばかりというのもどうかと思います。ちゃんと課題をやったのなら、褒めてやるべき。「叱ると人は自分の欠点に気づくが、褒めるとそれは自信に変わっていく」という言葉を思い出しました。そういうバランスがきっと、大切なんす。自分もそうしてあげたいところなんですが、そういう細かい心の機微に頭が回るほど余裕がなく、今日は反省……木曜から、授業実習がはじまります。いっちょ気合い入れないとね。
<注釈>
激昂教官…新兵を訓練するために徹底的相手をシゴき、罵倒して性根を叩き直す教官。ただ怒っているだけにも見えるが、非常に高度な技術であるのだという。フルメタル・ジャケットとか見ると出てるけどあれは本物。
ウルセーこの野郎!…この時は自分もマジでビビった。
6/9
「金を貸す」
今日も授業参観。いーかげん同じ単元ばっかり受けていると疲れるけど、学ぶべき事もある。塾の先生と学校の先生の、明らかに違う教え方。クラスによって指導の仕方に工夫を加えている。あらためて気づくこの違い。でもやっぱり、塾の先生のほうが教え方は巧いと思うよ。
研究日という名の週休二日制のもと、指導教諭のST先生が帰ってしまわれたので、気になっていた中等部の授業参観へ。聞くところによると、中学では全然生徒が落ち着かずに、いわゆる学級崩壊の体であるという。興味がわいたので行ってみたら、本当にそうだった。ウルセーな! 黙って教室入りやがれ! と何度叫びそうになったことか。一応授業は授業として成り立っていたので学級崩壊というほどではなかったんですが、別に特殊なことではなくて、中学生ってのはみんなこういうものなのかもしんまい。
自分の中学の頃のことを考えると……どーだろ。ある授業では、まったく授業崩壊していたけれども、それは完全に先生をナメきっていたからであって……やっぱり決め手は先生の人格だよね。
そんなことを考えつつ、今日も掃除タイム。だのにバカ二人組は、また「どっちが掃除するかゲーム!」などと始めけつかりくさった。今日は請けてたつことにしたんだが、じゃんけんとか腕相撲でいいっつってんのに、自分らが勝てるようなものに無理矢理決めるあたり、正真正銘ガキんちょっぽくて大変よろしい。で、勝負方法はNot20。結果。あっさり勝つ。
クチャクチャ話ながら結局掃除を手伝っていたら、金を貸してくれと言われた。何言ってんだコノヤロー! バレたら実習取り消しになっちまうじゃねーか!!と、しつこく食い下がるのをはねつけて貸さず。ちなみに借りたい理由は、ビデオの延滞料金が溜まって返せなくなったから。大爆笑。
<注釈>
ST先生…志村喬+気合いといった風の先生。気合いの入った老人大歓迎。
学級崩壊…最近では「授業が成り立たない状態」という言葉に置き換えられた。言葉が変わったからどうなるってわけでもないだろーによ。
Not20…一人ずつ順番に3つまで数を言うことができ、20を言ったものの負け。Not100などもある。
あっさり勝つ…このことを他の教生に話したら、「ヘンな生徒にヘンな教生」と言われた。
6/8
「立ちっぱなし」
昨日の試験監督はプレ教育実習として、今日から本格的に授業参観が始まった。つーかもう授業やってるヤツもいるんだけど、自分もそのほうがよかった。準備は不足しているけど、そのほうがなんとなく早く気がラクになれる。今の状態は、死刑執行を待ってる囚人みたいでなんかヤダ。
授業参観は全部で3コマ。教室が狭いので、ずっと立ちっぱなしで疲れる。しかも同じ教生の、同じ世界史のM岸くんが、なにかにつけていちいち自分にくっついてきて行動を共にしようとするので、少々不気味ですらある。絶ッッ対に、酒飲んだら豹変するタイプであることを本能と経験から見抜いた。昨日「教生同士で酒飲むのは二回か三回ですかね」などと突然抜かしていたけど、絶対あんたとは飲みに行きません。
さて、今まで書いていなかったが、実習校は非常に変わった作りをしている。普通、でかい建物の中の一つ一つの部屋が教室になっているものだが、ここは違う。建物一つ一つが教室なのだ。どういう感じなのかは伝えにくいんだけど、いずれ写真でも撮ってきます。とにかく、教室一つ一つがびったり密集している感じではなく、割と開放的なので、教室の雰囲気ひとつひとつが、結構異なっていることに気づいたんである。
そんなのどこの学校でもそうのような気もするけど、いる生徒のツラ構えからして、なんとなく違う。こっちからチャイニーズタウン。こっちからリトルイタリーとか。まるでそんな感じ。もしかして、成績で教室分けてる? 今度聞いてみよう。でも、教室番号が大きくなるにつれ、女の子の人数が増えているというのも一因なんだろう。きっと。108教室。女子半数以上。スゲー。
放課後、掃除の時間になって担当している教室に行ったら、昨日掃除をサボッたバツで一週間掃除当番をやらされている二人がぶーたれていた。オマエラ掃除しないと自分も帰れないんだからさっさとやれよ! というと、「先生と俺たちとどっちが掃除するかゲーム、イエーイ!」…………本気でバカだ。バカすぎる。楽しい。もちろん掃除はちゃんとやりましたとさ。自分のガンリキもまだまだいけるね。
6/7
「最初の仕事」
山城。というのが、自分の実習校に対する率直な感想です。小高い丘に、張り付くようにして建っているその学校は、まさに戦国時代の山城というのに相応しい。だから高低差が多くて参っちゃうんだヨ! 校舎もユニークな作りをしているから、どこに何があるんだかさっぱりわかんないし……つうかこの学校階段だらけでスロープゼロ。逆バリアフリー!? すなわち超バリアードカレッジ!? 障害者はたとえ父兄でも、来るなコノヤローってことですか。まあ私立だしな。
初日なんだからもっと他に書くことあるっしょ。と言われそうだけど、これがない。なんせ、最初の仕事は模擬試験の試験監督……試験が終わるまで、眠いのをガマンしてずーーっと立ってるだけ。まあ、文句は言いませんけどね。せめて生産的に、生徒の顔と名前ぐらい覚えなきゃならないしね。
しかし、高校一年生。予想以上にアホ。なんか安心。模擬試験の個人記入用紙を彼らは見たことがなかったんだろうか。「先生、志望校って、なに書けばいいんですか」。先生大激怒。自分大爆笑(を、かろうじてガマン)。
教育的見地に立って言えば、考えるチカラっつーもんがないんですかね。いや、こういうのはむしろ、外敵のいない、オーストラリアで言えばカンガルー島みたいなところで育ったヤツラばっかりってことなのかも。
というわけで、今日は本当に試験監督をやって、掃除をして帰っただけ。掃除のときにちょっと生徒とも話すことができたけど、やっぱりちょっとぎこちない。話すことがないってのもあるんだけど、向こうもこっちを探っている状態だから、これは以降うち解けていくことでしょう……そうなると、いいな。
明日からHRも担当することになる。っしゃあ。一発カマシますかね(何をだ)。
<捕捉>
「先生、志望校って…」:
彼はこれ以降もナイスなボケをかましてくれた。自分の名前が書けないとかね。問題用紙がないとかね。
6/6
「前夜」
困ったなあ。いくら準備しても終わらない。
自分が担当するのはローマとか、そのあたりだということはわかってるんだけれども、いざ準備をはじめてみると、実にこれが厄介なんだよな。教科書の、4ページで1000年の歴史を語るというのに呆れ果てて、自分で年表を作成しはじめたのはいいものの、アウグストゥスのあたりで完全に詰まった。気が付いたら、スエトニウスの「ローマ皇帝伝」を読み耽ってたし……。
BGMにディズニーの「ターザン」をかけてたら、ローマというより森深く分け入るケルト人という感じになってきちゃったしな。
歴史はいくら掘り下げてもキリがない。……あ、そうか。だから、自分で掘り下げられる限界まで掘り下げて置かなきゃいけなかったんだ。何を、自分は気取ってるんだろう。学者にでもなったつもりか。史学科でローマについて勉強しまくっていたわけでもないだろうに。
ギリギリまで準備を始めなかった自分に、どれだけのことができるというのか。気取ってないで、勉強しよう。明日は5時起きだ。
<註釈>
スエトニウス「ローマ皇帝伝」:
岩波文庫より上下巻が刊行されている、カエサルからドミティアヌス帝まで、帝政ローマに君臨した12人について、皇帝つきの秘書官スエトニウス(A.D.70〜130)が同時代の世評・風刺・落書の類まで細大もらさず参考とし、皇帝の私生活から逸話まで織り込んだ伝記集。ふろくとして、『神君アウグストゥスの業績録』も収録されている。