1995年という年


阪神大震災の話題が来るたびに、思い出すことがある。
その年、私は最初の入院で寝てばかりいたときを少し過ぎて、毎日新聞で日々の出来事を知っていた。
阪神大震災のニュースはそんな時知った。そこでの苦しみは私には推し量ることしか出来ないが、新聞一面の死亡者欄に圧倒された記憶がある。自分にとって非現実的な出来事(=膠原病)+一般的にも非現実な出来事(=阪神大震災)が重なり、さらにサリン事件が起こり私の中での現実はみるみる薄まっていた。

あの奇妙な感覚は今にして思えば病気の悪化や、薬の大量摂取も重なった結果らしいが(あまりそのころのことは覚えていないというか思い出したくないというか)。

私にとって、1995年は忘れられない年のはずだが、何年かたつと、「あれ、入院したのっていつだっけ?」などと思うようになり、自分でも呑気なものだなと思う。
しかし、阪神大震災の日がやってくると私もそのときを思い出す。