a little bit……
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目次
第1話〜第6話まで
第7話「そのへらず口をどうしてくれようかっ!!」
第8話「痣」
第9話「これはお守りなんです」
第10話「だったら今度セッションしませんか?」
第11話「……ごめんな……さい……」
第12話「だからどうなんだ?」
第13話「償いなんです」
Digression02「もういかなかうやあおあうああああああ」
第14話以降
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第7話 「そのへらず口をどうしてくれようかっ!!」
初めて会ってから1ヶ月がたった。scarさんともなんとか会話が成立するようになってきた。最初のあの一件以来、核心をついた会話はしていない。別に話さなければいけない事もないし、そこまで追い詰めるには付き合いがなさ過ぎる。彼女から話してくれることを期待しつつ、僕は他愛もない会話を続けるのだった。
と、言っても相変わらずほとんどオレが一方的に話しているに過ぎず、scarさんの方は「はい」とか「そうですね」とか相打ちを打つ程度。scarさんは消極的な態度でオレとの会話に臨んだ。そういう性格の子なのだろう。だから一通り僕が話し終わると、沈黙が走るのだった。
そんなある日、いつものように沈黙した。
ダンデライオン:…………
scar :…………
・・・・5分経過・・・・・
ダンデライオン:…………
scar :…………
・・・・10分経過・・・・
ダンデライオン:…………
scar :…………
ダンデライオン:だぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!負けだ!!
scar :え?
ダンデライオン:君には負けたよ。今度メシでもおごるよ。
scar :どういうことですか?
ダンデライオン:どちらがより黙っていられるか、競争したんでしょ?だからオレの負け。今
度、メシでもおごらせてよ。
もちろんこの時、オレは冗談を言ったつもりだった。「何言ってるんですかぁ〜」的な受け応えは無理にしても、彼女からのツッコミを期待していた。
しかし……
scar :いいですよ。いつにします?
ダンデライオン:いつって?
scar :おごり
オレは驚きを隠せなかった。今まで散々、消極的な態度を取ってきた彼女が一番積極的になれない行動“チャット相手に会う”という事を自分で言い出したからだ。
こうなったら、どんどん話を進めていくしかないだろう。ここが地域チャットの強み。
と言う事で今度の日曜日に会うことにした。
待ち合わせ場所は意外にもゲームセンターの前だった。彼女はゲームセンターにあるゲーム「ドラムクラブ」にハマっていて、ゲームをした後メシでも食べに行こうという事になったのだ。
彼女がどうしてこんな事を言い出したのかよくわからない。それも会うことで何か解決するに違いない……たぶん……。
でも、どんな子なんだろう?常連の三人でさえ未だ会った事がない。だから、初めてのオフ会(二人だけど……)になる。少しの不安と大きな期待で一杯だ。
そして当日。
オレが出かける準備をしていると背後から声が聞こえた。
「何処いくの?お兄ちゃん」
オレの浮ついている雰囲気を察したのか、千華が背中越しに僕を見ている。
「べ、別に……ふらっと本屋へ行こうと思ってな」
振り返って千華を見ると僕をジト目で見てた。疑われてる?
「へー、ふらっと本屋行くのに、そんなオシャレして行くんだぁ?」
「さ、最近の本屋はオシャレになったからな。汚い服装だと追い出されるんだ」
「…………」
「…………」
二人微笑。少しの沈黙。千華が本題を切り出した。
「私も行く」
「駄目だ」
「女?」
「…………」
オレの目の前まで顔を近づける千華。
「私がお兄ちゃんにふさわしい女かどうか見届けてあげる!」
「駄目だ!来るな」
すると、千華は大声を上げた。
「あーっ!!やっぱり女なんだ!!」
「チッ!!」
こんな簡単な誘導尋問に引っかかるとは!!
というわけで千華を振り切ることが出来ず、一緒にいくことになった。
「よくもまぁ高校生をご飯に誘ったよねぇ〜(←悪意篭ってます)私を誘ってもくれないのに……犯罪臭〜い」
「短絡的な……お前だって高校生だろうが」
「こりゃあますます私が行かないと危険だわ」
「おい、オレはゲームをだなぁ」
すると千華は目を瞑り顔を左右に振る。
「あー、汚らわしい」
「……殴りてぇ……」
そしてオレは待ち合わせ場所のゲームセンターへ来た。
「お兄ちゃん、そのscarって子と会うのに目印とか決めてるの?」
「あぁ、ほらこれ」
そういってオレは千華に黄色いハンカチを見せた。
「昔から黄色いハンカチは幸福の証だ」
「古っ!!」
「これは彼女の提案だ」
すると千華は眉間にしわを寄せた。
「……変な高校生」
「お前やけに噛み付いてくるよな」
「あぁーもう、うるさいなぁ。で?いつ来るの?」
オレは携帯の時計を見た。
「時間的にはもうすぐだな……」
……1時間経過……
「お兄ちゃん。私思うんだけど……」
「皆まで言うな」
「ふられた?」
「そのへらず口をどうしてくれようかっ!!」
オレは千華の頬を左右に引っ張った。
「痛ーいっ!!」
……2時間経過……
「お兄ちゃん、相手の携帯番号とか知らないの?」
「彼女は携帯を持ってないそうだ」
「……私もう帰る」
「そうだな、帰れ」
「お兄ちゃんも一緒に帰ろうよ」
「オレはもう少しいるよ」
「未練がましいなぁ」
……3時間経過……
「もー、我慢できない!!私帰る!!」
「1時間前も同じセリフ言ったぞ」
「お兄ちゃん、人間諦めも肝心だよぉ」
「分かってるよ、でも、もう少し待ってる」
彼女はすっぽかす様な子じゃない(そりゃあチャットでしか会った事ないけど)。きっと何か理由があるんだ。多分……
「私はホントに帰るから」
千華は帰っていった。
……4時間経過……
「帰るか……」
オレは心にわだかまりを感じたまま帰ることにした。
第7話 終わり
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第8話 「痣」
私はベットにいる。朝からずっとだ。ふと時計を見る。約束の時間は過ぎていた。
でも、行ける筈がない。体中が痛む。
昨日は“お勤め”があった。小学生のときから続いている“お勤め”。鏡を見る気もなかったけど「もしかしたら治っているかも」という期待をして覗き込む。
やっぱり、消えてはいなかった。頬にくっきり浮き出た痣(あざ)。
毎週この日だって分かっていた。だから、それ自体は何も感じない。
でも、いつものそれとは少し違った。今までは決して顔を殴られる事はなかった。顔を殴れば、世間にばれるから。
でも、私が明日出掛ける事を知って……。
「お前なんかが世間に出ていいとでも思っているの?ふざけるのもいい加減にしな!!殴られる事しか価値のない人形の癖に!!死んでよ!!」
私は何も感じない。感じちゃいけない。
「死ね」と言われた瞬間から私は何も感じない事にしたんだ。
でも、それだけじゃあ私の心は救えなった。
だから、あの人に頼ったのかもしれない。
「このお勤めが終れば楽しい事が待ってる」そう自分にご褒美を作ることで希望を持たせようとした自己防御本能。
あの人はきっと怒ってるんだろうな……
そう思うと居ても立ってもいられなくなった。幸い、母親は居ない。今がチャンスだ。
それは苦しい言い訳かもしれない……でも、話したい。
私はパソコンの電源を入れた。
………… ………… ………… ………… ………… ………… ………… …………
疲れた体を引きずってオレはやっと自分の部屋へたどり着いた。ベッドに体を預けると、数秒もたたないうちに意識は深くに沈み、かわりにまどろみが浮かんできた。
しかし、しばらくすると携帯の音がオレを現実に戻す。意識朦朧と携帯に出ると、そこからは聞きたくない声が聞こえてきた。
「女子高生に振られたぐらいで管理人の仕事はサボるなよ」
「うるさい……っていうか、それを誰に聞いた!!…………チッ、一人しか居ないか……」
「その声だと今まで寝ていたな。寝るぐらいならメールチェックぐらいしろ!!」
ホントに朝希の声は良く通る。うるさい。
「わかったよ。うるさいなぁ」
「こっちだって金を払って……」
あんまり煩いので切ってやった。
しかたなく、まだまだ寝たりないと言っている体を説得して起き上がり、パソコンの電源を入れる。
「メール、メールっと……はぁ!?」
ディスプレイには、確か「関係終ったリスト」にさっき登録されたばかりの名前が表示されていた。
「scarさん?……」
慎重にメールを開く。
『今日は行けなくて申し訳ありませんでした。もし、許してもらえるのでしたら、明日「a little bit……」で会いませんか?待ってます。』
どうしたらいだろう。素直に謝ってるし許しても良いのかなぁ……。オレだって言いたい事もあるし……
悩んだ末に次の日、オレはパソコンの前に居た。
どういう風に対処したらいいだろう?怒ったほうがいいのかな?それとも大人の態度でやさしく許すのか?マウスを持った手が迷う、人差し指はそれ以上沈むのを拒否するかのように動かない。
すると突然、携帯が鳴って思わず勢いでクリックしてしまった。着メロの音から朝希と分かる。 アイツ……狙ってないか?
管理人 :ダンデライオンさんが入室されました。
こうなったら当たって砕けろだ。成るようにしか成らない。と言いつつ、まずは相手の出方を待つことにした。
ちなみに朝希からの電話は無視る方向で……
scar :ごめんなさい。
scar :謝って済むとは思ってません。それでも一言謝りたくて……
ダンデライオン:だったら教えてくれる?何故これなかったのか
scar :ごめんなさい。言えません。
「…………」
ダンデライオン:それじゃあ答えになってない。
scar :確かに。答えになっていません。でも、言えないです。すみません。
ダンデライオン:だったら、君を許す事は出来ない。
オレは気持ちのままに打ったつもりだ。「心が狭い」と言われても撤回するつもりはない。
scarさんの方は考えているのか、いつものダンマリを決め込む。そして、5分ほどたった頃、返事が返ってきた。
scar :前日、顔に痣が出来ました。
「えっ!?」
言い訳の内容はある程度予想はしてた。でも、帰ってきた答えは僕の予想を超えている。
ダンデライオン:なんで?何処かにぶつけたの?
少し間があって
scar :はい。
信じていいのだろうか?
……いや、信じるしかないだろう。
もしウソだとしたら、その前に「言えません」なんて付ける必要もない。確かに初めて会う人に痣の出来た顔は見せにくいだろう。
それが女の子ならなおさらだ。
ダンデライオン:だったら……
ダンデライオン:だったら、許します。でもその代わり……
scar :何ですか?
珍しく彼女が合いの手を入れた。嬉しいのかな?
ダンデライオン:その傷が治ったら会いましょう。
scar :はい!!
その時初めて彼女の『!!』を見た。
第8話 終わり
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第9話 「これはお守りなんです」
何だかこれがきっかけだろうか?彼女と少し打ち解けた気がした。実際、その後のチャットの会話内容も堅苦しさや、変な間が少なくなってきた。(まだまだ、多いけど)
一週間ほどして、彼女から傷が殆ど治ったことを告げられ、僕らは二度目の約束をした。
当日、外出の準備をしていると、後ろから千華が哀れんだような目をしてオレを見てきた。
「お兄ちゃん……かける言葉もないよ……」
「何とでも言うがいい」
「そうやってオヤジは高校生に騙されるのでした」
「じゃあ、お前は今日、ついて来ないんだな」
「悪いけど4時間も時間を潰すほど暇じゃないっつーの。帰ってきても慰めてやらないからねっ!!」
「そんなことして貰った事無いぞ!!」
「ご愁傷様」
そう言い残して千華は部屋を出て行った。
よし、今日は邪魔者が居ないぞ!!
待ち合わせのゲームセンターに行く途中、考える。
一体どんな子なんだろう?チャットの話し方からして、いまどきの子じゃない気がする。子供っぽくない。言動がハッキリしている。うーん、大人びた子なのだろうか?
とか考えているうちにゲームセンターに着く。
時間的には待ち合わせまで少し早い位だけど、彼女を探してみる。確か彼女は黄色いハンカチを手首に巻いてるはず……。
……それらしい子はいない。
一瞬、またか?と頭を過ぎる、しかも同時に千華の薄ら笑いが何処からか聞こえた気がした。もう一度待ち合わせをしてそうな人をチェックする。
背の高い男、こいつはどう見ても違う。
次にポニーテールをした小学生ぐらいの女の子、同じ女の子でも違う。
さらには髪の長い20代前半ぐらいの女の子と言うより女性、ふけすぎでは?
えーっと次は……とか考えながら、黄色いハンカチを右手で持て遊びながら探していると、下から声が聞こえて来た。
下を向くと、さっき却下した小学生ぐらいの女の子が居た。思わず反射的に前かがみになって、目線を合わせた。
「どうしたのお嬢ちゃん?」
「…………」
すると、女の子は下を向いてプルプル震えている。なんだ?迷子かなぁ。
「もしかして迷子?」
「…………」
しばらく震えていた女の子は黙ってオレの目の前に腕を出す。その手首にはなんと黄色いハンカチが結ばれていた。
「!!……じゃ、じゃあ、君がscarさん?」
女の子は黙ってうなずいた。
その直後、オレがひたすら謝ったことは言うまでもない。
早速、ゲームセンターの中へ入る。
「ホントにごめんね」
「……構いません……よく言われますから……」
「うっ……」
「…………」
怒ってらっしゃいます?とりあえず話題を変えてみよう。
「scarさん?ホントにそれ自分の物なの?」
「……はい」
「渋い趣味だねぇ……」
オレはとうとうscarさんと会うことが出来た。大人っぽい子を想像してたから、幼いのは予想外だったけど、それはそれ、現実がイメージ通りなわけが無い。
しかし、彼女が持参しているものには納得がいかない。
その体と不釣合いな、いや、現代日本において持ち歩くにはもっとも不似合いな物の一つ……日本刀が彼女の右手にしっかりと握られていた。
「竹光?」
「……本物……です」
「あの、日本には銃刀法というものがあって……」
すると彼女は刀を体に引き寄せた。
「……これは……お守りなんです」
「は?オレはそんなに信用なら無い?」
「ち、違います。その……人と話すの苦手で……でも、この刀があると勇気が出て……その……」
そう言うと刀を前に出して俯いた。チョットいいかも。
「まっ、警察見つからなかったら良いか(良くないけど)、じゃあ、早速ゲームでもやろうか?」
「はい!」
彼女の目が少し輝いた様な気がした。
やろうと約束していたのは「ドラムクラブ」というゲームだ。
このゲームはいわゆる音ゲーの一種で、画面上に出てくる指示に従ってボタン代わりのドラムセットをスティックで叩く。他に「クラブ」シリーズとして「ギタークラブ」「ピアノクラブ」等がある。
彼女の「お先にどうぞ」という声に押されて、まずオレがやる。実はこのゲーム結構、自信がある。恥じをかくことは無いだろう。
「あれ?このゲーム200円じゃないの?」
「店によって違います」
「良く知ってるね」
「この辺りは結構、回りましたから」
「そ、そうなんだ……」
そしてオレは通常モードを選び、無難な曲を選択。何とか形にはなった。ゲームオーバーすることなく規定の3曲を終えた。
「ふぅ、何とか形にはなったな……じゃあ次、scarさんどうぞ」
「……はい」
scarさんは迷うことなくドラムクラブの前へ進んだ。そしておもむろに百円玉を一枚入れる。
「どれぐらいこのゲームやってるの」
「……最近はあんまり……」
オレのほうを見ることなく話し、鞄からマイスティクを取り出した。
「…………」
このゲームは幾つかのモードがあり、選択できるようになっているのだが、彼女が選んだモードは「1000秒モード」だった。その名の通り、閉店(ゲームオーバー)しないかぎり最長1000秒間ゲームできるモードである。
しかし、流れる曲はメドレーで色々な変化があり、凄く難しい。全国でも数人しか最後まで達したものがいない超難関モードである。
普通にこれを選ぶあたり、只者ではないのではないか?
っていうかさっきとは目つきが違うし……
そして曲が始まった。このモードはいきなり16ビートの速い曲から始まるのだが、scarさんは全く戸惑うようなし。凄い!!腕の動きが見えませ〜ん。オレは確か500秒ぐらいはいけるんだよな……。
しかし、彼女はオレの最高を簡単に超えてどんどん進んだ。
ふと気付くとあまりの凄さにギャラリーが集まってきて、オレはなんか誇らしい気分になった。(別に自分の事じゃないけど)
そして、800秒を越えたあたりから一気にギャラリーは増え、物凄い人だかりになった。とうとう残り20秒ぐらいから自然にカウントが始まる。オレも興奮してカウントを取る。
「5、4、3、2、1、0!!!」
一気に周りが歓声に包まれた。オレもこのモードのクリアーを初めて見た。 彼女のそばに駆け寄ろうとしたけど、他のギャラリーが殺到し、大変なことになった。
必死にもがいて、なんとか彼女の手を掴み脱出。ゲームセンターを出た。中では本人不在で盛り上がっていた。
落ち着くために近くの公園へ行き、ベンチに座った。
「大丈夫?」
「……なんとか……あの……何が起こったのか判らないんですけど……」
潤んだ瞳を見せ尋ねる。それに僕が説明すると、
「……あの騒ぎの原因は私ですか?」
彼女は信じられないようだ。
「君がアレだけの人を動かしたんだ」
「……信じられない」
謙遜しているのか彼女はずっと俯いてた。
「もう少し信じていいんじゃないかな」
「……?」
「自分のこと」
「…………」
気のせいかますます俯いた気がした。
「scarさんはチャットでよく自分のことを卑下するけど、今日会ってみて別にそんな感じはしなったよ。むしろ、感心したし」
「そんな……私なんか……」
「それ!!」
「……えっ?」
「今日から『私なんか……』は禁止。君はそんな謙遜するような子じゃない。自信を持って。オレが保障する」
「…………」
彼女は軽くうなずいた。ポニーテールが揺れる。
「それにしてもscarさん凄いよ!!今度、ぜひドラムクラブをご教授願いたいね」
「……そんな……私より行孝(ゆきたか)お兄ちゃんのほうが上手いから……」
そう言ってすぐ、彼女は息を呑んだ。どうやら自分で不味い事を言ったと思ったらしい。
「scarさん、お兄さん居るんだ?あれ?確かチャットではお母さんと二人暮しって……」
オレもオレでさらに不味い事を言った。彼女は俯く。
「えぇ、兄は家を出て行きました……」
口調まで固くなる。心を閉ざしているって事だろう。
「ごめん……オレなんか不味い事聞いちゃったかな?嫌だったらもう話さなくて……」
「……んです」
「え?」
彼女の手はオレの服の袖を掴んでいた。そして呟く。
「……待ってるんです……でも、お兄ちゃん帰ってこなくて……だんだん心細くなって……直に会えなくてもチャットで会えるって言ってくれたんです……」
「それじゃあscarさんはあの部屋でお兄さんを待っているのかい?」
彼女は頷く。パズルのピースが一つ埋まった感覚がした。
「scarさん。良かったらもっと詳しく聞かせてくれないか?力になれるかも知れないし」
「あの……その前にいいですか?」
「何?」
「私、本名は木下菜穂子って言います。これからはそう呼んでください」
「……分かったよ、木下さん。言い遅れたけどオレの名前は森野拓真。ヨロシク!!」
木下さんは嬉しそうに頷いた。
第9話 終わり
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第10話 「だったら今度セッションしませんか?」
「愚か者っ!!お前は。私の言った事を忘れたか!!」
「チッ、分かってるよ」
「深入りはするな、管理人はあくまでも影の立役者。表に出るな。男は黙って勝負しろ」
「お前、物の言い方が古いんだよ」
「オヤジにはバカ受けの瞬間だ」
大学で丁度、朝希に会ったので話してみたのにバカだった。コイツが協力するはずが無い。唯一、動くとすれば……金が発生するときのみ!!
「そういう話になっているのなら、あの高校生には会ったのだな」
「お前、情報速いな……千華のヤツか……」
朝希は一つ咳払いをすると言った。
「悪い事は言わん。この子は止めとけ」
「何だよイキナリ!!彼女に会った事も無いくせに偉そうな事を言うな!!お前にいったオレが馬鹿だったよ」
オレは席を立ち講義室を出た。
「馬鹿はお前だ……拓真……」
といきがったもののオレのネットワークなど限界が見えてる。
ということでチャットの仲間にも協力してもらおうと思い、なるべく詳しい事情を話さず頼む事にした。
夕凪 :なるほど。scarさんのお兄さんを探してほしいと言う訳?
ダンデライオン:はい。
E :でも、それだけの情報じゃあなぁ……。
ゴメンライター:というか何でそんなにあの子と仲良くなってるんだよ!!
E :ゴメンライターさんは密かに狙ってたからねぇ
ゴメンライター:密かにじゃない!!公然と狙ってたんだい!!
ダンデライオン:二人とも話をそらさないでください。とにかく、そのお兄さんはregretと名乗
ってチャットしているそうなんです。
夕凪 :scarが「傷跡」でregretが「後悔する」か……どっちも哀しい名前ね。
これで簡単に見つかるとは思わないけど、何もしないよりはましだ。
scarさん、木下菜穂子ちゃんのお兄さんは何らかの事情で家を出て行ったらしい。
妹である彼女の事をたいそう大事にしてくれたらしく、家出する際にもチャットで連絡を取ると約束して出て行ったという話だ。なぜ出て行ったかは最後まで教えてくれなかったけど、そこまで彼女を追い詰めてもしょうがない。少ない情報で探す事になるがしょうがない。
今日も彼女はチャットルーム「a little bit…」で待っている。
僕に秘密を話したことで、楽になったのか他の人が入っても少しだが話すようになった。
あのゴメンライターさんも念願かなって話せたと喜んで(?)いた。
僕とのチャットでは主にお兄さんとの思い出話を話した。聞いてるほうは少し辛いものがあるが、彼女がそれで救われるのなら良いのではないのかと思う。
そんな中、次の日曜日にも木下さんに会うことになった。今回はやはりゲームを教えてもらうのがメインになった。
「うーん、上手く行かん」
「もう少し肩の力を抜いて、手首で打つ感じで叩いてみたらどうです?」
「ははは……簡単に言うね」
「具体的言うと跳ね返りです。叩くときに跳ね返りがあるでしょ?それを利用しつつ次の動作に移るんです。叩くというのは『叩く』『引く』でワンセットですから」
「うぅ……」
何か彼女、調子に乗ってきたみたいだ。
「打ち方もクロスに変えたらどうですか?このゲームはハイハットとスネアに高低差が無いですから多少やりにくいかもしれませんが、森野さんは左の動きがあんまり良くないようですし……あっ、あと拍子を覚えるといいです、それにバスドラムを叩くときの上体はそのままで。前かがみになってます。それに、それに…………」
「チョット待った!!そんなの簡単に覚えられないよ」
彼女もどうやら自分が喋りすぎた事に気付いたらしく、俯いた。
「ゴメンなさい!!私ゲームのことになるとつい……」
「いや、構わないけどさ……それも全部お兄さんから教わったの?」
「……はい……兄はもっとわかりやすく教えてくれましたけど……」
「このゲームもお兄さんとの思い出が詰まっているんだね」
「はい」
その返事はハッキリとしたものだった。きっといい思い出に違いない。
「それにしても……ドラムクラブじゃなくてギタークラブなら結構、自信あるんだけどな」
すると彼女は少し考えていた。
「……だったら今度セッションしませんか?確か、ドラムクラブとギタークラブは同時プレーが可能なんです。あと一人ベースやる人が居ればバンド形式で遊べるんですけど」
「あっ、じゃあ今度はもう一人連れてくるよ。そいつオレの幼馴染なんだけど……いい?」
「はい……森野さんのお友達なら……」
「じゃあ決まりだ!!」
千華め見ていろ!!木下さんのプレー見て腰抜かすなよ。
その後、彼女と一緒にマイスティックを買いに行った。
「ヒッコリー?それともメイプル?チップはどうしたら良いかな……」
「木下さん。全然いってる意味がわからないんですけど……」
木下さんが選んでくれ、レジにスティックを持っていった時に事件は起こった。
「ホントにありがとう。マイスティックも買ったし君に追いつけるように頑張るよ」
「……私にだったらすぐに追いつけますよ」
そういって俯いた時、レジのオヤジが余計な事を言いやがった。
「へー、お嬢ちゃん小さいのにドラムやるんだ?小学生?それとも中学生?」
思わず彼女を見る。肩が震えてる……
「……生です……」
「え?」
「高校生です!!」
「あー、ゴメン、ゴメン。小さいから、つい間違っちゃった」
このオヤジ……
帰り道、彼女は落ち込んでいた。無言で歩く。オレもどうしていいか分からず、無言で歩く……わけにも行かず、何か話そうと必死に言葉を探す。
でも、気の効いた言葉は浮かばない。そんな永遠に続くかと思った沈黙を破ったのは彼女だった。
「私、いつも幼く見られるんです」
「……そうなんだ……」
「それってやっぱり私が大人になることを拒否してるからなんでしょうか?」
「…………」
チャットでの重い発言を実際に会って聞くと何を言っていいかわからない自分がいる……なんか歯がゆい。
彼女の顔を見る。やっぱり俯いてた。
再び、沈黙。
どれぐらい沈黙続いたのか分からないけど、長く感じられる。
しかし、不意に彼女は仰向き、僕を見た。
「でも、最近は違うんです。私、早く大きくなりたい……追いつきたいんです」
「追いつく?」
「はい……その……森野さんに……」
「…………………えっ!?」
聞き間違えかな?気付くと彼女は僕のほうを見ていて、その目は光りがかっていた。
「森野さんと一緒に歩いても違和感の無い女の子になりたいんです……」
「オレ!?」
これはどうなの?告られてるの?
「それに私は今、ひとり立ちしたいんです。誰に頼らなくても生きられる力が欲しい……」
「あぁ、そうなの……」
何かさっきの話題、さらっと次ぎ行ったぞ……ということはやっぱりオレの思い過ごしか?あまり深くは追求しないでおこう。夜寝れなくなる。
「ところでセッションの件だけど、来週の土曜日で良いかな?」
「……土曜日ですか……」
気のせいか彼女の目の中の光が無くなった様な気がした。再び俯く。
「どうしたの?」
「……ごめんなさい……土曜日は……その……駄目なんです」
「用事でもあるんだ?」
「……お勤めがあるんです……」
「お勤め?仕事とかバイトでもしてるの?」
俯いた彼女の口元が薄笑いを浮かべた。
「そんな様なものです……私の仕事です……」
「じゃあ、やっぱり日曜日にしようか?」
「はい……」
という事でオレたちはまた来週も会うことになった。
第10話 終わり
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第11話 「……ごめんな……さい……」
昔の記憶……
「私ね、早くお兄ちゃんに追いつきたいの」
私の頭に兄は優しく手を差し伸べてくれた。
「おう、だったら早く追いつくように努力しろよ」
「うん……でも……お父さんが言うの……『死ねって』……」
「あんなの気にすんな、兄ちゃんが大きくなったら絶対そんな事は言わせないから!!」
「絶対だよ!!叩かれるのは我慢できるけど……口でああ言われると……泣きたくなる……」
「何だよその目は!!最近、アンタ生意気なんだよ」
うずくまっている私の腹部を蹴り上げる。今、目の前に居るのは父親ではない母親だった。私は再び目を殺した。こうすれば何も感じなくなる。目の前で起こっていることがまるでテレビのワンシーンのように流れ、私は部外者になる。
ただ、見ているだけの視聴者。
「お前のせいで!!お前のせいで!!お前のせいで!!」
蹴り続けられながら、明日の事を思う。明日になれば森野さんに会える……。
………… ………… ………… ………… ………… ………… ………… …………
「犯罪者」
千華の睨みつけるような視線が痛い。
次の日曜、オレと千華は一足早く、待ち合わせのゲームセンターに来ていた。
「何が?」
「彼女、未成年。お兄ちゃん、成人」
「ちなみにコゾウ、お前も未成年だ」
「コゾウって言うなぁー!!」
何、怒ってんだコイツ?さっきからずっと、いや、先週辺りから不機嫌だ。
「まぁ、落ち着け。彼女のプレーを見たらお前も驚くから」
「プレーだなんてイヤラシイ、どんなプレーしてんだか……」
「お前、発想が貧困だな」
「……じゃあ見せてもらいましょうか?お兄ちゃんご推薦の彼女ってのを」
「えーっと名前は……」
「いい」
「え?」
「名前なんか知らなくても。どうせ、すぐ別れるんだから」
何か目が怖いぞ、千華。
「森野さん」
後ろからオレを呼ぶ声が聞こえた。声からして木下さんだ。
「あぁ、きのし……」
その時、千華が俺を押しのけ、木下さんの前に立つ。まずい!!
これは一触即発のピンチ!!
しかし、オレの予想は外れ彼女の目の前に立った千華は何かに押さえつけられているように動かない。
「え?……木下さん?」
「……」
千華は驚きを隠せない様子だった。木下さんは目を横へ逸らし、わずかに口元が歪んでいる。
しばらくそんな感じだったが千華は振り向くと、オレの腕を掴んで建物の影に連れて行った。
「待て、オレは金なら持ってないぞ」
「別にカツアゲしようなんて思ってない!!いいから来て」
千華の様子がどうも変だ。さっきの状態から千華と木下さんは知っている間柄みたいだし。
「あの子と私、同じ学校なんだけど……」
「えっ!!」
世間はかなり狭い。
「……悪いことは言わないから、あの子はやめて」
「どうしたんだよ急に」
浮かない表情を見せる千華にオレは少し不安になる。
「あの子は学校でも特に避けられている存在だから」
「……その言葉……聞き捨てなら無いな」
千華は何か言うことをためらっている様だった。やがて意を決したのかオレの目を見据えた。
「……あの子、お兄さんが居るんだけど…………そのお兄さんは……人を殺したの」
一瞬、目の前が真っ暗になる感覚。彼女から聞いたお兄さん像はとても優しくていい人だったからだ……
「殺した相手は父親で……今も逃走中……」
どんどん彼女のベールがはがれていく。兄は家出したんじゃなくて、逃げたんだ。
「だからあの子だけは止めて。犯罪者の妹なんて……」
「…………」
その時、背後で物音がして、振り返るとそこには木下さんがいた。
聞かれたか?彼女は一瞬オレと目が合い俯く、そして搾り出すように言った。
「……ごめんな……さい……」
彼女は振り返り走り出した。
「待ってくれ!!」
オレは後を追い、彼女の手を掴む。
その拍子に長袖から腕が見えた。
「!!」
それを見て思わず、オレは掴んだ手を離してしまった。
彼女はそんなオレを見て、ゆっくり自分の手を引き寄せる。薄笑いを浮かべ、なんともいえない複雑な顔をしてた。
そして再び走り去る。
オレは追いかけるタイミングを失っていた。
長袖から見えたもの。
それは美少女系によくある白い肌ではなく、無数の痣とやけどの跡がくっきりと残る、傷だらけの腕だった。
第11話 終わり
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第12話 「じゃあオレにどうしろと?」
初めて会う日曜日の前の日に作った痣。
『前日に顔に痣が出来ました。』
『なんで?何処かにぶつけたの?』
『はい』
土曜日のお勤め
『……ごめんなさい……土曜日は……その……駄目なんです』
『用事でもあるんだ?』
『……お勤めがあるんです……』
『お勤め?仕事とかバイトでもしてるの?』
『そんな様なものです……私の仕事です……』
繋がった。
追いかけるには十分な理由だろ?
自分に言い聞かせる。オレは走り出そうとした。
「行かないでよ、お兄ちゃん!!」
振り向くと千華がオレの腕を掴んでいた。
「そういう訳には行かない」
「でも、あの子のお兄さんは……」
「だからどうなんだ?」
「え?」
「彼女は今でも父親を殺した兄貴のこと慕っている。きっと何か理由があるんだ。それに……犯罪を犯したのは彼女じゃない。千華、お前だけはそういうものに囚われずに人を見る目があると信じてた」
「…………」
オレは俯いた千華を置いて探すことにした。
街中を隈なく探す。しかし、あの時追えなかった代償は大きく完全に見失った。
くそっ!!なんであの時、手を離したんだ!!……最低だな……千華のこと言えた義理じゃない。オレだって、そこにある現実に手を引っ込めたんだ。
正直、あの傷を見た時、怖かった。
オレが今まで体験した事の無い世界がそこにある気がした。その世界を見たらきっとオレは人間が信じられなくなる。
確か彼女はチャットで傍観者になりたいと言った。
彼女はきっと見たに違いない。傍観者にならざるおえない世界を……
『それってやっぱり私が大人になることを拒否してるからなんでしょうか?』
拒否したくもなるよな……
『でも、最近は違うんです。私、早く大きくなりたい……追いつきたいんです』
『追いつく?』
『はい……その……森野さんに……』
そして、こんなオレを信じてくれたんだ……なのに……手を離した。
手を引き寄せたときに見せた表情が目に焼きついてる。
悲しさと自嘲が混ざった複雑な表情。
今、捕まえないと多分、彼女はもうオレに会うこともないだろう。
再び自分の殻に閉じこもるかもしれない。
しかし、何処を探してもいない。時間だけがどんどん過ぎていく。オレはさすがに焦った。
「お兄ちゃん」
振り向くそこには千華が立っていた。千華は無言でオレの腕を掴んだ。
「ついて来て」
「何所へ行くんだ、今お前に構ってる暇は……」
「…………分かってる。悔しいけど、今はそんなこと言ってられないから」
どんどんオレを引張り、知らない道へ入っていく。
「こんな道あったんだ」
「お兄ちゃんよりは私、この街に来てるから……」
「……もしかして、木下さんを見つけたのか?」
「…………うん」
オレがあんな事を言ったにもかかわらず、千華は彼女を探してくれていたんだ。
「……ゴメン千華……オレ言い過……」
「謝るのは止めて。私もお兄ちゃんの言うとおりだと思うから。どうかしてた。風評に流されて自分で考えるって事しなかった……ゴメン…………ほらっ、着いた」
狭い路地を抜けると、そこには広い空間が広がっていた。
「こんな所に神社があったのか……」
「彼女、この境内の向こう側に待たせているから行って来てあげて」
「……おう……」
千華の顔を見る。少し悲しそうだったのは気のせいだろうか?
そしてオレは歩き出した。
こんなに緊張するのは生まれて初めてかも……
歩いて近づくごとに周りの音が聞こえなくなり、視野も狭くなる。余裕が無い証拠だな……。
境内の角を曲がるとそこに彼女が立っていた。彼女も僕に気付いたらしく、こっちを見ると、いつものように俯いた。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。
やっぱりオレから言わなきゃ。
「……ゴメン……オレ……その……ああいうことは初めてで……」
「謝らないでください」
「え?」
「誰だって人殺しが家族に居るって聞けば、引きますよ。それに私の傷だって……だからもう良いんです」
「でも……謝らないと……」
「やめてください……謝られたら……私が……『可哀相な子』……みたいじゃないですか……」
「…………」
彼女はオレのほうを向き、精一杯の引きつった笑顔を見せた。痛々しい。
「慰めとか同情なら要りませんから。私は一人でも大丈夫です」
「……大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫です」
「そんなはずない」
「大丈夫です」
「だって…………泣いてるじゃないか……」
自分では気付かなかったのか、驚き表情を見せる。両手で顔を覆い、再び俯いた。
「こ、これは違うんです……ホントに大丈夫ですから……」
そう言ってる肩が震えていた。
オレは実際問題何から喋っていいか分からない。でも何か言わないと後悔する気がした。
「木下さん……オレ……君の力になりたいんだ……」
この一言に彼女の動きが止まり、仰向いた。
「私のことなんか何も知らないくせに!!」
「!!」
「……森野さんの言葉は優しすぎて変に期待するじゃない!!……もういい……私には行孝お兄ちゃんがいる……だから、私の……私の心に入ってこないで!!」
彼女が会ってから初めて感情的な表情を見せた。
これはもう綺麗事や誤魔化しは通用しない。僕も本音を言わなくちゃ。
「それは出来ない……木下さんを……置いていく事は出来ない」
「!!」
「そりゃあ、君の本当の事を知ってショックを受けたよ。でも、それを横目で見ていることは出来ない……………」
「…………」
「お兄さんとの過去と同じくらい……いや、10分の1でいいから、オレを信じてくれないか?」
「……私……私…………そんな……いきなり……」
彼女はオレの目をジッと見つめながら、少しずつ後ずさりした。その拍子に石につまづき、尻餅をつくような格好で倒れた。
オレはすぐに駆け寄る。彼女は俯き、オレを見ようとしない。
「大丈夫?」
「……平気です」
「良かった……」
木下さんは下を向いたまましばらく黙っていた。オレも彼女の返事を待っていた。
そして、彼女の口が開く。
「……あんなこと……いきなり言われても……困ります……」
「あ……そ、そうだよね……でも、本当のことだから……」
「……悲しいのか……嬉しいのか……判らなくなるじゃないですか……」
「…………」
「森野さん……ありがとう……」
俯いた瞳から涙が落ちた。
「前から言おうと思ってたんだけど、すぐ俯く癖は直した方が良いよ」
「…………え?」
「涙が落ちるから」
「……はい……」
彼女とオレの関係が一段階上に上がった瞬間だった。
第12話 終わり
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a little bit……
ver.1
第13話 「償いなんです」
12月も半ば、オレ達はゲームセンターにいた。
「スゴーイ!!ホントにスゴイ!!」
千華が感嘆の声を上げる。
「な?だから言ったろう、菜穂子は凄いって」
「……別にお兄ちゃんが偉いわけじゃないでしょ。私は菜穂ちゃんに言ってるの!」
「拓真さん、千華ちゃん……私……別に凄くないよ……」
「菜穂子。それは周りを見てから言いなさい」
「え?」
菜穂子が周りを見る。すると自分のプレイ見たさに多くのギャラリーが居る事に気付いた。ギャラリーの何人かの女の子が彼女の周りを囲んむ。どうやら、教えて欲しいと頼んでるみたいだ。彼女は戸惑いながらオレのほうを見た。オレはとりあえずうなずく。すると、嬉しそうな顔をして女の子達と一緒にドラムクラブの方へ歩いていった。
アレから一週間、彼女と付き合うことになって、二人の呼び名が変わった事以外特に変わった事もなかった。いつもどうりチャットし、日曜日には会うという感じだ。
もちろん彼女が母親から虐待を今でも受けていることは知ってる。だからオレは取れる限りの手段はとろうとした。
しかし、彼女はそれを拒否。
「警察に連絡した方が良いんじゃないか?」
「……できません」
「何で?」
「そんなことしたら私、あの家を出なくちゃならなくなります。それじゃあ、行孝お兄ちゃんの帰るところがなくなります。それに……あんな母親でも……私を産んでくれた実の母親ですから……それでも、土曜日以外は優しいんですよ」
「…………」
「償いなんです」
「償い?」
「行孝お兄ちゃんがお父さんを殺しちゃって、そのお兄ちゃんまで家を出て行った。一家バラバラですよ……これって元はと言えば私の責任だと思うんです。だから、お母さんに暴力振るわれてもしょうがないって思うんです」
「そんなことはない!!」
それでも彼女は首を振った。
「それに何より……拓真さんとチャットできなくなります……だからお願いです。私が我慢すればいいだけのことですから……」
「じゃあ、土曜日だけでもオレの家か千華の家に泊まったら?」
「……逃げてるだけじゃあ……何の解決にもなりません……努力したいんです……私が自分でいられるために……これからは少しずつお母さんを説得したいんです」
オレはそれ以上何もいえなかった。彼女が努力すると言ったんだから、それを信じるしかない。俺に出来ることは平日はチャットで話し、日曜日に実際に会う事ぐらいだ。
だからこうして今日も前回出来なかったセッションをしようと三人が集まったのだ。
「あーあ、お兄ちゃん、菜穂ちゃんを取られちゃったね」
「あぁ」
「それにしても彼女、嬉しそう」
「あぁ」
菜穂子を見る。楽しそうに女の子たちを教えていた。
「やっぱり、彼氏が出来ると変わるのかなぁ……」
「あぁ?」
「誤魔化しても無駄よ。学校でちゃんと彼女から聞いたんだから」
どうやら千華は学校で一人の菜穂子と話をしてるらしい。
「……そうか……アリガトな」
「なんでお兄ちゃんに礼を言われなくちゃいけないのよ」
「だって、あんなに彼女と関わること嫌がってたじゃないか」
「……まぁね……でも、実際に話してみたら悪い子じゃないし、それにお兄ちゃんの大切な人だったら、私にとっても大切な人だから……」
そういうと千華は天井を見上げた。よくは分からないけどコイツに悪いことをしたような気になった。
「ゴメン……」
「今度は謝罪?やめてよ、お兄ちゃんは別に悪くないんだから……さっ、あの子達も行くみたいだからやろうか?セッション」
「おう」
「お兄ちゃんのヘタクソ!!」
「お前だって閉店直前じゃないか!!」
「菜穂ちゃん、速すぎ〜っ!!」
「…………」(←黙々とドラムを叩いてます)
こうしてオレたちはこの物語の一番楽しい時期を過ごした。
今思えばホントに楽しかった。「このときが永遠に続けばいいのに」とさえ柄にも無く思ったりもする。
帰り道、千華が菜穂子に話しかけた。
「そういえばこの前もその日本刀持ってたでしょ?なんで?」
「……これは前にも拓真さんには言ったんですけど、お守りみたいなものなんです」
「何かから実際守ってくれたとか?」
「…………」
千華は一旦仲良くなるとその人の事情にお構いなくズケズケと質問する癖がある。ハッキリ言ってあまり感心できない癖だ。でも、その質問はオレもしたかった質問だった……聞きたいところだけど……しかたない。
「千華。菜穂子だって言いたくないこともあるだろう。それぐらいに……」
「いいんです」
「でも、菜穂子……」
「いつまでも隠して気を使われるのも嫌ですから……」
「そうこなくっちゃ!お兄ちゃんは黙ってて!!」
「……私が小さい頃……小学生ぐらいですか……父に虐待を受けていたんです」
そこでさすがにこの話題はまずいと感じたのか千華が言う。
「あの……菜穂ちゃん、いいたくなかったら……」
「構いません。言わせてください」
「…………」
「それがずっと続いて……あれは去年のクリスマスでした。行孝お兄ちゃんがプレゼントだと言ってくれたんです」
「去年のクリスマスって……」
千華の顔が青ざめたのが傍目にもわかった。
クリスマスに何があったんだ?
「『これで父親を殺してやったぞ』って…………」
「!!」
「その時に『僕はこれから逃げるけど、その刀を僕だと思ってくれ』って言ったんです」
……人をきったことのある日本刀……それを彼女はお守り代わりだと言った……事情が事情とはいえ……
「へぇ……」
などと素っ頓狂な返事しか出来なった。
「……なんちゃって、ウソです」
「へ?」
「……あんまり良くないウソでしたね、ごめんなさい」
「あ、あぁ……」
「この日本刀は対になってて、凶器に使われたのは今警察にあるもう一つの刀のほうです」
彼女の冗談なのか良く分からない言葉にオレと千華は乾いた笑いしかでなかった。それに構わず彼女はニコニコしていた。
その夜、管理人の仕事で掲示板をチェックしていると、とんでもないIDを発見した。
その名も「regret」。
さらにこう書き込みがあった。
『探すのは止めろ』
第13話 終わり
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a little bit……
ver.1
Digression02「もういかなかうやあおあうあああああ」
さぁ、二回目の余談の時間がやってまいりました。
読まなくても、まったく問題ありませんから、お好きにどうぞ。
第10話と第11話の間には高校の期末テストがあります。
3日に分けて千華が勉強に来るイベントです。
設定上は12月4日の話。
一日目『交渉人』
「よーし、ルーティンワークも終ったし、チャットでもいきますか」
でも、木下さんは『custom』にいなかった。だから当然「a little bit……」もない。
「うーん、今日は木下さん来てないなぁ……」
コンコン。
「気のせいか?ノックの音がしたような……」
コンコン。
再び、ノックの音がした。ちなみにオレの部屋にノックして入ろうとするデリカシーのある人間はいないと記憶してるが……
「珍しい……オレの部屋にノックの音が聞こえるなんて……とりあえず返事してみるか……はーい、どうぞ」
「お兄ちゃん。入っていい?」
ノックの主は千華だった。
「……なんだ千華じゃないか。『入っていい?』ってもう入ってきてるじゃないか」
「細かい事は気にしない気にしない。お願いがるんだけど」
普段はノックもせずに入ってくるのに……それに「お願いがあるんだけど」だって?いつもはずけずけと言うくせに……怪しい……
「いやだ。今忙しい。コゾウに構ってる暇は無い」
「どこか忙しいのよ!!パソコンやってるだけじゃん!!どうせエッチなサイトでも見てたんでしょ」
「お前の想像の限界が見えた気がしたぞ」
「うるさいっ!!とにかく明日からテストなのだから、ね、教えて」
「そんなの嫌……ん?まてよ……」
先日の木下さんとの約束を思い出した。
「…………」
「いいだろう。その依頼受けた」
「ありがとう!!」
「ただし!!……オレの要求を1つ飲んでもらう」
オレの言葉に千華は顔を真っ赤にして過剰に反応した。
「な、何? ……まさか……そんな……いやーーーーーーーーっ!!」
「あーっもう、お前うるさい。何も言ってないだろうが。……日曜日俺と一緒にこの前のゲームセンターに行ってもらう」
「え?それだけ?」
「ウン。それだけ」
しばらく千華は口を開けたまま茫然としていた。
「お前……あえて聞くけど、何考えてたんだ?」
「べ、別に……さっ、交渉成立という事でとりあえずこの数学から教えて」
「何焦ってんだよ」
「…………」
いくつかの疑問を抱えたまま僕は千華に勉強を教えた。
(12月5日)二日目『千華の自慢』
今日も『custom』には「a little bit……」が無かった。
「あれ?今日も木下さんいないよ……どうしたんだろう?」
がっくりしていると、部屋のドアが無遠慮に開く。
「お・兄・ちゃん。勉強教えて」
顔を出したのはやはり千華だった。オレは二日連続で勉強を教わりに来る千華の学力を心配してしまう。
しかし、というか、やはり千華には別の目的があった。
「しょうがねぇな。今日はなんだよ」
「英語教えて」
「無理だ」
「諦めるの早っ!!」
「自慢じゃないがオレは英語無しで大学へ入った」
オレの答えを聞くと千華は満面の笑みを浮かべる。
「そうかぁ……推薦入試の試験科目って1教科選択だもんね」
「……っていうかお前、知ってるじゃないか」
「うん。知ってて聞いてみた」
「…………」
「だって、昨日あんなにも偉そうに教えてくるんだもん。お返し。それに私、英検1級だし〜」
「…………出てけ」
「えっ何?何?押さないでよ。この部屋から追い出す気?嫌!嫌!私の部屋エアコンが壊れて暖房効かないだもん」
「それが目的かっ!!」
「えへへ」とか言いながら小首をかしげて、軽く舌を出す千華。
「かわいくない。失せろ、出てけ」
「嫌。追い出すなら日曜日の約束無かった事にするよ」
「うっ……」
「ということで勉強しよーっと。あっ、私の勉強中はパソコン禁止ね」
「はぁ?」
「……日曜日の約束」
「……はい……」
こうして今日も千華が勉強していてパソコンできず……
(12月6日)3日目『もういかなかうやあおあうああああああ』
「何とか千華が来る前に仕事だけは終らせておかないと……」
オレは急いでパソコンを起動させる。
しかし、神様はオレにどうしてもパソコンをさせる気は無いらしい。
「じゃ、じゃーん。千華ちゃん登場!!お兄ちゃん今日もヨロシク!!」
「ちっ!!来るの早ええよ」
千華はパソコンの電源がついているのを確認すると大袈裟な反応をする。
「あ――――――――――――っ!!パソコンしてる!!しないって約束したでしょ!!」
「しょうがねぇだろ、朝希との約束なんだから。それに、これは遊びじゃない、金がかかっているんだ」
「ふ――――――――――――ん。どうだかねぇ……」
「いいだろ。どうせオレが教える事なんか殆ど無いし」
「そうだね。高校卒業してすでに半年経過してるし、頭の方もだいぶ退化したみたいだし」
「ふっ、お前も大学生になったらわかるさ」
「お兄ちゃんのセリフさむいよ。暖房つけて」
「もうついてるぞ!!」
「さっ、こんな人置いておいて勉強、勉強!!」
「…………」
パソコンをするオレに試験勉強をする千華。二人いるのに部屋の中は静だ。
…………
…………
…………
だいたいの仕事を終え、オレは千華の目を盗んで『custom』へ行く。 たった二日だけど……それでも「a little bit……」が無いのは気になる。ということで行ってみると、すぐに「a little bit……」を見つけることが出来た。
管理人 :ダンデライオンさんが入室されました
ダンデライオン:久しぶりっ!!
scar :お久しぶりです
ダンデライオン:ここ二日ぐらいどうしてたの?
scar :勉強です。試験なので……
「そうだよ。木下さんも高校生だったな」
オレはそこでようやく理解した。
ダンデライオン:じゃあ、こんなことしている場合ではないのでは……
scar :息抜きにここへ来ました。それに普段から勉強していれば大丈夫でしょ
う?
「おぉ!!誰かさんに見せたいセリフだな」
思わず口から出た言葉に千華が反応する。
「ん?何かいった?」
「……するどいなお前……おい、これを見ろ模範的高校生がここにいるぞ」
「はぁ?何が?……何これ!!私が勉強しているときに……高校生とチャットなんかするなっ!!!!」
「しまった―――――――――――!!痛い!!痛い!!痛いって!!」
オレはこれでもかというほど頭をポカポカ殴られた。
ダンデライオン:ゴメン!!もういかなかうやあおあうああああああ
管理人 :ダンデライオンさんが退室されました。
scar :ダンデライオンさん?
「こんなに私が大変なときに何やってんの!!」
「ごめんなさい……」
なぜだか釈然としなまま千華に平謝りをした。
前回がscarさんばかりだったので、今回は千華中心に載せてみました。
まぁ、他にも和菓子の店「有奇目死(あるきめです)」での木下菜穂子目撃談とかのお話しがありますが、今回は割愛します。
Digression01 終わり
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