遠い日の約束
原案:黒貴宝 様
文責:仁塩ぴよこ
「火星の後継者事件」を解決したルリは、地球へ帰還後、久しぶりの休暇を自室で過ごしていた。
(ユリカさんも救出出来ましたし、あとは、アキトさんが帰って来て下されば・・・)
椅子に腰掛け天井を見つめているルリの思考は、火星から飛び立っていったアキトの事を考えている。
(でも、アキトさんはどこに行ってしまったんでしょうか・・・)
“トゥルルルルルル”
ルリがそう考えた時、部屋の電話が鳴った。
「はい、ホシノです」
『おお、ルリ君かね』
「ミスマル総司令・・・。一体どうなさったのですか?」
『うむ。休暇の所申し訳ないんだが、ルリ君に頼みたい事があってね』
「私にですか?」
突然のコウイチロウの言葉に、ルリは受話器を持ったまま首をひねる。
『実はな、至急月に行って欲しいのだ』
「月ですか?しかし、ナデシコは現在ドックに入っていますが・・・」
『別にナデシコで行く程の用事ではないから、A級ジャンパーのナビゲートによるボソンジャンプで行って欲しいんだが』
「ボソンジャンプですか・・・。別に構いませんが、一体何の用事で月に行くのでしょうか?」
『ここだけの話なのだがな、月の研究所でユリカの治療に有効と思われるナノマシンの開発に成功したらしくてな、それで、ルリ君に取ってきてもらいたいんだが』
コウイチロウの親馬鹿ぶりは昔からであったが、ユリカの治療に関する事となれば、ルリに断る理由はなかった。
「判りました。それで、いつ出発すればよろしいでしょうか?」
『こちらの準備にあと一日かかるそうなので、明日の午後出発して欲しい』
「はい。それでは午後一時にジャンプドームの方へ出向きます」
『うむ。済まんな』
「いえ、ユリカさんの為ですから」
そう答えると、ルリは受話器を置いた。
翌日、ジャンプドームでルリの事を出迎えたのは、イネスだった。
「イネスさん!」
「お久しぶりね、ルリちゃん。今日のナビゲートは私がやる事になったから」
「どうして、イネスさんが・・・」
「あら、私がユリカ嬢の事を心配したっておかしくはないでしょ」
「それはそうですけど・・・。イネスさんは、てっきりネルガルに戻ったものだとばかり思っていたものですから」
「勿論戻ったわよ。ま、今日は特別って事かしら?」
そう言って、イネスはルリに笑顔を向ける。
「そうですね。それでは、よろしくお願いします」
ルリは、そんなイネスの笑顔につられる様に、にこやかな顔で答えた。
「ルリちゃん、準備はいい?」
「はい。いつでもいいですよ」
ルリの答えを聞いたイネスは、オペレータールームに向かって右手を上げ、ジャンプ開始の合図を送る。
「ジャンパー、体温、脈拍共に異常無し」
「クリスタル活性化開始」
「ボソンフェルミオ変換順調」
「ジャンパー、ナビゲーターのシンクロ順調」
「ようし、もう少し」
オペレート主任がそう言った時、オペレーターの一人が悲鳴に近い声を上げた。
「主任!!」
「どうした?」
「チューリップクリスタルに異常数値が!」
「なんだと!?」
「シンクロに、コンマ0001のずれが生じています!」
「いかん、このままではどこに飛ぶか判らないぞ。ジャンプ中止だ!」
そう主任が叫んだ時、ドームの中にルリとイネスの姿は既に無かった。
「お、おい・・・、どこに飛んじまったんだ、あの二人は・・・」
呆然と呟く主任の声は、オペレータールームの中を空しく流れていった。
「・・リちゃん、ル・・・ちゃ・・・」
(ん、何でしょう・・・。誰かが呼んでいる気がします・・・)
「ルリちゃん、しっかりしなさい!」
「えっ?」
その声に目を開けたルリの正面に、イネスの顔があった。
「イネスさん・・・」
「大丈夫?」
「別になんともありません。それより、ここは・・・月ではありませんね?」
周りを見回しながら、ルリが呟く様に言う。
「どうも、ジャンプをする時に、なんらかの事故があったみたいね」
ルリの言葉に対して、イネスが冷静に答える。
「一体、どこなんでしょうか、ここは?」
「知りたい?」
イネスは、意味ありげに答える。
「判るんですか?イネスさん」
「そりゃ判るわよ。だって、私の故郷ですもの」
「イネスさんの故郷?」
「そう。私の故郷であり、アキト君やユリカさんの想い出の地。火星のユートピアコロニーよ、ここは」
「ユートピアコロニーって・・・。それじゃ私達は・・・」
「そう。過去の世界にジャンプしてしまったみたいね。それも、かなり昔に・・・」
「そんな・・・」
あまりに予想外の出来事に、ルリはイネスの顔を呆然と見つめる事しか出来なかった。
「ともかく、こうしていても仕方がないから、何とか帰らないとね」
「でも、どうやって・・・」
イネスの言葉に、ルリは不安そうな声で答える。
「あら、CCさえ手に入れば帰れるわよ」
「えっ?」
「だって、私はA級ジャンパーよ。忘れたの?」
「いえ、忘れた訳ではないですけど、どうやってCCを手に入れるんです?」
「それは私が何とかするわ。だから、ルリちゃんは、そこの公園で待っててくれる?」
「それは構いませんけど・・・」
「私を信じなさい。大丈夫、必ず私達の時代に連れて帰ってあげるから」
そう言って、イネスはルリに微笑みを向けた。
(過去の火星ですか・・・。どうしてこんな所へジャンプしてしまったんでしょう・・・)
「お姉ちゃん、一人なの?」
「え?」
イネスが立ち去った後、ベンチに腰掛けてジャンプミスの原因を考えていたルリは、突然声を掛けられたので思わず振り向くと、そこには、十歳位の男の子が立っていた。
「ええ、一人ですよ」
「そうなんだ。僕もね、一人なんだよ」
男の子はそう答えると、人懐っこい笑顔をルリに向ける。
その笑顔に何となく見覚えがある様な気がしたルリは、思わず男の子に問い掛けていた。
「あなたのお名前は何と言うのですか?」
「僕?僕はね、テンカワアキトって言うんだ」
「テンカワ・・・アキト・・・君?」
思わず、ルリの声が上ずる。
「うん、そうだよ。アキトって呼んでね」
その男の子は、笑顔のまま大きく頷いた。
「お姉ちゃんは、ここで何してるの?」
「私は人を待ってるんです」
「ふーん、じゃあ、その人が来るまでは一人なんだ」
「ええ、そういう事になりますね」
「じゃあ、僕が付き合って上げるよ」
アキトはそう言うと、ルリの横にちょこんと座る。
「いいんですか?」
「うん、いいよ。どうせ僕も時間は一杯あるから」
「それじゃ、お話でもしましょうか?」
「うん!」
アキトと名乗る男の子は、ルリの言葉に大きな声で返事をした。
「お姉ちゃんは、何のお仕事してるの?」
それから暫くして、アキトはルリに向かって問い掛けた。
「私ですか?私は軍人ですよ」
「へー、軍人さんなんだ」
ルリの返事に、アキトは目を丸くする。
「何か、お姉ちゃんカッコイイな。僕も大きくなったら軍人さんになろうかな」
「止めたほうがいいですよ」
「えー、どうして?だって、軍人さんって、僕たちを守ってくれる正義の味方でしょ?
僕、正義の味方になりたいんだ。ゲキガンガーみたいな」
「そんなにカッコイイものではありませんよ」
「えー、正義の味方だよ。カッコイイじゃん」
「駄目です!あなたは軍人になんてなってはいけません!」
アキトの言葉に、ナデシコで苦しみながら戦っていたアキトの姿を思い出したルリは、思わず大きな声を出していた。
「え?」
今までと違うルリの口調に、アキトは驚きの声を上げる。
「あ、ごめんなさい。急に大きな声を出してしまって。でも、アキト君は軍人になんてなっては駄目ですよ」
「どうして?」
アキトは、不思議そうな目でルリを真っ直ぐに見つめる。
「アキト君みたいに優しい瞳を持った人は、軍人になんてなっちゃいけないんですよ」
「そうかなぁ?」
「そうですよ」
「じゃあさ、僕はどんなお仕事したらいいと思う?」
「そうですねぇ・・・」
ルリは、アキトの顔を見ながら考えていたが、ふとある事を思い出した。
「コックさんなんてどうですか?」
「コックさん?」
自分では予想もしてなかったのだろう。アキトは心底驚いた表情を見せる。
「コックさんって、そんなにカッコイイお仕事じゃないよ・・・」
「そんな事はありませんよ」
「どうして?」
「アキト君は、ご飯を食べて嬉しくなった事はありませんか?」
疑問の眼差しで自分を見るアキトに対して、ルリは逆に質問を投げかける。
「嬉しくなった事?」
「ええ。嬉しくなったり、楽しくなったりした事、ありませんか?」
「うーん、お父さん達とレストランに行った時は楽しかった・・・かな・・・」
暫く考えていた後、アキトはポツリと言う。
「コックさんってお仕事は、食べてくれる人を幸せにする事が出来るお仕事なんですよ」
そんなアキトに、ルリは微笑みながらそう言った。
「ふーん、お姉ちゃんがそう言うなら、コックさんになろうかな・・・」
ルリの言葉に、アキトは小さな声で呟いた。
どれ位話し込んでいたのだろうか。ふと気が付くと、すでに周りは暗くなり始めて来ている。
「アキト君、こんなに遅くまで居て、お家の人は心配しないのですか?」
ルリは何気なく聞いたのだったが、その言葉を聞いた瞬間、アキトの表情に暗い影が走った。
「心配してくれる人、いないから・・・」
「えっ?」
「お父さんもお母さんも、二年前に死んじゃったから・・・。僕、一人なんだ・・・」
(あっ・・・)
アキトの言葉に、ルリは彼の両親がネルガルによって暗殺された事を思い出した。
「ごめんなさい・・・」
慌てて謝るルリを、アキトは不思議そうな顔で見つめる。
「どうして、お姉ちゃんが謝るの?」
「それは、アキト君に辛い事を聞いてしまったから・・・」
「気にしなくていいよ、お姉ちゃん」
「えっ?」
「だってさ、僕、一人には慣れてるし、それに、今はお姉ちゃんが一緒にいるから、全然寂しくないもん」
アキトは、ルリに向かって笑いながら言う。だが、その瞳の中に寂しさが含まれているのに、ルリは気が付いていた。
「ルリちゃん!」
そんな時、後ろからイネスの声が聞こえてきた。
「イネスさん・・・」
「何とかCCが手に入ったわよ。って、その子は?」
イネスは、ルリの隣に居るアキトを不思議そうな顔で見つめる。
「もしかして、お姉ちゃんが待ってた人?」
「ええ、そうですよ」
「あ、こんにちは。僕、テンカワアキトです」
自分の問い掛けに対するルリの返事を聞いたアキトは、イネスに向かって元気良く挨拶すると頭を下げた。
「えっ?」
イネスは、アキトの言葉に驚きの表情をルリに向ける。
ルリは、そんなイネスに黙って頷いた。
「こんにちは。私はイネス・フレサンジュって言うの。なんかルリちゃんがお世話になったみたいね」
「ううん、僕の方が話相手になってもらってたんだよ」
そう行った後、アキトは改めてルリの方を見た。
「お姉ちゃん、もしかして、もう行っちゃうの?」
「ええ。待っていた人が来ましたから」
「そうなんだ・・・」
ルリの答えに、アキトは寂しそうな顔を一瞬見せる。
そんなアキトの顔に、ルリは思わず声を掛けずにはいられなかった。
「大丈夫ですよ。また会えますから」
「ホント?ホントに会える?」
ルリの言葉に、アキトは目を輝かせる。
「ええ」
「いつ?いつ会えるの?会ったら、今日みたいに一杯お話してくれる?」
「いつ、とは言えませんけど、あなたがコックさんを目指して頑張っていれば、必ず会えますよ。そうしたら、またお話しましょう」
「ホントだね?じゃあ、僕コックになる。必ずコックになるから、また会ってくれるよね?僕、楽しみにしてるからね?」
「ええ、私も楽しみにしてますよ」
アキトの言葉に、ルリはにっこりと笑いながら頷く。
「うん。じゃあ指切りしよ」
「いいですよ」
アキトが差し出した小指に、ルリは自分の小指を絡ませる。
「「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲〜ます。指切った」」
「約束だよ。僕がコックになったら、必ずまた会ってね」
「ええ、間違いなく約束しましたよ」
ルリの言葉に、アキトは嬉しそうな顔を見せる。
「じゃ、僕そろそろ帰るね」
「気を付けて帰って下さいね」
「うん、お姉ちゃんもね。それじゃ、バイバイ」
アキトはそう言って手を振ると、公園から駆け出して行った。
Fin
あとがき
皆さん、こんにちは。仁塩ぴよこです。
今回は、今年の8月に黒貴宝さんに頂いていたリクエストにお答えする形で、「ルリが小さいアキトと出会い、アキトがコックを目指すきっかけを与えていたら」という設定で描いて見ましたが、いかがでしたでしょうか。
実際、気軽に引き受けはしたものの、非常に書くのが難しかった作品です。
その事は、強引な話の展開を見て頂ければ判ると思いますが、どうやって、ルリをボソンジャンプの失敗に巻き込ませるかという点で悩みました。
ルリはB級ジャンパーであり、単体ジャンプは出来ないんですよね。
更には、たとえ事故に巻き込まれて過去の火星にジャンプしたとしても、ルリ一人では帰ってくる事が出来ません。
その部分をどうするかがまとまらず、こんなに遅くなってしまいました。申し訳ないです。
ですが、書くのに苦しんだ分、自分では結構気に入った作品に仕上げる事ができました。
こんな素敵な原案を出して下さった黒貴宝さん、本当にありがとうございました。
さって、あと1作、頑張らないと!(爆)
それでは。