-インド紀行 一 いざ、聖地へ-

「……でね、かくかくしかじかで、エッセイの原稿書かなきゃなんないんだけどね、ネタがないのよ、ネタがモグモグ……」
先日会社の近くに出来たばかりの「子龍」という台湾料理屋のバイキングランチを食べながら僕はオカルト行動隊長ちびっこイナザワに相談した。
「……ムシャムシャ、植松さん、モグモグ、インドでも行ってくればぁ?」
「……! インド! イ、イナザワ! それだぁっ! さっそくNTT出版の松下プロに電話だっ!……と、その前にこのチャーハンをたいらげて、と……モグモグ」

「……もしもし、あ、松下プロ? ねーねー、インド行かない?」
「インドっすかぁ? いいっすねぇ」

こうして我々は突然インドに行くことになった。もちろんこの時はただの観光旅行のつもりだったのよ、ホントに。それがねぇ、まさかアンナことになっちゃうとはねぇ……いやいや、ま、いうまい、いうまい。ここではとりあえず話を先に進めることにするぞ。
インド四大都市の一つ、ボンベイに到着したのは深夜である。
空港を出て、まず、我々を迎えてくれたのはそこかしこにたむろする無数のインド人達であった。あてどもなく立ちつくす男達、あるいは子供を抱えて座りこんでいる女達。
もう夜の一二時ですよ? 帰る家がないのか、それともこんな時間まで働いてるのか? いずれにしても尋常な数ではない。日本だととっくに宿題済ませて寝てるような年代の子供達でさえそこらをうろうろしてるのだよ。一体この国の人達はどーなっちゃってるのだ?
生まれて初めてインドの地に降り立った僕と松下プロ、ちびっこイナザワ、そしてイナザワの知人で霊気治療を専門とする礼子ママ、というどっからどう見ても理解しがたい関係から成り立つ怪しげな四人組はいきなりカウンターパンチをくらった。
噂には聞いていたが不思議の国インドというところはどうやら我々の想像以上に変チクリンな国らしいな。……ふふふふ、そーかい、そーゆーことやったんかい。よっしゃぁ! そやったらこっちも本気出していったろやないか! みんなぁ、行くでぇっ!
……あ、だめだ……他の三人、みんな目が泳いじゃってる……。

しかしクサい。この臭いは一体何の臭いなんだろうね? 比較的鼻の鈍い僕ではあるのだけれどその僕がこれほど拒絶反応を示すということはノーマルな嗅覚を持ってる人達にはさぞかし強烈なんだろうな。
なんでもこちらの方々はウンチをした後、左手でお尻を拭き、その手はさっと水ですすいで終わりだそうな。トイレットペーパーとか石鹸なんてそんなハイカラなもんは使わないんだぞ。ちょっと失礼な言い方になってしまってインド人には大変申し訳ないが、教えていわせていただきますね。
「諸君! 『左手拭きその後水ですすぐだけウンチ方式』は不潔だから今すぐ止したまえ!」
これは一体いつから始まった風習なのかねぇ? かのゴータマ・シッダールタさんもガンジー首相もこの伝統に従っていたのであろうか? まぁ国が違うんだから生活の常識が違うのも当たり前といえば当たり前だが、あんまりといえばあんまりではないか。
そう考えると先ほど空港で両替したばかりのルピーの札束もこれまで様々なインドの人達の手を渡り歩いてきたわけであって、ちょっとウ〜ムである。
もし、ですよ。もし仮にさっきの両替屋のオヤジがトイレから出て来た直後で、しかもそれがウンチだったりして、しかも事後処理が例の伝統にのっとって執り行われていたとしたらですよ、今ワタクシが握り締めているこのお札の立場はどーなりますか?
……その通り。そーなりますね。
で、もし、ですよ。もし仮にこの僕に自分の持っているお札を隅から隅までペロペロ舐めるという癖があったとしたらどーなりますか?
……その通り。紙幣を舐めているつもりが実は……そーゆーことですね。
あー怖い、怖い。先が思いやられるな、この旅行は。

「で、植松さん、僕考えたんですけど、やはり予防注射の一本は射っていくべきだと思うんですよ」
旅立つ一月程前、松下プロが不安そうに僕にそう告げた。
「それってちょっと心配し過ぎなんじゃないの?」
「あたしは射つわ!」
ちびっこイナザワが力強く宣言する。
「そんなの本当に必要なのかなぁ……」
と僕はいう。僕は小さい頃から注射は大の苦手なのだ。
「植松さん、インド旅行はもうこの時点で始まってるんですよ? 予防注射を射つところからがインドに向けての旅の始まりなんですよ! わかってんですかっ! 仕事なんですよっ! 第一、予防注射を射ってもらったらそれはそれで原稿のネタの一つになるではないですかっ! 仕事なんですよっ!」
注射は嫌だったけど、松下プロのいった『原稿のネタの一つ』という言葉の誘惑に負け我々は後日A型肝炎の予防注射を射ちに行った。
「ハイ、じゃあここでちょっと待っててくださいねぇ」
やたらと愛想のよい看護婦さんが僕とちびっこイナザワをソファに座らせる。犠牲者第一号の松下プロは今頃部屋の中でプチュゥ〜っと射たれてるはずだ。
「痛たたたっ……つぅ〜、いやぁ、痛いっすねぇ、これは」
松下プロが中腰になってよろけながら出て来た。
「ははっ、またまたぁ、怖がらせようと思ってぇ。芝居はよしなさいよ、芝居は」
「いやいや、マジっすよぉ。いきなりケツに射たれるんだもの……あいたた……」
「え〜? 嘘ばっかりぃ〜。 私は騙されないわよ。松下さんて演技下手なんだもん」
「そーそー。自分が済んだからって後の人怖がらせちゃいけませんよ。だいたい何でお尻に注射射たれなきゃなんないのよ、嘘はいけませんよ、嘘は」
やたらと愛想のよい看護婦さんがニコニコしながらやってきた。
「嘘じゃないですよぉ。ホントにお尻ですよぉ。ハイ、次の方入って下さぁい」
お、お尻に注射……! そんなぁ、ただでさえ、注射嫌いのこの僕のお尻に注射針をプスリと射つなんて、ん?……オシリにプスリ……こりゃいけるかな……違う、違う、韻を踏んでる場合ではないのだ。
「ハァイ、じゃここでうつ伏せになってお尻出してくださぁい」
横で松下プロが僕の恥ずかしい写真を撮っている。
「あ? 何撮ってんだよ?」
「ホホホホホ、まぁまぁ、これも仕事ですから、ね? 仕事、仕事、と。ホホホホホ」
注射器を手にした先生が僕のお尻の感触を確かめながら呟いた。
「こんなところ、写真に撮るの?……エッチだねぇ、ふふふ」

ホテルに向かう『チョー猛烈スピード出し過ぎもう勘弁してくださいバス』の窓から何やら一五、六人程の白い服を着た男達の行列が見えてきた。中ほどを歩く数人が、四方を花で飾った薄っぺらい板のようなものを担いでゆっくりと歩いて行く。おや? こんな夜中に祭りかな、と思って窓からのぞきこむと後ろの席でちびっこイナザワが突然「わっ!」と声を上げた。板の上に無造作にのっけられてたのは老人の死骸だったのである。老人の白い顔はもはや人間のそれではない。魂の抜けた後の人間の体というのは不思議なもので誰が見ても容易に判別できる。それまで動いていた者が、単なる物と化してしまう。
あー、もー先が思いやられるのだ、この国は。
けたたましく鳴らされ続けるクラクションの音、渋滞の中を凄いスピードで走っていく凄い数の車、その中を悠然と歩くがため渋滞にさらに追い撃ちをかける牛達、砂埃の舞う外気、ピクリとも動かず道端に横たわったまんまの生きてるか死んでるかもわからない多くの人々、順番を待つということは決してしないで、後から来た人が堂々と行列の一番前に割り込んでくるという一見理不尽ではあるがそれが常識の国。
ここが噂に名高い聖地インドだ。



-インド紀行 二 僕だけの小さな聖者-

「どーかね、松下プロ。どうせインドに行くのなら、今噂になってるサティア・サイババという聖者を実際にこの目で見てみようではないか。話によると、何も持っていない手のひらからいきなりビブーティという灰を出したりするらしいぞ」
「灰なんかもらってどーするんですか?」
「どーやら奇跡を起こす灰らしいが、そんなことはこの際どーだっていいではないか。とにかくサイババを見に行くのだ」
「まぁ、生きてる神様を見るなんてこと滅多にないっすからねぇ、行っときますか」
「そーそー、行っとこ、行っとこ」
当初はただの観光ツアーの予定であったこのインド旅行はオカルト行動隊長のちびっこイナザワと霊気治療師礼子ママの参戦が決定してからというもの、にわかに「神秘世界へようこそ」といった様相を呈し始めた。僕もあながちソチラの方面は嫌いではない。どうせ旅するなら一風変わった旅の方が面白いに決まっているではないか。
我々はインドに向けて飛び立つ直前に「大インド会議」を都内某所で開催し、今回の旅の目的を大きく二つ設けることに決定した。そのうちの一つはインドの聖者サティア・サイババを見ることであった。

サティア・サイババはバンガロールという町から車で四〇分程行ったホワイトフィールドという村にいた。壁でしきられたアシュラムと呼ばれる広大な敷地内にはサイババの住居や集会場、サイババを慕って全世界から訪れる人々のための宿泊施設等が設置されている。
連日、朝と夕方の二回、サイババはダルシャンを行う。ダルシャンとは集会所に集まってくる信者達にサイババが祝福を与えるため姿を現すことをいう。ここでラッキーな信者達は前述のビブーティをサイババの手からいただけたり、声をかけられ彼の部屋に招かれてインタビューしたりすることができるらしい。
率直なことをいうと僕はビブーティにもサイババに声をかけられることにもそれほど興味を持っていなかった。というのも今の僕にはサイババに救いを求めねばならない程の切羽詰まった悩み事や問題を抱えていなかったからだ。僕の興味はこれほどまでに世界中の人々に支持され続けるカリスマ性を持った人間、あるいは神の化身をこの目で間近に見てみたいという一点につきた。
僕は目を凝らして彼の姿を追った。現代の神の化身と呼ばれるサティア・サイババが今僕の目前二メートルの所をゆっくりと歩いていく。一挙一動見逃さぬよう僕はじっと彼の姿を追った。チラと視線が合った。が、それはすぐにそらされた。
僕の周りのこの群集を見たまえ。現代医学に見離されサイババに最後の救いを求める病人達、願い事を書き記した手紙を差し出す者、手をあわせて涙を流す者、床にひれ伏す者……。それらの人達の願いのうち全てがかなうものなのか、それともそのうちの一部の者だけの願いがかなうのか、それは僕にはわからない。
ただ、目の前を歩くサイババは僕には「人から『神様』と慕われている落ち着いた雰囲気を持ったおじさん」としか映らなかった。それ以上でもそれ以下でもない。
僕にはそういった何かを感じる力が欠けていてサイババの偉大さを感知できなかったといわれればそれまでなのかもしれない。そこに集まるほとんどの人々が共通に認識しているであろうサイババの凄さが理解できなかったことはちょっと残念ではあったが、やはり僕には嘘は書けないのだ。
考えてみりゃこんなところへ興味本位だけで来ている僕とか松下プロのような人間の方がどうかしているのかもしれない。もし我々がビブーティをもらったり声をかけてもらえたりしたら、それはそれで帰国した後に色々ネタにできて翌日からクラスのヒーローになっちゃうんだろうけど、僕のサイババに対する興味は所詮その程度だったのだ。
熱心な信者のみなさん、ごめんなさいね。

いわずと知れたことであるが、インドにはそこら中いたる所に物乞いがいる。
ある朝、アシュラムの前に軒を並べる露天商のはずれに座り込む手足の不自由な老人にあった。口をモゴモゴ動かす彼に三、四匹の子犬がまとわりついている。ふと見ると彼の手には指がない。彼はその不自由な手でパンの切れ端を器用に口の中にほうり込み、一度よく噛んで軟らかくした後、また手のひらにはきだしてそれを子犬達に与えていた。
僕の心が動いた。一種言葉では説明しにくい不可思議な感覚である。
彼の指のない両手両足を見て不憫に思ったのだろうか?
恐らく自分の食い物すらままならないであろう彼が子犬に餌を与える愛情に感動したのだろうか?
それとも、もし彼が自分自身のことを犬と同レベルの存在価値しか持ち合わせていない人間であると思っているとしたらそれはとても哀しいことだと僕が勝手に邪推したのであろうか?
言葉にならない様々な感情が一気に押し寄せ、一瞬その場から動けなくなった僕を見た彼はすかさず右手のひらを伸ばしてきた。あわてて僕は財布を出し一〇ルピーを彼の手のひらに置いた。一言の挨拶もなく、さもそれが当たり前のことであるかのように彼はその一〇ルピーを受け取りまたパンを噛み始めた。

アシュラムの周りだけでなく町中にも物乞いは多い。
一人の少年がしつこく僕の後をつけてくる。こういった人達にいちいち付き合っていたらインドではなかなか前に進むことができないので、大抵の場合は僕は無視して先を急ぐことにしていたのだが、この時ばかりはさすがに根負けして立ち止まり、彼の方を振り向いた。
しきりに手まねで何かを訴えかけている。どうやら耳と口が不自由であるらしい。一枚の紙を差し出すのでそれを見ると英語で「この子は体が不自由であるのでいくばくかのお金を与えて欲しい、云々」といったことが書かれてある。身体障害者証明みたいなものなのだろうか。どうやら障害の度合いによって五ルピー、一〇ルピー、二〇ルピーの三段階の額が設定されているらしく、その子はしきりに自分と一〇ルピーのところを交互に指差した。とりあえずいわれるままに一〇ルピーを渡してあげたが、一体どこの団体があんな証明書を作っているのだ? なかなかに怪しげである。第一、あれはあの子の演技だったかもしれないではないか。あんな証明書をどこぞででっちあげてきて、耳と口の不自由な振りをしさえすれば誰だって今すぐ始められる商売である。
でも演技でもいいのだ。その金で彼がナンの一個にでもありつけたのだろうな、と思うと「貧しい者に施しをした」という自覚が僕の博愛精神を満たし他の誰にも迷惑かけることなく一人幸せ気分にどっぷりと浸れるのだかあらん。人生思うがままなのよ。
実際は今頃、
「ヘン、バカな日本人が俺の名演技にひっかかりやがって、チョロイ、チョロイ」とか思っているかもしれないし、僕から巻き上げた金をまたまたそこらの元締めに今日のシノギとしえ献上せねばならぬのかもしれぬ。でもそんなとこまで僕は責任とれないもんね。僕の幸せは僕だけが決めるのだ。

あまりの疲労感に耐えかねて昨晩はメシも食わずに寝てしまった。起き抜けにいきなりハラが減ってるなんて小学校のときの林間学校以来である。インドに来る直前までビッシリ仕事が詰まっていたものだから、できることならインドで多少寛ぎたかったんだけどね。甘かったようだな。あふれかえるばかりの車とその騒音、排気ガス、人の洪水。ただそこにいるだけでどんどん疲労していく国だ。このインドというところは。
バンガロールに来てから我々は毎朝五時半にホテルを出てサイババのもとへ向かう。六時半頃にはホワイトフィールドに到着するのだが、それからサイババが姿を現わす八時までの一時間半はアシュラムの中でひたすら待ち続けるのだ。
「少しでも早く行けば少しでも最前列に近い所(すなわちサイババの近く)に座れるはずである」というこの理論は礼子ママが日本で考えに考え抜いた末、独自に編み出した彼女の必殺技である。
「それはいい。それはよいアイデアですな、礼子ママ。なんなら朝五時半とはいわず三時に出発するというのもまた格別かもしれませんぞ」
などといいかげんな相槌を打っていた僕ではあったが、所詮無理は続かないものである。
初日にこそアシュラムでみんなと一緒にサイババが出てくるまでの一時間半待ってはみたものの、二日目には礼子ママとちびっこイナザワがアシュラムの門をくぐって中に入ったのを確認した僕と松下プロは顔を見合わせニヤリとした。
「おや、松下プロ、ふと見るとあんな所に一軒の茶店が……」
「ほほぉ、これはこれは。なかなかのものですな」
「どーですか? サイババさんが出てくるまでにはまだ一時間半もありますな」
「う〜ん、どうしたものですかねぇ……。ま、ここで立ち話もなんですし……」
「ちょっと入っときますか?」
「そぉねぇ、ちょっと入っときましょうかねぇ。これも仕事ですし……」
松下プロにとってこの誘惑は渡りに舟であったに違いない。宗教にもオカルトにも精神世界にも一切興味を持たない彼が、世界中から集まった宗教、オカルト、精神世界どっぷりの人達に周りを取り囲まれて一時間半もじっとじっとしてられるわけないではないか。インドに到着して二日目には既に、「植松さん、もうサイババの顔も見たことだし、日本へ帰りましょうよ。」
なんてことを平気で口にした男である。
カプチーノをすすりながらも寝不足と疲労で我々の感覚はかなり麻痺していた。
「植松さん、どーっすかねー」
「ま、なんちうか一種のアレだな」
「アレっすかー」
「うん、アレだ」
……二人の会話は崩壊寸前である。
どこからか日本語が聞こえてきた。
「早く、早くぅ!」
見ると日本人の団体がアシュラムに向かって駆けていく。
「もっと急いでぇ! 遅れるよぉ!」
声を振り絞って叫んでいる団体のリーダーらしき人の後からドタドタと若い男女が続いた。
……まったく、みっともないんだから。こんな神聖な場所で私利私欲むきだしで走ってどーしますか? いくら急いでもサイババさんはそんな自分勝手な人達を自分の部屋に招いたりはしてくれませんよ? 人より早く着いたからってそれが一体どーしたというのですかっ?
「どーですか、松下プロ、アレは?」
僕は日本人グループを顎で指した。
「……ん〜?……ま、どーっていわれましてもねぇ……ふははっ」
……これ以上の会話はもう無駄である。
その朝のダルシャンが始まって驚いた。なんとサイババが自分の部屋に来るようにその時選んだのは先程表をドタバタと人の迷惑をかえりみず走っていた日本人グループだったのである。
……嗚呼、神様……世の中どないなってんねん?

翌朝、罰当たりコンビはまたまたアシュラムの前の店でカプチーノとしゃれこんだ。五、六歳くらいの一人の子供が近寄ってきて花を買ってくれという。上から下まで真っ黒に汚れており、服は着ているものの、いつ洗ったものなのか見当もつかない。二ルピーで買ってあげると今度は何か食べさせてくれというのでチーズサンドを奢ってやることにした。「ここへ来て一緒に食べよう」と手招きをすると僕の前の席にちょこなんと座ってうまそうに食べはじめた。
目だけが美しくキラキラと光っている。疑いを知らない目だと思った。今自分のしている行為になんの疑問もないのだろうな。日本でいうところの、恥ずかしいとういう感覚、または罪悪感なんかこれっぽっちも感じていないんだろうな。
僕はその子の目を見ながらふと考えてしまったのだ。物乞いする人達、品物を少しでも高く売りつけようとする商人、換金をごまかす両替屋……このインドという国にはそんな人間がかなり多く見受けられる。我々日本人的発想でいけばこれらのこれらの人達はあまりよろしくない類のレッテルを貼られてしまいますね? しかし、それは我々が日本という国の常識だけで彼らを判断しようとしているからではないのか? インドにはインドの全く異なる常識が存在するのだ。この場合その人の行動だけをとらえて「良い悪い」を判断することはとても難しいことであるな。
悪いことというのは実は他人が決めることではなくて当事者本人が認めることではないかと思い始めましたね、僕は。つまり、胸に手を当てて考えたときに罪悪感を覚えるならばそれはその人にとっての悪いことであり、いくらみんなに責められようとも本人が罪悪感を感じないのならそれを悪いことであるとは誰にもいえないのではないだろうか、と。

実物のサイババを見てもそれほど感じることのなかった僕であったが、この少年の瞳の輝きには何か考えさせられるものがあった。
サイババは「私は神である」といった。しかし、それと同時に「あなたがたもみな神である」という。
今にして思えばあの少年も神であったのだ。
そして今回のインド旅行で僕にとっての本物のサイババはアシュラムを悠然と歩く神の化身ではなく、目を輝かせながらチーズサンドにかぶりつくあの少年だったのである。



-インド紀行 三 大地を駆ける-

タクシーの助手席に座る礼子ママはグッタリしている。後部席で僕の左に座る松下プロは小一時間程口も利かずに窓の外を見つめるばかり。かつてシートの上で両足を抱え込んでいたちびっこイナザワは、今ではだらしなく両足大股開きで口をあんぐりあけたまま眠りこけている。
無理もない。バンガロール〜マドラス間の三五〇kmのガタガタ道をおんぼろタクシーで走破しようとすること自体がそもそも間違っているのだ。いつまでたっても着きゃしない。やっと全行程の三分の一程過ぎたあたりなのだが日差しは容赦なくエアコンのついていないこの車内はサウナ状態である。おまけに燃料計の針をのぞき込むとF(満タン)とE(空ッポ)の間をヴィヴァーチェで動くメトロノームのようにせわしなく行ったり来たりしている。これじゃガソリンが入っているんだか入っていないんだかすりゃわかりゃしない。ふと見るとハナ肇のような顔をしたドライバーのオヤジの目も疲労のためかうつろになってきた。……オイオイお前さんだけが頼りなんだからね。
ハナ肇はどうやら音楽好きのようだ。しかもタクシーに装備してあるカーステレオがえらく自慢であるらしい。様々なテープをとっかえひっかえ聴かせてくれて「これは好きか? じゃこれはどーだ?」と聞いてくる。
しかし、こちらはそんな呑気に音楽鑑賞してる精神状態ではない。じんわりとした筋金入りの暑さで死にそうになっているのだ。おまけにガタガタ道の上をぶっ飛ばすオンボロ車が車内に響き渡らせる騒音のもの凄さに負けじと大音量で鳴らされるヒンズー語のポップス……。
あーエアコン付きのタクシーにすればよかった。たかだか一五〇〇ルピーケチッたばかりにサウナカーに乗せられるなんて……。

前日の午後、僕と松下プロの二人はバンガロールで世話になったタクシーの運転手(通称ダンディくん)に連れられマドラス行きの列車のチケットを買いにいった。インドの鉄道の切符の買い方は少々複雑で外国人には難しいだろうとホテルの人がいうので、ダンディくんに我々の代わりにめんどっこい手続きを全て任せてしまおうと企んだのである。
「オッケ〜イ!」
ダンディくんは二つ返事で了承してくれた。
バンガロール駅に着き、僕は僕なりにチケットの買い方を探ってみた。なぁ〜に、こう見えても僕はそんなに旅の素人ではない。ベルギーで列車に乗ったとき、五つ先駅に向かったはずなのに小一時間経っても目的の駅に着かない。あっと気がつくと逆方向の列車に乗っていたという男なのだ。僕は。……う〜ん、どうも頼りない。そんなこんなを思い出しながら色々とあちこち見まわしてみるのだが、どうにもこうにもチケットをどうやって買えばいいのか見当すらつかないのだ。ダンディくんはどうしてるかなと見ると、トホホ……そこらへんの人を片っ端から掴まえてはチケットの買い方を尋ねている。彼自身もどうやって買えばいいのかわかっていないのだ。なにが「オッケ〜イ!」だよ。結局最後には高いチップを要求するくせに……しかりしてちょうだいね。
やっとこさ買い方を理解したダンディくんは何やら用紙に色々と書き込み、それを持って数多く並ぶ窓口の中の一つへ行き列の最後についた。うん、いいぞ、いいぞ。インドでは列はあってないようなもので自分がどれだけ後から来ようが、自分の前にどれだけの人が待っていようがそんなことはおかまいなしにズケズケと一番前に割り込んでいく奴等が多いが、ダンディくんはその名のとおりなかなかの紳士らしく、そんな失礼なことはしないのだ。
……しかし……あーもー、何分かかっているのだ? たかだかチケットを買うだけの窓口なのにいつまで経っても我等がダンディくんの順番がまわってこないではないか。
飽き飽きした頃にやっとダンディくんの番がまわってきた。ふぅ、これで帰れるな。そう思ってベンチから腰をあげようとすると、何やらいいあってる声がする。嫌な予感がしてダンディくんを見ると、窓口の向こうの駅員がダンディくんに向かって別の窓口を指差している。
なんてこった。我等がダンディくんは全然関係ない窓口に並んでいたのだ。
ま、ここで僕が怒ってもしょーがない。なにせ相手はインドなのだ。問答無用のインドには何をいっても通用しない。ここは一つガンジーを見習って無抵抗でいくしかなかろう。でもこの「無抵抗」というのもインド人だからこそ可能である発想であったことよなぁ、としみじみ歴史の重みを噛みしめる男、植松伸夫、三五歳なのであった。第一そんなことでも考えてなきゃ気の短い僕にはとてもインド人ののんべんだらりとした事の運び方に耐えられるわけがない。隣の松下プロは何事もないかのようにホケーっとしている。う〜む、この男、余程肝がすわっているか、何も考えていないかのどっちかであるな。でも彼の普段の生活を見ている僕には間違いなく彼の性格は後者である、とここだけで密かに断言できる。他の人にはいっちゃだめよ。
ダンディくんは別の窓口の最後尾に並びなおした。おいおい。何やってんだよ。ここはインドだよ? なんで素直に列のお尻に並んじゃうのよ? もっとガーっと行かんかい! 前列の人達かき分けてズケズケと前に行ったらんかい! それでこそ生粋のインド人であろうがっ! とさっきといってることが全然違うのである。でもこれでいいのだ。人間はこの一瞬一瞬にも変化しているわけだからな、うん。さっきの僕と今の僕とは別人なのである。
ん? ダンディくんがこっちを向いて手招きしている。トラブル発生の合図だ。窓口に行くと明日の便のエアコン付き一等席のチケットはもう満席で取れない、という。かといってエアコンなしの二等席なんか買える訳がない。我々は全てに於て完璧に満たされ切った生活しかしたことのないお姫様を二人も連れているのだ。
「何、これ? あっつーい。エアコンも付いてないの?」
「まったく、信じらんなーい。植松さん、なんでこんなチケットわざわざ選んだのぉ?」なんていわれるに決まってる。
我々は列車を諦めバス便を探すことにした。が、しかし我々の都合にうまく合致する便がない。途方に暮れた僕と松下プロにダンディくんが一条の光をあててくれる。
「タクシーで行ってはどうだ?」
「タクシー? タクシーでマドラスまで?」
「そうだ」
値段を聞くと列車とバスの中間程度の料金である。しかも列車やバスと違い、駅まで行く必要もなくなりホテルからホテルへ直行である。
「う〜ん、なぁ〜いす、なぁ〜いす、とっても素敵よ、そのアイデア」
「だろ? これがベストウェイだよ。ハハハハ」
ベストウェイならもっと早くいえよコノヤローと思いながら僕はダンディくんに尋ねた。
「じゃ、明日何時にホテルに来てくれる?」
「……い、いや……僕はその……僕は、行けない」
突然彼は口ごもった。彼はバンガロールからマドラスまでの道のりをタクシーで走破することがいかに大変であるかを知っていたのだ。
結局いくら説得しても決して行きたがらない彼にハナ肇を紹介してもらい翌日の約束を取付けた。車はエアコン付きにするつもりであったが、ホテルマン達が皆、口を揃えて、
「そんなものは必要ない。金を余分に使うだけだ。窓を開けていさえすれば涼しい風が入ってくる」
というのでそれを鵜呑みにしてしまったというわけである。
あー、今にして僕は思う。インド人だけは決して信用してはいけない。

インドのラップミュージックがカーステレオから流れてきた。
「ゴゼンチュウ、ゴゼンチュウ、オババニキッス、オババニキッス、ハイッテ、ハイッテ、ゼンギシテ(「あーん」とここで悩ましい合いの手が入る)」
冗談ではない。ホントにそう聞こえるから仕方がないではないか。
右隣のちびっこイナザワがいつ目を覚ましたのかこれを聴きながらケラケラ笑ってる。……まだ嫁入り前だというのに……でも大股開きで口あんぐり、であるからして嫁に行けないという説もある。……いや、ただの説だ。
どこまでも続く広大なインドの大地を七時間程走るとやっとこさ大都市マドラスに着いた。インドの生活に耐えられなくなった松下プロが「どーしてもプール付きのホテルじゃなきゃ嫌だ」とだだをこねるのでハナ肇に相談すると、
「まかしとけ、俺がいいホテルを知ってる」と、さも自信ありげにいうので連れていってもらった。
……僕は息をのんだ。凄いホテルである。どう見たってこりゃ高そうだ。ハナ肇は一五〇〇ルピーだといっていたが大丈夫だろうか?
僕は恐る恐るフロントで値段を聞いた。いかしたフロントマンはこともなげに一泊一五〇ドルだという。ちょ、ちょ、ちょ、ちょとまてくださぁ〜い。我々はボンビー旅行なのだ。この時期に一泊そんな大金払えるわけがない。大体僕らの格好見て下さいよ。。ね? 他の宿泊客とは一線を画する何かを感じるでしょ? こんな洒落たホテルに汚いリュックしょって来てる奴なんか一人もいないんだから。ん? そこまでわかってたら、来るんじゃねーよって? ははぁー、ごもっともでござんす。しかぁ〜し! ここでめげるわけにはいかんのですたい! ずうずうしくも僕はいかしたフロントマンに一五〇〇ルピー以下でプール付きのホテルを探してもらうことにしたのである。ちびこイナザワは横でうっとりした目つきになってフロントマンを見つめている。……そう、彼女は嫁入り前なのだ。
結局めでたく希望通りのホテルが見つかった。……が、カビくさい。それもそのはずだ。バスタブにはカビがこびりついている。これからインド旅行を計画している諸君、インドに行くときはキンチョールとともにカビキラーも忘れちゃだめよ。
松下プロとちびっこイナザワは「このホテルカビくさい、ひどいひどい」と文句をいっている。甘えてはいけない。一晩四五〇〇円のホテルに泊まって何を文句をいっているのだ。バスタブがあって、お湯が出て、トイレの水が流れるだけでもありがたく思いなさい!
さてさて、明日は今回の旅の二大目的のも一つ「アガスティアの葉」を探しにいくのだ。、
今から五〇〇〇年前にインドにいたといわれる聖者アガスティアが、将来この地を訪れるであろう全ての人々についての予言を残したといわれている。その予言書のありかを我々は、あるルートを通して知ることができたのだ。
果たして見つけることができるのだろうか? 予言書のありかを知ったとはいえ、それは「○○駅から○○通りを○○の方向へ○○分車で行き、○○病院の左裏の住宅街がある広場から○○軒先にタミル語で書かれた看板があるところ(○○はちょっと事情があってここでは明らかにできないのだ。ごめんね)」
という情報しか得ていない。まるでジェームズ・ボンドのようではないか!
僕は「ジャンジャカジャンジャーンジャンジャンジャン、ジャンジャカジャンジャーンジャンジャンジャン」という例のテーマ曲を口ずさみながらベッドに横たわり先ほどから地図と睨めっこしているのだが全然見当がつかないのである。うーん、困った。



-インド紀行 四 伝説の予言書を求めて-

朝早く目が覚めてしまったので松下プロと二人でベンガル湾の朝日を見にいった。
熱烈な海ファンの僕としては「ベンガル湾が近い」と聞いただけでもうじっとしていられない。
「いやー見渡す限り砂浜だねー、松下プロ」
「これ鳥取砂丘よりずっと広いっすよ」
「俺、海大好きなんだよなー」
波打ち際では朝早くにもかかわらず多くのインド人達が皆一様に朝日に向かって瞑想している。一人一人四、五メートルの間隔をあけて座り込みそれが砂浜沿いに延々と遙か先の浜辺まで続いているのだ。
やはりヨガの国である。こうでなくてはいけない。ワタクシはこれまでさんざんインド人の悪口を書いてきたが、なんやかんやいってもさすがに精神世界を大切にしている国なのだなぁ……しみじみ。
どうせだからベンガル湾の水に足を浸してこようと思い、瞑想してる人の横を邪魔しないようにそっと通り過ぎようとしたとき……どうも様子がおかしいことに気がついた。
瞑想している人達のお尻がみな丸出しになっている。しかもさらに目を凝らすとお尻から何やらブラブラと垂れ下がっているではないか。
松下プロが「うげぇ〜っ!」と奇声を上げ素晴らしい反射神経で後ずさりした後、突如ホコホコと笑い始めた。
一心不乱に瞑想しているとばかり思われた彼らは実は無我の境地でウンチしてたのだ。
……もぉ……インドという国は……

ホテルの人達はアガスティアの葉の存在を知らなかった。タクシーの運転手に聞いてもわからない。さて、困った。
「やっぱり、無理なのかしらねぇ……」
礼子ママは不安気だ。
「わたしは、もともと見たくなかったしぃ……」
ちびっこイナザワは弱気だ。
「ね? ね?。だ・か・らぁ、そんなとこ行くの止めにしてプールで泳ぎましょ、ね? ね?」
松下プロは嬉しそうだ。
「ふはははは、諸君! 落胆するのはまだ早いぞっ!!」
と僕はいばる。
「これを見たまえっ!」
「こっ、これはっ!?」
三人は同時に椅子から立ち上がり驚愕の声を上げた! ……ちょっと大袈裟すぎるな……。
こんなこともあろうかと思い、僕は入手した情報と電話帳を頼りに目的地からさほど遠くないといわれる○○病院の住所を昨晩皆が寝静まった後に密かに調べておいたのである。ジェームズ・ボンドはこうでなくっちゃね。

とりあえずタクシーで○○病院に向かうことにした。
車内では四人が四人ともそれぞれの思いを胸に秘めているのか、口数も少ない。
「半信半疑」派の僕、「んなもん、あるわけないじゃないですか」派の松下プロ、「絶対あるはずよ」派の礼子ママ、「見るのが恐い」派のちびっこイナザワ。
五〇〇〇年前、インドの聖者アガスティアが将来この地を訪れるであろう全ての人のために椰子の葉に各人の過去、現在、未来を書き記したといわれる。
アガスティア・ナディ……日本では青山圭秀が三五館から出版した著書のタイトル『アガスティアの葉』という名で知られている。
が、果たして本当にそんなものがこの世の中に存在するのであろうか?
アガスティアの葉にはその人がいつそれを読みに来るのかまで記述されているという。もし、僕の葉が仮に存在するとしたらアガスティアさんは、西暦一九九四年八月十六日の今日のこの日に僕がその場所を訪れるであろうことを今から五〇〇〇年前に知っていたことになるではないか。そんなことが実際にありうると思いますか、あなた?
本当にあるとしたらそれはそれでとてもロマンチックな話ですわね。「時空を超えて」とか、「悠久の時の流れに」とか、「遙か太古の」とか、もうまさに「ファイナルファンタジー」の世界が現実のものになってしまうのだ。ディレクターの坂口クンも連れてくりゃよかったかなぁ……。
一方、日本でアガスティアの葉に関する様々な噂も聞いていた。
「そこへ辿り着きさえすれば全ての人の葉は見つかる」
「いや、行くには行ったが結局見つからなかった人もいたそうだ」
「アガスティアの葉は一つの家系が代々保管し続けている」
「それを見るには予約した後一、二ヶ月待たされるそうだ」
「あちこちでアガスティアの葉だと偽って金儲けしている輩がいるらしい」

突然タクシーが止まった。
「ここだ」
と運転手がいう。
「へ?……でも、これって病院の名前が違うよ」
「とにかく病院は病院だ。ここじゃだめか?」
何をいっておるのだ、この人は? 我々は病気を治してもらうために病院を探しているわけではないのだ。一体何のために住所まで渡したと思っているのですか、あなたは?
結局、そこら辺の地理に疎い運転手はあちこちで車を停めてそこらへんの通行人とかおまわりさんに尋ね歩き、我々はなんとか目的の病院に辿り着いた。
「いやー、本当にありましたねぇ、この病院」
「でも、こっから先が問題よねぇ」
「僕ちょっとそこの店で聞いてきます」
ペプシコーラを飲みながら店の兄ちゃんにアガスティアのことを尋ねたが、「聞いたこともない」というつれない返事だ。情報によるとこの近くに存在するはずなんだけどな。
「どーします?」
「ま、ここにいてもしゃーないですから、とりあえずこっちの方に歩いてみますか?」
歩き始めるとすぐに我々の脇を自転車に乗った少年が通った。
「どこに行くのだ?」
と彼は問いかけてきた。アガスティアの葉が英語では正式になんと呼ばれているのかわからなかった僕は、
「アガスティア!」
とだけ答えた。すると彼、
「ついてこい」
という。
「こいつどーやら知ってるみたいですよ。ついてってみましょうよ」
「ぜ〜んぜん訳わかんないとこ連れていかれちゃったりして……」
「でも、この人なんでアガスティアの葉のことを知ってるのかしらね?」
松下プロが世の中なめきった口調でホコホコ笑いながらいった。
「『僕はアガスティアの使いの者だ』っていっていますよ」
……そんなこと彼は一言もいってないって……。
「ここだ、ここだ」
と彼が教えてくれた建物は意外にも、そこらへんの民家とさほど変わらぬ質素な外観を呈していた。
「さんきゅー。ばぁ〜い」
と彼に手を振ると、驚いたことに彼は笑いながらその建物の中に入っていくではないか聞くと彼はアガスティアの館のお弟子さんだという。いいかげんなことをいったわりにはそれが事実だったことに気付いた松下プロはただホコホコ笑うばかりだ。
とりあえず、アガスティアの館は見つかった。ここにアガスティアの葉が保管されているのだ。そう思うだけで僕はすっかり物語の主人公になった気分であった。しかし、感傷にふけっている場合ではない。我々は明後日にはマドラスからボンベイに向けて発たねばならない。時間は今日と明日の二日間しか残されていないのである。
その日この場所を訪れたのは我々だけではなかった。朝一〇時頃であったが既に先客のインド人が一杯で建物の中に入りきれず何人かは外の椅子に座って待っている。ちょっと気が引けたが、そこは図太く僕はインド人をかき分けて中に入っていった。
「日本から来ました。アガスティアの葉を見たいんです」
白い着物を着たいかにもそれっぽい人に僕は話しかけた。
「わかりました。今日は予約だけにして、1ヶ月後にまた来てください」
ガーン!……やっぱりだめだったか……予約が必要という噂は本当だったんだ。
落胆の色は隠せなかったに違いない。そこで待っていた一人の初老のインド人が僕のしょげた顔を見て話しかけてきた。
「どこから来たのだ?」
「日本です」
「いつ帰るのだ?」
「明後日です」
すると彼は何やらタミル語でいかにもそれっぽい人に話し始めた。話が終わるといかにもそれっぽい人は突然、
「こちらに来て親指の指紋を押してください」
という。どーなってるのか訳がわからない。いわれるままに四人は指紋を押した。
「では、隣の建物で待っていてください」
う〜ん、下調べ不足の我々には何がどーなっているのかサッパリである。一体僕らの葉は今日探してもらえるのであろうか? それとも隣の建物に行って予約をするのだろうか?
とにかくこうなったら流れにまかせるしかない。
隣の建物の庭先で我々は待った。
「どこでアガスティアの葉のことを聞いて来たのだ?」
ベンチの隣に座るおっさんが聞いてくる。
「あー、そのぉ、日本でこのことに関する本を読みましてぇ……」
おっさんはかなり驚いていた。こんな辺鄙な場所に存在する怪しげな(失礼)予言書のことについて書かれた本が日本で出版されているということがショックだったに違いない。
どこでここのことを知ったのかという同じ質問を、その後僕は五人のインド人から聞かれた。こんなとこまで日本人がしかも四人同時にやってくること自体が珍しいのだろう。
これは後で知ったことだが、これまでにここを訪れた日本人は五〇人程いるそうだ。この五〇人という数字を多いと見るか、少ないと見るか僕には判断しかねるところである。
突然、アガスティア関係者が大挙して一人の日本人男性を連れてやってきた。
「アチャー……えーとですね、いきなりやってきて『アガスティアの葉を見せろ』といっている日本人というのはあなたがたのことですね?」
「……はぁ」
この人はこの時、偶然ここにいた菊谷さんという宮崎出身の方で既にアガスティアの葉を読んでもらった経験のある人なのであるが、なぜか話の冒頭に「アチャー」と付け加える癖がある。アチャー菊谷はいった。
「アチャー……あのですね、アガスティアの葉を読んでもらうにはですね、予約が必要なんですよ。いきなりやってきて見せろといわれたって、それは無理ですよ」
「あー、でもね、さっきそこで指紋とってね、ここで待ってろっていわれたんですよ」
「アチャー……あ、そーですか」
我々はこれまでの事の成り行きをアチャー菊谷に話した。
「アチャー……そういうことであれば今日中に探してもらえるかもしれませんね」
「はぁ、そうだといいんですが……」
アチャー菊谷がアガスティア側と色々折衝してくれている。
「アチャー……いいそうです。大丈夫だそうです。午後二時にもう一度来いといっています。アチャー……しかしラッキーですね。来たその日に探してくれるなんてこと通常はありえませんよぉ。……アチャー……」
二時までにはまだ時間があったので我々はアチャー菊谷と一緒にお昼を食べながらアガスティアの葉について色々教えてもらった。
「しかし、今回の旅はうまく展開していくわよね。まるで何かに導かれてるとしか思えないわ。ふぅっ……」
と礼子ママが溜息をつく。
「アチャー……まさにその通り。みんな導かれてここへ来るのです」
「でもアガスティアの葉があったとしても、それはタミル語で読まれるものを英語に訳してくれるだけでしょ? タミル語を日本語に通訳できる人がいれば完璧なのにねぇ……」
礼子ママの欲望は留まるところを知らない。でも実はこの僕もそうなるといいのに、いやこのままの調子で行けばそんな人が実際に現れるかもしれない、と思っていたのも事実である。しかし敢えてここで地に足を着けておこうと思って否定した。
「ハハハ……礼子ママ、世の中そこまでうまくはいきませんよ。ハハハ……」
食事を終えてアガスティアの館に戻ると、そこには礼子ママの友人リツコさんがいた。
「リツコぉ〜!」
「礼子ママぁ〜!」
何という偶然であろう。お互いこの時期にインドに旅してることは知ってはいたものの今日ここで会う約束など取付けてなかったのだ。しかも彼女はタミル語を日本語に訳すことのできるインド人女性を連れてきていた!
我々はもはや自分の意志を超えた何物かに動かされていることを認め始めていた。得体の知れぬ何か大きな渦に巻き込まれてしまったようである。

インドに出発する前日、車の中で僕は独身の松下プロをからかっていた。
「松下プロ、インドで素敵な女生と出会うかもね」
「インドで女性と知り合うきっかけなんかあるわけないでしょう。第一言葉がわからない」
「いや、わからんぞ。その女性が日本語話せたりして……」
「んなことあるわけないじゃないですか」
「いやいや、わからんぞ。で、その女性の名前がスジャータとかいったりしてね……」
「何バカなこといってるんですか」

結局我々はリツコさんが連れてきた日本語の話せるインド女性に通訳をお願いすることにした。我々四人が自己紹介し終った後、彼女は流暢な日本語でこういった。
「よろしく。私の名前はスジャータといいます」

……じ、じ、人生……お、思うが、ま、ま、ま、ま……まま……な、なのだ。



-インド紀行 五 一枚の葉-

僕はこの原稿を書いている今この時点でさえもこの地で起こった二日間の出来事を書いてよいものかどうか迷っている。あまりにも現実離れした事実と度重なる偶然は、それを経験したこの僕にとってさえ信じがたいことであるのだ。ましてやこれを読んでいる人達にこのことを信じさせるだけの説得力のある文章を書く能力を僕は持ち合わせていない。それが悔やまれるのであるが、とにかく事実をありのままに書くことにしよう。

右手の親指の指紋だけを頼りにアガスティアの葉は探しだされる。僕にはそれがどういうシステムで探しだされるのかはわからないが、まぁ、日本でも事件が起こったら警察の人達がやってきてその部屋に残された指紋探しをしたりするではないですか。この指紋というやつは個人によってかなり異なる形状であるらしいな。ということはだ、見る人が見さえすればその人に関する何らかのことがこの渦巻きから読み取れるのかもしれないね。
指紋だけからその人のアガスティアの葉を探しだしてきて、その内容を読んだりする訓練を受けた人のことをナディ・リーダーと呼ぶ。
ナディ・リーダーのシバが一束の葉を持って現われた。
どうやらこれが噂に聞くアガスティアの葉のようだ。
縦三センチ、横三〇センチ程度に細長くカットされた椰子の葉の表面は何やら協力に細かい古代タミル語らしき文字でびっしり埋め尽くされている。ここに人生の全てが書かれているというのか?
シバが持ってきた一束にはこのようなハッパが何枚程含まれていただろうか? 五、六〇枚? いや一〇〇枚はあったかもしれない。その中から僕のハッパが探しだされる。
シバはハッパを読みながらそこに書かれていることに対して僕に質問をする。僕はそれに対して「イエス」「ノー」だけで答えていく。一つでも「ノー」があるとそのハッパは脇に押しやられる。つまりそのハッパは僕について書かれた予言書ではないということだ。
シバがハッパを読み始めた。タミル語で読まれるそれには独特の節が付いていた。どこか恐山のイタコさんの語り口調にも共通したメロディである。
「きみは今、二度目の結婚を考えているか?」
さんざん迷った末、(……迷うなよ)
「ノー」
記念すべき一枚目のハッパハシバの手からはじかれた。僕のものではなかったようだ。
「きみは離婚したことがあるか?」
「ノー」
これも違う。
「兄弟はきみと兄の二人か?」
「ノー」
これもダメ。
「父の名前はジョセフか?」
「ノー」
……んなわけないだろう。こんな典型的日本人の顔した僕の親父の名がジョセフだったらそれこそ詐欺である。
こうした質問をいくつか受けた後、一束目には僕のハッパは含まれていないことが判明した。シバは二束目を持ってきたが、そこにも僕のものはなかった。三束目……ここにもない。
やはり僕のハッパはないのかもしれない。だいたい自分で自分のことを考えてみても五〇〇〇年前のインドの聖者にわざわざ予言を残される程の人物だとはとても思えない。
四束目のハッパもだんだん残り少なくなっていく。時間だけがどんどん経っていった。
僕はもう殆どあきらめかけていた。とその時、いくつかの質問にたて続けに「イエス」と答えてしまうハッパが出てきた。
当たりさわりのない受け答えの後に続く質問は更に核心をつくものであった。
「父は教育関係の仕事をしているか?」
「イエス」
父は学校の教師を数年前に定年退職しているが今でも講師として週に何度かは地元高知のある学校に呼ばれ教壇に立っている。
「きみは学校で外国語を専門にしていたか?」
「イエス」
僕の母校は神奈川大学の外国語学部だ。
「きみは今、音楽に関する仕事をしている」
「イエス」
「兄弟はきみの他に二人いる」
「イエス」
「上が姉で下が弟だ」
「イエス」
「父の名前は……スゥァ、ズゥィ、ムォ……? スゥァ、スゥァ、ムァ……?」
シバは慣れない日本語名をどのように発音すればいいのかとまどっている。一瞬迷った後、僕は「イエス」と答えた。父の名はススムである。
僕が単純に「イエス」と答えたことに疑問を持つ方も多いことだろうと思う。「スゥァ、ズゥィ、ムォ」も「スゥァ、スゥァ、ムァ」もこうして文字にすれば「ススム」とは明らかに異なる名前であるからだ。しかし外国語の発音が難しいものであることは僕が今更ここで改めて書くまでもないことですね。
仮に今ここにELIZABETHという名の女性がいたとしよう。僕が彼女に向かって「えりざべす!」と呼びかけたとしても彼女は自分のことを呼ばれたとは思わないだろう。
「え」を「イ」に変えて「り」を舌先を上顎の歯の根もとあたりに軽くくっつけて発音する「リー」に変えてアクセントをつける。そして「ざべ」はアクセントのない「ザバ」に、「す」は舌先を上下の歯で噛んで「ス」に……ではいきますよ。リピートアフターミー。
「イリーザバス」
はい、皆さんごしっしょにぃ。……はい、結構ですよぉ。
「スゥァ、スゥァ、ムァ」あたりで許しておいてやろうと思った。その時僕にはきっぱり「ノー」と答える勇気はなかった。この場合も単純に「ススム」の発音違いである可能性もあったからだ。「ノー」と答えて脇によけるにはあまりにも惜しい内容のハッパだったからである。仮にここで一つぐらい答え間違えていても、これがもし僕のハッパでなかったらこの後に「ノー」と答えるべき質問が必ず出てくるはずであろうと僕は判断した。
「母親の名は……ノォ……ブゥ……ノォブゥケェ?」
父の名前を読む時と同様に発音に困っている。しかしこれも同じ理由で「イエス」と答えた。母の名前はノブコだ。
「今きみは三五歳だ」
「イエス」
「一九五九年の三月二一日に生まれた。名前をノブオという」
「イエス」
「きみはレイコという名の女性を妻にしている」
「イエス」
シバはにっこり笑うと両手をでっぷり膨らんだ腹の上で組んでこういった。
「あったよ。これがきみのハッパだ」
……あった。僕のアガスティアの葉があったのだ。五〇〇〇年前から僕はこの日この場所へこのハッパを読みに来ることが決まっていたのだ。何ということであろうか。
僕は頭が混乱した。どう解釈すればいい? なぜハッパに僕の両親や妻の名が書かれているのだ?
「ハッパにそんなことが書かれているはずがない。彼等の巧妙なトリックにひっかかっただけだ」
という人がいたら教えてほしい。これがトリックだとしたらどんなトリックに僕はひっかかってしまったのだろうか。仮にハッパに書かれているということが嘘だとしても、なぜ初対面のシバが僕のことについてこれだけいい当てることができるのだ? 日本に帰ってみんなになんと説明すればいい? はたして僕の両親はこの不可思議な現象を信じてくれるのだろうか?
シバはさも当然といった面持ちで、驚きのあまりに息をのみ一言も口を利けなくなった僕の顔をじっと見ている。
「……なぜ? なぜ僕のことが書かれたハッパがここにあるのですか?」
やっと口をついて出てきたのは我ながらトンチンカンな質問であった。
「それはあなたがここに来ることが決まっていたからです」
「ではここを訪れる人達のハッパは全て人数分用意されているということですか?」
「もちろん」
「もし世界中の五〇億人もの人間が皆ここに押し寄せてきたらどうなります? ハッパは五〇億枚用意されているとでもいうのですか?」
「そうなるでしょうね。しかし現実的にそんなことはありえません。なぜならアガスティアがかつて予言した人間しかここへは来ないからです」
「それにしてもこれまで五〇〇〇年の間に訪れた人だけでも膨大な数になりますね」
「全てのアガスティアの葉をここで保管しているわけではありません」
「他の場所にも?」
「そう。インドにはアガスティアの葉を保管している場所がここ以外にも数ヶ所あります」
「ここへは世界中の人が訪れるのですか?」
「インド人が殆どですが縁のある人は必ず来ます。先週はアフリカ人が来ていた」
「日本人も多いですか?」
「日本人はこれまでに五〇人程来た。そうだ、きみはアヨォウマを知っているか?」
「アヨォウマ?」
「ディーパックだ。日本人のアヨォウマだ」
「あぁ、青山! 青山圭秀さんのことですね? 知っているわけではないですが本を読んだり講演会に行ったことはありますそういえば彼の本にあなたの写真が載ってましたね」
「本当か? アヨォウマはマイフレンドだ。彼は今月末にまたここへやってくる」
まだまだ話がしたかった。色々なことを、アガスティアの葉についてのことを全て知りたかった。しかし僕の思考回路はもう完全に冷静さを失っていたに違いない。この原稿を書いている今になって「あれも聞けばよかった」「これも知りたい」と様々な質問事項がわきあがってくる。
アガスティアの葉にはこの日から先の僕の人生についても書き記されていた。
「○○歳のときに子供が生まれる」「○○歳のときに事故に遭う」「○○歳のときに新しい音楽スタイルを確立する」「○○歳のときに外国で音楽番組を制作する」「○○歳のときから三種類の仕事をするようになる」「子供の一人は音楽の仕事に就く」等々、僕がこの人生を終える八〇歳のときまでの予言が読み上げられたのだ。
そこには歓迎すべきことも、聞きたくなかったこともひっくるめての僕の大まかな未来が書かれてあった。

僕はこれらの予言を肯定しようとも否定しようとも思わない。それが実現しようがしまいがそんなことたいして問題ではないと思う。自分の明日のことについて僕に何がわかろうか?
運命というものが決まっていて、人は単にそれに沿って生きていくだけだとしてもそれはそれでいいではないか。実際の日常の生活の中では常に自分自身が選択を決断しているのだ。それとも自分の意志で選択しているその決断すらも運命によって定められているものなのか?
これまでの僕の人生は僕自身で形作ってきたつもりであるが、それは実は計り知れない程巨大な宇宙の流れの中でごく自然に起こる現象の一つにしか過ぎないのであろうか?
一枚のハッパは川の流れを読むことができない。ただ川の流れに身をまかせるだけである。しかし川の流れを読むことのできる物理学者にはそのハッパがこの先どのような方向に流れていくのか推測はできるだろう。我々は単なる一枚のハッパに過ぎず、アガスティアという物理学者に流れ先を推測されているのかもしれない。
しかし、これだけははっきりいっておきたい。
先程もいったが、僕は予言について完全に信じているわけではない。明日からも来週も来年も二〇年後も僕はこれまでどおり自分の生きたいように「人生おもうがまま」に生きていくつもりだ。
予言が外れたら笑い飛ばしてやろう。
「ね? 当たるわけないじゃないですか、そんなもん。自分の人生ですよ? なんであらかじめ他人に決めつけられにゃならんのですか? ま、ま、外れた記念に一杯飲みましょ、飲みましょ。はいはい、ググゥ〜っとね、ググゥ〜っと」
しかし、しかし、もう一つこのこともはっきりいっておかねばなるまい。
僕のことが書かれてあるアガスティアの葉というものが日本から遥か遠いこのインドの地に存在したことだけは、こればっかりは疑いようのない事実なのである。
これを読んだ人の中には「ぜひ私も行ってみたい」と思う方もいるだろうが、僕は敢えてその場所をここでは明らかにしない。「この場所を他人に教えてもいいか?」とシバに聞くと彼は「もちろんだ。我々は何も隠れてこんなことをしているのわけではない」といってくれた。が、それをするのは僕の役目ではないような気がするからだ。
遅かれ早かれ、日本のマスコミがこの場所を嗅ぎ付けテレビ、雑誌で紹介される日が来ることだと思う。そうなればかなりの数の日本人が将来この地を訪れることになるだろう。待合室は日本人でごった返すに違いない。山羊、牛、犬、猫が人間と共に暮らす静かな村にあるこの質素な建物の前には毎日、日本人の行列ができ、彼らが去った後にはマイルドセブンの吸殻とポッキーの空箱の山で埋め尽くされてしまうんだろうな。でもそれでもいいのかもね。金満日本人がこの地を訪れるようになればここは一大観光地となりそこには沢山の金が落とされていくはずだ。
「わしのハッパを探せ! 今すぐ探せ! 一〇〇万円払うから探せ!」
なんてこといいだすハゲデブオヤジが来ちゃうんだろうな。(ちなみに実際に払う額は一〇〇ルピー=約三三〇円)
そうなると質素なアガスティアの館は「アガスティア第一ビル」なんて改装されたりしてね。ナディ・リーダー達も世界中の役所とオンラインで結ばれたマッキントッシュの前に座って今よりずっと早くその人の両親の名前をいい当てることができるし、レストランでは椰子のハッパにくるまれた名物アガスティア・カリーが大受けだぁ!
……嫌ですねぇ。絶対にそんなふうになって欲しくない。自分が行っておいてこんなこというのもなんだけど、あの地はあのまんまそっとしてあげておいてほしいのだ。素朴で優しい人達が祈りを捧げながら静かに暮らすあの村にどろどろした物質世界からの誘惑の魔の手を伸ばさないであげてほしい。
……でも、もしそうなったとしたら、それはそれで避けられない運命だったのかもね……。

ラッキーなことに我々は四人とも各人のアガスティアの葉をみつけることができた。
「松下プロ、どーする? 本当にあったよ」
「どーするも、こーするも、本当にあったもんはしょーがないっすねぇ。ホコホコ」
嫁入り前のちびっこイナザワも読む前とはうって変わってハレバレした表情だ。
「植松さん! あたし将来二人の子供を持つんだって!」
「誰の子だよ?」
「わかんなぁ〜い」
「ワーイ、ワーイ、聞いて、聞いて。私ね今回の人生で解脱するんだって!」
礼子ママのはしゃぎぐあいも尋常ではない。「解脱、解脱」と呟きながら十六、七の娘のように一人で踊りまくる姿には実際鬼気迫るものがある。
とっぷり日も暮れてきた。
「そろそろ行きましょうか」
その時、僕は早く一人きりになりたかった。一人になって今自分の身に何が起こっているのかを冷静に判断してみたかったのだ。もっと先の予言も読みたかった。実は我々が読んでもらったのはアガスティアの葉の第一の扉に過ぎない。ここにはその人の人生の概略が書かれているだけで(もちろんそれだけでも頭の中をグシャグシャにされるには十分の内容である)この壮大な予言書にはこれを含めて全部で十六の扉が用意されており、家族や仕事、病気、事故、果ては過去生、今度生まれ変わってきたときの人生までもが詳しく語られているという。

長い長い二日間だった。柄にもなくつい星空を見上げた。
何も考えることができない。何も思い出すことができない。人と言葉を交わす気にもなれない。僕という人間が今この瞬間にここに存在している。ただそれだけのことだ。

「ここで待ってろ。俺が一分でタクシーを呼んできてやる」
アガスティアのお弟子さんの一人の声に僕は瞬時に現実世界に戻された。
「あ、いいって、いいって。自分でつかまえるから……あっ」
僕の引き止める声も聞かず彼は通りの方へ走っていった。
「……一分でねぇ……タクシーをねぇ……インド人がねぇ……こりゃ一〇分は待たされるな」
そう思った僕はペプシコーラを飲みながら煙草に火を点けて待った。
彼がタクシーとともに戻ってきたのは、やはり一〇分後であった。



-インド紀行 六 もう一度……-

日本に向かう帰りの機内で僕はこの旅で出会ったたくさんの貧しい子供達のことを思い出していた。
ホワイトフィールドでチーズサンドを奢ってあげた少年は確かに汚らしいかっこうをしていた。その子を手招きし店の椅子に座らせたとき、店のオヤジは露骨に嫌な顔をした。ま、無理もないとは思う。世界中からサイババの元へ訪れる大勢の人達が利用する食堂である。こんな子供達ばかりでうめつくされた日にゃ、商売あがったりだろうからな。でも、いいじゃないですか。こんな神聖な場所で商売やってんだから汚いガキが一人や二人店内にはいることくらい大目に見てあげなさいよ、ねぇ?
おまわりさんが僕の周りに群がる物売りの子供達を見つけて駆けてきた。蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げていく。その時運悪く捕まった一人の子供がおまわりさんからこれでもかと力の入った空手チョップを首すじにうけた。何もそこまでひどくすることはあるまいと思うのだが「やつらはスリだから気をつけろ」という。そりゃそうかもしれないけど僕はまだ被害を受けてなかったし、彼らとただ片言で話をしていただけなのだ。少し嫌な気分になった。疑わしきは罰せよ、ということなのかなぁ。
でもね、おまわりさんが去った後、先程空手チョップを受けた子供が何事もなかったかのようにまた僕の元へ現れたのだようーんしぶとい。地球最後の日にはあのおまわりさんよりもこの子の方がしぶとく生き延びていくに違いない。
カースト制度が今なお現存するインドでは物乞いの家庭に生まれた子供は一生物乞いである。聞いた話によると、そのような家庭に子供が生まれた場合、まだ幼いうちに親の手で自らその子の手足を切断したり関節を無理にねじまげたりして意図的に生涯を作りだすこともあるという。この子が将来多くの人から恵んでもらえるようにという子を思う親の愛情からくる行為だそうな。
……愛って何だ?
日本で我々が日常口にする愛という言葉。
「両親を愛してます」
「子供を愛してます」
「夫を、妻を、恋人を愛してます」
僕の知ってる愛なんてたかだかこんなもんだ。
愛している人を大切にしてあげたい。
愛してる人から大切にされたい。
危険から守ってあげたい。
危険から守ってほしい。
記念日には贈り物をあげよう。
僕にもちょうだいね。
いつも側にいて一緒に笑っていたい。
幸か不幸かこれまで恵まれた人間環境の中で育ってきた僕は愛というものを表面上のものでしかとらえていないのかもしれない。切実に愛を求める人には僕のいってることなんかただのきれいごとにしか聞こえないのかもしれない。でもいわせてほしい。
生まれたばかりの赤ん坊の手足を切断することが愛であるというこのインドの現実は僕にはどうにも重たすぎる。
「愛という感情だけでこの世が満たされたとしたらそれはどんなに素晴らしい世界になることであろうか」
僕はそう思い、そう信じ、そう願っていた。でも今ではそんな信念もゆらいでしまう。
世界中の人々が口を揃えていっせいに「愛」という言葉を口にしたとき、お互いにどこまでその本心を理解しあえるのであろうか? 常識の異なる国同士の間では「愛」の定義すらも異なってくるのではないか?
手足を切断された子供達に人生の選択権はないのか? きみたちは将来パイロットになって世界を駆け巡ってみたいみたいとは思わないか? 医者になってこうして病で行き倒れになって死んでいく同士を救ってあげたいとは思わないか? サッカーの選手になってワールドカップ出場はどうだ? 金持ちになりたくはないか? きみたちの本当の気持ちを聞かせてくれ! それともきみたちは夢見ることさえも禁じられているというのか?!
一体このインドという国はどうなっているのだ?!
これから先の国の将来をしょって立つべき子供達の未来を自らの手で断ってしまってどうするつもりだ?
人間の自由を奪っておいて何が精神世界の国だ! 何が聖地だ!
精神世界の人達はそれもこれも全てひっくるめてカルマであるといいきるのだろうか? もしそれが真理であるとすれば今の僕は精神世界にどっぷりと首まで浸かるほど魂が進化していないに違いない。……もともとそんな気は毛頭ないがね。
僕は金が欲しい、地位も名誉も欲しい、女性が好きだ、まだまだやりとげたい欲望が目の前に山積みされている。
しかし僕は同時に真理も欲しいのだ。自分が今なぜここに存在するのかその意味を知りたいのだ。
もうきれいごとをいいあうのはやめにして正直に語り合ってみよう。みんな僕と似たようなことを考えて毎日生きているのではないか?
金品のみに心を奪われてる人を見て「ああなりたい」とは思うまい。
「心が満たされていさえすれば、どんなに貧乏でもいい」といってる人のことを羨ましいと思えるか?
物も心も両方とも大切なものだ。物質的にも精神的にも豊かな人こそ我々の理想とする人間像ではないのか?
物質世界と精神世界がお互いに理解しあった歩み寄り、新たなハーモニーを奏でるべき時代はもうすぐそこまで来ているのだ。多くの人が今それに気付き始めている。

「松下プロ、インドはどうだった?」
「いやー、凄いっすねぇ。アガスティアの葉……僕の人生、これからっすよ。ホコホコ」
アガスティアの葉に数々の喜ぶべき未来が書いてあった彼はあの予言を完璧に信じているようだ。行く前には「そんなもん絶対にない」っていってたくせにね。
「でもサイババの所に集まってた人達、あんな刺激のない生活で毎日楽しいのかねぇ?」
ちびっこイナザワがいった。
「植松さん、私達はねジェットコースターを楽しいものだと信じ込んでいるのよ。わかる、この意味? 浮き沈みのある生活に慣れきってしまって、それのない生活は退屈だと思い込んでるだけなの」
「でも俺はあんなとこ嫌だな。早く日本に帰りたいよ」
「そう……私達はもとの世界へ戻るためにインドへ来たのかも知れないわね」
「どゆこと?」
「我々にできることはアシュラムに滞在して何ヶ月も瞑想することではなくて日本に戻って毎日の日常生活の中で自分を成長させていくことじゃないかなって思ったの。で、わたしはそれを確認するためにここへ来たんじゃないかなって、ね?」
……う〜む、今日のちびっこイナザワはなかなかに語るのである。この女、インドでの一〇日間でかなり腕をあげたようだ。
「そこらへん、礼子ママはどう思います?……あれ? 礼子ママ?」
礼子ママはトイレに行っている。ここまで耐えに耐えてきた彼女ではあったが最終日に気が抜けたのか、とうとうお腹にきてしまったらしい。
そういえば僕はインド旅行の間、アルコールを一切口にしていない。酒を覚えてこのかた一〇日間も禁酒したのは初めてだ。やればできるものだな。禁煙は難しいけどな。
そういえばインドで僕はビーディーという一番安いタバコばかり吸ってたな。インド人からよく「なんでそんなの吸ってるんだ」と笑われたもんだ。いいじゃないか。僕が気に入って吸ってるんだから。
そういえばインドでは手をつないで歩く男連れが多かったな。初めて見たときはその筋の人だと思ってたけど、あれほどあちこちで見られる光景であるからして単なる友愛の印か何かだろうな。でないとインドの男ってモーホーだらけになってしまうぞ……。

そんなことを次から次へと思い出しつつ眠りこけているうちにエア・インディア三〇六便は無事成田に到着した。二時間遅れではあったがそんなの悠久の時の流れから比べるとなんでもないことだ。
僕は近い将来再びインドを訪れるだろう。もう一度アガスティアの葉を見るために。その葉に書かれてあること全てを信じているわけではない。ロマンチックに信じていたい気持ち半分、冷静に判断したい気持ち半分といったところだ。
僕はもう一度インドに行かねばならない。インドに行ってアガスティアの葉に残された全ての扉を開いてみよう。我々のちっぽけな力ではどうすることもできぬ大きな大きな渦の流れにもう一度正面切って向き合ってみたい。それをすることがこの僕の今生での運命であるかもしれないのだ。




僕をアガスティアの葉に導いてくれる直接のきっかけを与えてくれた矢島礼子さん、遠いインドで縁あって知り合うことができた菊谷泰明さん、菅野立子さん、和田富美子さん、シバさん、スジャータさん、クマール君、そして心強い仲間の松下謙介氏、鰰沢友恵さんに心より感謝します。



-編集後記「私的植松伸夫論」-

まずは本書発刊に至るまでの経緯に、簡単ではあるが触れておきたいと思う。三年程前、植松氏と帰宅の途中、東急東横線の電車の中でのこと……。植松氏が切り出した。
「実は文章を書き溜めてるんだけど、本とか作っちゃわない?」
ちなみに著者と植松氏とは音楽制作の制作者と音楽家という関係であるので、本作りとは無縁である。しかし、CDのライナーノーツなどで独自の文才を発揮し、さらに世界中を我がもの顔で駆けめぐり、オカルト事情にも精通する植松氏を捨て置く筆者であろうことか! 二つ返事でこの企画に飛び乗り、紆余曲折の末、上榛するに至ったのである。(予告をしておきながら発刊が遅れに遅れたことを深くお詫び申し上げます)

さて、植松氏とCD制作を行う場合、筆者は次のことを念頭に置いて仕事を進めていくことにしている。それは「植松氏にやりたいことをやってもらう」ことだ。こう書くと無責任極まりないと思われるかもしれないが、植松氏のやりたいこと即ち芸術性、大衆性に富んだすばらしい音楽だからだ。放っておけばいいものができる。つまり、筆者は金勘定だけしておけばいいのである。ラクである。
植松氏の自身の音楽に対する接し方、考え方は、傍から見ていると気の毒なほどストイシズムに徹している。本文中、「自分はグータラで、いいかげんな人間だ」的表現が随所に見られるが、果たしてそれは仕事以外の普段のことでしかない。音楽を愛し、ミュージック・ビジネスを天職と公言する植松氏のこと、自身にとって音楽とは命よりも重く、神よりも崇高な存在なのであろう。

本書に於て、音楽生活から離れた植松氏を読者諸兄に多少でも感じとっていただきたい。そして、植松氏の創作する音楽にフィードバックさせ、新たな感慨を見いだしていただければ幸いであると同時に、我々の思うツボである。特に、「インド紀行」に於ての様々な出来事に対する記述には、植松氏の嘘のない人間性が見事に表現されている。日本で生活する我々にとって、日常では考えも及ばない数々の体験は、同行した筆者自身も植松氏と同様、人生の大きな転機となった。植松氏がこのインドでの体験をいかに自身の音楽に昇華せしめるのか、実に楽しみである。(余談ではあるが、数々の体験ののち帰国した日、筆者の自宅にインドへ旅をしたこと、なしてやサイババに会ったことなど知ろうはずのない知人から、サイババの聖灰ビブーティが送られてきた。……真実である。)

最後に、本書出版に際し、株式会社スクウェアをはじめ、数多くの団体、個人の方々にお世話いただいたことを深く感謝いたします。そして、最後までご愛読いただいた読者諸兄になによりお礼をいわなければなりますまい。本書に対するご意見、ご感想をこころよりお待ちしております。
筆者にとって植松伸夫氏を一言で表現すれば「恩人」である。筆者自身の「アガスティアの葉」によると、「恩人」との関係はほんの近い未来離れていく運命にある。それは筆者にとっての「もうひとりの恩人」に恩返しをするためだからだ。そして、何年か経ったある日、筆者と「恩人」は現在とはそれぞれ異なる立場で再びめぐり合い、革新的な仕事をする運命にある。そこで筆者は「恩人」にやっと恩返しができるようだ。

一九九四年  九月九日

NTT出版株式会社 松下謙介


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