その胸のHERO


ヴィクトール&ゼフェル


 生ゴミの腐敗したすえた匂いが鼻をつく。酒場の窓からもれる明かりで、辛うじて互いの顔がわかる。路地という
には狭過ぎる石畳の建物と建物の隙間。酒場の裏口に通じる以外、人の通りはまったくない。
 レンガの壁に押しつけて、抱え上げた細い両足の間を、俺は貫いていた。自らの重さでずり落ちてくるその身体
を、すくい上げるように、何度も何度も突き上げる。ねっとりと纏わりつき、締め上げるこの感触・・・。女のそれとは
ちがう。正気ではないのだと、自分に言い訳をした。俺は前後不覚なほど酔っているのだと。そうでなければ、
王立派遣軍の英雄とまで謳われた男が、こんなみじめな淫行をはたらく訳がないと・・・。
 英雄? 俺は自虐的に笑った。何百という部下の命と引き換えに、与えられた名声、地位がこんなものだとは・・・・。
誰の目も節穴だ。なんにも分かっちゃいない。俺はこんな男で・・・。招かれた名ばかりの聖地には、心を揺さぶるも
のなど、ありはしない。宇宙を司る守護聖でさえ、こんな輩なのだ。
 怒りを、そのか細い身体に叩きつける。
「・・・い・・やだ・・・ああ!・・・めろ、ヴィクトール」
 抵抗もどうせ演技だ。誘って来たのはこの男だ。望みどおりいくらでも汚してやる。
 もっと淫らに喘ぐ顔を見てやりたい。より深く、より強く、肉の壁に擦りつけ快感を味いながら、前を握り扱いてやる。
「・・・あああ!!」
 目尻に涙をため、俺の身体にしがみつき、開かれた唇から叫びが上がり続ける。
 もうすぐ、その身体の中に吐き捨てられるだろう。俺の中のきたならしい欲望も・・・。
俺の腹に生暖かい感触が貼りつく。その感触に身震いしながら俺もまた、放っていた。


      *   *   *


 荷造りは至って簡単に終わった。1年近くこの部屋で暮らしていたのに、荷物らしい荷物はまったく増えていな
かった。そういえば、この聖地にやって来た時も、バック一つだった事をなつかしく思い出す。
 掃除の必要はないと、学芸館の世話係は言ってはいたが、新しい風くらいはこの住み慣れた部屋に通しておい
てやろうと、窓辺に向かうと大きく窓を開け放った。
 囀る鳥の声。緑の匂い。この美しい風景も今日で見納めだ。
 ふと向かいの林の木の陰に人影を見止めた。
「・・・ゼフェル様?」
 その視線は真っ直ぐこの窓に注がれていた。

「二人きりで話するのは、何ヶ月ぶりだろうな・・」
 招き入れた、からっぽの部屋で、俺はゼフェル様にに椅子をすすめながら言う。それには答えず、ゼフェル様
はどっかりと腰を掛け、足を組む。
 何の用向きかと聞けないまま、俺はむこうから口を開くのを待った。
 しばらくの沈黙の後。
「おめーが・・・・二人になるのを避けてたんだろうが・・」
 ため息をつくようにぼそりとつぶやき、ゼフェル様が目をそらせた。
「そうだな・・。俺が避けていた・・・そのとおりだ・・」
 今更そんな話に触れたくはなかったが、今日で最後なのだから、面倒事は断ち切っておきたい。
「・・・あんな事があったんだ・・・。仕方ないだろう・・」
「やっぱり後悔してんのかよ? オレと犯った事・・・」
 その薄笑いは自嘲にも見える。
「・・・あたりまえだ・・・仮にも、相手は守護聖様だ・・」
「・・・仮にも・・・ね。・・けっ!!」
「・・・・どうかしていた。この俺があんな誘いにのるなんてな・・」
 開けた窓からの風が、少し冷たくなったきた。日暮れが近い。
「そうやってあんたは、やっちまったこと、みんな間違いでした、に済ませて生きていくんだな」
「・・・ふっ・・・言ってくれるな」
 痛いところをついてくる。
「でもな・・オレはそんなこと認めねえぜ?」
「認めようが認めまいが、俺はこんな男だ・・・」
 自分でも驚くくらい苦渋に満ちた声だった。


     *    *    *


 あの日。聖地から程近い街の、古びた酒場で会ったのは偶然だった。
 俺は女王試験が始まってから初めて取れた休暇で、ゼフェル様は例にも漏れず、無断の脱走だった。
 薄明かりの下、一人でグラスを傾ける俺に、声を掛けたのはゼフェル様の方だ。
 愛想よく挨拶をしながらも、内心うんざりしていた。一人で飲みたかったのだ・・。
「・・・辛気くせーな。おっさん・・・。そんな飲み方じゃ、酒がもったいねえぜ?」
 あいまいな笑顔だけで答える俺に、ゼフェル様は続けた。
「・・死んだ奴らの事でも思い出しているのかよ?」
「・・・知っているのか・・・?」
「前にあんたの昔の話を人から聞いた・・後は・・オレが勝手に調べた」
「どうして・・・?」
「・・・べ、別に・・・暇だったからな・・・」
 ゼフェル様は、グラスを一気に煽った。

 互いのペースは速かった。気がつけば、2本のビンが空になっていた。
 触れられたくない思い出のはずなのに、俺はいつしか、あのいまいましい過去の話を聞かせていた。
ゼフェル様は頷くだけで、だまって耳を傾けていた。
「気がついた時には、火砕流が観測基地を飲み込もうとしていた。軍用自動車やヘリの稼動は間に合わなかった。
・・・たった一台のエアバイクが・・・。エアバイクなら、溶岩や土砂の流れを避けて、逃げ切ることができるはずだった。
・・・・俺が躊躇っていると、部下達が口々にいった。
【英雄でいて下さい、隊長】・・・とな」
「・・・英雄?」
「そうだ・・・。最後まで残りの部下達を指揮し、民間人を避難させてくれと・・・・。王立派遣軍の
誇りを貫くれと・・・・俺に懇願した」
「・・・そしてあんたはエアバイクに?」
 俺は黙って頷いた。あの瞬間のやりきれない記憶が蘇り、グラスを握る手に力がはいる。
「奴らに語って聞かせた事があった。・・・弱きを救う英雄・・・・・俺の夢だった」
 既に味さえもわからない酒を飲み干し、ボトルを傾けると、ゼフェル様が止めた。
「・・・もうよせよ・・・おっさん」
 見上げたゼフェル様の顔は、朦朧と揺れて見えた。
「それよりオレと犯ろうぜ?」
 ゼフェル様はいった。とっさに意味がよく理解出来なかった。
「・・・酒より酔えるぜ、おっさん。・・オレを好きにしてもいいっていってんだよ?」
 まったく現実味がなかった。どうせ、目が覚めると消えてしまうものだと・・・。
 ゼフェル様に誘われるまま、店から出ると、俺は自分でも信じられない行動に出た。ゼフェル様を裏路地に引き
ずり込み、壁に押しつけると身体に手を延ばした。
「・・・こんなところじゃ、いやだぜ!!」
 予想外のゼフェル様の抵抗にますます煽られ、目的の部分だけ露出させると、なんの準備もなさぬまま両足を
抱えあげた。
「無茶すんなよ!おっさん!!」
「そっちが誘ったんだろう、ゼフェル様」
 言葉とともに、身体を進めた。
「・・・とんだ守護聖様だな・・・。たびたび聖地を抜け出すのは、こうやって男をたらしこむ為なのか?」
 こじ開けるようにゼフェル様の身体を突き進み、最奥を目指す。
「・・・ちがう・・オレは・・・そんなんじゃな!・・・ああ・・!」
 自分の体重で深く取り込む形で、ゼフェル様は俺に貫くかれていった。


     *   *    *


「済んだ事をとやかく言いに来たんじゃねえよ。オレにとってはあんな事なんでもねえし、あんたを責める気もない」
 それならば話は早い。最後になって、面倒はごめんだった。
「・・・・餞別をくれよ?」
 言ったのはゼフェル様のほうだ。
      「・・・ふっ・・・餞別というのは、送るほうがくれるものだが・・・」
 俺の言葉にゼフェル様は顔を赤らめた。
「・・べ、別にいいじゃねえかよ! 俺が貰ったって・・・」
 ムキになる。・・・まだ子供なのだ。
「・・・まさか、手切れ金をよこせって言うわけじゃないだろうな?」
 冗談のつもりだったが、ゼフェル様の顔色が変わった。怒ったのかと思えば、その紅色の瞳には悲しみが
宿っていた。
「・・すまん。冗談だ。なにがほしい?」
 まったく俺はいやな大人になったものだとつくづく思う。
「・・・あんたの手袋がほしい・・・」
「・・・?」
 俺が不可解な顔をしていると、もう一度言った。
「手袋をオレにくれよ・・・ヴィクトール」
 どうしてそんなものをと思いながらも、言われるままにまとめた荷物の中から、手袋を一組出そうとした時。
「そうじゃねえよ!! あんたがいまはめてる、その手袋を取りやがれ!」
 いきなりゼフェル様がつっかかってきた。
「・・・・なんのつもりだ?」
 驚いて振り向いた俺の唇に柔らかい物が押し当てられた。ゼフェル様の唇。突き放す事も出来ないまま、
しばらく唇を合わせながら、これがゼフェル様との初めてのキスだったと気がついた。身体は既に知っているにも
関わらず・・・。ずいぶんひどい抱き方をしたのだと、今更ながら思う。
「・・・・いいかげんそんなもん、はずしちまえよ・・・あんたがそんなじゃ犬死だよ・・奴ら・・」
 ゼフェル様の熱っぽい顔が間近にある。犬死にとはひどい言いようだと思いながらも、俺からつい、
もう一度唇を重ねてしまった。ゼフェル様の唇が開かれ、遠慮がちに舌が動き始める。ぎこちないキスだ。
夜な夜な男をたらし込む、男娼まがいの奴とは思えない。俺の身体に火がついていく。いけないと
思いつつも、どうせ一度抱いた身体なのだという言い訳が、ふくらんでいく。気がついた時、俺はその身体をベッド
に押し倒し、はだけた薄い胸に、舌を這わせていた。
「・・・寒いのか?」
 華奢な身体が小刻みに震えている。ゼフェル様は首をふった。・・・まさか! 俺の中で意外な答えが導き出される。
「・・・怯えているのか?!」
「・・・・悪かったな!」
 顔を背け、ふて腐れたようにゼフェル様がいう。
「・・・しょうがねえだろ・・・まだ二度目だ・・・」
 俺は初めてゼフェル様を見つめた。俺に触れられ、ほんのりと熱を帯びて色づいた身体。唇を噛み締めて、
陵辱に耐えるその姿はまるで俺の描いていたものとはちがう。
「どうしてだ!!」
 そう問いかけずにいられなかった。どうしてあの日あんなにも軽々しく、開いた事もない身体を俺に与えたのだ?
「・・・知りたかったんだよ・・・あんたの傷・・・オレにみせてくれよ」
「見てどうするんだ?」
 おかしな事をいうもんだと思いながらも俺は手袋をはずした。
 傷だらけの醜い手・・・。ゼフェル様は俺の手を取りまじまじと眺めた。
「・・・直ってんじゃねえか・・・傷なんかとっくに治ってんだよ・・・気がつかねえか?」
 言わんとする事が理解できずにぼんやりとその顔を見おろしていた。
「身体中の傷、オレにみせろよ・・・。オレをもう一度抱けよ・・・」
 今度は真っ直ぐに俺を見てゼフェル様は言った。

 抱えあげた膝を割って、俺は動いていた。俺の胸にはちくちくと当たる、短い硬い髪があり・・、
ときどき暖かい唇が、胸の傷に、肩の傷に押し当てられた。
「・・・ちゃんと直ってるぜ・・・後はあんたのここだけだ・・・」
 揺さぶられながらもゼフェル様は、俺の左の胸に唇を当てた。
 愛しさが込み上げる。狂おしい愛欲を押さえながら、俺は包むようにその身体を抱きしめた。
「奴らの気持ちが、まだわかんねえのかよ?」
 いきなりゼフェル様が言った。
「あんたに生きていて欲しかったんだ・・・それだけだよ。ああでも言わなきゃ、あんた、仲間が見捨てて逃げられ
ねえって知ってたから・・・。・・・みんなあんたが好きだったんだよ・・・だから・・
死んだみたいに・・・生きるなよ」
 ・・・そんな事だったのか、とおかしくなった。ゼフェル様が身体ごと投げ出してまで、俺に言いたかった事は。
不器用な男だ。そして俺も・・・。
 合わせた互いの体温が、より熱を帯びていく。夢中で求め合いながら、俺は初めての満ち足りた開感を味わった。
 身体を繋げたまま、苦しげな息を吐きながらゼフェル様が言った。
「・・・英雄なんかじゃねえよ。あんたはただの男だ、ヴィクトール。・・そんなあんたが・・・・」


       *     *    *

 混み合ったスペースポートのロビーに俺は一人で立っていた。出発の便を聖地の誰にも知らせぬままに
、ひっそりと去って行くつもりだった。
 朝、目を覚ますと、ゼフェル様の姿はなく、サイドボードに銀の腕時計が置かれてあった。綺麗な字とは言い
がたい置手紙が一枚。
「オレ様が作ってやった。センベツだ」
 センベツという文字だけが、やたらと大きく書かれてあって、俺はつい吹き出した。
 腕時計をつけて、手袋をはめようとしたが、時計がじゃまになって入らなかった。
「・・・なるほど・・・そういう事か・・・」
 またしても、やられた・・と俺は思った。手袋はすべてゴミ箱に捨てた。

 腕時計に目を落とす。もうすぐ搭乗の時間だ。

・・・英雄でいて下さい、隊長!
 奴らの声が聞こえた。
「わかったよ・・・。お前達の言う英雄とは・・こういうことだろう」


    *    *     *

「あんたねえ・・子供もくせに、昼真っからそんな飲み方するんじゃないわよ!」
 おせっかいな酒場のおかみの声がドアの外まで聞こえてくる。
「・・うるせえ! 誰が子供だ!・・・生まれたのはおめーのじいさんより早えーんだよ」
 酔っ払いのたわごとだと、誰も聞いてはいない。
 酒場のドアを開けて、その背中に歩み寄る。
 まず、そのグラスを取り上げてやろう。驚いた紅色の瞳が俺を見上げるだろう。そうしたら、俺は言わなけれ
ばならない。

・・・ただの男でも、お前一人の英雄になれるのだと・・・・

                            おわり
                       
                    BGM:その胸のヒーロー/J−WALK



もんがさん&ぴーさんのHPの7777番のキリ番を踏み、おねだりした創作です。
こうヴィク様の鬼畜さが醸し出されていて、、、グレートっ!待っていた甲斐がありましたわ!!
やおいもんには、愛がないとねえ〜。さすがもんが師匠っ!お見事な作品です。
えへへ。素敵な作品をありがとうございました。



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