奥様劇場 「真冬のランナー」 第2話〜想い〜




     あれから6日が過ぎようとしていた。アンジェ美は、こっそり?と
     毎日あの公園へと通っているが、なかなかあの帽子を拾ってくれた
     男には会えなかった。公園へ向かう時には、「逢えたらどうしよう?
     逢えたらなんてお話をすればいいのかしら?何と言って声をかけた
     らいいのかしら?」とあれこれ考えて胸をときめかせ、公園から家へ
     戻る時には、「ああ、今日も会えなかった、、、。もしかして、風邪
     をひいたりしているんじゃないかしら?だから、、、。」等心配して
     会えなかったことを失望し、また夜には、夫が読書してる隣で、
     「あの人の腕枕て、、、どんな感じかしら?」などと妄想を膨らませ
     「うふふふ」とついつい笑うと、夫であるルヴァが、「あの〜、さっき
     から笑ったりして、どうしたんですか〜?何かいいことでもありましたか〜?」
     などと呑気に聞いてきてアンジェ美は、ハッと我に返る、、、そんな日々を
     過ごしていた、、、。

         
     そうして今日は、一週間目。男と出会った曜日だ。アンジェ美は、どきどき
     しながら、口紅を塗った。。そしてヘソクリで買ったスエットスーツが
     はいったきれいにラッピングされた袋を持ち、小声で「よしっ!」と気合を
     入れると公園へと出掛けて行った。
     久しぶりなこのときめき、、、に、アンジェ美はすっかり酔いしれていた。
     夫であるルヴァのことを嫌いなわけではもちろんなく、その先は全く想像
     の域をでるようなことはしない自信があった。ただ、久しぶりに夫以外の
     男と話をするだけ、、、ぐらいにしか考えてないが、、、。
     
     公園の入り口付近にあるベンチにアンジェ美は腰かけた。
     今日も木枯らし吹く中、ジャージ姿の老若男女がジョギングや、競歩している。
     こうしてじっと冷たいベンチに座っているほうが寒くてやるせない。
     体を小刻みに震わせながら、行き交う人々の中に男の姿を探していた。
     
     しばらくすると、アンジェ美の瞳にあの肩幅の広い背が高く黒い帽子を
     目深にかぶった男の姿が飛び込んできた。
     アンジェ美はもう心臓が痛くなるほど鳴っている。緊張しているせいか、
     じんわりと手のひらに汗をかき始めていた。
     男がもうすぐアンジェ美の前を通り過ぎようとしている、、、と、その時!
     アンジェ美はベンチから勢いよく立ちあがりすぎて前につんのめり、
     ふわりと体が浮かんで地面へ、、、、!?

     「きゃあっ!?」アンジェ美は思わず両目をつぶった。だが、体は地面へ
     つかない。    
     「?」アンジェ美がそっと両目を開けると、、、。
     目の前には厚くて硬い胸板が、、、そしてゆっくりと顔をあげると、、、
     「大丈夫か?」と、ハスキーな聞き覚えのある声が聞いてきて、
     アンジェ美の脇の下に両腕を通し、少し抱きかかえるような形でその場に
     立たせてくれた。アンジェ美は、ぼーっとなっていたが男の声で気がつき、
     急いで「あの、あのっ、私、この間池に、、、。」焦って声が裏返ってしまい
     顔から火がでてくるよに熱くなるのを感じながら男に、言った。

     「、、、ああ、やっぱりそうだ!あの時の!いやあ、さっきここを通りかかった
     時、そうじゃないかなあと思ったんですよ。で、声かけようとしたら、、、。」
     男は琥珀色の瞳で優しくアンジェ美を見下ろした。
     アンジェ美は顔を真っ赤にしながら、「あの、あの時はありがとうございました。
     それであの、これ、お礼に、、、。」アンジェ美は、プレゼントの袋を差し出した。
     「これは?」男は少し驚いた風に聞く。
     「これは、スエットスーツです!よかったら、着て下さい。それじゃ。」アンジェ美
     はそそくさと袋を男に押し付けて、くるりと背を向けた。
     「ちょ、ちょっと待って下さい!こんな事してもらわなくても、、、。」男は慌てて、
     アンジェ美の細い腕を掴んだ。
     「あ。」アンジェ美は突然腕を掴まれて、男を振り返る。
     「あ。すいません、その、、、。」男は、すぐにアンジェ美の腕を解放して、
     「もし、お時間があったらこれのお礼にお昼でも食べに行きませんか?、、、。
     いかがですか?」アンジェ美は気のせいか?男のそう言う顔が
     少し赤くなっているように見えた。
     「はい、喜んで!」アンジェ美の顔が華やいだことはいうまでもない、、、。
 
     公園近くの24時間営業のファミレスにふたりは入った。本日の日替わり定食を
     注文し、運ばれてきた水道水に、ふたりは口をつけた。
     「こんな所ですいません。俺、公園横にある王立派遣軍基地に勤めてるんで
     すよ。午後から訓練が入ってるんで、公園近くの方が都合いいもんで、、、
     すいません。」      
     「基地にお勤めなんですか?」道理で体格が素晴らしいわけだ、、、と、アンジェ美
     は、納得していた。
     「はい。あの、もしかしてあなたは、、、あ、よかったら名前を教えてくれませんか?
      こっほん。俺は、ヴィクトールといいます!」
     「あの、私は、、、アンジェ美です。」アンジェ美は、ぺこりと頭を下げた。
     「アンジェ美、、、さんは、公園の向こう側の通りにある大学の大学生じゃありま
     せんか?」ヴィクトールはそう言うと、ぐびっと一気に水を飲み干した。
     「いえ、、、その、私は、、、。」
     「お待たせしました。本日の日替わり定食をおふたつですね?」
     蝶ネクタイをしたウェイターが皿をふたつ運んできた。
     「あ、はい。」アンジェ美は返事をしながら、ヴィクトールへの返事を続けようと
     したが、、、。
     「おお、うまそうだ!ささ、アンジェ美さんもお食べなさい!熱いうちが
     うまいですから、、、。」ヴィクトールは、ナイフとフォークを持ち肉を切り始めた。
     お腹がよほど空いていたのか?ヴィクトールはおいしそうに頬張ると
     少し油を唇の端につけ、「にっこり」と笑って見せた。
     アンジェ美は心の中で、「かわいいっ!!」と思いながら紙ナプキンで拭いて
     やろうとナプキンを取った。
     ふたりはその瞬間、時が止まったかのように感じた。紙ナプキンを持って
     ヴィクトールの唇の端を押さえたままのアンジェ美の瞳と、ナイフとフォークを
     肉の上に突き刺し、アンジェ美を見つめるヴィクトールの瞳が、お互いの瞳に
     吸い込まれてしまったかのように、そのまま固まってしまった!
     
     「なんて美しい瞳なのだろう、、、まるで海の底に沈んだミューズの瞳の
     ようだ。その瞳には美しい波の煌きしか映らなかったような瞳の色をしている!」
     
     「なんて野野性的な男の色香漂う瞳の色をしてるのかしら?
     どこまでも続く平原を見渡す獅子のような優雅さと孤独さを感じさせる瞳の色!」

     「好きです。」
     「好きだ。」
    
     ふたりは同時に、その言葉をお互いの心に感じていた、、、。

     食後のコーヒーを飲み終わると、ヴィクトールは、
     「もうすぐ毎年恒例の基地主催のマラソン大会があるんだ。それで今、
     ジョギングやってるんだが、、、。よかったら、見に来てくれないかな?」と誘ってみた。
     「その、あの、、、君が来てくれると思ったら頑張れる気がしてきたんだ。」
     「まあ!、、、嬉しいです、喜んで応援しますっ!」アンジェ美も少し興奮気味だ。
     「アンジェ美さん、また逢えますか?」というヴィクトールの問いに、
     「はい。また、あの公園で、、、。」とアンジェ美は答えた。

     
     ふたりは再会を約束して別れた。日時も何も決めずに、、、。
     ふたりの「想い」だけを確認して、、、。





次週につづく



     
     
     
         
     
    

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