奥様劇場 「明日天気になあれ」 大猿の巻
その一.
「あ!ヴィク座衛門さま、いらっしゃ〜い!」食事処の看板娘おランの声が
一段と高く店の中に響き渡る。
「おいおい、なんてえ声だしやがるんだいっ!びっくりしちまうじゃねえかっ!?」店の奥で
料理包丁を振り回しておランの親父が怒鳴る。
「まあまあ、親父さん。おランちゃんがずっと待っていた愛しいお方の登場じゃあ、声も高く
なっちまうわさ、ねえ?おランちゃん?」
「ま、嫌だわ!オリヴィエ姉さんったら、、、からかっちゃいやん!」お茶を運んできたお盆で
自分の顔を隠すと、真っ赤になりながらおランは奥へと引っ込み、のれんの間からお茶をすす
るヴィク座衛門の姿を盗み見した。
「おいっ!」低い声がのれんの向こう側から聞こえてきた。
「あ、ジュリ之進さま。いらっしゃい。」流れる金色の髪姿のりりしいこの町をおさめている同心、
ジュリ之進がいつものへの字口でおランの目の前に立っていた。
「、、、なんだかあの素浪人に対する態度と、この私に対する態度がえらく違うな?」
「めっそうもございません!そんなことなどありゃしませんて!ささ、汚い店ですがあちらの
お席にどうぞ!ほら、おラン、ご案内してっ!」おランの親父は、両手をこすり合わせながら
へこへこと頭をさげつつ、そう言っておランにお茶を運ばせた。
「相変わらずサービスが悪い店だ。」ジュリ之進はどっかと、腰をおろした。
「ふんっ!こんな小汚い店なんか来なくてもいいじゃない。あなたさまほどの身入りの良い方は
他にもっと行くとこがあるでしょうにっ!!」
「こらっ!おランっ!なんてえ口をきくんだっ!」おランの親父は店の奥でげんこつをつくって
ぶんぶん振り回した。
「、、、ところで、そこのサムライくずれよ。知っておるか?最近この聖地を騒がしておる
盗賊団の大猿一味のことを。」
ジュリ之進は、青い瞳をきらりと鋭く光らせ背中合わせに座っているヴィク座衛門に、
こう話し掛けた。
「あ〜ら、私が聞いたとこでは”盗賊団”ていわれてるけど、ただ卸問屋を襲うだけで
襲われた店の主人も何もとられてないってんで訴えない不思議な一味なんでしょ?」
オリヴィエはたばこ盆に灰を「こつん」と煙管をつけて落とした。
ヴィク座衛門は、黙ったまま背後のジュリ之進の言葉を待っている。
「そこが怪しいのだ。こっそりと一味に襲われた店の丁稚に聞いた不確かなことなのだが
、、、おラン、何をしている?」ジュリ之進は、向かいの席に両肘をついて両頬を挟み
目をらんらんに輝かせながらじっと話を聞いているおランにようやく気がついた。
「そんな背中越しに話さなくてもいいんじゃない?ジュリ之進さま?ヴィク座衛門さまの
向かいの席は空いてるんだし?」ちょっとからかう調子で、おランが言うと、
「ば、ばかっ!そんな大それたことができるかっ!?このお方は、、、。」
と、急に血相を変えてジュリ之進は椅子が転げ倒れそうになるほど勢いよく立ちあがった。
「ジュリ之進殿ッ!!」とヴィク座衛門がジュリ之進に向かって、背中越しに叫び彼の
言葉をさえぎった。静まり返った店内、、、。
「、、、もう、お前はしばらくあっちへ行っててくれ。」ジュリ之進は自分の眉間の皺に
指先を当てため息をひとつつき、再び椅子に腰かけた。
「ふ〜んだっ!」おランは「ぷうっ」と頬をふくらませると、店の奥へと引っ込んだ。
「それでだ、その被害のあった店の丁稚の証言で共通する奇妙な話しを聞いた。」
ジュリ之進は、低くつぶやく。
「奇妙とは?」ヴィク座衛門も、低い声で小さく問い返す。
「被害にあってる店はどこも南蛮の薬問屋なのだ。そして店は易船で、外国との
取引をやっているのだが、、、。どうも易船には薬以外にも何か運んでくるらしい
のだ。」ジュリ之進は、一呼吸おき、続けた。
「珍獣を運びこみ、高官や城主などに売りつけているらしい。」
ヴィク座衛門の目がキラリと光る。
壁に寄りかかり立っていたオリヴィエの艶やかな瞳も鋭く光る。
「密輸か、、、?」と言ってヴィク座衛門は、鞘に入った刀をぽん、
と肩にかけ立たせた。
「そうだ。易船からそれらをおろすまでは、ちょうど昼時で人が多い時間帯だと
人目につかぬよう、そっと森の湖で易船を止めさせ、真夜中になるとそこから
運びだすらしい。だが、その森の湖てえのが、恐ろしくだだっ広い所で、
易船の隠し場所を大猿たちは聞き出すと、その後は易船もろとも消えてしまうそうだ。」
「なるほど。内緒ごとだから番所にも訴えられないわけか。しかし、用心棒でも雇って
大猿に船の停泊場所を教えたあと、先回りして船を守るとか、昼間見張りをつけるとか
しなかったのか?」ヴィク座衛門は、少しひげの生えたあごをひと撫でしながら聞く。
「、、、見張りはたてていたそうなんだが。その大猿のイデタチを見てみんなひっくり
返るそうなんだ。大きな猿の毛皮をかぶり頭上にはちょうど猿の顔がくるようかぶってる
らしい。猿の目は光り牙をむいているそうだ。口の端からは血が、、、。」
ジュリ之進はそう言い終わると、お茶をひとくち飲んだ。
「えらくこった毛皮ね〜。私も一着もらえるよう頼んでみようかしらん!
あらら、ジュリ之進、冗談よ〜!そんな目で見ないでよ。
、、、しばらく前、大猿たちが現れる前って、変な疫病が流行ったじゃない?
で、大猿たちが現れた時期ぐらいからいつのまにか変な疫病もなくなってると
思わない?もしかしたら大猿たちは、その易船で運ばれてきた珍獣たちを
そのまま珍獣たちの生まれ故郷に帰しているんじゃないかしらん?」
「!!」
ヴィク座衛門、ジュリ之進は顔をあげ、美しい爪をいじりながらつぶやいた
オリヴィエの方を向いた。
「あ、あらいやだ。どうしたのよ二人ともじっと私を見つめて、、、そんなに私ってきれい?」
オリヴィエは肩をすくめるとひとつウィンクした、、、。
ヴィク座衛門は、おランが運んできた、めざし定食をかきこむと、急いで聖地の町へと
繰り出した。
「とりあえず、昨夜大猿に襲われたという卸問屋に行ってみるか。」ヴィク座衛門は、
片手を腰帯に入れ、刀を肩にひょいとかけ両肩で風を切るように歩きだした。
「どんっ!!」金色のサラサラと流れる、また、ジュリ之進とはちがう美しい金色の髪を
ひとつに後ろで束ねた少年が、出合いがしらぶつかってきた。
「きゃっ!」少年は、ヴィク座衛門の逞しい胸板に弾かれ地面に尻もちついた。
「いたたた、、、。」と、顔をしかめる少年にヴィク座衛門は、慌てて手を差し伸べ、
起こしてやる。
「あ、ありがとう!おじさん。僕、急いでるから、、、じゃっ!」大きなスミレ色の瞳を
したその少年は、去って行く。
「、、、おじさんは、よかったな?ヴィク座衛門。」辻占い師のクラ之介が派手な紫色
の着物でヴィク座衛門の目の前に両腕を組んで現れた。
「クラ之介か、、、なに用だ?」
「さっきの子供、お前のふところに何か入れていったぞ。」クラ之介は、細い尖った顎を
くいっ、と、ヴィク座衛門のふところに向ける。
ヴィク座衛門は、そろりと自分のふところに手を入れると、、、「こ、これは!?」
ヴィク座衛門が手にしたものを、クラ之介も目をこらしてよ〜く見る、、、。
「これは、、、めざしだな。かたくちイワシともいうが。」ヴィク座衛門の手のひらには、
全体的に黒くこげためざしが一匹のっかっている。
「うははは!いや、さっきめざし定食を食ってきてな。で、一匹今夜のおかずにしようと
とっておいたのだ。わははは、、、どわっ!?」
ヴィク座衛門の手の上を小さな黒い影が「シュシュっ!」とすばやく通りぬけた!
猫ともうさぎちゃんともつかぬ、可愛らしいふわふわとしたピンク色した聖獣が、
口にめざしをくわえ、くるりとヴィク座衛門の方を振り向くと「ニヤリ」と笑って、
路地裏へと逃げて行った。
「うわっ!待てっ!それは、俺の晩飯の、、、うっうっうっ。」ヴィク座衛門は、くずれ
るようにその場に泣き伏した。
クラ之介は表情ひとつ変えずに、「、、、さっきの子供は何を入れた?」と、鼻を袂で
ぬぐっているヴィク座衛門に、聞く。
「ああ、そうだったな。ぐっすん。どれどれ、、、んっ?付文だ。」ヴィク座衛門は紙切れ
を魚臭い手で、ふところから取り出した。
「何か変に甘い匂いのする紙きれだな?」ヴィク座衛門は、くんくんと付文を嗅ぐ。
「、、、おそらくいちごの香りつきペンで書いたのであろう。いいから、早く読め!」
クラ之介は、そう言って静かに目をつぶった。
「クラ之介殿は、なんでもよくご存知ですなあ。どれどれ、えっと、、、。」
ヴィク座衛門が付文を開くと、、、
「王立研究所奥の一室をご覧あれ!」
と汚い丸文字で書いてあった。
「王立研究所?!」ふたりは顔を見合わせた、、、、。
王立研究所の奥には何がヴィク座衛門たちを待っているのか?
汚い丸文字を書いた金色の髪にすみれ色の少年は一体何者なのか?
つづきは、次回のお楽しみ!!
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