第一章・時の空より龍来る
一.
米沢の春。川の流れも澄み、やわらかな日差しが、川面にキラキラと反射している。
木も花も、空をかける鳥たちも、この世の春を謳歌していた。
そんな風景の中から、取り残された二人の男が、川岸に腰を降ろした。
「・・・これから、どうなるんでしょうかねえ。」
疲れきって顔の表情も無くしてしまったように、男は呟いた。名を陸奥宗行と言う。
「おまんのその言葉は、聞き飽きたぜよ。もちっと他の事をしゃべれんかのう。」
そう言うと、もう一人の男は、ごろりと横になった。なにか悟りきったようでもあり、また何も考えていないようでもあった。
(しかしこのひとは、いったい何を考えているんだか・・・・。長年付き合っても、ちっともわかんねえなあ。)
陸奥は、思った。
(でもこうなると、・・・天下の坂本龍馬もお手上げかな。)
まるで陸奥の考えがわかったかのように、その男、坂本龍馬は顔を上げ、ニヤリと笑った。
「陸奥。この時代もなかなかおもしろいかもしれんのう。まっこと、楽しくなってきたっちゃ。」
陸奥は、呆れて声もでなかった。
二.
時は元亀三年(一五七二年)。戦国時代も真っ只中。天下どりを目指す武将達の、血で血を洗う戦いが繰り広げられていた。桶狭間で、今川義元を破った織田信長は、着々とその基盤を整え、京への道を目指した。また東の雄、武田信玄も川中島で上杉謙信との戦いを終え、京への夢を膨らませ始めていた。力なきものは、強きものの軍門に下り、悲惨な末路が待ち受けている。それゆえに各大名、武将は、知謀調略の限りをつくし、軍事的訓練や兵法の鍛練に励んでいた。
そんななか、米沢城主輝宗は、息子梵天丸を乗せ、遠馬に出ていた。
「梵天丸。どうじゃ、みごとな景色であろう。」
「あい、父上。鷹もあんなに高く舞っております。」
輝宗は、息子梵天丸の事で、心を痛めていた。年明け早々に梵天丸は、疱瘡を患い不運なことにも、その毒が右目に回って失明してしまった。それ以来利発だった梵天丸は、無口で引込み思案になり、外で遊ぶこともしなくなっていた。
今日も輝宗は、そんな梵天丸を気にかけ、外に連れ出したのであった。
二人を乗せた馬は、どんどん山中深く分け入って行った。
「間違えないな?」
「ああ。間違えない、伊達親子だ。」
先刻から伊達親子を追う、虚無僧風の影が三つ。三人の面には、目的のためには手段を選ばぬ冷酷さと残忍さが満ちていた。
「よいな。今が最大の好機だ。最上家のためにも、ここはあの親子に死んでもらう。」
「ふっ。我らの目にとまったのが不運よの。まあせめて一太刀のもとに、あの世に送ってくれるわ。」
梵天丸は、朝から何故か胸騒ぎがしていた。父の誘いの遠馬も、できれば行きたくなかった。しかし、母である義姫の冷ややかな目から逃れられるのであれば、まだそちらの方がいいかと考え直した。母が自分のことを、嫌っているのはわかっていた。自分の顔が醜いからであろうか?それとも弟竺丸のほうが可愛いのであろうか?それが梵天丸にはとてもつらく、ますます内にこもりがちな性格になっていった。
「父上。もうそろそろ・・・戻りませんか?」
朝からの胸騒ぎが、どんどん大きくなってくる。梵天丸は、父輝宗に声をかけた。
「そうじゃのう。日もそろそろ暮れかかるし、この辺りで帰るとするかのう。」
輝宗は、馬頭を返した。
・・・・・・その時・・・・・・
三方から、影が飛び出した。各自、虚無僧姿で抜刀している。
「無礼な!!わしを伊達輝宗と知っての狼藉か!!」
それには答えず、三人はジリジリと間合いを詰めてきた。そして右後方の虚無僧が、跳びかかりざま馬の右足をなぎ払った。
「ヒヒィィィィー」
足を切られた馬は激痛のあまり暴れだし、馬上にいた伊達親子を振り落とした。
輝宗は右肩を痛打したが、すかさず態勢を整え刀を抜き、梵天丸をかばった。
そこへ真中にいた虚無僧が、飛び込んできた。
「チィィーン」
刀と刀がぶつかりあい、激しい音を引いた。相手の攻撃を辛うじて受けた輝宗は、そのまま体重を掛け、相手を突き放した。
「梵天丸!!逃げろ!」
「いやでございます!梵天丸も戦います!」
梵天丸はそう叫ぶと、刀を抜き、身構えた。しかし落馬時に打った腰は痛み、恐怖のため膝はガクガクと震えていた。
「死ねえええ!」
左右の虚無僧が今度は、同時に襲いかかってきた。輝宗は、一振りはかわしたものの、もう一振はかわしきれず、胴に激痛がはしった。
「ぐっ。・・ううっ」
(ふっ、もらったな。)
血に染まった刀を見あげながら、虚無僧達は最後のとどめをさすべく身構え直す。
が、しかしそのまま三人は氷ついたように、動きが止まってしまった。そこに異様な男が飛び込んできたのを見たからだ。
「おんしら。人切りはいかんぜよ。しかも相手は子供連れじゃきに。可哀相とは思わんかいのう。」
(何者だこいつ)
虚無僧達は、顔を見合わせた。いきなり現れた大男に面食らったのである。
「・・・何者かはしらぬが、邪魔だてするならお前も切る!」
怒気を孕んだ声が、男にかけられた。
「あちゃちゃ、こわいのう。」
男はのんきそうに答える。
しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、気を持ち直した虚無僧たちは、その男に襲いかかった。
「こりゃたまらんちゃ。切られてしまうぜよ。」
情けない声とは裏腹に、男の動きは早い。相手の攻撃を最小の動作でかわし、すれ違い様、手刀で敵の刀を落としていく。
「ば、ばかな・・・。」
地面にたたき落とされた刀を、虚無僧達は見下ろし、呆然とたちすくんでしまった。
「まだやるとあらば、北辰一刀流免許皆伝、坂本龍馬お相手つかまつるぞ。」
龍馬は、ゆっくりと刀を抜き、真一文字に構えた。
梵天丸は、敵か味方かわからぬこの男の太刀構えを見て、美しいとさえ思えた。それほど他を圧倒する凛々しさがあったのである。
(格が・・・違い・・・過ぎるのか。)
だてに血生臭い争いを、虚無僧達は重ねてきたのではない。本気で切りあえば三人とも、一太刀も相手に浴びす事もできず切り倒される事を、素早く感じ取った。
「きっ、貴様、覚えておけ!その顔忘れぬぞ!」
歯軋りをしながら虚無僧達は、身をひるがえし、森の中へと姿を消していった。
「わしは、物覚えが悪いきに。いつまで覚えちょけろかのう。」
龍馬はそう言いながら、笑った。
第一回UP1999.4.7