アンジェリークはあわてて、細くドアを開けた。
そっと開けただけのつもりだったが、相手が力をかけていたので、ドアは大きく開いた。現れたのは、紺の髪の青年だ。
「あ…セイラン様」
「ハーブの香りか。…悪くない。誰か来ていたのかい? ま、ちょっとお邪魔させてもらうよ」
セイランは、アンジェリークの返事も聞かずに、部屋の中に入ってきた。
「…セイラン、お久しぶりです。ではアンジェリーク、私はこれで…」
腰かけていたリュミエールが立ちあがった。
「これはリュミエール様。…お邪魔してしまったようですね」
「リュミエール様、ごめんなさい。今日は、どうもありがとうございました」
リュミエールは、アンジェリークがプレゼントした包みを持って部屋を出ていった。
「ふうん、絵の具は、リュミエール様のためだったのか…」
そういえば昼間、商人のところで買ったとき、セイランがそばにいたっけ、とアンジェリークは思いだした。
セイランは、テーブルの上の飲みおわった2つのカップに、ちらっと目を走らせた。
「これが、僕のさそいを断った今日の理由だったんだね」
「はい、いろいろな方とお話ししないと、育成に影響がでますから」
「…そう」
そういったセイランの顔は、なんだか寂しそうだったが、鈍感なアンジェリークはさっぱり気がつかない。
セイランは、ふうっと息をついて、ノートをとりだした。
「これを、渡さなくちゃと思ってきたんだ。
詩が、いくつか書いてある。あとで読んでくれ」
「わかりました」
「邪魔したね、じゃ」
セイランは、そっけなく部屋を出ていった。
アンジェリークは1人になると、セイランの置いていったノートを開いた。
最初の詩は、たぶん、自分のことだ。教官のセイランが教え子である自分をうたった詩だろう。
でもなぜ、横線で消されているのだろう? 何か気にいらなかったのかな? アンジェリークは、理由を思いつけなかった。
ノートにはあと2編の詩が書いてある。次の詩は…
森の若木に、さっと光がさす。きれいな情景だと思った。
さらに、もう一編は…
気持ちよさそうに野外で詩を口ずさんでいるセイランの姿が思い浮かんだ。
森と、草原。アンジェリークは、美しい自然をうたった詩だと思った。
そこで、こんな詩を書きつけた。
翌日の月の曜日、アンジェリークは学芸館に向かった。
セイランの執務室をノックして、ドアを開けると、セイランが入り口まで迎えにきてくれた。
「君は自分の魅力をわかってる? 君の魂はいつも生きる喜びに包まれて素敵な色なんだ。女王候補に選ばれたのもわかる気がするな」
そういって、セイランが、少しまぶしげにアンジェリークを見る。
アンジェリークはそのまま奥に入り、2人は学習用の机にならんで腰かけた。
「アンジェリーク…」
さしだされたノートを読んだセイランは、アンジェリークの名前を呼んで、しばらく言葉を止めた。
「…森の湖は、君にとってどういう場所?」
「好きな場所。とてもきれいなところです! 夕日も大きくてきれいでしたよね?」
セイランは、少し眉をよせた。
「君は、僕の詩をどう受け取ったの?」
「どうって、春のきれいな景色をうたった詩ですよね。森の若木に、さっと光がさすところと、気持ちよさそうに小鳥のいる枝を見上げながら詩を口ずさんでいるセイラン様、でしょう?」
セイランが、はあっとため息をついた。
「…教官としての自信がなくなってきたよ。君は、感性の学習をしなおす必要がありそうだ」
「え、そうですか?」
アンジェリークは、不思議そうにセイランを見た。セイランは、思いなおしたように、首を横にふった。
「…いや、他のことはあれだけ感じとれるんだ。ごく一部だけ、なんだろうな。…それなら僕も、教官としての自信をなくさなくて済む」
「どういうことですか?」
「君は、ごく一部の感性の扉が閉じたままなんだ。つまり、ごく一部の感情について、ひどく鈍感だということさ。…ま、考えてみればしかたがない。この感性の扉も、僕が開いていく手助けをするさ。こんな学習をさせていいのかな、とは思うけどね…」
そういってセイランは、クスッと笑った。
「いくつか、方法は思いあたるけど…3つの方法の中から1つ、選ぶといい」
(2003.9.2)