相聞往来8



 アンジェリークはあわてて、細くドアを開けた。
 そっと開けただけのつもりだったが、相手が力をかけていたので、ドアは大きく開いた。現れたのは、紺の髪の青年だ。
「あ…セイラン様」
「ハーブの香りか。…悪くない。誰か来ていたのかい? ま、ちょっとお邪魔させてもらうよ」
 セイランは、アンジェリークの返事も聞かずに、部屋の中に入ってきた。
「…セイラン、お久しぶりです。ではアンジェリーク、私はこれで…」
 腰かけていたリュミエールが立ちあがった。
「これはリュミエール様。…お邪魔してしまったようですね」
「リュミエール様、ごめんなさい。今日は、どうもありがとうございました」
 リュミエールは、アンジェリークがプレゼントした包みを持って部屋を出ていった。
「ふうん、絵の具は、リュミエール様のためだったのか…」
 そういえば昼間、商人のところで買ったとき、セイランがそばにいたっけ、とアンジェリークは思いだした。
 セイランは、テーブルの上の飲みおわった2つのカップに、ちらっと目を走らせた。
「これが、僕のさそいを断った今日の理由だったんだね」
「はい、いろいろな方とお話ししないと、育成に影響がでますから」
「…そう」
 そういったセイランの顔は、なんだか寂しそうだったが、鈍感なアンジェリークはさっぱり気がつかない。
 セイランは、ふうっと息をついて、ノートをとりだした。
「これを、渡さなくちゃと思ってきたんだ。
 詩が、いくつか書いてある。あとで読んでくれ」
「わかりました」
「邪魔したね、じゃ」
 セイランは、そっけなく部屋を出ていった。

 アンジェリークは1人になると、セイランの置いていったノートを開いた。
 最初の詩は、たぶん、自分のことだ。教官のセイランが教え子である自分をうたった詩だろう。


今僕が育てているのは、息づいたばかりの柔らかな命
芽生えたばかりのしなやかな若木は
曙光をあび、銀雨を受け、蒼風の揺籃にゆられ
人々の思いに深く根をはり
遥かな高みへと、誇らかに枝をのばす
やがて力に満ちた星々を従えて
誰のものにもならぬ、至高の大樹となる日を夢見て



 でもなぜ、横線で消されているのだろう? 何か気にいらなかったのかな? アンジェリークは、理由を思いつけなかった。
 ノートにはあと2編の詩が書いてある。次の詩は…


「若木」

その若木は待っていた

慈雨
ふりそそぐ羽根


小暗き森の奥に
今さす
黎明の明かり



 森の若木に、さっと光がさす。きれいな情景だと思った。
 さらに、もう一編は…


「春」

ここは永遠の春をささやく地
青の春の盛りに
緑の葉の中、花は赤く咲いて蝶を呼び
枝先の小鳥はいそいそとさえずる
僕もまた、ささやかな詩を口ずさむ



 気持ちよさそうに野外で詩を口ずさんでいるセイランの姿が思い浮かんだ。
 森と、草原。アンジェリークは、美しい自然をうたった詩だと思った。
 そこで、こんな詩を書きつけた。


「森の湖」

木々がとぎれて森に光がさす
滝のしずくが慈雨に変わり
根づいたばかりの若木を育む


静かな午後
小鳥の声がする、詩の産まれる場所
それは森の湖



 翌日の月の曜日、アンジェリークは学芸館に向かった。
 セイランの執務室をノックして、ドアを開けると、セイランが入り口まで迎えにきてくれた。
「君は自分の魅力をわかってる? 君の魂はいつも生きる喜びに包まれて素敵な色なんだ。女王候補に選ばれたのもわかる気がするな」
 そういって、セイランが、少しまぶしげにアンジェリークを見る。
 アンジェリークはそのまま奥に入り、2人は学習用の机にならんで腰かけた。
「アンジェリーク…」
 さしだされたノートを読んだセイランは、アンジェリークの名前を呼んで、しばらく言葉を止めた。
「…森の湖は、君にとってどういう場所?」
「好きな場所。とてもきれいなところです! 夕日も大きくてきれいでしたよね?」
 セイランは、少し眉をよせた。
「君は、僕の詩をどう受け取ったの?」
「どうって、春のきれいな景色をうたった詩ですよね。森の若木に、さっと光がさすところと、気持ちよさそうに小鳥のいる枝を見上げながら詩を口ずさんでいるセイラン様、でしょう?」
 セイランが、はあっとため息をついた。
「…教官としての自信がなくなってきたよ。君は、感性の学習をしなおす必要がありそうだ」
「え、そうですか?」
 アンジェリークは、不思議そうにセイランを見た。セイランは、思いなおしたように、首を横にふった。
「…いや、他のことはあれだけ感じとれるんだ。ごく一部だけ、なんだろうな。…それなら僕も、教官としての自信をなくさなくて済む」
「どういうことですか?」
「君は、ごく一部の感性の扉が閉じたままなんだ。つまり、ごく一部の感情について、ひどく鈍感だということさ。…ま、考えてみればしかたがない。この感性の扉も、僕が開いていく手助けをするさ。こんな学習をさせていいのかな、とは思うけどね…」
 そういってセイランは、クスッと笑った。
「いくつか、方法は思いあたるけど…3つの方法の中から1つ、選ぶといい」


急ぐかい?(ちょっと強引だけど…ま、いいか)→はい、がんばります。Next

のんびりしたいかい?→はい、ゆっくり学習しましょう。Next

他の人の手を借りたいかい?→はい、違った感じの学習になりそうですね。Next





(2003.9.2)


小説トップにもどる


トップにもどる