例えばの話

 

  

 

例えばふとあげた視線が合った時

例えば口ずさんだ歌が同じだった時

例えば「会いたい」なんて強く願った時…

 

 

「…」
長く読んでいた兵法の書も一段落し、空気の入れ替えをしようと窓を開けて、俺は幻覚を見てしまった。
勢いよく窓を閉めて、カーテンを引張る。
幻覚…だよな?
おそるおそるカーテンの隙間から外を窺う。
『…寒いんだけど』
幻覚の口はそう動いたような気がした。
「ルック?」
おそらく向こうには聞こえない、呟きを漏らす。
『開けてよ』
幻覚じゃない、彼は愛しい恋人。
慌ててカーテンを開けて、窓が割れんばかりの勢いで開く。
「寒いんだけど」
低くなりきらない少年の声が、不機嫌に言葉を紡ぐ。
細い腕を引張って中に入れると、「痛い」と更に不機嫌な声が聞こえた。
「ルック…?」
「僕じゃなかったら僕の格好したササライだろうね」
皮肉を言いながらも彼の顔は青白い。
「寒いのか?」
「さっきから言ってる」
暖かくなってきたとはいえ、この季節、夜中は冷え込む。
「なんでハイランドにいるんだ」
「…」
黙りこんだ少年の眉が次第に険しく寄せられていく。
「そうだよ、なんでハイランドになんか…」
呟いて、行き場のない怒りの炎を燃やす彼を見て、ほんの少し後ずさる。
「ルック、オイ大丈夫か…?」
「何で僕が…」
体温は徐々に戻ってきているようだが、肩が微かに震えている。
「ルック…」
まだ寒いのかと思って上着を掛けようとするが、勢いよく立ち上がられ、弾き飛ばされる。
「な…何?」
どうやら寒さではなく怒りで震えていたようだった。
しかし、今の彼の表情は怒りだけではなく、羞恥の表情が混ざり、顔中が赤く染まっている。
「どうかしたのか?」
「何でもないよ!」
珍しく大声を上げた彼は、部屋をぐるぐる回った後、部屋の隅で頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
何が何だかわからない。
「ホント、どうしちまったんだよ」
「ちょ…ちょっと放っておいてくれない?」
目に涙まで浮かべて上目遣いに言う彼にかなうはずもなく、正方形の部屋の対角線上に同じようにしゃがみこむ。


15分後


痺れをきらした俺は(もともと気が長い方じゃない)部屋の一番遠いところにいる彼に呼びかけた。
「ルック、そろそろいいか?」
「ああ、うん、いいよ」
すっかり混乱が収まった感じの彼は、ふらふらと俺の元へやって来た。
「…聞いてもいい?」
微かに頬を蒸気させ、彼が小さく頷く。
「大した事じゃないんだ」
大したことじゃないんだけど、と彼は続ける。
「シードに会いたかったんだ、確かにベッドに入ったと思ったんだけど…」
「思ったんだけど?」
「気がついたらシードの部屋の前にいた」
なんていうことだ、つまり彼は俺に会いたいがために夢遊病患者のようにして、ここまでテレポートしてきたというのか。
羞恥に顔を染める彼が無性に愛しくなって、栗色の髪を撫でる。
「ズルイ」
「何が」
「僕ばっかりおかしくなってる気がする」
「そんなことないさ」
「だって無意識にテレポートしちゃうなんて初めてだ」
「俺がテレポート出来たらとっくにルックの所に行ってるよ」
俯いていた彼の顔が上がる。
わかりづらくてわかりやすい恋人。
「会いたかった」
「…」
何も言わないのは同意の証拠。
「…シード」
名前を呼ぶのは甘えたい証拠。
額を擦りあわせて二人して床に転がる。
「会い…た…かった」
キスの切れ間に呟く彼を、壊れないようにそっと抱き締める。

 

 

例えば「会いたい」なんて強く願った時の話

 

 

 

 

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