いつもより厳粛なその場には、嗚咽という行為が許されていた


答辞を読んでいる跡部さんの声が会場に響く中、その人はそれを見つめながら、無表情でいた


それは、いつもより恐ろしく綺麗に見えた。









          フ ァ ー ス ト ネ ー ム  - い つ も と 違 う 日 -









今日が暖かい日でよかった

昼間より少し寒いけれど、それでもコートの必要のない日
すっかり日が暮れて、月が出てて、星まで光っているけれど、息が白くなることなどなかった
それは春になったという証拠



「いやー、ごめんね長太郎」


隣を歩く先輩は、あまり悪びれもせずにそう言った


「そんなこと、全然ないですよ」

俺は、花束やら卒業証書やらが入った紙袋をちらと見て、明るく笑い返した



世に言う卒業式
いつ来ても、慣れない日だと思う
エスカレーター式の学校とはいえ、やはり別れというものは悲しいもので、
一年間離れると思うと、飛び級して一緒に行きたい気分になった

ひとしきり別れを惜しんだりした後、
テニス部は、卒業生と新しいレギュラーで夕食を食べに行った

普通なら、こちらが用意をするはずなのに、
跡部さんは高そうなレストランに予約を入れてしまって、そこに皆で行くことになった
それでもレストランの人たちは、卒業式ということもわかっているのか、
俺たちが騒いでも、さして迷惑そうな顔をせずに、多めに見てくれていた


それでお開きになって、俺は先輩を送っているわけ

三年間マネージャーをしていた先輩も、元レギュラーの卒業生と同じくらい花束をもらっていて、
少し重そうだったので、代わりにそれを持った
卒業証書は花束の中に混ざっていて、少しぞんざいな扱いだったけれど、
それは先輩らしくて、微笑ましかった



「卒業しちゃったー」

「もうその制服姿、見れないんですね」

「何フェチくさいこと言ってんの」

「一年間、会えないんですね」

「そんなそんな。高等部だって近いじゃん

いつでも会えるって」


そう言った先輩は、笑っていたけれど、すぐに困ったような顔をしてしまった


「安い言葉かな、ごめん」



小学生の時の、卒業式を思い出していた

また会えるから、いつでも連絡してくれ、会ったら声かけてくれ、
そう言って別れるのに、卒業してしまって、中学に入ったら、いつの間にか距離が離れている
忙しく流れる生活の中で、顔を合わせる機会だって、会うことだって、なくなっていく

そうなってしまうのが、怖くなってしまった



「先輩、」

「何?」

「俺、早く高校生になりたいです」


離れたくない
その一心だった


先輩は、嬉しいような、困ったような笑みを浮かべていた


先輩とは二年生になった頃から付き合っていた
普段はレギュラーと一つ上のマネージャーという関係を崩さなかったけれど、
遅くなった時は俺がいつも送っていっていたし、
二人きりの時は名前で呼ぼうと言ったり(でも初めは全然名前で呼べなかった・先輩は俺のことを普段も名前で呼ぶようになった)、
休みの日だってデートしたりしていた




「あのね、長太郎、」

「はい」

「私がそんなに浮気するような女に見えるの?」

「……あ、いや、そういうワケではないんですけど」

「それとも何? 長太郎はもう違うコと付き合いたいの?」

「いやいや、そういうわけじゃなくって!」


狼狽する俺を見て、先輩は可笑しそうに笑って、
「冗談だよ」と言って、背伸びして俺の頭を撫でた




「離れたくないね」

「はい」

「大会、見に行くからね」

「はい」

「サーブミスしないでね」

「…………はい」


「いつもみたいに電話してね」

「……はい」


それから一度周りを見渡すと、

背伸びをして、俺の首に手を回した

俺も少し身をかがめて、

空いている方の手で、先輩を抱きしめた



誰にも見られないように、

何かの儀式のように、



耳元で、少し鼻を鳴らすことが聞こえた




体を離すと、先輩は少し赤い目をしていて、

ごまかすように笑おうとして、頬を持ち上げたら、目から一粒流れ出した



あの厳かな場所でさえ、毅然として前を向いていた人の、涙



何か、言葉が出ようとしている
自分でも、何を言うのかわからないのに

それでも、喉の奥から声が出ようとしていた



何か言おうとしていたらしい俺の手から、

先輩は花束と卒業証書の入った紙袋を受け取ると、




「秘密ね」


それだけ言った


今までどんなにマネージャーの仕事がきつくても、

へまをして跡部さんに怒られた時も、

夏の関東大会の一回戦で青学に負けた時も、


いつでも涙と泣き言を言わなかった、先輩の涙




「……また、電話するから、
また、デートしようね」

涙を流したのが、まるでなかったかのように先輩はニッと笑って、
まるで掠めるようなキスを頬にして、
くるりと踵を返して、
少し足早に家路へと向かった







さんっ!」


自分でも驚くくらいの声が出て、


先輩も驚いたような顔をして振り返った



その後に続く言葉がないのに、

名前を呼びたくて、

しかも大声になっちゃって、

少し気恥ずかしくて、


後に続く言葉を探している俺に、さんは少し泣きそうな顔して、

極上の笑みをくれた




「またね、長太郎」


「はい、」



手を振って角を曲がっていったさんを見て、


今更ながらに、頬に唇が触れたときの感触を思い出して、



俺は一人で赤くなってしまった









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