バレンタイン狂想曲
「ふああ〜」
あくびをしながら、
板チョコを、もふもふと食べる俺。
「……………………」
ブスッとした顔で
麦チョコを、口に放り込む実。
昼休みになり、俺達は、学校の屋上のベンチに陣取り
昼食をとった後、デザートがてら、
紺野さんから貰ったチョコを、食べていた。
しっかし、実め
こんなのいらないといいつつ、結局、食べているな。
「……はあ〜あ」
麦チョコを食べ終わった後、実はため息をつく。
「どうしたんだよ?」
「……いや、結局さ。
結由子以外の女の子からもらえたチョコ
って、紺野から貰ったコレだけになるのかな?
そう思ったらさ、なんか」
言って再び
「はあ」
とため息をつき、うなだれる。
「いや、まだまだ、これからだって
こういうのって、放課後とかに渡すモンだろう?」
「そうか?」
「………っていうかさ」
「うん?」
実が顔を上げる。
「結由ちゃんから、貰えれば
それで充分じゃないのか?」
と俺が言うと、実は、少しデヘヘと鼻の下を伸ばしながら
「いや〜、やっぱり、
質より量というか。義理でも本命でも
一個より二個、二個より三個、
貰うほうが嬉しいというか」
と軽い口調で言った。
「はあ、そんなもんかね」
俺があきれたようにため息をつくと、実は
「何だよ、いいヤツぶって
お前だって、朝、そんなこと言って
柳瀬から、ビンタ食らったんだろうが」
とふざけながらも、イタイところをついてきた。
「それは……」
「女の子にモテたいのは、
男としては、当然のことだけどさ
うかつには、口に出さないもんだぜ。
ましてや、彼女だっているんだしな〜」
ニヤニヤと笑いながら、実が、俺に追い討ちをかける。
「……う、それは」
口ごもる、俺。
うう、何も言い返せない。
「あ〜、でもさ」
急に実が声のトーンを落として、真面目な口調になる。
「ん?」
「お前が、紺野に言ったことは
半分は、ウソだろう?」
さっきとはうってかわって
真面目な表情で実が、じっと俺を見据える。
「少しさ、昔話をしていいか?」
そんなことを実は言った。
「実?」
「ま、良いから聞けって」
ぽんと俺の肩を叩いて、実は話し始めた。
・
・
・
「小学校6年の時のことだ。
バレンタインの時、朝早く登校した、
お前の下駄箱の中に、小さな手紙が入っていた」
「………………………………」
「手紙の中には、ただ一言
『放課後、学校の裏の河原で待っています』
と書いてあった」
「………………………………」
「多分、お前は、その時
一人で行きたかったんだろうけど
俺とか、他の友達に、その手紙が見つかって
俺を含めた数名の友達も一緒に
その手紙の差出人のところへ行くことになった」
「………………………………」
「そこから、後は……、言うまでもないか……。
結局、その時に起きた事件が原因で、お前と里佳は
三年間、絶交状態になった」
「………………………………」
「……そして、去年の春。
そこに至るまで、色々とごたごたがあったけど
お前と柳瀬は、恋人になった」
そこまで言って、実は、ふうとため息をつく。
……何のことは無い、俺と里佳の昔の話だ。
だけど……。
「………………………………」
少し、自問自答する俺
それは、本当に昔の話なんだろうか?
今でも、俺にとっては、あの時のことは……。
「おい、朋貴、聞いているのか?」
「あ、ごめん」
実に声をかけられ、思考を中断する。
実は、少し心配そうな顔で、俺を見ながら
「それで、紺野から、ちょっと、聞いたんだけどさ。
お前、下駄箱の中を真剣に見ていたんだって?
それで、何故か、分からないけど、しょんぼりして」
と言った。
……今朝のことか。あれは……。
「……………………………」
黙り込む、俺を見ながら
ふと、実は、俺から視線を外し、
「なあ、お前、気づいているか?」
どこか遠くを見ながら、そう言う。
「へ?」
「お前のクセだよ」
「クセ?」
クセってなんだ? オウム返しに聞く俺に
「バレンタイン限定のクセだけどな」
くるりと向き直って、実は答えた。
「?」
分けが分からず、首を傾げる、俺。
「……また、昔の話になるんだけどな」
言って、実は話し始める。
「あの事件というか
正確には、ホワイトデー以来だな
お前と柳瀬が、絶縁状態になったあと
お前は、ずっとそのことを、気にしていて
傍から見ると、すごく、落ち込んでいた」
「…………………………」
「俺さ、そのこと、すごく心配していたんだ。
お前と柳瀬がああなったのは、俺にも責任があるんだから
あの頃は、お前と柳瀬をどう仲直りさせようかって
毎日、考えていたよ」
「……………………………」
「だけどさ、小学校を卒業して
美空中学に入学して、野球部に入って
太一と友達になってさ、
だんだんと、お前は元気を取り戻していった。
柳瀬とは、相変わらず絶縁状態だったけど
でも、お前が元気を取り戻して、
ホントに良かったって思った」
「………………………………」
「それで、その年の夏くらいかな?
何がきっかけかは、分からないけど
お前に好きな娘が出来た。
美空中学のアイドル『蒼月たかね』
お前は、気づかれないようにしていたみたいだけどさ
俺は、とっくに気づいていた」
「……………………………」
「そして、その時に、俺は思った。
こいつは、柳瀬のことを吹り切れたんだな
……って」
「……………………………」
そこまで言って、実は一旦、言葉を切り
「……でも、それは違っていた」
少しためらいがちに、そう言った。
「……………………………」
「年が明けて、バレンタインになった時のことだ。
俺より少し前に、朝、学校へ行った、お前はさ
下駄箱の前で、ボーっと突っ立っていた
上手く言えないけど、やるせなくって、悲しそうで
そういう表情でさ……。
俺がその表情を見るのは、初めてじゃなかった」
「……………………………」
「……バレンタインのあの時だ
柳瀬のチョコレートを、お前は投げ捨てて
柳瀬が泣いて帰った後、投げ捨てたチョコを回収した後
お前はそういう表情をした」
「………………………」
「……お前が下駄箱で見せた表情を見て、
俺は、分かったよ。
お前は柳瀬のことを、吹っ切っていないんだって……。
……いや、もしかしたら
お前自身は、吹っ切っていたつもりだったかもしれない
……だけど、お前が気づかないところで
やっぱり、お前は柳瀬のことをさ……」
腕を組み、俺から少し視線をそらしながら
ポツリポツリと、実は話す。
「………………………」
「二年にあがって、その翌年のバレンタインも
お前は、下駄箱の前で、同じような表情をしていた。
それが、バレンタイン限定のお前のクセってヤツだ」
「………………………………」
「それで、三年の時の、バレンタインは……。
……それどころじゃなかったな、受験のこともあったし
お前と柳瀬は……」
「………………………………」
「すまん、話が脱線したな。
そして、紺野から聞いた話から、俺が、想像する限りでは
お前のそのクセは、まだ、直っていないみたいで……
……実を言うと、さっきの休み時間、俺が話しかける前も
お前はさ、あの表情をしていた」
そこまで言って、実は、また、ふうとため息をついた。
「………………………………」
……俺は、実の言ったことについて考えていた。
バレンタインの時に見せる俺のクセ……。
俺が昔、里佳との間に起こした、バレンタインのあの事件。
実の言うとおり、俺は時間が経つにつれて、
吹っ切れて、忘れていったんだとは思う……。
都合よくて、身勝手な理屈だけど
里佳と仲直りするまで、俺は
『あの事件は、里佳が悪い』
って思っていたんだし。
「………………………………」
だけども、一年、二年のバレンタインの時
……正確なことは、あまり思い出せないけど
下駄箱を開けた時、あの時の里佳の顔……。
俺に、チョコレートを投げ捨てられて、
泣いていた里佳の顔を思い出して
分けも分からず、悲しい気持ちになって……。
……実の言うとおり
俺は、俺の気づかないところで、心の奥底のどこかで
あの時のこと……、里佳のことを気にしていたんだと思う。
「………………………」
……いや、『気にしていた』じゃないな。
今でも、俺は、『気にしている』のだと思う。
あの時のことを、だから、俺は……。
「………………………………」
現にさっきの休み時間の時だって……。
でも、あの時に見せた、里佳のあの表情は………。
「………………………………」
「………………………………」
俺と実は、しばらく、黙りこみ
……そして
「あ〜、クソッ!」
突然、実が、
自分自身の頭をガシガシと掻き毟った。
「? 実?」
俺の問いを実は無視して
「あ〜、なんていうか、こういう
回りくどいこと言っても、仕方ないよな
大体、俺の柄でもないし……
ちょっと、カッコつけすぎた」
顎に手を当てて、ぶつぶつとそう言った。
「?」
分けが分からず、目を丸くする、俺。
「あ〜、つまりだな。
去年の中学の修学旅行でもいったような気がするが……」
くるりと俺の方に向き直り
「ま、簡単に言うと、
気にするな、ってことだ」
ポンと俺の肩を叩きながら、実はそういった。
「……何を?」
「分かっているだろう?
バレンタインの事件のことさ」
事も無げに実は、俺にそう言った。
「…………………………」
「……結局は、俺はさ、
お前のバレンタインの時のクセにしろ
今朝の出来事、……いや、それに限らないか
よく、お前と柳瀬がいざこざを起こして、ギクシャクするのはさ
やっぱり、バレンタインの事件が原因だと思う」
「……でも……それは……」
「お前が、そのことに、反省していて後悔している
……その気持ちは、十分に分かるよ
だからさ、俺は
『忘れろ』って言っているわけじゃない。
『気にするな』って言っているんだ」
「………………………………」
実の言葉に黙り込む、俺。
『忘れろ』じゃなくて、『気にするな』……か。
でも、それは、それでも……
「ふう……」
ため息をつき、実はベンチから立ち上がり
俺に背を向けて、屋上の手すりにもたれながら
「……昔さ、俺と結由子の間でも
同じことがあったよ」
……ポツリとそんなことを言った。
「同じこと?」
実に聞く。
「俺の場合は、あいつから渡された
誕生日プレゼントだけどな」
言って、実は俺の方に向き直る。
「確か、小学校四年の時のことだ、
友達の前でさ、俺は、アイツからプレゼント渡されて
……多分、お前のバレンタインの事件と同じだろうな
俺は、周りの友達から、はやしたてられ、からかわれて
それで、俺は……」
そこまで言って、少しうつむく。
「………………………………」
だけど、それも一瞬のこと、顔を上げて
「……ま、その後は、お前と柳瀬みたいに
絶好状態が、しばらく続いたんだけど、
結局、俺がアイツに謝って
それで、その事件は終わった」
とそっけない口調でそう言った。
「………………………………」
俺は黙って、実を見つめる。
……意外と言えば、意外な話だが
実を言うと、結由ちゃんから、
それに関する話は聞いていたりする。
仲直りした後も、そのことが原因というか
二人の間のミゾや壁になってギクシャクしたってことも……。
「……仲直りした、当初はさ
やっぱり、ギクシャクしたけどさ
結局、あの事件のことは
お互い『気にしない』ことにした」
「…………………………」
「もちろん、その事件のことは忘れちゃいないし
あの時は、結由子にひどいことしたなって反省している。
だけどさ、いつまでも、気にしていたら、それは……」
そこまで言って、実は
「……なあ、朋貴」
と俺に呼びかけた。
「……何だ?」
実は、真剣な表情で
「もし、俺が仮にさ、
その小4の時におきた事件を
今でも、気にしていたら、お前は、どう思う?」
と俺に聞いてきた。
「……それは」
口ごもる、俺。
「それは?」
実が問い詰める。
「…………ふう」
俺は息を吐いた。
これじゃあ、誘導尋問だな
と心の中で苦笑する。
……でも
「……やっぱり、気にしすぎだと思う。
その事件から、五年近くも経っているんだし……。
そんな昔のこと、気にしても……」
と言う俺。
……俺は、あえてそれに引っかかることにした。
「そうだな……」
実が満足げに頷く。
次の言葉は、分かっている。
「だから、お前も
『そんな昔のこと』を気にするな」
「ん………」
軽く頭を動かし、頷く俺。
……やっぱり、そう言うだろうと思った。
そうだよな、確かにそうだ。
仲直りしたあの時、俺は、そう思っていた。
……だけど、里佳はそれを……。
だから、俺は……。
「それでいいんだよ、それで……」
ぽんと俺の肩を叩いて、満足げに、実が何度も頷く。
「………………………………」
そんな実を、少し申し訳ない気持ちで見つめる
コイツはコイツなりに
俺と里佳のことを、心配しているんだ。
それは、分かっている……、分かっているけど……。
「……それで、どうするんだ?」
先ほどの真剣な口調とは、打って変わって
いつもの軽い口調でニヤニヤしながら、実が俺に聞く。
「え?」
思わず聞き返す、俺。
「え?」
……実はふっと表情を崩して、くくっと笑いながら
「……下駄箱の中に、
柳瀬のチョコが入ってなくて、残念だったな〜
大方、それをばれないように
紺野に、そんなこと言ったんだろ?」
おどけた調子でそう言った。
「うう……」
イタイところを、突かれた。
「さっき、言った『半分ウソ』って意味はそれだ。
一応、お前は、謝ったようだけどさ。
それでも、柳瀬、カンカンに怒っていたしなあ。
ま、今日の放課後、どこかの喫茶店でおごるなり
なんなりして、ご機嫌をとっておいたほうがよさそうだな」
「…………うう」
ぐうの音も言えず黙る。
「ま、頑張れよ」
ベンチに再び座り。
実が、ぽんと俺の肩を叩く。
「……………………うん」
俺は、苦笑いしながら頷き
(…………………………はあ)
心の中でため息をつき
(さっきの休み時間の一件から考えるに
それは、難しいだろうな……)
と考えた。
……とそこに
「実クン〜」
と俺達の背中に、聞きなれた声が聞こえた。
「結由子?」
「結由ちゃん?」
肩越しに、振り向くと
トレードマークのお下げ髪を揺らしながら
結由ちゃんが、俺達に、向かって走ってきた。
結由ちゃんこと……和泉結由子。
俺と里佳の関係とは、また違うが、そこに至るまで、
色々と紆余曲折はあったけど、実の幼なじみ兼『彼女』である。
去年は、駅向こうの中学に通っていたんだけど
今は、念願叶って、実や俺達と、同じ高校に通っている。
「探したよ〜、実クン〜」
そう言いつつ、結由ちゃんは、
タタタと俺達の方へさらに加速して……
ズデンッ
「きゃあっ!?」
……派手にすっ転んだ。
「おい、結由子?」
「結由ちゃん」
ベンチから立ち上がって
慌てて俺達は、結由ちゃんに駆け寄る。
「……痛たたた」
腰をさすり、少し涙目になりながら
手に持った手提げ袋を大事そうに抱えて、結由ちゃんは立ち上がる。
「大丈夫か?」
「保健室に、行ったほうがいいんじゃない?」
「うん……、大丈夫。
……関谷君」
言って結由ちゃんは、俺の方に向き直る。
「へ?」
目を丸くする俺に向かって
「バレンタインだから、はい……」
言って、手提げ袋の中から小さな包みを渡す。
「開けていい?」
「うん」
がさがさと俺は包みを開けて
「……わあ」
思わず歓声を上げた。
包みの中は、手作りなんだろう
ネコ、イヌ、イルカ等の小さな動物チョコが入っていた。
しっかし、すごいな、これは……。下手なお菓子屋顔負けの出来だ。
「……結由子、俺には?」
横から見ていた、実が結由ちゃんに声をかける。
「み、実クンにはっ!」
ポポポっと顔を赤らめ、傍から見ても緊張した面持ちで
「……こ、これをっ!」
ズバッ
と風を切る音が聞こえるくらいの勢いで俺に渡したのよりも、少し大きな包みを、実に渡す。
「あ、ありがとう……」
少し面食らった様子で、実はそれを受け取る。
「い、一生懸命作ったから」
両手のこぶしを握り締め、上目遣いに実を見ながら
顔を真っ赤にして、結由ちゃんがそう言う。
「そ、そうか」
それを受けて、実の顔も真っ赤になる。
「………開けるぞ」
言って、ゆっくりと実は、包みを解いていく。
「苦節12時間……、ついに本命チョコが……」
なにやら、感極まった様子で、包みを開けて……
「…………………っ」
思わず息を飲み込む、俺。
(これは……)
結由ちゃん特製の、実への本命チョコ。
ハートを模した、チョコレートは光を照り返すほど滑らかで
表面は、ホワイトチョコできれいに、メッセージが書かれていて
かなり、苦心した後の、会心の出来というのがうかがえるが……。
(……ボロボロだ)
チョコは真ん中から真っ二つに裂けていて
メッセージの方も何を書いてあるか、分からずじまい。
どうやら、先ほどの転倒の時に守り切れたのは、
俺の分だけだったらしい。
「……や……ぁ」
「……ぬぁ……」
実と結由ちゃんは絶句していた。