バレンタイン狂想曲
『……俺とさ、付き合ってくれないか?』
色々と紆余曲折を経て、俺と里佳の
バレンタインの一件に、ようやく決着がついて
それから、しばらくして、俺は里佳に告白した。
……内心では、成功すると思っていた。
お互いにあの時のことも謝ったし
漠然とだが、里佳も俺のことが好きだと思っていた。
『そんなことが許されると思っているの?』
だけど、里佳の返事は、
冷たい俺への憎しみの言葉だった。……そして
『あんな酷いことをして、私の心を傷つけて
よくもそんなことが、言えるわね』
……その時のショックで記憶があやふやだけど、
里佳は、俺にそういった言葉を投げつけた。
あの時の里佳の表情は、覚えている。
ものすごく悲しそうで、ものすごく怒っていて、今にも泣き出しそうで……。
……あの時、俺がチョコレートを投げ捨てた、あの時の表情だった。
もしかしたら、走り去った時に、泣いていたかもしれない……。
『……………………………………』
俺は確信した。仲直りをしたとはいえ
里佳の中では、あの事件は終わっていないことを……。
……そりゃそうだ、三年間も俺を無視するくらいに、
あの事件のことで、俺を憎んでいたんだから……。
俺が終わったと思っていただけだったんだ。
里佳の中では、あの事件は終わっていない。
さっきの休み時間だって、振り向いた里佳が見せたあの表情は
今にも泣き出しそうな表情で……。
……結局、俺は、また、里佳の心を傷つけた。
いや、傷つけたことは自覚していた。
……でも、それは俺が思っている以上のものだった。
「………………………………………」
迂闊だったと思う。
ただでさえ、俺達にとって、バレンタインの問題は……。
「……………………………………」
『気にするな』と実は言った。それは分かっている。
その事件に縛り続けられていたら、一歩も前に進めないってこと。
でも、それは…………………
「る〜るるる〜」
……俺の思考は、横から聞こえた、鬱な歌で途中で中断された。
「実、うるさい」
机に突っ伏して鬱なオーラを漂わせまくっている実に、俺は突っ込みを入れる。
昼休みのあの一件のあと
俺と実は、落ち込む結由ちゃんを励まして、なだめたのはいいが
実自身も相当にショックだったらしく、
授業が終わって、放課後になっても、実は一向に、立ち直っていなかった。
「うう、朋貴、どうせ、お前には、
俺の、この気持ちが分からんないだろうな〜」
「いや、分からないまでも無いけど
いい加減、立ち直れよ!」
「る〜るるる〜」
「あ〜、もう!」
頭を抱える、俺。
……最初は、俺も同情していたんだが
放課後になってもこの調子なので、段々、うっとうしくなってきた。
「る〜るるる〜」
「あ〜、もう!」
尚も、鬱な鼻歌を実に、俺が頭を抱えたその時
「る〜るるる〜」
また、別方向から、歌が聞こえた。
「あ〜、紺野さんも、
真似して茶化さないで」
顔を上げて、からかいにきた紺野さんを制す。
「まあまあ。いいじゃないの
……それより、久保っち、ほら」
言って、教室の入り口の方へ、紺野さんが顔を向ける。
「何だよ。
……あ」
声を上げる実。教室の入り口の方に
結由ちゃんが所在無さげに立っている。
「実クン……」
か細い声で、結由ちゃんが実を呼ぶ。
「…………………………」
実は気まずそうな顔をし
「実」
ポンと実の肩を押す。
「朋貴……」
「彼女を待たせたら悪いわよ〜」
「あ、ああ……」
紺野さんにも急かされて
頭を掻きながら、実は結由ちゃんの元へ走っていった。
「………………………ふう」
それを見ながら、俺はため息をつく。
「お疲れ〜、関谷」
紺野さんが、悪戯っぽい口調で俺を労う。
「……ん」
軽く首を動かし頷く。
……何か、どっと疲れたな。
「しかし、さっきとは正反対ね〜」
紺野さんが腕を組みながら言う。
「正反対?」
「ほら、午前中はさ、落ち込む関谷を
久保っちが励ましていたのに
昼休みが終わったら、久保っちが落ち込んでいて
それを関谷が慰めていたじゃない?」
「ああ、なるほど」
苦笑して頷く、俺。
……うん、確かに正反対だな。
「ま、色々あったんだよ」
「ふ〜ん」
紺野さんは頷いて
「じゃあさ、関谷の問題は解決したの?」
と俺に聞いてきた。
「俺の問題?」
オウム返しに聞く。
「今朝の一件のこと」
「…………………………」
紺野さんの、その一言に俺は黙り込む。
「……解決してないの?」
紺野さんが俺の顔を覗き込む。
「……………………………」
俺はただ黙り込んだ。
「………はあ、呆れた」
俺の沈黙を肯定と受け取り
紺野さんが、ため息混じりに呟く。
「い、いいだろ、俺と里佳の問題なんだから……」
弱々しく、俺はそう返す。
「……まあね、それはそうだけど
でも、今朝の一件は、私にも少なからず責任はあるし」
言って、紺野さんは、
近くにあった椅子を引っ張ってきて座り、そして……
「…………………………」
俺を、いつになくじっと真剣な表情で見つめてきた。
「な、何だよ」
思わず、目をそらす俺。
「『はい』か『いいえ』かで答えてね」
真剣な口調で紺野さんはそう言った。
「あなたと里佳は過去に何かあった」
「へ?」
分けがわからず、目を丸くする、俺。
「『はい』か『いいえ』かで答えて」
それを無視し、紺野さんはそう言う。
「………………………」
「『はい』か『いいえ』かで答えて」
「………はい」
「そう……。じゃあ、次ね。
その過去にあった出来事は、もう解決している」
「………はい」
「…………ホント?」
「………はい」
「………………………………」
俺の返事に紺野さんは、しばらく考え込んだが
「……まあ、そうでなきゃ
恋人同士じゃないわよね」
と自分に言い聞かせるように納得して
「……じゃあ、質問を変えるわね。
その過去の出来事は、
あなた自身は、解決していると思っているの?」
とズバリ核心を突いてきた。
「………………………………」
「『はい』か『いいえ』かで答えて」
「………………………………」
「…………関谷」
「……………………………………いいえ」
しばらく迷った後、のどの奥から搾り出すようにして、俺はそう答えた。
「……ふうん、やっぱりね。
どうりで、ギクシャクしていると思った」
腕を組み、紺野さんはうんうんと頷く。
「俺と里佳が?」
「うん。何て言うか、あなたと里佳ってさ
恋人同士なのに、気を使いすぎているっていうか
微妙に距離を置いた、付き合い方しているもの」
「………………………………」
黙り込んで、落ち込む、俺。
やっぱり、他人の目から見てもそう見えるか……。
「あ、普段はさ、喧嘩しながらも仲良くやっていると思うわよ」
パタパタと手を振って、紺野さんが慌ててフォローを入れる。
「………………………………」
「でもさ、どこかで、距離を置いているっていう感じがするのよ
特にあなたは、里佳に対して気を使いすぎというか……。
そういうのってさ、お互いに疲れるだけ
……と、私は思うんだけどな」
「………………………………」
そんなことは、分かっていると心の中で答える。
『気にしてはいけない』
それは、わかっているけど、だけど……。
「……ま、いずれにせよ。
このままじゃダメになっちゃうわよ、あなたも里佳も」
とため息混じりに紺野さんが言う。
「………………………………」
俺は、しばらく考えた後
「………紺野さん」
「?」
「……あのさ、ちょっと、話聞いてくれるかな?」
そう言って、俺は話し始めた。
・
・
・
俺は話した。
俺と里佳のことを……。
過去に何があったのは、若干ぼかしたけど
その過去の出来事で、三年間の間、絶好状態だったこと
仲直りして、その後に告白したけど、
結局、その過去の出来事が原因でフられてしまったこと
そして、今は、こうして恋人同士になっているけど
その過去の出来事に、まだ、はっきりとした、決着を付けていないことを……。
「………………………………」
「………う〜ん」
俺の話の全てを聞き終えて、
紺野さんは、難しい顔で、腕を組んだ。
「………………………………」
「………………………………」
しばらく、俺達は黙り込み
「……そ、それで、紺野さんはどう思うかな?」
沈黙に耐えかねて、恐る恐る、俺は聞く。
はあと、紺野さんはため息をつくと
「……う〜ん、純粋っていうか……。
周りが見えていないって、言うか
……ま、いいや」
うんうんと勝手に納得して、俺をじっと見つめながら
「……関谷は、本当にさ
里佳のことを大切に思っているんだね」
と言った。
「………………………………」
「でもさ、それが
ものの見事に違う方向を向いているわね」
「? 違う方向?」
「そ。結局、関谷がそれを向けているのは
関谷の中にある里佳だもん。決して、里佳本人じゃないしね」
「? ????」
「ま、お互いに距離を置いてるなら、仕方ないけどさ」
とうんうんと勝手に頷く。
「それって、どういう?」
「ねえ、関谷」
不意に紺野さんが真剣な目で俺を見つめる。
「な、何?」
ちょっぴり、ドキッとしながら返す。
「ちょっとさ、私の話を聞いてくれない?
私の友達の話なんだけどさ……」
「え? 何で?」
「ま、ま、その友達もさ、
あなたと似たようなことで悩んでいるのよ」
「似たようなこと?」
「そ。その友達も恋人がいるんだけど
ちょっと、昔、色々あったみたいでさ……」
そう言って、紺野さんは
その『友達』のことについて話し始めた。
・
・
・
「その友達は、ずっと昔にさ
恋人……彼氏から、ひどいことされたんだって
あ、『昔』って言っても、小学校くらいの時の話よ」
「………………………………」
「……まあ、今、思い返したら、どうってことなくて
ただの子供同士の些細な喧嘩だったんだけどさ
それが、ちょっとこじれてしまって、
結局、その彼氏とは、長い間絶好状態だったんだって」
「………………………………」
「それで、ふとしたきっかけで
その友達は、彼氏と仲直りしたんだって」
「………………………………」
「友達は、仲直りできて、嬉しかったって言ってた。
何だかんだで、その彼氏とは、昔から仲良かったみたいだから。
それでね、仲直りした後、しばらく、経った後……」
「……その彼氏が告白してきた?」
「そ。でさ、その友達は、それを拒否したの」
「…………………………………」
「その友達は、告白された時さ、
結構、自分の中で、葛藤があったみたい。
その子ってさ、よく言えば、真面目で、信念を持っていて
悪く言えば、意地っ張りで、負けず嫌いな性格でさ……」
「…………………………」
……何か、里佳に似ているな。
「んで、その友達はさ、
彼氏のことは嫌いじゃなかったのよ。
でもさ、仲直りしたとはいえ
その彼氏に、昔、ひどいことにされた
……そのことが、どうしても引っかかったみたいでさ
告白を拒否したんだってさ……」
「……………………………………」
「でもさ、その友達は、
そのあと、すっごく後悔したんだって」
「後悔?」
「そ、何ていうかさ、よくよく考えてみると
過去のことがどうとか、理由を付けたけど
……結局さ、その友達がさ、
告白を拒否した、本当の理由って言うのは
その彼氏に対する、つまんない意地だったみたいでさ
それで、彼氏をフった後で、すっごく、後悔したんだって」
「……………………………」
「まあ、その後、色々あって
友達は、結局、その彼氏と仲直りして
今は、恋人同士になったんだけどね」
「……………………………」
「でもさ、その友達は
彼氏のことで、困っているんだって」
「困っている?」
「ま、どっちかっていうと
その友達も悪いんだけどさ」
「どういうこと?」
「その友達の性格はさ
悪く言えば、意地っ張りで負けず嫌いな性格
って、さっき、話したでしょ?
それでさ、その彼氏と恋人同士になっても
結局、その性格が災いして、なかなかさ
素直に、自分の気持ちが伝えられないんだって」
「自分の気持ち?」
「……っていうか、彼氏の誤解を解くことが出来ないのね」
「誤解?」
「その彼氏も、彼氏でさ
普段は、かなり、ちゃらんぽらんなんだけど
根は結構真面目な性格でさ、
特に、その友達との過去のことに対しては
ものすごく、真面目に考えていて……」
「……それが誤解と、どうつながるんだ?」
「ん〜、分かんないかな〜?
つまりさ、それこそが、彼氏の誤解ってヤツなの」
「え?」
「さっき、その友達は、その彼氏に、
昔、ひどいことにされた、そのことが引っかかって
その彼氏のことをフった……って言ったでしょ?」
「うん、でも……」
「そ。本当の理由は、その友達の
彼氏に対する、つまんない意地だった。
本当はさ、仲直りした時に、そのことは、とっくに許していた。
だけどさ、その彼氏は、そのことを今も知らないの」
「………………」
「それが、彼氏の『誤解』ってヤツね。
ま、その友達もさ、彼氏と仲直りした時にさ
それとなく、そのことを話したみたいなんだけど……。
彼氏は、かなり鈍感なヤツでさ、それに気づかなくて
彼女は、俺のことを許していないって、ずっと思いながら
その友達と一定の距離を置いて、付き合っているの」
「でも、それは……」
反論しようとする俺をさえぎって紺野さんが話を続ける。
「そうね。その彼氏がしたことで、
その友達はすっごく傷ついたし
多分、一生、忘れられないと思う
友達が、その彼氏の前で意地を張っているのは
そのせいでもあるしね」
「……………………………」
「でもさ、そのことを許さないのと
許しているのとじゃあ、ずいぶん、違うと思わない?」
「………………………………」
「ま、その友達も、変に意地っ張りだからさ
彼氏の誤解を解きたいんだけど、
それがなかなか出来なくて、困っているのよ」
「……………………………」
「実を言うと、今日もさ、
友達は、その彼氏と、ちょっとケンカしちゃってさ
彼氏は、そのことを謝ろうとしたんだけど、
友達は、それを突っぱねちゃってさ
んでさ、その後、すっごくヘコんでた」
「…………………………………」
「また、変な意地を張って
アイツを困らせてしまったって
泣きそうな顔で落ち込んでたよ」
「……………………………」
「やっぱり、その友達もさ
その彼氏に、過去に酷いことされたとはいえ
それ以上に、彼氏のことが大好きだからね
まあ、これが友達の困っている理由」
「ふ〜ん……」
腕を組みながら、俺は考える。
その友達と彼氏の関係……。
確かに、俺と里佳の関係と、そっくりだ。
でも……
「……それで?」
紺野さんに聞く。
「へ? 何?」
「確かに、その友達と彼氏の関係は
俺と里佳の関係に、そっくりだけど
だからって、里佳が、俺のことを……」
(許しているわけが……)
と皆まで言う前に
「うわ……」
紺野さんは、かなり驚いた様子で俺をまじまじと見る。
「な、何だよ?」
紺野さんは、はああとため息をつくと
「あっきれた。
なるほどね〜、里佳が、超がつくほど鈍感
って言ってたど、その通りだわ」
と疲れた様子でつぶやいた。
「な、何?」
「ん〜…………」
説明するのも面倒くさそうな表情で
紺野さんは、俺を見ながら
「えーとね、関谷クン
その友達の彼氏は私の友達でもあるんだ」
と子供に話すような口調で言う。
「うん」
「その友達とはさ、私が中3の頃に知り合ったんだ」
「うん」
「私ってさ、結構、男友達はアダ名で呼ぶじゃない
久保っちとか、今は別の高校だけど、三ちゃんとかさ」
「ああ、そうだよね」
「でも、その彼氏にはさ、
何かアダ名が思いつかなかったんだ。だから
ちょっと、なれなれしいけど、下の名前で呼んでたんだ」
「へえ」
「んでさ、さっき、話した友達とは
この高校に入ってから、友達になったんだけど
やっぱり、友達の彼氏を下の名前で呼ぶのは、どうかと思うからさ
最近はさ、名字で呼んでいるの」
そこで紺野さんは言葉を区切ると
「どう? せ・き・や? 分かった?」
と言った。
「……………………………」
しばらく、熟考する、俺。
その友達の彼氏は、紺野さんの男友達でもある。
男友達をアダ名で呼ぶ紺野さんだけど、その友達は下の名前で呼んでいた。
ちなみに、紺野さんは、中学時代、俺の事を朋貴って呼んでいて
そして、今は……。
「………………………ああっ!」
遅まきながら、ようやく、そのことに気づいた。
「はあ、ホントに、鈍いわね〜」
心底あきれた様子で、紺野さんがため息をつく。
「………あああああ」
俺は、ちょっとどころじゃないくらいに、自己嫌悪に陥いった。
……鈍感っていうか、なんていうか、結局、紺野さんの言うとおり、
俺は俺の中で、勝手に里佳は、こう思っているって、決め付けて
それで………
「………………………………」
「………………………………」
しばらく、沈黙が続き
「……それで、どうする? 関谷?」
じっと俺を見つめながら、紺野さんが聞いてきた。
「どうする……って?」
「……里佳の性格は、私よりも、
むしろ、あなたの方が詳しいでしょ?」
「ああ……」
苦笑しながら頷く。確かに、アイツの性格から考えて
仲直りっていうか、元通りになるきっかけは、俺が振らなきゃいけないけど……。
「……………………………」
でも、俺は動けなかった。
里佳が、俺のことを許してくれていたのは、喜ぶべきことだ……。
結局、それに気づかないことで、
里佳を苦しめていたわけでもあるし、俺は……。
「………ふう」
紺野さんが、再びため息をついた。
「ね、クイズに答えてくれる?」
「クイズ?」
「ま、ちょっとした、気分転換よ」
腕を組みながら、そう言って、
紺野さんは『クイズ』を始めた。