バレンタイン狂想曲
「えーと、あるところに、
周りの人間がうらやむほど
大変、仲の良い恋人がいました。
彼氏、彼女ともに、お互いのことを、大切に想っていました。
ところが、ある日、彼女が病気で倒れてしまいました。
その病気は、どんな名医でも治せない不治の病でした。
……彼氏は何とか、彼女を治そうと
色々な手段を試みますけど、そのすべてがダメでした」
「……………………………………」
「だけど、彼氏は、あきらめなかった。
もう、最後あたりは、彼女が無事になりますように
……ってさ、ただただ祈るだけだったけど
病気の彼女も、また、祈った、
病気を治して、彼氏とずっと一緒にいる
そう祈り続けた」
「…………………………………」
「……そして、その祈りは叶った。
どういうわけかは、分からないけど
ある日を境に、彼女の病気が、だんだん治っていって
その後、その恋人たちは、
お互いのことを、愛し合い想い合って、幸せに暮らしました」
そこまで言って、紺野さんはふうとため息をつくと
「さて、ここで問題です。
この話の中で起こった、一番の『奇跡』を答えてください」
とピッとひとさし指を立てながら、そう言った。
「え?」
「制限時間は20秒」
悪戯っぽい口調で紺野さんが言う。
「え? え? え?」
「あと、15秒」
「ストップ、答えを言うから」
「はい、どうぞ」
「……それは、やっぱり、
彼氏と彼女の祈りが届いて、彼女の病気が治ったことだろ?」
と俺が答えると
「はっずれ〜」
とおかしそうに笑いながら、紺野さんが言った。
「え?」
「正解は何だと思う?」
悪戯っぽい口調で俺に聞いてくる。
「う〜ん…………」
「……さっぱり、分からん」
あはははと紺野さんは笑うと
「正解はさ、最後の恋人達の結末」
と言った。
「え?」
「お互いのことを、愛し合い想い合って、幸せに暮らしました
……ってところよ」
「え? でも、それは……」
「それは、何?」
「だって、普通のことだろう?
……その、恋人同士なんだし」
と俺が反論すると
「だからよ」
不意に、紺野さんが、すっと目を細める。
「え?」
「恋は奇跡なの。
ただ、そこに在ることの奇跡
恋する自分が、愛する人とともに在ること
愛する人が、恋する自分とともに在ること
お互いのことを思ってずっと一緒にいること
それこそが奇跡なの」
と自分の胸に手を当てて真剣な口調で紺野さんは言った。
「……………………………………」
「ずっとさ、お互いのことを
想い合って、愛し合うっていうのは大変よ。
それこそ、病気一つ治すのとは比べ物にならないくらい」
「………そうかな?」
と俺が言うと、紺野さんはいつもの悪戯っぽい表情に戻り
「さっきさ、恋人同士なんだから
それは、普通って言ったわよね」
と言った。
「うん」
「それじゃあ、聞くけど
関谷と里佳は恋人同士なんだけどさ
今の状態は、関谷にとって『普通』?」
「あ………」
「ほら、大変でしょ?」
と言って、笑った。
「…………………………………」
「誰にでも、起こせそうな奇跡だけどさ
なかなかに厄介なのよ、これは」
としみじみとした口調で言う。
「もう一つ言うと
奇跡は、待つものではない。
奇跡は、自分の手で起こすからこそ
その価値があるのよ」
そう言った後
「……それで、どうする? 関谷?」
さっきと同じように、
じっと俺を見つめながら、紺野さんが聞いてきた。
「………………ふう」
一つ息をついて
「とりあえず、里佳を探して、それから……」
と皆まで言う前に
「うん」
と紺野さんは満足そうに頷く。
俺もそれに負けないくらいに、力強く頷き
「『奇跡』を起こしてやろうじゃないか」
とちょっとおどけてそう言うと
「何それ、くっさー」
と紺野さんが笑った。
「紺野さんが、話題を振ってきたんだろう?」
「あはは、冗談よ」
そこまで言って、また真剣そうにすっと目を細めると
「……ずっと、迷子なんだよね、里佳は
誰かが迎えにいってやらないと、あのまま」
と紺野さんはつぶやいた。
「迷子?」
「あ、何となくだけどさ
里佳が、あなたのことで困っている時の表情ってさ
子供が迷子になった時の表情に似ているなって思って」
「……ふーん」
「さ、ぐずぐずしている暇はないわよ」
「ああ」
紺野さんに急かされ、俺は席を立ち
教室のドアまで歩いて……
「あのさ」
「ん?」
「その……ありがとう」
ちょっと、照れくさいので振り返らずに
背中でお礼を言って、俺は、駆け出した。
・
・
・
「ふう」
下駄箱にたどり着いて、一息つく。
結局、里佳を探して
学校中を駆けずり回ったけど見つからなかった。
多分、もう、家に帰ったんだろうな。
「……………………………」
とりあえず、ちょっと遅いけど
里佳の家まで行って……。
そう思いながら、自分の下駄箱を空けて
「ん?」
靴の間に何か挟まっていた。
(…………………これは)
・
・
・
びゅうと、冷たい風が河原から吹き上げてくる。
『放課後、学校の裏の河原で待っています』
下駄箱の中に入っていたものは一通の手紙だった。
差出人が誰なのかは分かっている。
「…………………………………」
オレンジ色の光を受けて、河原の水面がキラキラと光る。
そして、あの時と同じように、『彼女』はそこにたたずんでいた。
そう、ここに足を運ぶのは、あの時以来だ……。
「あ…………」
俺の姿を見つけて、『彼女』が声を上げる。
「……………………………」
まじまじと『彼女』を見つめる。
『彼女』の表情は、あの時と同じだった。
『……ずっと、迷子なんだよね、里佳は
誰かが迎えにいってやらないと、あのまま』
さっき、紺野さんが言っていた言葉が頭の中に浮かび上がる。
言われてみれば、確かにその通りだ……。
「……………………………………」
『彼女』はどのくらいの間、迷子だったのだろう?
「……あ、あのさ」
『彼女』が喋りだす前に
「今朝は、ごめん」
と俺は謝った。
「……………………………」
休み時間のときとは違って、
不思議と自分の気持ちは落ち着いていた。
「……私もぶったりして、悪かった」
ぷいとそっぽを向いて、ぼそぼそと『彼女』がつぶやく。
良く言えば、真面目で、信念を持っていて
悪く言えば、意地っ張りで、素直じゃなくて、負けず嫌い
それが、『彼女』の性格だ。
たまについていけないと思うところもあるけれど、俺は……。
「……下駄箱の中の手紙、見たよ」
「そ、そう……」
何故か、少し慌てた様子で、『彼女』は言うと
「……これ」
俺に何かの包みを渡した。
「その……バレンタインだから……」
若干うつむいた様子で、『彼女』はそう言った。
あの時と同じように……。
「…………そっか、ありがとう」
感慨深げに俺はつぶやく。
あの時、俺がコレを投げ捨ててから、
色々あって、そして、俺はようやく……。
「………………………………」
今度は投げ捨てたりなんかしない
俺は、その包みをぎゅっと強く握り締め
……そして
ぎゅ
「きゃっ」
『彼女』を抱きしめた。
「おかえり、里佳」
ポツリと俺はつぶやく。
そういえば、里佳を抱きしめるのは初めてだ。
恋人同士になっても、
結局、俺達は、お互いに遠いところにいて……。
「………………………………」
さらに強く、里佳を抱きしめる。
「ちょ……っ、朋貴っ……」
里佳は、ばたばたと暴れていたけど、やがて……
「うん……」
俺の腕に身体を委ねてきた。
「…………………………」
俺の腕の中に、里佳がいる。
ようやく、迷子を迎えることが出来た。
色々あったけど、これからは、もう離さない……。
仮に離したとしても、すぐに捕まえてやる。
……『奇跡』は、ずっと続いていくのだから。