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 それにしても二人とも若い。
 新聞記者としての進藤の記憶によれば、さくらは進藤と同い年ですみれは一つ年下のはずである。
 こうして見た限りにおいて、それよりも三つ四つは確実に若く見えた。   

「ああ、お初にお目にかかります。帝都日報文芸部より参りました進藤と申すものであります。こうしてあの花組のお二人を前にして取材が出来るとは、まったくもって光栄で記者冥利につきる思いです。」  

 興奮した進藤は、椅子から立ち上がるとその緊張をあからさまにして堅い挨拶とともに、頭を下げ返した。
 それにたいして二人の美女のほうは、こういう挨拶には慣れているのであろうか悠然としたものだった。

「あらそんな、少し大袈裟ですわ。」  

 すみれはそうは言うものの、悪い気はしていないようである。口元は手に持った扇子で隠れているが、その視線が機嫌の良さを物語っていた。
 さくらにしてもそれは同様であった。  

「羽鳥君に聞いたのですが、すみれさんが大帝国劇場の新支配人になっておいでだとは、まったく知りませんでした。
 ですがいざとなればとはいわずに、ぜひそのお姿を舞台で見せて頂きたいものです。すみれさんのファンはきっとこころまちにしていると思いますよ。」  

 進藤の熱弁を受けたすみれは、じろりと少年に視線だけを向けて言った。
 二人が来るまでは泰然自若としていた少年は明らかにたじろいだ様子である。  

「羽鳥。あなたはまた余計なことを人に吹き込んで・・・。」  

「い、いやそんなたいしたことは言ってませんですってばまだ。俺が男なんだって教えたくらいで。」  

「さっきの言い方では、まるで花組は人が足りていないように聞こえるではないの!」  

「それは本当に足りてない・・・ああっごめんなさい、もう言いません。」  

 そのやりとりを見てさくらはくすりと可愛らしく吹き出した。  

「うふふ、墓穴を掘ったわね、羽鳥。」  

 羽鳥少年はどうやらすみれを非常に苦手としているらしかった。
 いまいち真意の計れない少年であったが、こうしていると年相応にかわいらしいものである。
 さくらとすみれは進藤の向かいの椅子に並んで腰をかけた。
 そのとき羽鳥がぼそっとつぶやくのを進藤は聞いた気がした。  

「ちぇ、足りているんだったら俺が若草四姉妹の一人なんてやる必要は無いよな。」  

 その時サロンにもう一つ元気良い声が響いた。
 三沢陽花である。
 いつにまに着替えたのか、若草色の着物ではなく白い半袖のシャツに黒のタイツといういでたちであった。
 似合っていないわけではないが、服装が変わっても少女のちんまりとした印象はいまいち拭いきれていなかった。  

「羽鳥!なかなか鍛錬室に来ないと思ってたら、こんなところにいたんだね!」  

 すみれに対してはとにかく頭の低い羽鳥であったが、陽花相手では一転してひょうひょうとしたものであった。  

「いいじゃんか、俺記者の人って初めてだったし。」  

「陽花。お客様の前よ。喧嘩はよそでなさい。」  

 さくらが陽花を穏やかにたしなめた。  

「ああ、でも丁度いいわ。二人ともご挨拶をなさい。」  

「俺はしました。」  

「あ、ボクも・・・。」  

「あらそう。」  

 進藤は陽花のかしましい来室でふと我を取り戻すと、汗をハンカチで拭い先程の興奮を恥じて、さくらとすみれに非礼を詫びた。  

「すみません。初対面なのになれなれしくお名前のほうで呼んでしまいました。
 私の方では以前からお二人の事を存じておりましたので、ついつい知人であったかのような錯覚をしてしまいました。」  

「そんな、お気になさらなくても結構ですから。」  

 さくらはそれを軽く受け流すと、陽花と羽鳥にその辺りにいるように命じた。
 二人はサロン窓際のテラスの方へ引っ込んでいく。  

「先ほど入り口の前で陽花さんと羽鳥君には助けて頂きましたよ。強いのですね、あの二人は。」  

 すみれがそれを聞き咎めて、なにかあったのかと聞いた。
 進藤が神山子爵との顛末を汽車の中の出来事から大学の同窓であることまでかいつまんで話すと、さくらもすみれも難しい顔をして唸った。  

「さくらさんも余程見込まれたようですわね。」  

「正直言って応援して下さるのは有り難いんですけど、あの方は場所をわきまえないので困っているんです。」  

 ああそうか。
 あの薔薇の花束は真宮寺さくらにあてたものだったのだ。
 会おうとした人物が同じということでは、変によく顔を会わせた理由も頷ける。
 進藤は口には出さずに一人納得した。  

「すみれ様、そいつらなら陽花が叩きのめして劇場の入り口に転がってますよ。」  

「なんですって!?そんな、邪魔ですわ!まだいるのかしら。陽花。ちょっとそこから見てみてちょうだい。」  

「はい。」  

 陽花はテラスから石畳の歩道を見下ろそうとしたが、背が足りなくていまいちうまくいかない。
 進藤はその光景があまりに微笑ましいので笑ってしまった。
 陽花の代わりに頭一つは高い羽鳥が下に視線を巡らして、すみれに「まだいる」と告げた。  

「なんだか上から見ると、酸欠でひっくり返った安っぽい鯉の群れみたいだな。みんな色が一緒だし。」  

「え?なになに?ボクも見たいよ。」  

 たとえ神山の命であったとはいえ日頃から荒事を専門の生業としているであろう黒服達のことであるから自業自得だろうが、あまりに情けない表現をされたうえに当の陽花にも珍しい生き物を見るかのごとく扱われてはいささか気の毒ではあった。
 それにしても酸欠でひっくり返った鯉の群れなどを見たがる陽花も何気なく悪趣味である。
 陽花がようやくテラスの柵の上に身体ごと乗り上げた時、なにやらいぶかしむような声をあげた。  

「あれ?なんで風央とファルナが一緒に帰って来るんだろ。」  

「あ、本当だ。風央は上野でファルナは花やしきに行ってたんじゃなかったっけ。」  

 テラスの二人の声にさくらが立ち上がった。  

「陽花、二人が帰ったの?」  

「はい。一緒です。」  

「どうしたのかしら。まあ丁度いいといえばいいわ、二人にもサロンへ来るようにそこから伝えてちょうだい。」  

 二人はそれに従った。
 さくらが再度椅子に落ち着くのを待って進藤はさっそくとばかりに聞いてみた。  

「風央とファルナはもう二人いる花組の構成員です。二人には今朝からおつかいに行ってもらっていたんですが、なんだか帰って来てしまったようですね。」  

「ファルナはともかく風央が帰って来た理由は、なんとなく想像がつきますわね。あのこはある意味天才的といえるほどですもの。」  

 さくらもその原因には心当たりがあるのか、深くため息をつくと、  

「取材中に花組全員が揃ったと思えば、むしろ幸いというものでしょう。進藤さんもその方がいいですよね。」  

 さくらのいう事に間違いはないから進藤は頷いておいたが、了解を求めたというよりはさくらが自分自身を慰めたのだというような、そんな雰囲気がその語感から伝わってきた。
 やがて噂の二人がサロンまで揃ってやってきた。
 これでさくらの言う通り復活した花組の団員総勢五名が、一所にその顔を揃えたことになる。
 しかし二人を見て進藤は驚きを隠せなかった。内心では、よく驚く日だと苦笑しながら。
 いや、なんらかの予感めいたものがなにもなかったというのならそれは嘘になるであろう。
 それは要するにそういうことであった。
 その姿に見覚えがあった、ということである。
 汽車の中で神山を鎧触一蹴に跳ね飛ばした金髪の少女と、それに大帝国劇場の周囲をうろうろしていた小麦色の肌の迷子の少女である。
 さくらがまず小麦色の肌の少女を紹介した。  

「彼女がアフリカのオワキルクからやってきた、風央・ジィ・アリンカです。」  

 風央と紹介された少女は日本流の会釈をすると、すぐに進藤に気付いたようだった。  

「あなたは先ほどの親切な通行人の人なのです!どうもありがとうなのです。おかげで助かったのです。」  

 さくらがおやという表情で進藤を見た。  

「もう会っていたんですか。」  

「ええ、まあ。このすぐそこでのことですが。」  

「もう!んっとにお人好しなんだから風央は。
 これのどこが助かってるってのよ!
 本当に助かってるんならとっくの昔に上野に着いてお仕事してるはずでしょーが。
 どうしてこう絶望的というか破滅的というか国際級というか、なんだっていいけど馬鹿みたいに救いがたい方向音痴なのかしら。
 身体に磁石でも埋めこんでみる?」  

「ファ、ファルナそれはひどいのです。」  

「なに睨んでるのよ。心配してるのよこれでも。感謝なさいよ。渡る世間は鬼がCOMINGなんだから。」  

「なんだかよく判らないのです。」  

 ということは風央がふらふら歩いていたのは、方向音痴のためであったのか。
 彼女には悪いが本当にそうなのであるならばファルナ・・・と呼ばれた少女もあながち言いすぎであるとはいえない。
 むしろ的を射ていると言ってしまっても良いくらいである。
 分まんやるかたないといった趣のファルナの言うことを要約すると、彼女自身は花やしきへの使いを無事に済ませたのだが銀座へ帰ってみると朝一緒に出たはずの風央がまだそのへんを練り歩いていたということらしい。  

「ああもう!風央みたいなのを見ているとこうなんだかふつふつと腹の底から怒りが涌いて来るのよね。無性に!無意味に!」

  「今世の中の理不尽に一人苦悩しているのが、アメリカから来たファルナ・M・レイランダーです。」  

「さくらもさらっと流すなあ!」  

 進藤はすみれも含めて新生花組の面々を見回した。
 なるほど。けして旧花組には負けていない顔ぶれではあると思える。
 しかし彼ならずともその結束には少々の疑問の余地があるといわざるをえないのではなかろうか。

   さくらがファルナをなだめている間に、双子とおぼしき少女達が、すみれにかるたの箱のようなものを持って来た。
 あの少女達は後で進藤が聞いた所では売店の売り子兼支配人としてのすみれの秘書だそうである。
 すみれは箱を開けると、やはりかるた大の紙片を取り出してめいめいに配った。  

 よく見るとひとりひとりその色が違っていた。
 さくらは桜色、すみれは紫色、陽花は若草色といったふうである。
 それは名刺だった。  

「あなたたちもこれからは花組の一員として各方面に顔を出す事もあるのだから、それは忘れないようにするのよ。」  

 全員が進藤と名刺を交換したあと、もの珍しそうにいろいろな角度から名刺を眺めていた陽花が、ぽろっと一言漏らした。  

「あ、これボク達の光武の色と一緒だ。」  

 その瞬間その場にいた進藤と陽花以外の全員が、ものすごいものを見たという表情で陽花を睨みつけた。
 陽花は最初きょろきょろして訳も判らずといったようであったが、自分の失言に気付いたのか急に口を抑えて黙りこんでしまった。
 なにかがあったようではあったが、進藤にはそれがなんなのかいまいち判然としなかった。
 そんな進藤の様子を見て、すみれやさくらは胸をなで下ろしたようである。
 どうも下手に知られては彼女達が困るような、そんなものであったらしい。  

「まあとにかく。」  

 なにか妙な空気が支配してしまったサロンの中、すみれが上司としてか代表して発言した。  

「記者の方に一通りの顔見せも済んだ事ですし、風央が果たせなかった仕事を誰かがやらなくてはいけませんわね。風央はもう論外として、どうします?さくらさん。」  

「そうですね。ファルナは花やしきから戻ったばかりだし、ここはやっぱり陽花と羽鳥に行ってもらおうかしら。」  

 すみれの言う仕事というものの内容は進藤には知る由もなかったが、さくらのその人選にファルナが噛みついた。  

「ちょっと待ってよ!なんで二人で行かせるの?風央にやらせたくらいなんだから、一人だけでも充分じゃない。」  

「そうね不公平ね。じゃ、二人でジャンケンでもして決めてくれるかしら。」  

 それに対してファルナは何故か顔を赤らめて言った。  

「あ〜〜、違う違うそうじゃなくて!陽花と二人で行かせるくらいなら私も一緒に行くってことよ!」


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