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「そう?それじゃ、三人で行こうよ!」
仮にも仕事と言付けられた事だというのに陽花の口調はまるでちょっとした遠足にでも行くかというような気楽さである。 「なにが悲しくて陽花と三人なかよく出かけなきゃならないのよ!」
ファルナが自分を拒否していることは理解したものの、その理由が判らないようで陽花は丸い目をことさらに丸くした。 「ボクは・・・一緒にいきたいなあ。なんで嫌なの?」
ファルナはそれには応えず、ぷいっと顔を背けてしまった。 決まらないものは強引にでも決めてしまえとばかりに、さくらが羽鳥を指差した。 「まったくしょうがないわね。羽鳥、一人で行ってきてくれるかしら。」 「えー?俺一人で?やだなあ。」
基本的に羽鳥という少年は、すみれ以外のだれに対するにも遠慮するという言葉をその辞書から抹消してしまっているらしい。 「普通そこでハッキリいやだっていう?ちょっとすみれさん羽鳥に何とかいってやってください。このこってばすみれさんの言うことしか聞かないんですから。」 「そういわれましてもね・・・。昔からこういう子でしたもの。」 「昔からですか。それじゃ、すみれさんの教育が悪かったんじゃないですか?」 「ちょっと、それは聞き捨てなりませんわね。そもそもわたくしには如月家の教育に責任なんてありませんわ。」 そこでファルナがぱっと明るく表情を変えて、二人の台詞を途中で遮った。 「あ、いいわよ!あたしが羽鳥と二人で行くから!」 「そう?じゃあ俺と一緒に行こうか。」 「う、うん。そうと決まったら善は急げよ!さあ行こう、早く行こう。」
ファルナはいそいそと羽鳥の腕を取ると、いてもたってもいられない様子で足を階段に向けようとした。
だが、そんなファルナの上機嫌を何気なく進藤の名刺を覗き込んたすみれが打ち破った。 「すみれさん、今日は何日でしたっけ。」 「忘れるはずもありませんわ。紛れもなくあの日です。」 「そう・・・そうですよね。忘れるはずないんです。一応確かめてみただけなんですけど・・・。」 進藤はよく分けも判らずに会釈を返すと、さくらが確かめるように口を開いた。 「進藤さん、下の名前は一郎さんとおっしゃるのですか。」 「ええ、そうですがそれが何か?」
さくらの言う意味をいまいち量り損ねた進藤は、やや緊張したおももちで答えた。 「ファルナ、気が変わったわ。やっぱり私が自分で行きます。いいかしら。」 「えーーーー!なんで?どうして?部下が積極的に仕事するって言ってるんだから、させてくれればいいじゃないのよ。どういう上司なの!?」 身振りまで入れてファルナは抗議するが、さくらはそれを取り合わず無視した。 「進藤さんすみませんが私と上野までご一緒願えますか。」 意外な申し出に進藤は、一瞬慌てて返事をした。どのような魔法か判らないが、とにかく進藤の名刺がなんらかの効力を発揮したようである。 「はい、喜んで。こちらからお願いしたいくらいです。」 なおもさくらに喰ってかかろうとしているファルナを制してすみれがさくらに耳打ちをした。 「さくらさん、それでは連絡があり次第すぐに出せるように紅蘭に伝えておきますわ。」 「よろしくお願いします。」 そこで陽花が口をはさんだ。 「あのう、さくら隊長が上野に行くのはいいんですけど、その間ボク達はどうしていればいいんですか。」 「がんばってお稽古をしていて頂戴。しっかりとやるのよ。開演も近いんだから。」 「はい!」
しかし元気良く応えたのは陽花のみであった。 「それでは進藤さん、参りましょうか。」 一応はそれが引き金となって、花組の面々はサロンから散っていった。
これはあくまでも仕事の一貫であり取材である。
進藤とさくらは本来風央がたどるはずであった行程を、特に話しもせずにたどった。 そこでさくらが嬉しそうに目を細めた。 「平和ですね。」 進藤もまったく同感であった。 「私は帝都のなかで、ここが一番好きなところなんです。特にこの時期この季節、桜が咲くころが最高です。平和というものを体で感じとることができるし、なによりここは・・・」 さくらは一旦言葉を区切った。 「思い出の場所でもありますから。」
進藤に語りかけるというより、さくらは遠い過去に想いを馳せているように見えた。 「私たち帝国歌劇団の真の隊長である人と初めて出会ったのが、この上野公園でした。」 「隊長・・・ですか。」
歌劇団なら団長なのでは、と思ったが口にはしなかった。 「その人の名も一郎・・・・・・そういうのです。すみません少しだけですがその人と進藤さんを重ねて見てしまいました。きっとすみれさんも同じ気持ちでしょう。あの人は私達全員の心の支えでしたから。」 「帝国歌劇団を束ねるのは、男の方だったのですか。それは知りませんでした。」 「ええ、余り世間には知られていないことです。ですが進藤さんも見かけたことはあると思いますよ。七年前はいつも切符のもぎりをしていましたからね。」
その光景を思い出したのか、さくらは笑って言った。 「でも、七年前にフランスへ留学してまだ帰ってきません。」 「フランス・・・・・・遠いですね。」
もぎりがフランスに留学とはまたよく判らない話であったが、何か他にも隠れた事情があるのかも知れない。 「私がいま隊長をしているのも、同じ立場にたてば少しは気持ちが通じるかも知れないと思ったからという理由もあります。そうでなければ・・・待つということも案外と疲れます。正直いって。」
そう話すさくらは本当に疲れているように見えた。 「実は私は七年前のリア王を観ているのですが、あれは一番印象に残っています。それからです、花組の公演にあしげく足を運ぶようになったのは。」
さくらはぱっと明るい表情になった。
「でもリア王は大変だったんですよ、いろいろと問題が山積みで。当時の支配人だった米田さんが事故で重傷を負って、お金もない人手もない状況でした。 「そうだったのですか。」
「あんまりつらい状況だったので逆に気持ちを盛り上げようということで、リア王はハッピーエンドになったんです。
一見はなやかな帝国歌劇団にも、そういう時代があったとは進藤も知らなかった。 「カンナさんは故郷の沖縄で空手の道場を開いています。ときどき手紙が来ますけど、元気にしているみたいです。弟子を花組に送りこむんだって息巻いていますよ。」
それは知らなかった。桐島カンナといえばリア王の主役である。 「マリアさんは世界中を旅しているそうですけど、詳しくは判りません。でも親友のカンナさんのところには時々顔を出しているそうです。」
マリア・タチバナは桐島カンナとともに花組において男役を数多く演じたロシア人と日本人のハーフである。 「アイリスはフランス、織姫さんはイタリア・・・故郷に戻っています。二人ともヨーロッパの名門の出身ですからね。そろそろ結婚という話も出てくるのではないでしょうか。・・・・・・あのアイリスも19才なんですね、もう。」
アイリスは本名をイリス・シャトーブリアンという。 「レニは・・・・・・判りません。今ごろどこでどうしているのでしょう。まあ、便りを出すような子ではないから、元気なのだとは思います。」
ドイツ人のレニ・ミルヒシュトラーセはその少年のような容貌で性別を惑わせたという、先ほど羽鳥少年も話題にしていた人物である。 「ああ、紅蘭ですか?忘れていましたけど、彼女ならさっきも大帝国劇場にいたんですよ。」
李紅蘭は中国人で、舞台の合間によく手品を披露してみせた。 「いや、参りました。そのくらいも知らなかったとは記者失格というほかありません。さくらさんがすみれさんと一緒に、社交界に顔をお出しになっていたのは知っていたのですが・・・・・・」
「あれはですね、大神さん・・・隊長のことですが・・・彼がフランスにいった後一旦マリアさんが隊長を引き継いだんですが、その時点でその次が私だということが内定していたんです。 「なるほど、そういうことだったのですね。」 「でも社交界の人とおつき合いするのは大変です。住んでいる世界があまりに違うので・・・すみれさんと一緒でなければくじけてました。おかげで神崎家とは一生涯の付き合いになりそうです。」 そして道すがら話題はいまの花組に移った。 「わたしも会ってみて思いましたが、なかなか元気な子たちですね。見込みはありそうですか?」
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