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「そんなこと知らないわよ。それに勲章もらったのってあんたじゃないんでしょ?えらいのはご先祖様であんたじゃないじゃない。そういうこと言うんだったら、これを見なさい。」
少女は自分のかけている首飾りを指差して言った。
「これはイギリスの女王陛下に下賜していただいた、パリの王室御用達の職人の手による至宝中の至宝よ!値段なんかとてもじゃないけどつけられないと言われているわ!ついでに私はアメリカ大統領の孫で、古きをたどれば英雄シーザーの血脈に連なるんだからね!知ってる?お爺様はドーバー海峡で伝説のシードラゴンレヴィアタンを倒して石碑に祭られている英雄なのよ!」
進藤は首を傾げたが、神山はおもわぬ反撃に声を詰まらせ弱々しく応えた。
「そんなものは本当かどうか判らないじゃないか。」
「あんた馬鹿ーーーーーーーーーっ!?嘘に決まってるじゃない、そんなことも判らないわけ!?・・・・・・大丈夫?」
「なにがだ。」
「頭が。」
神山はすでにぐうの音もでない有様であったが、少女は容赦という言葉を知らないらしく、更に追い打ちをかけていく。
「だからあんたのご先祖様が勲章を貰ったなんていったって本当かどうか判らないし信用出来ない。それにそんな立派なご先祖様からあんたみたいなのが生まれてくるわけないし・・・・・・やっぱりあなた虚言を吐いてるでしょ。いやそうに違いない、そうに決まった!」
美貌の少女はまったく外見にそぐわないとんでもない理屈を大上段に降りおろし、指先を神山に突き付けとどめを刺した。
「ありもしない勲章を持ち出して恐れ多くも天皇陛下の威光をふりかざすとはなんたる不敬!その所行断固として許しがたし!陛下に代わってこのあたしがその大逆の身を極刑に処してくれる!」
神山子爵家は確かに勲章を貰っているし、たかだか汽車の席に座ったぐらいで大逆の烙印を押されてしまってはたまったものではないだろうが、進藤は助け舟を出す気など毛ほどもなかった。それは他の乗客達も同じようである。
それより、この異国の少女が下すという極刑とやらの内容がどのようなものなのかが気になった。
いまや神山の身体は怒りと羞恥に震え、顔はゆでだこのように赤くなり爆発寸前かとおもわれた。
「や、やれ!お前たちこの生意気な南蛮の小娘を汽車から放り出してしまえ!」
それまで沈黙を守ってきた黒服達が主人の命を受け、一斉に動き始めた。
文学畑の進藤は格闘技に関してはまるで門外漢であったが、それでも黒服達の動きがかなりの訓練を受けたものであることを見て取ることが出来た。席を追い出された学生はこの美しい勝ち気な姫君に使命感を刺激されたか、助けに入る構えをみせている。そのほかにも手に持った杖を剣に見立てた老人や、鞄からなにか投げつける物を探している主婦の姿も見える。いざとなれば進藤も助けるつもりでいたし、人数で勝ちを見込めると踏んでいた。
だが、その必要は実のところ無かった。
向かい合った座席の間は狭く、一人ずつしか少女を襲うことが出来ない。
そしてさきほど神山を跳ね飛ばしたのと同じことが、そのままかっきり黒服の人数分再現された。少女も西洋人らしく日本の女性に較べて背が高いが、黒服達はそれよりもさらに大きい。体重も最低でも倍はあるのではないだろうか。だがそれでも黒服達は残らず跳ね飛ぶ結果となったのだった。
進藤はその直前に少女がやはりなにかをつぶやいていることに気が付いた。
「さあ、残るはあんただけなんだけど?」
信じられない光景に神山子爵殿は完全に凍りついていた。無理もないだろう。喝采をあげている乗客達もなにが起こったのかは判らないでいるのだから。
その時車内放送の声が汽車の到着を告げた。
ここぞとばかりに神山は黒服達を伴って降車していった。
「覚えておけよ!」
決まりきった逃げ台詞を放ったのは実のところ、金髪の少女のほうである。
先手を打たれた神山は苦虫を十匹もまとめて噛み潰したような顔で敗走するほかなかったのである。
降りていく客あれば、乗る客あり。神山と入れ違いに腰を曲げた老婦人が少女のいる席へ近づいていった。最初老婦人はすっくとのびやかな日頃見慣れぬ異国の少女にため息をつくほど驚いたようであったが、
「ここの席は開いてりゃあすか。」
と、少女に尋ねた。少女のほうは、男ならばなにもいわずに 全財産を捧げずにはいられないのではないかと思われる最高 の笑顔を老婦人にだけ向けて、
「どうぞどうぞ、ごゆるりと。」
と、窓際の席を勧めたものである。
これでは日本男児としては、立っているほかなかったのであった。

その後は特に何事も無く、汽車は進藤の目的地である銀座四丁目までたどりついた。
進藤が汽車を降りる時、奇しくも目的地は同じだったようであの美少女と改札までのしばしの区間を共有したのだが、少女の方ではまるで進藤に関心がないらしくささやかな運命を感じさせる余地すら与えてはくれなかった。少女の名前くらいは知りたかったのだが、縁が無いというのもまたそれで運命であろう。
気を取り直して進藤は春の晴天の下、足を大帝国劇場へとむけた。もうそこらには少女の姿を見ることは出来ない。
思えば大帝国劇場へ足を運ぶのも久しぶりのことであった。五年前に花組が解散した後も他の劇団が舞台を開いたし、海外からの奏者による公演もあった。活動写真の上映も幾度となく行われたが、それらに進藤は興味をそそられなかったのだ。それだけ進藤の中で花組の存在が大きかったということである。
かつての花組の団員達が解散の後にどこでどうしているかは新聞記者の進藤の耳にもあまり多くは入ってこなかった。
外国籍の団員が多かったのがその一因であったことは間違いない。日本人の団員であった三人のうちの二人、神崎重工の一人娘神崎すみれと仙台出身の真宮寺さくらはこの五年の間も頻繁に社交界に顔を出していたことは、一般にもよく知られていることである。残りの一人の男役を数多く演じた桐島カンナについては確認された情報は無い。桐島カンナでさえこの現状であるから、その他の団員についてはなにひとつ判っていないのも無理はない。
進藤が過去の花組の鮮烈な活躍に思いをはせていて気分が高揚してしまい注意力が散漫になっていたところで、どんとその身体にぶつかってくるものがあった。
ぶつかってきた人物はその衝撃で落としてしまった荷物をあわててかき集めながら、平謝りした。
「す、すいませんなのです。わたしがきょろきょろしてたから、気がつかなかったのです。申し訳ありませんのです。」
「いや、そうお気になさらずに結構です。私もいささかぼうっとしておりました。」
どうやら落とした拍子に鞄の口が開いてしまったらしい。進藤も己の否を詫び、荷物を拾うのを手伝おうとかがみ込んだ。
しかし、ぶつかった少々珍妙な語り口の人物を見て、進藤は驚いた。
またもや異人である。それも、また若い。今度は見るからに おさなげな雰囲気を残した少女であった。
さきほどの汽車の少女とは対照的に浅黒い小麦色の肌をしているし、長く伸びた髪もやや硬そうで色も漆黒であった。異人であることは一目で見て取れるが、この少女は肌の色に近い赤茶色の和服を着ていた。やや、不釣り合いにも感じるが、いまいち着慣れていないためだろうか。
それにしても一日で二人の異国の美少女に出会うとは、やはり今日はどこか普通ではない。
ともかく進藤は少女を手伝い飛び散った荷物を手に取り、少女にさしだした。
少女は汽車の少女に較べて地味であったがその分純朴さを感じさせ、異人特有の近寄り難さがなかった。
進藤は拾った小物のなかに奇妙なものを見つけた。鶏卵の形をしており大きさもそれに近い。しかしこれはずしりと重く、ところどころが点滅していて機械であることがうかがえた。
「あ、すみませんそれは、大切なものなのです!」
少女は焦った様子で進藤の手からそれを取り返した。
思わず声を荒げたことを恥じたのかしきりに恐縮する少女を見て、かえって進藤の方が恐縮してしまった。
「謝るのはこちらの方です。女性の持ち物をじっと見てしまうとは、いかにも失礼なことでした。」
「は、はい。大切なお守りなのです。」
機械仕掛けのお守りとはまた奇妙なものだったが、なにしろ日本人とは文化も言葉も違う異人のことだから、そういうこともあるのだろうと進藤は了解した。
一通りの荷物をかき集めると、少女は頭を下げて礼を言いその場を去ろうとしたが、振り返りざまに一言進藤に尋ねた。
「あの、上野はどちらなのですか。」
「上野なら、そこの銀座四丁目駅から帝鉄で行けますよ。」
「どうもご親切にありがとうなのです。」
重ねて礼を言い少女は駅に向かって歩いていった。
どうにも珍妙な言い回しであったが、異人であるからにはこれが普通のことであろう。
再度大帝国劇場に歩を進めつつ進藤はそう一人ごちた。だいたい汽車の中で出会ったあの少女のほうが異人のわりには弁舌巧みでありすぎるのである。世の中いろいろな人物がいるものだ。
ところが進藤はほどなくして奇妙な遭遇をする。
「おや。」
進藤が目を丸くしていると、あちらのほうでも進藤に気づいたようである。
「あ、これは、先ほどはどうもありがとうなのです。」
間違えようがなかった。それはあきらかに小麦色の肌の少女だったのである。
「お礼はもういいんですが、なぜあなたがこちらからやってくるのですか。駅のほうに向かったのではなかったのですか。」
進藤の質問は至極もっともなものであった。進藤は駅からやってきて、少女はその駅に向かっていったのだから。 少女は心底驚いた様子で、
「ええっ!わたしは駅に向かってませんですか?」
と、飛び上がった。
「いえ、向かっているといえば向かっていますが。」
「はあ、そうですか。なら問題はないのです。驚きました、路に迷ったのかと思ったのです。それではまた失礼なのです。」
路に迷うほどの時間があったとも思えないのだが、とにかく少女はその場を後にしていった。普通に考えれば、
「先回りしていたのかな。」
と,進藤のように思うのだろうがそのようなことをする理由は彼にはさっぱり判らなかった。縁もゆかりも無い者同志であるし、少なくともあの少女はそんな奇特なことをするようには進藤には見えなかった。
しかしである。
「・・・・・・。」
交差点にさしかかったとこで、進藤の目指す大帝国劇場への通りを横切る歩道に、こちらへ歩いてくるあの少女の姿があったのである。
今度は少女の方から声をかけてきた。
「あら、たびたび奇遇なのです。」
「奇遇なのはいいのですが、なぜこちらから歩いてこられるのですか。」
一瞬少女はなにを聞かれているのか理解出来ていない様子で、しきりに瞬きを繰り返した。
「ここを真っ直ぐに行っても駅にはたどりつけませんよ。」
ごくごく真っ当なその指摘は、少女にとって大きな衝撃であったようである。
「つ、つけませんのですか?」
「はい、私の来たこの道を行けば銀座四丁目駅ですよ。」
少女はじっと押し黙ってしまった。しばらくは落ち着き無く悩みこんでいる様子だったが、やがて一つの結論に達したようで、進藤に向かっておそるおそる口を開いた。
「もしかして、わたしを先回りしているですか?」
進藤もさすがにこれにはあきれてしまったが、しかし少女の進藤を警戒する様子を見ては、黙ってはいられなかった。
「失礼ですが私もあなたと同じことを考えていましたよ。どうにも思い出せないのですが、以前どこかでお会いしましたか。そうでもなければ、見ず知らずの人間とこうまではち合わせるとは思えないのです。」
「・・・・・・!」
少女はびくりと身体を震わせ、早口にまくしたてた。
「も、申し訳ありませんのです!やさしくして頂いた方を疑ってしまうなんて、とても失礼なのです!どうもすみませんなのです!」
少女は再度駅の方角を確認すると小麦色の頬を恥ずかしげに赤く染めながら走り去ってしまった。しかし不思議なことに少女はまるで違う方向に向かっていったのである。

第一話(3)へつづく

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