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二人をやや羨ましげに見送った紅蘭が、ごちそうさまとばかりに舌を出し荒っぽい手つきで医療機器の電源を切った。
「あ〜あ、可哀相にファルナがちがちやで。」
一見よそ見をしているようでも機械を操るその手の動きに一切のよどみといったものが無いのを見て、さくらは改めて自分とは異なる紅蘭の資質に恐れ入った。それでいて昔からの独自の発明品の爆発癖に解消の兆しがみられないというのは不思議というしかない。時折あれは洒落かなにかのつもりでわざとやっていることなのではないかと勘ぐってしまっても仕方のないことであろう。神戸暮らしで関西人の根性が身に染みついている紅蘭であれば、むしろそのほうが自然なくらいではある。
「ええなあ、青春やなあ。」
「まだそうやって老けこむ年でもないでしょ。」
「そうでもないで。」
紅蘭は肩をすくめた。
「機械が恋人なんちゅうこといえば少しはカッコつくかもしれへんけど、どう考えたかて寂しいだけやで。ほんま、八方美人の大神はんがみ〜んな悪いんや。」
それに関してはさくらも効果的に反論を割り込ませる隙を持たなかった。元気無く苦笑したのみである。
「さてと、うちは光武の整備に戻るわ。」
「いつもいつもまかせっきりで悪いわね。」
「これがうちの選んだ仕事やもん。それよりさくらはんの方こそ気ぃ抜いたらあかんで。」
紅蘭は手にしたスパナをさくらの顔に突き付けた。
「大事な打ち上げ気持ち良う迎えられるようしっかりせな。ここでへまやらかしてみ、めちゃつまらんことになるで。そや、今日はうちも舞台みさしてもらうわ。」
いまさら指摘されなくとも十二分なほどに心得ていることではあったが、改めて第三者に注意を喚起してもらうという環境が結構重要であったりするものである。
しかし、打ち上げの気分晴れやかな空気に入った横槍は二人にも全く
予想もしないところからやってきたのであった。
何時の世にあっても全てを知る者はそれをけして広く一般に知らせることは無い。これについては主に二つの解釈が考察できる。一つには必要性の問題がある。統治される人間は全てを知る権利があるというのがたてまえであろうが、知ったところでどうしようもないということはある。市民が統治者の昼の献立が意外にも鮭の茶漬けであるとかそういうことを知ったところで無意味でしかないだろう。全く逆に、国家を揺るがす一大事を伝えられたところで何か出来るわけもなく、パニックの様相を呈するだけということもある。知らなければそれが幸福だということは、確かに存在するものなのである。もう一つの解釈は機密の保有こそが、権力者を権力者たらせる力の拠り所であるというものだ。機密は
重要であればあるほど、それを保持する者が少ないことが望ましい。極端な話支配者とは誰よりも機密を知っている者と言ってしまえる。しばしばそれが錯覚を起こすこともあるにせよ、そこには確かに権力が発生しているに違いない。人類の歴史においてこの構図は常に当てはまっていた。未来に至っても変化していくという理由もない。
降魔。
さくらやすみれにとって、それとの闘いの変遷こそが彼女らの半生そのものと言ってさしつかえない。今後も長く闘い続けるであろう。人類の敵である降魔について、彼女らは全てを知っている。市民の大半は知らないであろうことを。
降魔が普遍的に人類に仇なすものであることは誰でも知っていることだが、その歴史は意外にもかなり短い。それでは、普遍的という言葉を使うのは間違いであるのかというとそうでもない。悪魔王サタンが支配するというこの世界とは異なる次元に存在するという魔界と呼ばれる空間がある。純粋な魔的エネルギーが充満する世界であり、それがこの世界に現れる上でかりそめの身体を獲得したものが降魔というわけである。魔界とこの世界の関係というのは大海に漂う二隻の船のようなもので、離れた位置を常にさまよっている。二隻の船は絶えず存在しており、そういう意味において普遍的と言うわけだ。ところが魔界は自らこの世界に接近することは出来ない。魔界には舵が存在しないからだ。しかしこの世界から魔界に近づくことは可能であり、その際に世界は魔界のエネルギーを浴びて汚染を受けてしまう。この汚染がつまりは降魔である。
しかしここで少し考えてみて欲しい。わざわざ舵を魔界に向けるなどということをしなければ、降魔はこの世界には存在しえないはずなのである。一派論として人の心の中には闇の部分があるにしろ、その反対である光の部分も対応する形で存在しており、バランスがとれている。そうである以上は、世界が魔界に接近することは無いはずであった。
事件は起きる。西暦1521年、戦国時代である。
現在の東京湾に大和と呼ばれる土地が存在していた。面積は400平方キロに及び北に山地、南に海、東に街道、西に河川という風水学上最高の土地であり、当時は隣の武蔵国・・・後の江戸である・・・よりも栄えていた。
この大和に目をつけたのが伊豆国を支配していた戦国大名北条氏綱であった。戦乱期のため乏しい現存する記録によれば、非常に聡明で名君の誉れも高かったそうである。その氏綱がなぜにこのような暴挙に及んだのかは知る由もないが、彼は大和の強力な風水を利用した。「放紳の儀」を行うことで日本を支配しようとしたが、これは失敗した。後に霊子核理論と名付けられる方式を用いたこの実験は一〇八人の陰陽師による霊子炉・・・これには大和の中心に位置した聖魔城が使われた・・・への魔界のエネルギーの蓄積と放出は暴走するに至り、大和は魔に汚染され第二の魔界へと変貌してしまった。本来不定形のエネルギーでしかない魔界の空気がこの世界に現れたことで、大和は通常の物理法則すら通用しない生き地獄となった。雨は地上から天に登り上がり、火は触れる物を凍結させ光はねじ曲がって進み、なにもないはずの空間に闇をもたらしたという。氏綱は最悪の事態を防ぐために、最悪の手段を用いた。大和を本土から切り放し、三万とも五万とも言われる住民もろとも海に沈めることで封印したのである。この時の犠牲者の怨念が魔界と通じ
、魔の力と融合して具現化したものこそが降魔なのであった。
降魔が初めて歴史に姿を現したのは一五三〇年以降であり、初期のものは意思をもたない不定形の有機体であったが、やがて知性を持ち人類の敵対者となった。
降魔には上級降魔と下級降魔が存在し、下級降魔が人間にとりつき個体進化をし、これを繰り返してやがて上級降魔となっていく。上級降魔ともなると人間と同等かそれ以上の高い知性と妖力を持ち姿も人間に近くなっていく。ここまで成長した降魔は人間にとっておそるべき驚異と変貌する。よって下位の降魔はその頭部こそが実体であり、身体はとりつかれた人間の変化したものなのである。
降魔が二重の意味で元は人間だということは、市民の預かり知らぬことであり、今後も秘中の秘とされるはずであった。
夏至が迫るにつれ太陽の光が夜を序々に制圧し、花組復活公演秋楽の舞台を見ようと大帝国劇場に押し寄せる来訪者を照らし出した。
復活公演は連日満員という大盛況を見せ、千秋楽の入場券も既に完売し、不幸にもあぶれてしまったファンがなんとか入場券を手に入れようと大声を張り上げている。しかしあえて貴重な入場券を譲る者はおらず、悪戦苦闘している者は減りそうもなかった。
公演当初は旧花組に名を連ねていた真宮寺さくらを目当てにした古いファンの姿が目立ったのだが、一ヶ月を経過するにあたって状況にもかなりの変化を見せていた。新しく花組に加わった四人のファンが目立って増えてきたのである。
ファルナは新たな花組のトップスターとしての地位を着実に固めつつあった。現在の花組においてもっとも高い上背を誇る彼女は、かつてのマリア・タチバナに似た雰囲気を漂わせているのか、今回の公演では女性役でありながらも若い女性の人気を一身に集めていた。アングロサクソンであるファルナの持つ優雅さに、少女たちは強く憧れるのであろうか。確かに豊かで伸びやかな金髪は照明の光を受けて神々しいほどに輝いていた。
さくらの主なファン層であった庶民層を継承したのは陽花であった。小柄ながらもひたむきで明るい笑顔の演技は、近寄りがたさを感じさせず庶民層の心をうったようである。時折やらかしてしまうちょっとしたミスも、かえって微笑ましく彼女の魅力に花を添えているようであった。さくらの一本通った芯の強さのかわりは生来持って生まれた過剰なほどの元気さで補っている。それが好感につながって、子供たちにも人気が高くなっていた。
風央は困ったことに不断の〜〜のです、なのですという口調が舞台上でもどうしても抜けなかったのだが、本人も驚いたことにそれが不評とならず逆に人気を集める結果となっていた。それとは対照的に筋肉質の身体が生み出す機敏な演技と小麦色の肌が、彼女の健康的な魅力を観る者に感じさせた。清楚さを強く印象づけているのか、オジサマの圧倒的な支持を集めている辺り、意外とアイリスの継承者といえるのかもしれない。
鈍感なのか、それとも本人が全く気にしていないだけなのか、困ったことに男性の人気をもっとも獲得しているのは羽鳥であった。女性役であったし確かにその美貌ではファルナの向こうを張るほどのものがあるのだが、世の男どもが羽鳥が本当のところ男であると知ったらどういう反応を見せるであろうか。本人もそれを楽しみにしている節がある。おそらくは四人の中でもっとも優れた演技力が、男をだまくらかしているのだろう。さすがは忍者といったところか。
それではさくらはどうしたかというと、旧来のファンはそのまま残ったのである。それに加えて成人した息子を持つと思しき母親層が、「息子の嫁にしたい女性」としてもてはやした。これに対してはさくらも複雑な心境であったようである。
開演20分前花組の五人は衣装を着飾って舞台袖に集まって最後の打ち合わせをしていた。打ち合わせといってもここにきてそうたいしたことをするわけではなく、たんなる雑談の域を出ないものではある。
「うわあ、今日もすっごくたくさんお客さんが来てるよ!」
「すごいのです!これだけのお客さんが私たちの舞台を見に来てくれているのですね。」
陽花と風央が開演前の観客席を覗いてあれこれと騒ぎ出すのは初日以来いつものことであった。
「はあ、まったくよくもまあいつまでもいつまでもそんなに感動出来るわね。どうせいつも満員なのに。」
「あら、それじゃファルナは緊張しないのかしら。」
二人に較べて余裕といった表情のファルナにさくらが聞いた。
「緊張しないわけじゃないわ。興奮するのと緊張するのとでは違うっていうことよ。」
そういうファルナも初日からしばらくは二人に混じって騒いでいたものである。一方羽鳥は最初からいつも通りで緊張のそぶりすら見せたことがなかった。その羽鳥だけ、衣装のドレスに加えて腰まで髪が伸びたかつらを着用していた。話の中で髪を売ってお金を作るというシーンがあるためである。
「それにしても俺が女装して主役だもんなあ。すみれ様も無茶な配役をするよ。」
「そうよね!羽鳥だったらローリーとかブルック先生とか、いい役がいくらでもあるのにね!」
ファルナの言うブルック先生は彼女の扮するメグの恋人である。さくらはファルナの言葉の裏の真意を見たような気がした。
そのころ個室になっている貴賓席ではすみれと紅蘭が開演のベルを待っていた。個室であることをいいことに紅蘭はつなぎから着替えていない。すみれの方は閉幕後集まってきている政府や陸海軍の要人に挨拶をしなければならないため、ひときわ大胆なデザインのドレスを身にまとっている。
「よう考えたら、うちは舞台見さしてもらうの初日以来やな。」
「紅蘭は忙しかったですものね。今日ぐらいはゆっくりするのもよろしいのではなくて?」
「そうやな。まだあと二ヶ月はあるんやしな。」
第二話(5)へつづく
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