コクリコとパズルのお時間番外編「サロンの絵<すみれ>」


 持って生まれた才能というものがある。
 それを選ぶ権利は、誰にもない。

  持って生まれた環境というものがある。
 それを選ぶ権利は、生まれた側にはない。

  お金というものに不自由しない、欲しい物ならなんでも買える。
 それは、ある種の人からすると、これ以上ない程の幸福なことに思える。
 
 ……そんなことないのに。
 

  巴里から帰って来てから、帝劇についている大浴場の良さを再認識したすみれで
 あったが、今日はお客さんも多いので、花組は順番を決めてお風呂に入ることにしていた。

 −体が勝手に動く病気の人を相手にする当番もその順番には含まれていたのだが。−

  すみれとしては、不憫に思うところではある。
 そもそも、あれは彼自身の意思ではないのではないかと思うことも多いし、
 実際にちょっと可愛そうだったので、今日の午後、外出の帰りに浅草の老舗の煎餅屋で
 彼の好物である唐辛子煎餅を買ってきたのである。

  熱いお茶と一緒に部屋にもっていってあげようと思ってサロンまでやってきた。
 

 「エリカには悪いが、アタシは神様ってやつを信じていない。
  あの部屋を見れば、信じてたってその気も無くなるさ」
 

  低いフランス語の声がする。 それが誰かなんて確認しなくても分かっている。
 別に隠れる必要はないけれど、すみれは、かえでの姿を認めて足をとめた。
 なんとなく、今、邪魔をしてはいけないような気がしたのだ。
 以前のすみれなら、何も考えなかったかもしれないが、すみれの年齢と経験が
 あれこれと人の心を思いやるだけの能力を彼女に与えていた。

 「ええ、とても仲良くしていたわよ」

 「そりゃ良かった。あいつにはアタシみたいになってほしくないからな・・・」

 二人の会話を、廊下の端で聞き終えたあと、すみれは、心の中でそっと大神に謝まった。

 「ごめんなさい、少し遅くなるかもしれませんわ。」 と。

  すみれが、サロンにやってきた時には、既にかえでの姿もロベリアの姿もなかった。

  サロンには、すみれが巴里から持ち帰ったという絵が額に入れられて飾られている。
 それは、花組にとっては意味のある場所が描かれている大事な絵なのだ。

  どうしても、今すぐロベリアに伝えたいことがあったし、折角だから大和撫子の
 たしなみを見せてあげようと思った。
 携帯用の長刀を取り出すと、右手で軽く一回転させ、天井の一点をめがけて突き出す。

 「曲者!
  おほほほほ、そんなところで落ち着いてないで降りてらっしゃいな。
  ロベリアさん。
  『お礼』もしたいですしね。」

 「けっ 成金のお嬢さんかい。
  アンタみたいなのには、今は会いたくない気分なんだがな。
  ちっ まあ、『アフターサービス』の件もある。
  ちょっとなら付き合ってやるぜ。」
 

 「ロベリアさん、別に200万フラン返せなんていいませんことよ。
  芸術で心が休まるように、ほら、ここに飾ってますの。
  私たちの大事な物ですから、お返しすることはできませんけれど。」

 「うひひひひ。
  そうかい。 金は返さなくていいのかい。
  お金持ちはいう事が違うねぇ。 
  ついでに言わせてもらえば、美術品の鑑賞眼も養っておくといいぜ。
  そのエッフェル塔の絵は、100フランの絵なのさ。」

  ロベリアは、すみれ達が巴里に来た時に、画廊市場で買い込んだ無名の作品を
 100フランで買い込み、巴里の観光土産よろしく、200万フランですみれに
 売りつけたのである。
 すみれは、ちらっと見ただけでその絵をロベリアの言い値で買うことに同意した。

 「そうでしょうね。
  わたくしも、そのくらいの値段だと思いますわ。
  でも、いいんですの。 
  あのエッフェル塔の絵は、私たち帝都花組にとって大事なものですから。」
 

 「すみれ、オマエそれを知っててアタシから買ったのか。
  200万フランも払って。
  けっ だから、金持ちは精神構造がおかしいっていうんだ。
  あの、アイリスってチビもおんなじだろ。
  アイツは何でも、持ってるのに、何も持ってないチビもいる。
  全く、神様ってのは平等じゃないぜ。」

  すみれは、すっと目を細めて、ロベリアを見る。
 すみれの真面目な顔というのは、そうそう見られるものではない。
 

 「ロベリアさん。
  あなたが、コクリコのために、ビリヤードで優勝したということが
  なければ、唯ではすまさないところですけれど、
  アイリスが何でも持っているというのは間違ってますわよ。」

 「すみれ達みたいに、何でも金で買える奴らにはわからねえよ。
  アイツみたいに、何ももたないやつがいるってことがさ。」

 「アイリスは、ぬいぐるみを勝ち取るために優勝してくれるロベリアさんを
  持っていませんわよ。」

 「…すみれ、それを言うじゃねぇ。」

 「ロベリアさん、200万フランといえば、結構な金額のはずですわね。
  そのお金が手に入って幸福でしたか?
  お金があれば、何でも買えて。 
  せいぜい飲み代と賭け事の資金に不足しなかったくらいじゃありませんこと?」
 

 「……………………………」
 

 「お金で、エリカさんの友情が買えましたか?
  あなたの欲しい物のうち、何がお金で買えましたか?

  わたくしは、何も買えませんでしたわ。
  アイリスも、友達をお金で買うことはできませんわ。」

 「すみれ、ある意味アンタの言うことはあたってるんだろう。
  確かにあのバカの心が金で買えるなんて、思うやつはいないな。

  アイリスだけが幸せで、あのチビが不幸せだってことはないのかもしれない。
 でもな、少女時代をすごすには、ちっとばかり足りない物があるって
 ことはわからないか?」

 「ええ。それはわかりますわ。
  わたくし、ロベリアさんに感謝してるんですのよ。
  アイリスにも、レニにも、コクリコにも、少女時代が必要だって。
  ここにいる大人はみんな同じように思っていますわ。
  ……………………………
  わたくしも、ぬいぐるみを持っていましたわ。
  それこそあふれる位に。
  ……………………………
  でも、お友達は誰もいなかった。
  あの子達には共に語り合える友達が必要ですわ。」

 「ふん。
  どうして、こう帝都にゃ、話好きで世話好きのヤツばっかりいるんだい。

  まあいい。
  アタシも酔ってるのかもしれないな。
  もう眠いから、アタシも寝るぜ。
  すみれ。今度は、もう突き刺すなよ。」

  ロベリアは、ソファーから立ち上がり、酒瓶を持って再び屋根裏へと
 続く階段に向けて歩き始めた。
 その後姿に、すみれが声をかける。
 既にすみれの声は、いつもの高笑いの時のそれに戻っている。
 

 「おほほほほ
  そんなこと致しませんわよ。
  それでは、わたくしも失礼しますわ。
  ごめんあそばせ。
  ……………………………
  そうそう、ロベリアさん。
  あの絵、額縁は500万フランの価値がありますのよ。
  よい買い物ができて感謝してますわ。
  ……………………………
  でもね いいですこと、ロベリアさん。
  わたくしたちにとって、価値があるのはエッフェル塔の絵の方ですの。

  巴里で出会い、共に戦った友のことを忘れることはありませんから。
  その象徴の絵が100フランであろうと、100万フランであろうと、
  わたくしたちの気持ちには代わりはありませんわ。」
 

 「ちっ やっぱり気がついてやがったか。
  まあ、そのエッフェル塔の絵なんざ、何の価値もないが、
  飾ってあるのを見ると、悪い気はしないな。
  ………じゃあな。」
  
  ロベリアは一瞬足を止めると、振り返らずにすみれに告げると
 軽く手をあげて屋根裏への階段を上っていく。
 大帝国劇場の長い一日がようやく終わろうとしていた。
 

  さて、わたくしもそろそろ参りましょう。
 まだ、お休みになってなければよろしいのですけれども。

  大神一郎さん、あなたがいて、カンナさんや花組のみんながいて。
 この家で過ごす日々は、わたくし達皆の永遠の思い出ですの。
 そして、巴里で出会った新しい仲間たち。

  わたくしは、ここに来た事を後悔したことなんてありませんもの。
 自分の未来と自分の友はお金では買えませんから。
 

 「熱いお茶と唐辛子煎餅を、お持ちしましたわ。
  中尉、明日は、サロンに8時に集合でしたわね?」
 

 「おやすみなさいませ。」
 

 -Fin-
 

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